東京フィルメックス 学生審査員賞&審査員特別賞『サントーシュ』 Q&A報告(咲)

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『サントーシュ』 原題:SANTOSH
監督:サンディヤ・スリ( Sandhya SURI )
2024 年/インド・イギリス・ドイツ・フランス/ 127分
字幕: 松岡環


サントーシュは結婚して2年。警察官をしていた夫が勤務中に亡くなるが、恋愛結婚で子供もまだいないことから、夫の家族からは疎まれ、追い出される。夫の勤務先に手続きに行くと、未亡人の救済措置として夫の職を継承できる政府の制度があると言われる。
サントーシュは警察官となり、ベテランでカリスマ性のある女性警察官、シャルマ警部のもとで仕事を覚えていく。賄賂が横行し、女性は差別される職場であることを知る。
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© Oxfam
ある日、ダリット(不可触民)の男性が、15歳の娘が行方不明で探してほしいと警察にやってくる。男性警官たちは相手にしない。やがて、レイプされ、殺害されて、井戸に捨てられた若い女性が見つかる。サントーシュは男性警官から遺体を安置所に運ぶよう命じられる。遺体は、ダリットの父親が探していたデヴィカ(女神という意味)という娘だった。サントーシュは、町はずれのダリットの村へ父親に会いにいく。
デヴィカは、サリームというムスリムの青年と市場で知り合って、チャットのやりとりをしていたことが判明し、サリームが犯人として浮かび上がる。だが、死亡推定日時に、サリームはムンバイに行っていたという。チャットにも、「ムンバイで、君に似合う素敵な服を買ってあげる」と残されていた・・・

サントーシュの夫が、ムスリムの多い地区での暴動の鎮圧に行って、どうやらムスリムに殴り殺されたらしいということもあって、ムスリムのサリームに対して、サントーシュは複雑な思いがあります。でも、会ってみるとサリームは、市場で出会ったデヴィカに好意を抱く普通の青年。それでも、サリームは犯人と決めつけられ、警察でひどい拷問を受けます。
デヴィカの遺体が捨てられた井戸には、それ以前にも猫の死骸が捨てられた事件があって、そのために井戸水が使えなくなって、人々は遠くの井戸まで水を汲みにいかなければならなかったという事情も、実は真犯人に繋がるものでした。(公開されるかもしれないので、これ以上は明かさないでおきます。)
サントーシュは、警察が身分の低い者を犯人に仕立ててしまう実態も見てしまい、警官をやめて実家に帰ることにするのですが、実家のある町までの切符を買ったあとに、思い直してムンバイ行の切符に変更します。晴れやかな表情でムンバイに向かうサントーシュ。明るい未来がありそうなラストでした。


◆11月24日(日)12:50からの上映後Q&A
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神谷:女性を主人公にした物語。作られた経緯を。

監督:当初、ドキュメンタリーで作ろうと、女性への暴力についてリサーチしていたのですが、暴力をドキュメンタリーで撮るのは非常に難しくて、劇映画で描くことにしました。2012年、デリーでバスに乗っていた女性がレイブされ殺された事件がありました。それに対して抗議する女性たちが激しい顔をしていて、それを見守る女性警官たちもなんとも複雑な表情をしていました。印象深い光景でした。主人公を女性警官にする物語が思い浮かびました。

神谷:警官組織の汚職、女性差別、ムスリムとの宗教間の問題などを、一人の女性の視点から描かれたのは?

監督:インド北部のヒンドゥーが多いエリアが舞台。いろいろな問題がタペストリーのように起こります。宗教、性差別、暴力、カーストなど。こういう社会構造の中で女性警官を描くとしたらどうなるのかを考えました。サントーシュも、そういう日常的に暴力の起こる中にいるという女性です。

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© Oxfam

会場から
ー 公務員の夫が亡くなった時に未亡人がその職を継げるという救済処置は、インドで全国的にあるものですか?

監督:夫だけでなく、父親を亡くした娘が引き継ぐこともあります。

ー ロンドンを拠点に活動されているとのこと。長編第一作にこのテーマを選ばれた思いは? 素晴らしい作品で、アカデミー賞の外国語映画賞のイギリス代表にも選ばれています。

監督:これまでの短編もすべてインドを舞台に撮っています。カメラを通してインドを考え、理解したいという思いです。アカデミー賞の外国語映画賞は、イギリスの英語作品は該当しないのでチャンスがあります。インド代表のチャンスもあります。
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ー サントーシュの上司の婦人警官の印象が強いです。あのようなキャラクターの方は実際にリサーチされた中でいらしたのですか?

