第31回 東京国際映画祭観て歩き(暁) 『輝ける日々に』『十年』『ソン・ランの響き』『カンボジアの失われたロックンロール』「ピート・テオ特集」『家族のレシピ』

9月のあいち国際女性映画祭に始まり、中国東京映画週間、東京国際映画祭、ベトナム映画祭、東京フィルメックスと続き、なかなか映画祭記事をまとめられないでいたら、フィルメックスが終わったとたん、疲れが出たのか右後頭部に帯状疱疹ができてしまい、3週間近く原稿どころではなくなってしまった。「やっと直ったので、これから秋の映画祭記事を書かせてもらいます」と書きましたが、12月26日~3月31日まで、子供の頃からの夢だった世界一周の旅にピースボートででかけています。12月に入ってからずっと、この旅行の準備もあり、なかなか記事も書けずで遅くなってしまいました。
というわけで、オープニングのレッドカーペット記事、クロージングの写真などはすぐに載せたものの、細かい記事についてはまた、と思っていたのになかなか取り掛かれずでした。

今年の東京国際映画祭はプレス試写で10本、一般上映で5本の作品を観ました。その中でも印象に残ったのは、ベトナム、カンボジア、インドなどの音楽に関する作品。また『サニー』(韓国)、」『十年』(香港)など、オリジナルの作品を自国の事情に合わせてリメイクした作品も興味深かったです。それらの作品について書こうと思います。

『輝ける日々に(『サニー』ベトナム版)』
2018 ベトナム 117分
監督:グエン・クアン・ズン 
出演:ホン・アイン ティン・ハン ミ・ウエン 
  トゥエン・マップ ミー・ズエン
 
韓国版『サニー・永遠の仲間たち』(2011年 カン・ヒョンチョル監督作)をリメイクして、この秋、公開された日本版『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018年大根仁監督)と、期せずして?同時期にリメイクされたベトナム版がこの映画祭で上映されたので、さっそく観にいった。
韓国版・日本版は、それぞれ製作された現代から、25年前の高校時代を振り返るかたちになっているが、ベトナム版は2000年を舞台に25年前の75年ごろの高校時代を振り返っている。1975年はベトナム戦争が終わり、南北統一された年で政治や社会が混乱していた時期。ボートピープルになり出国する人たちがいる一方で、街では反政府デモも行われ、そこで乱闘する「荒馬団」という少女たちも出現。実際モデルになった人たちがいたのだろうか。これはベトナムらしさなのだろうか。ベトナムの人たちのイメージは、我慢強く、芯が強いというのが私のイメージ。ベトナム戦争でアメリカに負けなかったというイメージからの印象だけど。
韓国版では「サニー」の仲間は7人だけど、日本版、ベトナム版では6人に。6人の特徴も、韓国版のメンバーのイメージと大体同じだけど、少しづつベトナムの国の特徴や事情に合わせて変えている。年代の違いもあるかもしれない。<おでぶ>のラン・チーが小さな質屋を経営していて、心臓病の娘の手術代工面に苦労しているという設定。かつての仲間探しでは、下町の人情なのか、ラン・チーの人徳なのか、隣人たちが総動員してあたる。ベトナムにも下町の人情的なところがあるのだと思った。
1975年のサイゴンが、戦後すぐにしてはきれい過ぎる気はするが、復興が早かったのかもしれない。あるいは映画だから少しきれいに描いているのか。いずれにせよ、ベトナム戦争の影響を監督は入れたかったのだろう。
亡くなる前にミ・ズンが、高校時代の仲間に残した遺言は、涙なしには見られない、仲間の未来を考えた遺言だった。
韓国版では元のタイトルにある「サニー」の名曲が流れていたけど、この時代のベトナムではこの曲は知られていなかったので、使わなかったと監督は語っていた。
しかし残念だったのは、ベトナムで75年頃にはやった歌を全然知らなかったこと。ベトナム戦争が終わって、ほっとしたベトナムの人たちの間ではどんな歌がはやったのだろう。
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左からグエン・クアン・ズン監督、ホン・アインさん


『サニー』(韓国)は、日本、ベトナムでリメイクされたけど、この各国競作は、『怪しい彼女』(韓国)が最初。『怪しい彼女』は、その後、日本、中国、ベトナム、インドネシアでリメイクされている。
そして、『十年』(香港)は、日本やタイでリメイク。日本作はこの秋公開されたが、この映画祭ではタイ版が上映された。

