イスラーム映画祭5 『ラグレットの夏』 3つの宗教が共存した時代のチュニジア (咲)

アラブ、ユダヤ、キリスト教徒が共に暮らしたチュニジアの最後の夏の青春物語
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『ラグレットの夏』
原題:Un été à La Goulette
英題:A Summer in La Goulette
監督:フェリッド・ブーゲディール / Férid Boughedir
1996年/チュニジア=フランス=ベルギー/89分/ アラビア語・フランス語・イタリア語

1966年夏、チュニジアの首都チュニス近くの海辺の町ラグレット。アラブ人でムスリマのマリヤム、ユダヤ教徒のジジ、そしてクリスチャンのティナ。 同じアパートの同じ階で家族とともに暮らす3人は、この夏、一緒に初体験をしようと画策する・・・

モスクだけでなく、立派なシナゴーグや教会。
ラグレットは、アラブ、ユダヤ、キリスト教徒が共に暮らす町。
宗教の違う3人の年頃の娘たちが、裁縫をしながら、初体験の相手を探そうと算段するおしゃべりに余念がない。
一方、親たちもお隣どうし、宗教が違っても親しくしている。安息日に働くことのできないユダヤ人の父親は、ムスリムの父親に卵を茹でてくれと頼んだりしている。
このアパートの大家でマリヤムの伯父にあたる独身のダブル・ハジは、マリヤムの家でお隣の差し入れのユダヤ料理を出されて、あからさまに嫌な顔をする。
「ユダヤ人は新祖国イスラエルに行け」という言葉に、「この国のユダヤ人は、独立戦争に尽くした者もいるのに」と反論するムスリムの男性。
ユダヤ人のジジは、「もしムスリムと結婚したら、親戚が皆、口をきかない」と言われる。
別の父親は、相手がユダヤとは!と嘆く。宗教の違いを越えての恋は難しい。

娘たち3人、8月15日に宗教に関係のないカルタゴ遺跡で処女を捨てると決める。
よりによって聖母の日だ。教会からマリア像が輿に載せられて町に繰り出すのをよそに、
3人は電車でカルタゴに向かう・・・

マリヤムが同じ年頃の青年に夢中になっているのに、伯父のダブル・ハジはマリヤムによこしまな気持ちを抱いていて、母親に「マリヤムを任せてくれれば、第二の父にもなる。家賃も帳消しにしてやる」と露骨な言葉を投げかける。
今からヴェールの被り方を教えてやってというダブル・ハジの頼みをたてて、マリヤムにヴェールを被らせる母。そして、素肌にヴェールだけをまとってマリヤムがダブル・ハジを訪ねたことが思わぬ幕切れを招く。

この翌年、第三次中東戦争勃発。
ユダヤ人に続き、キリスト教徒も出て行く
彼らは決してラグレットを忘れないだろう・・・という言葉で映画は終わる。


◆上映後トーク
《激震1967――アラブ世界の転換点、第三次中東戦争》
【ゲスト】 佐野光子さん(アラブ映画研究者/写真作家)

宗教の違う人たちが共に暮らしていた最後の年を、ドタバタのコメディで描いた『ラグレットの夏』。上映後、この作品の上映を決めた藤本さんの思いも含めて、佐野光子さんとの対談形式でトークが行われました。(抜粋してお届けします)

藤本:2000年 国際交流基金主催の地中海映画祭で上映されたのと同じ、35mmフィルムで上映。フランスからデジタルリマスターを利用してくれと言われたけれど、フィルムにこだわりました。

佐野:2000年に初めてアラブ映画を観て、それをきっかけに映画の研究を始めました。

藤本:トークの主旨。この映画の舞台になっている年の翌年1967年に第三次中東戦争が起こりました。トランプ大統領がエルサレムに米国大使館を移したことなどの背景もわかると思います。