監督: 実際に会った方ですが、婦人警官ではなく、NGOの方をモデルにしています。   
人を育てるタイプで、母系社会的な方。演じてくれた女優が、人間性を出してくれました。

ー サントーシュのそばで犬が糞をした時に、カメラがほかの方向に行った意図は? 

監督:いい質問。あのシーンは、カットすべきという意見もありました。インドと、それ以外の国の方では、感じ方が違います。インド人ならわかるシーンです。ほかに、インド人向けボーナスシーンとして、サントーシュが上司の飼っている犬を散歩させるシーンで、カバーが被された像を映し出している場面があるのですが、ダリットの為に運動した英雄をかたどったもので、インドの人には必ずわかるものです。上位カーストの人々にとっては、好ましくない人物です。サントーシュは、あの像を観て、ダリットの抑圧の現状を知っているのでわかります。

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最後に、監督が観客を背景に写真を撮りました。



監督:サンディヤ・スリ( Sandhya SURI )
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ロンドンを拠点に活動するイギリス系インド人の監督・脚本家。2024年のカンヌ映画祭ある視点部門にて劇映画としての長編第一作となる『サントーシュ』が上映され、高く評価された。同作はサンダンス・インスティテュート・スクリーンライターズとディレクターズ・ラボの両方に選出され、BBC Films、BFI、Arteの出資により完成。
初の短編劇映画「THE FIELD」はトロント映画祭の最優秀国際短編映画賞を2018年に受賞し、2019年にBAFTA 最優秀短編映画賞にノミネートされた。長編ドキュメンタリー作品「I FOR INDIA」はサンダンス映画祭の国際コンペティションで上映。
また、スクリーンインターナショナル誌のStar of Tomorrow 2023にも選出された。


◆学生審査員賞
サンディヤ・スリ監督はすでに帰国され、ビデオメッセージを寄せられました。
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「この受賞は私にとってとても意味があります。26年前、1年間日本に住んで英語教師をしていました。その時に山形国際ドキュメンタリー映画祭に観客として参加して、感銘を受ける映画に出会い、カメラを買って映画を撮り始めました。
26年経ち、日本に戻って、この賞をいただきました。ありがとうございました。京都の秋を満喫して帰国しました。会場で受賞できればよかったのですが・・・。ほんとうにありがとうございました。」

◆審査員特別賞
サンディヤ・スリ監督、再び、ビデオでメッセージを寄せられました。
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「ほんとうにありがとうございます。審査員の皆様に感謝申し上げます。インドに関する多くの問題について語るのと同時に、 サントーシュにとっては個人的で、そしてまた非常に普遍的な映画を作りたかったのです」

第25回東京フィルメックス受賞結果 最優秀作品賞 はジョージアの『四月』に!

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★後列左から:川島佑喜(武蔵野美術大学)、火宮遼哉(明治学院大学)、眞島淳之介(東京造形大学)、カトリーヌ・デュサール(映画プロデューサー)、ラ・フランシス・ホイ(キュレーター)、ロウ・イエ(映画監督)
★前列左から:イン・ヨウチャオ(『白衣蒼狗』共同監督)、チャン・ウェイリャン(『白衣蒼狗』監督)、マー・インリー(『未完成の映画』脚本・プロデューサー)、アレックス・ロー(『未完成の映画』共同プロデューサー)、マイ・フエン・チー(タレンツ・トーキョー・アワード2024受賞者)

2024年11月30日(土)18時20分から丸の内TOEI スクリーン1 で授賞式が開かれ、各賞の受賞結果が発表されました。


最優秀作品賞  デア・クルムベガスヴィリ監督『四月』(フランス、イタリア、ジョージア)

審査員特別賞  サンディヤ・スリ監督『サントーシュ』(インド、イギリス、ドイツ、フランス)

スペシャル・メンション  チャン・ウェイリャン監督&イン・ヨウチャオ共同監督『白衣蒼狗』(台湾、シンガポール、フランス)


学生審査員賞 サンディヤ・スリ監督『サントーシュ』(インド、イギリス、ドイツ、フランス)