『十年』2018 タイ 93分
監督:アーティット・アッサラット ウィシット・サーサナティナン チュラヤーンノン・シリボン アビチャッッポン・ウィーラセタクン  

この『十年』は、オリジナルは香港製作。日本版はこの秋公開されたが、タイでも製作され、この映画祭での上映が行われた。世界的プロジェクト「十年」の1本だそう。タイ版は4人の監督によるオムニバス作品。「自由が抑圧された世界」を描いていることは香港版と共通しているが、香港映画と比べると、不思議世界がたくさん。
アビチャッポンはじめ、名だたる監督が参加しているようで、香港の『十年』とは違う方向で描きたい近未来の暗黒社会を描いたという感じがした。香港版から離れたいという意図はあったのだろうが、香港版『十年』は今とつながってすぐ傍にある未来の恐怖を描いているけど、タイ版はミステリー風味で描かれていたように感じた。

『Sunset』 (アッサラット監督)
ある女性写真家の写真展に、突然警官や軍関係者?が来て、展示されている笑顔や、泣き顔などの写真を、「人々の心を惑わすもの」として検閲する。
映画は、公務中の運転手の青年警官が会場係の若い女性に心ひかれ、メール交換を申し込むという、いわば権力を傘にきた「押し付け」が描かれる。モノクロで、4本の中ではわりと地味な作品だけど、4本の中では最も香港版のテイストに近い作品だと思う。

『Catopia』 (サーサナティヤン監督)
猫が支配する世界に、2年間身分を隠してきた人間の若者が、親切心を出したことからばれてしまい、とうとう拘束されてしまう。そして殺されてしまったのかもしれないという、恐ろしい世界が描かれる。猫の被り物をかぶった人間たちの不思議世界が怖い。なんか不気味だった。

『Planetarium』 (シリポン家督)
ピンクの軍服に身を固めた女性の独裁者が支配する世界。彼女のスマホ操作で、市民の行動が支配制御され、反したものはピンクのタイをつけた少年兵たちが逮捕する。そして殺され?、衣類をはがされて宇宙に放逐される。こちらも、不思議な恐怖政治世界が描かれる。
しかし、独裁者の女性はじめ、支配者の側も決して自由ではない世界が描かれる。おとぎ話的に描かれるのだが、なんだかちゃっちいのだ。そこも狙っているのかもしれないが。しかし、女独裁者がピンクで身を固めているというのはこっけいさの象徴のよう。

『Song of the City』 (アピチャッポン監督)
これは今とほとんど変わらない未来風景なのか? 元大統領(?)の銅像が見下ろす公園。鼓笛隊のならす行進曲の音、工事で掘り返している現場、そしてその音、集っている人たちの会話など、混然とした世界。無農薬野菜を作っていると久しぶりに会った知人に宣伝する男とか、楽隊の宣伝をする男、怪しげな機器?を通りがかりの女性にセールスする男とかが淡々と描かれる。10年たっても変わらない?抑圧の世界?なのか。あまりよくわからない。なんとなくアピチャッポン的不思議な静的世界という感じはある。 

『ソン・ランの響き』ベトナム 2018年
監督:レオン・レ
出演:リェン・ビン・ファット、アイザック・スアン・ヒェップ

1980年代のサイゴン(1980年代でサイゴン?ホーチミンでは?)。借金の取立て屋をしているズンは、押しかけた家でカイルオン(南部の大衆歌舞劇)の押しかけた家で俳優のリン・フンと出会う。
実はズンの父は、大衆歌舞劇の演者だった。そしてズンは幼い頃からソン・ラン(ギターの原型のような楽器)の演奏を父から教わっていた(ソン・ランは『海角七号』の中に出てきたバンドメンバーの中でおじいさんが弾いていたような丸い形のギターのような楽器)。そして、ほんとはかなりうまく弾けるのだけど、父親と仲たがいしてから弾くことを封印してきた。そして、借金取りをしていたのだった。
ズンとリン、反目するふたりだったが、あることがきっかけでしだいに親しくなった。その日、酔っ払ったリンは家に帰れなくなり、ズンの家に泊まった。そこで、このカイルオンの有名な演目を歌うことになり、ズンはしまってあったソン・ランを出してきて、リンの歌に合わせて演奏をした。その演奏を聴いたリンは、彼の所属する劇団で演奏しないかと薦めた。何年もソン・ランを弾いていなかったズンは最初断ったが、借金取りでない人生を歩もうと、劇団のオーディションを受ける約束をした。しかし、事件が起きてしまった。
歌と踊りと男の友情とソン・ランが描かれた作品。
ズンを演じたリェン・ビン・ファットさんが新人賞である東京ジェムストーン賞を受賞した。
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リェン・ビン・ファットさん