佐野:日本では、1948年の中東戦争から、第何次と数えますが、アラブでは勃発した年で語ります。
1947年 国連によるパレスチナ分割案。アラブ側は拒絶。内戦状態に。
1948年 イスラエル独立宣言
1956年 エジプトのナセル大統領が、イギリスからスエズ運河を取り戻す。
フランスとエジプトの共同で作ったスエズ運河を、エジプトがイギリスの統治下になった為、イギリスが掌握していた。すっきりした勝利ではないがアメリカの後押しもあってスエズを取り戻す。(第二次中東戦争)
1967年 第三次中東戦争。6日戦争。ナクサ(大破局/大敗北)
1967年 ヨルダン河西岸とガザも占領される
1970年 ナセル死去。葬儀に500万人以上が参列。アラファトやカダフィも参列。
ナセルは辞意を表していたが続けていた。
1967~70年の大きなうねり
1970年 ヨルダン内戦(黒い9月革命)
ヨルダンがPLOを排除。PLOはレバノンへ
1975~90年 レバノン内戦
PLOがレバノンに移ったことにより、レバノンでのパレスチナ難民がさらに増加する。
クリスチャンとムスリムの人口の均衡が破れた。
石油危機  (トイレットペーパー買占め)

1981年 ゴラン高原をイスラエルが併合する。(『シリアの花嫁』の舞台)
チュニジア ユダヤ人が10万人いたのが、今は1500人に。
エジプトも1997年以降 ユダヤ人のコミュニティ喪失。
『ラグレットの夏』 まだユダヤ人、ムスリム、クリスチャンが共存していた時代

アラブ映画の中のユダヤ人
1954年 『ハサンとモルコスとコーエン』
1940年代に舞台で好評だったものの映画化
2008年にリメイクされるが、ユダヤ人は抜けて『ハサンとマルコス』(2009年TIFFで上映。末尾に詳細)
クリスチャンのオマー・シャリフがムスリム役を演じている
逆に、ムスリムのアラブの喜劇王アーデル・イマームがクリスチャンを演じている

今ではエジプト映画でユダヤ人が出てくることがない。
参考:『ラミヤの白い凧』(2003年)ムスリマとユダヤ男性の恋物語

映画の中のアラブの敗北
『遺された時間』2009年 エリア・スレイマン監督
ナセルの死のニュースが流れ、舞台が1970年だとわかる。
時代背景として、よく出てくる。(玉音放送のよう)

『雀』1972年 ユーセフ・シャヒーン監督  
ナセルの敗戦を伝える演説を聞いて、女性が「私たちは闘う!」と叫ぶ。
映画ができたときには検閲に引っかかった。闘う!という部分が受け入れられなかった。

1979年 イラン・イスラーム革命、ソ連のアフガン侵攻が起こり、パレスチナが見捨てられていく。


★『ハサンとマルコス』
東京国際映画祭 アジアの風
<2009日本におけるエジプト観光振興年>記念事業 エジプト映画パノラマ~シャヒーン自伝4部作と新しい波 の中の1本として上映された。

[解説]
『アラビアのロレンス』の名優オマー・シャリフとアラブの喜劇王アーデル・イマームの夢の競演!イスラム教徒とキリスト教徒の緊張をコミカルに描く。エジプトにおける女性の人権を考える社会派ドキュメンタリーを併映。
[あらすじ]
この映画はキリスト教神学者ボロスとイスラム教徒の家長マフムードの物語である。ふたりは、それぞれが相反する宗教の過激派による暗殺から生き残り、逃げ延びていた。そしてエジプト政府による目撃者保護プログラムの下に置かれ、キリスト教徒はイスラム教徒のふりをし、イスラム教徒はキリスト教徒のふりをするという、まったく別のアイデンティティを装っていた。カイロ近郊の下町にある隠れ家に避難した時、見ず知らずのボロスとマフムードの間に友情が花開いていく。この映画は、異なった宗教を持つ人々の間で、愛と友情を育むことはできるのかどうか、その可能性を探っていく。
(東京国際映画祭のサイトより)

景山咲子





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