観客賞  ロウ・イエ監督『未完成の映画』

タレンツ・トーキョー・アワード2024:『The Rivers Know Our Names』



以下、発表順にご紹介します。

◆タレンツ・トーキョー・アワード2024
『The Rivers Know Our Names』
【授賞理由】急速に発展している国の中で、社会から疎外されたコミュニティをつぶさに観察したプロジェクトにタレンツ・トーキョー賞を授与できることを審査員一同光栄に思います。この作品は、特に若い女性と年老いた女性の2人に焦点を当て、力強いイメージを通して丁寧に人物を描写し、コミュニティにおける個人の強さと癒しの可能性を描き出しています。タレンツ・トーキョー・アワードをマイ・フエン・チー監督の「The River Knows Our Names」に贈ります。
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監督:マイ・フエン・チー、ベトナム


■スペシャル・メンション
「The Vision of Lonely Mountains」(ハグヴドラム・プレヴオチル(Lkhagvadulam PUREV-OCHIR)/モンゴル)
「Dollyamory」(畠山佳奈(HATAKEYAMA Kana)/日本)
「Naked in Glendale」(ヤン・ハオハオ(YAN Haoaho)/中国)


◆観客賞 Audience Award
『未完成の映画』原題:An Unfinished Film(一部未完成的電影)
特別招待作品
監督:ロウ・イエ
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本作のプロデューサーで、ロウ・イエとともに脚本も執筆した奥様であるマー・インリーさんが代表して喜びの言葉を述べられました。「たくさんの方に観てくださったことに感謝します。観客賞はロウ・イエにとって初めてです。心からありがとうと申し上げたいです」
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共同プロデューサーのアレックス・ローも登壇し、感謝の言葉を述べられましたが、ロウ・イエ監督は笑顔でそばにいらしただけで発言はありませんでした。(この後、大役が待っていますので・・・)


続いて、コンペティション部門の各賞発表。
まず、ラインナップされた10作品が紹介されました。

◆学生審査員賞 Student Jury Prize
『サント―シュ』原題:SANTOSH
監督:サンディヤ・スリ( Sandhya SURI )
インド・イギリス・ドイツ・フランス / 2024 年/ 127分
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学生審査員 川島佑喜(武蔵野美術大学)眞島淳之介(東京造形大学)火宮遼哉(明治学院大学)の3名が登壇し、発表。

【授賞理由】サスペンスフルなドラマの面白さとそこから浮かび上がる社会構造の描き方に驚かされました。人物の魅力を引き出すカメラワークからは、映画の持つ繊細で挑戦的な力強さを感じました。
終盤、通り過ぎる電車越しでコマ送りのようになるふたりのショットが、息を飲むほど素晴らしかったです。

サンディヤ・スリ監督はすでに帰国され、ビデオメッセージを寄せられました。
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「この受賞は私にとってとても意味があります。26年前、1年間日本に住んで英語教師をしていました。その時に山形国際ドキュメンタリー映画祭に観客として参加して、感銘を受ける映画に出会い、カメラを買って映画を撮り始めました。
26年経ち、日本に戻って、この賞をいただきました。ありがとうございました。京都の秋を満喫して帰国しました。会場で受賞できればよかったのですが・・・。ほんとうにありがとうございました。」

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コンペティション部門 審査員

◆スペシャル・メンション Special Mention
『白衣蒼狗』原題:Mongrel 中国語題:白衣蒼狗
台湾・シンガポール・フランス/ 2024年 / 128分
【授賞理由】 この映画は、その説得力のある映画言語によって、闇、汚辱、残酷な現実を力強く描き出し、人間の本性の深さに立ち向かう勇気を示している。
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監督:チャン・ウェイリャン 共同監督:イン・ヨウチャオ(左・女性)
「東京フィルメックスにご招待してくださり、賞までいただきまして、ありがとうございました。私たちのことをこのように温かく受け入れてくださって有難うございます。容易な映画ではなかったですが、この映画に付き合ってくださったお客さん、ずっと見てくださった方、その時間にも感謝したいです」

◆審査員特別賞 Special Jury Prize
『サント―シュ』原題:SANTOSH
監督:サンディヤ・スリ( Sandhya SURI )
インド・イギリス・ドイツ・フランス / 2024 年/ 127分
【授賞理由】 容赦ないストーリー展開のダークスリラーで見事に演じられた女性キャラクターを通じて、社会の硬直性と不平等を痛烈に描き出している。舞台は現在のインドではあるが、世界中に蔓延している妥協と呼応している。
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サンディヤ・スリ監督、再び、ビデオでメッセージを寄せられました。
「ほんとうにありがとうございます。審査員の皆様に感謝申し上げます。インドに関する多くの問題について語るのと同時に、 サントーシュにとっては個人的で、そしてまた非常に普遍的な映画を作りたかったのです。そして、東京でこのような素晴らしい上映会を開催し、素晴らしい観客がたくさんの興味深い質問に熱心に応えてくれたことは、本当に素晴らしい経験でした」