『カンボジアの失われたロックンロール』
2014年 アメリカ・カンボジア
監督:ジョン・ピロジー
出演:シン・シサモット、ロ・セレイソティア、バイヨンバンド

クメール・ルージュによって弾圧されるまでの1950年代~1970年代までの音楽を取材によって掘り起こした、カンボジアのポピュラー音楽史を描いたドキュメンタリー。生存者へのインタビューや、知られざるアーカイブ映像から失われた歴史が見える。
ロックンロールと書いてあるけど、日本人の感覚からすると、歌謡曲、大衆歌謡の歴史というようなイメージだった。エッ!これロック?という感じだったが、カンボジアの音楽が描かれている。こんな豊かな音楽環境があったんだとびっくりした。残った資料や生存者も少ない中、貴重なものをみつけてきて、それを元に構成している。
生存者へのインタビューや、アーカイブの映像を駆使して歴史を蘇えらせた。日本と同じような年代、ミッキー・カーチスや平尾昌晃たちが活躍していた年代に同じようにアメリカから入ってきた音楽があったし、ムード歌謡のようなものもあった。しかしロックのような音楽は出てこなかったので、なぜロックンロールというタイトルをつけたのかな?と思った。これを作ったのはカンボジアの人かと思ったら、カンボジア在住のアメリカ人だった。カンボジアの音楽の歴史に興味があったジョン・ピロジー監督と同じように長年カンボジアの音楽に興味がありカンボジアに10年以上住むリサーチャーのジェイソン・ジョーンズさんが加わって、貴重な音源や映像なども得ることができたらしい。
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左からジェイソン・ジョーンズさん、ジョン・ピロジー監督

「ピート・テオ特集」
今映画祭、アジア部門の審査員であるピート・テオ。
マレーシアのマルチクリエーターであるピート・テオは、ミュージシャンにして映画俳優、プロデューサー、監督もこなす活動歴から、ピートが関わった映像作品を紹介をする特集が組まれた。短編や、15人のクリエイターたちの作品を集めた『15Malaysia』など、多彩な作品でマレーシアの姿が映し出される。

『Vote!』 (原題:Undilah) 約4分/2011年
監督:ベンジー・リム
エグゼクティブ・プロデューサー:ピート・テオ
若い世代に向けて投票に行こうと呼びかける。ちょっと政府の選挙キャンペーンのような映像で、政府のまわしものみたいな感じだったけど、その後政権が変わったという。

『Malaysia Day: Slipstream』 (原題:Hari Malaysia)
作曲、プロデューサー、監督:ピート・テオ
約4分/2013年
1957年と63年の建国記念式典のニュース映像を加工。
マレーシアの歴史的な出来事を、この時代に蘇らせ、それを東京で観ることができたというのは貴重な体験だった。

『Here in My Home』  [Music video]
監督:ヤスミン・アフマド、ホー・ユーハン
プロジェクト・プロデューサー、作曲:ピート・テオ
約4分/2008年
人種差別反対を訴えてヤスミンさんやピートたちが歌い踊るシーンがあるミュージック・ビデオ。ヤスミンさんの姿を見て涙が出た。

『15Malaysia』
監督:ホー・ユーハン、ヤスミン・アフマド、アミール・ムハマド、ライナス・チャン、リュウ・センタック、デスモンド・ン 、カマル・サブラン、タン・チュイムイ、ウー・ミンジン、ジェームズ・リー、ベンジー&バヒール、ジョアン・ジョン、カイリル・バハール、ナム・ロン、スレイマン兄弟
プロデューサー:ピート・テオ
80分/2009
ピート・テオ企画によるマレーシアの監督15人によるオムニバス。マレーシア社会の多様性が15の作品で描かれる。ジェームス・リー、ホー・ユーハン、タン・チュイムイ、リュウ・センタックら、日本で作品が上映されたことがある「マレーシアニューウェイブ」の監督たちの作品もある。
そしてなんといっても注目は、ヤスミン・アフマドの遺作となった『Chocolate』。最後の『タレンタイム~優しい歌』(09)を仕上げ、祖母のルーツを日本で撮る「ワスレナグサ」の準備中に逝ってしまった彼女の最後の作品。ヤスミン亡き後の、マレーシアのクリエイターたちの総まとめ役がピート・テオということだろう。これからもマレーシアのクリエイターたちの兄貴分として、引っ張っていってほしいと思った作品だった。