◆最優秀作品賞 Grand Prize
『四月』原題:April(აპრილი)
フランス・イタリア・ジョージア / 2024年 / 134分
監督:デア・クルムベガスヴィリ( Dea KULUMBEGASHVILI )

【授賞理由】 この大胆で冷徹な長編映画は、保守的な農村地帯で女性が直面する厳しい現実を突きつけている。彼女たちの自由は、それが身体に関わるものであろうと欲望の表現に関わるものであろうと、絶え間ない闘いである。監督は、骨太なリアリズムとシュールレアリズム的なホラーを融合させ、吸い込まれるような挑発的な体験を生み出している。緻密で丹念に作り込まれた撮影は、観客の視線を捉え、私たちの視点や関わりを積極的に考えさせる。この作品は、形式的な勝利であるとともに計り知れない関連性と共鳴性をもつ作品である。

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デア・クルムベガスヴィリ監督よりビデオメッセージ。
「授賞式に出られなくて残念です。上映に感謝します。この受賞は、私にとっても、スタッフ全員にとっても大きな意味がある。この映画は制作に参加した全員の努力と献身の結晶だからです。 映画を作ることは決して容易な道のりではありませんし、特にこの映画に関しては多くの制約があり、ジョージアでこの映画の制作を手伝ってくれた人々は非常に勇敢でした。この受賞は私にとって大切です。なぜなら、この映画に寄与してくれて、この映画の存在を可能にしてくれた全ての人と分かち合えるからです」


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授賞式の最後には、国際審査員を代表して、ロウ・イエが今年の映画祭を講評しました。
「今回はこのお2方と一緒に審査を担当させていただき、本当に光栄で、とても楽しい時間だった。そして作品を届けてくれた監督の皆さんに心から感謝したいと思う。この監督たちの視線でもって、世界を色々と見ることができた。我々の世界を、夢を、広げてくれた。ありがとうございます」

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取材:宮崎暁美、景山咲子



祝!第25回 東京フィルメックス 開会式 +『新世紀ロマンティクス』(ジャ・ジャンクー)(咲)

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2000年12月、作家主義を掲げ、アジアの新たな才能の発掘を目指して、第1回の東京フィルメックスが開催されました。メイン会場は、今は無き、銀座1丁目のル・テアトル銀座でした。2回目よりメイン会場を有楽町朝日ホールに移し、昨年の24回まで、フィルメックスといえば、朝日ホールでした。今年から、メイン会場が映画館である丸の内TOEIに変わりました。

11月23日(土)18:10~ 開会式 
プログラム・ディレクター神谷直希さんが、まず、「サポーター会員や観客の皆さん、そしてスポンサーの方の支えがなければ開催することができませんでした」と感謝を伝えました。「ぜひ1作品でも多くご覧いただき、今年の映画祭を楽しんでいただきたいと思います」と述べられました。

続いて、コンペティション部門の審査員紹介。
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ロウ・イエ監督とラ・フランシス・ホイさん(アメリカ/キュレーター)のお二人が登壇。
もう一人の審査員カトリーヌ・デュサールさん(フランス/映画プロデューサー)は、まだご到着されていないとのこと。
ロウ・イエ監督:またフィルメックスに戻ってくることができました。皆さんにお会いできて嬉しいです。
ラ・フランシス・ホイ:ご招待いただき、光栄に思っています。とてもいい映画が観られますから、皆さんはラッキーです。

25周年の節目を迎えた東京フィルメックスですが、そのことについては特に触れず、あっさり10分ほどで開会式は終わり、引き続き、オープニング作品 ジャ・ジャンクー監督の『新世紀ロマンティクス』が始まりました。

『新世紀ロマンティクス』
原題:Caught by the Tides(風流一代)
★特別招待作品

監督:ジャ・ジャンクー(JIA Zhang-Ke)
中国 / 2024 / 111分
配給:ビターズ・エンド
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ジャ・ジャンクー監督の長年のミューズであるチャオ・タオ演じる一人の女性の人生の約20年間を、彼女の元を去った一人の男性との関係を軸に描いた作品。
2001年、大同。国際女性デー。女性たちが交代しながら歌う。5年後、そして、16年後へと時代が移ろい、場所も長江の三峡、南端の珠海、中国の東北部や南西部へとチャオ・タオたちを追って移動する。2022年、再び大同に戻る。コロナによるロックダウン中の町。ロボットと向き合うチャオ・タオ。すっかり近未来風に変わった大同の町で、人々は踊る・・・

上映後Q&A
登壇:ジャ・ジャンクー監督
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ジャ・ジャンクー:こんばんは。ジャ・ジャンクーです。(ここまで日本語で)

神谷:第1章、第2章、第3章という作りにしたのは?