『I Go』 [Music video]
監督:カマル・サブラン
プロデューサー、作曲、アーティスト:ピート・テオ
約4分/2008年
『タレンタイム~優しい歌』挿入歌のセルフ・カヴァー。
映画が終わってからのトークで、「今、思うとこれはヤスミンのために作ったかもしれない」と語っていた。当初、韓国でシングルリリースするために書いた曲だったそうだけど、ヤスミン監督が気に入り、『タレンタイム』で使いたいといって主題歌になったという。結局『タレンタイム~』の音楽の全体を担当したそう。マレーシアのライブで歌った時は、最後まで歌えなかったと語っていた。「アイゴー」は韓国では、悲しみを表すことばですという観客からの発言があり、その不思議な一致に、なんという偶然と思った私。
東京フィルメックスで上映されたイン・リャン監督の『自由行』にも出演していて、主人公の夫役を演じていた。変幻自在の大活躍。これからもマレーシアのインディーズを牽引していってほしい。
終わってからサイン会をしていたので、私も並び、順番が来たときに「シネマジャーナルのメンバーです。高田渡さんと同じアパートだったのは私です」といったら大喜び。他のメンバーがピートさんをインタビューした時「日本の歌い手で一番気になっている人は?」と訪ねたら、「高田渡」と答えて、その時「シネマジャーナルのスタッフで高田渡さんと同じアパートに住んでいる人がいる」といったら驚いて、大受けだったと言っていたので、覚えているかなと思って言ったのでした。覚えていた。
ピート・テオ補正.jpg
ピート・テオさん

参考資料
シネマジャーナル ピート・テオインタビュー 2007年

『家族のレシピ』
シンガポール・日本・フランス合作
2019年3月9日 シネマート新宿ほか全国ロードショー
監督:エリック・クー
出演:斉藤工、マ-ク・リー、ジャネット・アウ、伊原剛志、別所哲也、ピートリス・チャン、松田聖子

「世界中の家族にその家族の味がある。一口食べれば記憶が蘇り、家族や故郷につながることができる」という思いで、シンガポールのエリック・クー監督が日本とシンガポールを舞台に作品を作った。日本のラーメンとシンガポールのパクテーをモチーフにソウルフードが離れ離れになっていた家族を結びつけるドラマができた。
群馬県高崎市で行列ができるラーメン屋をやっている3人の男たち。店主の和男(井原剛志)と弟の明男(別所哲也)、和男の息子の真人(斉藤工)。黙々と働き、仕事が終われば和男は一人、酒を飲みに行く。真人は家に帰りレシピの研究。和男が突然死に、真人は父の遺品の中に、亡くなった母メイリアンの日記をみつけた。母はシンガポール人で、和男とシンガポールで出会い結婚した。
和男はシンガポールで店を持っていたけど、メイリアンが亡くなって日本に引き揚げたらしい。そしてこのラーメン屋を始めた。真人は10歳までシンガポールにすんでいた。母の日記の中にはレシピが書いてあり、メイリアンの弟からの手紙と写真が入っているのをみつけた真人はシンガポールへと旅立った。
母の弟がやっている店をみつけ、叔父と再会した真人は、なぜ祖母が自分と会ってくれないのかを知りたかった。
シンガポールは太平洋戦争中、日本が占領し、昭南島といっていた。祖母の父は日本軍に殺されていた。そのことがあって、真人の両親の結婚を受け入れられなかったのだ。真人はシンガポールと日本の間の歴史をネットで検索し、シンガポールの戦争博物館に行き、日本軍の蛮行を知る。
祖母との和解は難しく思われたけど、真人は祖母のために心を込めてラーメンを作り、そのラーメンを食べた祖母の心がほぐれていった。
シンガポールが太平洋戦争中、日本軍に占領されていたという歴史は知っていたけど、こんなにもシンガポールの人を傷つけていたとは思ってもみなかった。
実は今、ピースボートで世界一周の旅に出ている(12月26日~3月31日まで)。シンガポールも寄港地のひとつで、この作品に出てきた「戦争博物館」=「旧フォード工場」にも1月5日に行く予定。2017年、この博物館がリニューアルされた時、政府が「昭南ギャラリー」という名前に変えようといたそう。市民の反対の声があり、その名前になることはなくなったという。
このレポートはまたスタッフ日記に書く予定。


来年の東京国際映画祭は、どんな作品が上映されるのか、今から楽しみ。
期待しています。

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