ジャ・ジャンクー:タイトルは、最初、2001年に撮った時には、『デジタルカメラを持つ人』でした。新しい世紀を迎えたときに、人々が可能性を感じていて、皆が歌って踊って元気な時期でした。オリンピックの開催が決まったり、エネルギーを感じた時代です。色っぽい時代だなと思いました。当初は、2~3年撮ったら終わると思っていたら、終わらなくて、ほかの作品を撮って、思い出したら撮ってました。2015~16年頃には忘れてました。そこへコロナがやってきました。一つの時代が終わるような気がしました。フライトもなくなるし、国境も閉ざされる。北京にいて思ったのは、閉じこもっていた時にも、AIや生体に関する進化が早かった。コロナが終わったら、新しい時代が来ると思って、この映画を完成させなければいけないと思いました。20年が過ぎて、今の状態があるのだろうかと。2022年に脚本を書きました。コロナで撮影は出来なかったのですが。

神谷:音楽がふんだんに使われていました。

ジャ・ジャンクー:19曲使ってます。本来の中国の人はシャイなのに、あの時代は陽気に歌ってました。2000年を迎えた時代は狂乱状態でした。
全体的に考えて撮ったのではなく、その時、その時に歌っていたものを撮っていた中から選んでいます。その他は、監督として自分の意に合うもの、好きな曲を選びました。
セリフは、編集して繋いでみたら面白くないなと気づいて、男女の愛情を描くのに20年も必要かなと。はたと気づいたのは、前の作品は再現したもの。今回は、そこで起こったもの、偶然出会ったものを撮ってきたということでした。その時代の様子をヒロインと一緒に見ていく感じです。
編集しているときに、男女の話をいれたあとに抜いてみたら、ヒロインがあまりしゃべらない方が、敏感にその時代を感じることができると気が付きました。
結果として仕上がりがセリフを取ったことによって、世界が広がりました。彼女が沈黙したことで、いろいろなことに出会える。ひとことでは言えないものが感じられます。

★会場から
― チャン・タオさんがロボットと向き合っている図を見て、2022年の中国は監督にとって近未来的に思われているのでしょうか?
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ジャ・ジャンクー:今の中国は、AIやロボットなどが発展しているけれど、近未来というより「今」を撮っています。

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時間が来てしまって、会場から拍手を贈ったのですが、最後に一言とジャ・ジャンクー。
話されている最中に大きな笑いが起こって、会場の半分くらいは中国語のわかる方だったようでした。通訳の方が、「サングラスをかけていますが、目を悪くしているためで、ウォン・カーウァイじゃないです」と訳され、やっと笑えました。


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東京フィルメックス 25周年! 井上正幸さんを偲ぶ会の前に、チケット予約の顛末。(咲)に書きましたが、開会式のチケット予約に失敗! スマホで字が小さかったために、前から4列目のD席を取ったつもりが、後ろのほうの、O席でした。 2階席の最前列がまだ空いていたので、あわててO席をキャンセルし、2階席を取り直しました。
見晴らしがよくて、映画の画面は少し遠いながら、邪魔なく、観ることができました。
でも、舞台に登壇した人たちは、ほんとに小さくしか見えなくて、スマホのカメラでは、これが精一杯でした。しかもボケてるし。

今年からメイン会場となった丸の内TOEI スクリーン1については、ロビーが狭い、入場前は寒い通りで待たなければいけない、1階におトイレがなく、地下もしくは2階に行かなければならない、しかも和式が3割ほど! と、いろいろ気にいらないことはありますが、スクリーンは大きくて、見上げる形なので、比較的どの席からも観やすいという利点もあります。席数が800席弱から500席ほどに減少しましたが、朝日ホール時代、開会式と授賞式や、夜の人気作品は満席近くの集客ができても、平日の昼間は空席が目立ったので、ちょうどいいのではないかと思います。
ただ、丸の内TOEIも老朽化で近々閉館との噂も聞きます。来年以降の東京フィルメックスの会場はどうなるのでしょう・・・  
報告:景山咲子




東京フィルメックス 『DIAMONDS IN THE SAND』リリー・フランキーさん大いに語る (咲)

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東京フィルメックス初日。映画の前に、神戸から上京した同級生を囲んで、赤坂見附のお寿司屋さんでランチ。シルバーパスを使って、大江戸線で青山1丁目へ。坂をくだって豊川稲荷と虎屋に寄りながら、赤坂見附駅へ。
神戸の同級生、O君は、今のお住まいが私のかつて住んでいたところのすぐそば。なんとも懐かしく、羨ましい限りでした。2時からのサントリーホールでのコンサートに向かうO君を送りがてら、一ツ木通りから赤坂駅を経て、山越えして赤坂アークヒルズへ。かつて狭い道だった山越えの道が、すっかり広くなっていました。 赤坂アークヒルズ前のバス停から内幸町に出て、三田線で日比谷へ。しっかりシルバーパスで移動♪

これまで長らく有楽町朝日ホールがメイン会場だった東京フィルメックスですが、今年は丸の内TOEIに変更。東京国際映画祭のQ&A取材で何度も入ったことはありますが、映画を観るのは初めて。なだらかなスロープなので、どんな風にスクリーンが見えるのか、ちょっと心配でした。(前に座高の高い方が座った時には、頭がちょっと邪魔ですが、スクリーンは見上げる位置にあるので、おおむね大丈夫)

11月23日(土)14:55~
『DIAMONDS IN THE SAND』  
★メイド・イン・ジャパン部門
監督:ジャヌス・ヴィクトリア( Janus VICTORIA )
2024年 /日本・マレーシア・フィリピン / 102分

離婚して東京で一人暮らしをしているサラリーマンの陽志。介護施設にいる母親とは、コロナ禍でなかなか面会できない。会っても息子だと認識しているのかどうかの状態だ。そんな母もついに他界してしまう。意味のある人間関係は殆どなく、生きる意味がないという現実に彼は直面する。娘を養うために日本で介護士として働くフィリピン人のミネルバとの偶然の出会いは、陽志に自分の状況を新たな視点で見るように促す。そんな中、名前も知らない隣人の老人の腐乱死体が発見され、その死は孤独死と判定される。同じ運命を辿りたくない陽志は、用心深さを捨て、ミネルバを追ってフィリピンの首都マニラに向かう……。

孤独死という日本の現象を探求することから始まった本作は、2013年のタレンツ・トーキョー(当時はタレント・キャンパス・トーキョー)の受賞企画で、監督兼脚本家のジャヌス・ヴィクトリアにとって初の長編作品。

舞台挨拶:

上映前に、ジャヌス・ヴィクトリア(監督)、リリー・フランキー(出演)、ローナ・ティー(プロデューサー)、曽我満寿美(プロデューサー)の4人が舞台挨拶に立ちました。
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舞台正面に立つべきところ、最初に登壇したリリー・フランキーさんが、司会の神谷さんのそばに立ったため、4人が舞台の左端に立つ形になってしまいました。リリー・フランキーさん、途中で気が付いて、4人で真ん中に移動。

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*2階席にも気配りする皆さん

リリー:昭和30年代位の古い建物。たくさんいらしていただいて嬉しい。

監督:東京で始まって、7年かけて東京でお披露目することになりました。

神谷:今日は初上映。今のお気持ちは?

リリー:
ずっと大切にしてきた映画です。孤独死に向き合うという話をフィリピンの人たちはあまり知らない。僕は45年一人暮らししているので、孤独死と向き合うおじさん役が自然にできました。完成まで滅茶苦茶いろいろあって、言えないこともたくさんあります。撮影は去年の夏にマニラで行いました。フィリピンの人たちが、スルスル撮影していて感心しました。日本の若い人たちと違う。

監督:この作品は私たちにとって意義深いものです。私たちと同様に感じ取っていただければと思います。

リリー:撮影の芦澤さんの協力があって出来上がりました。芦澤さんも舞台挨拶に出たがっていたのですが、今、ジャカルタで撮影しているので来られなくて、残念がっていました。 芦澤さんは朝方3時頃に撮影が終わった時にも、すぐ近くにある深夜営業している「信長に行きますよ」と元気でした。
これからご覧になる方に、伝えたいことはちゃんと伝わると思います。
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舞台から退場される最後に、「かなり重い映画です」と、リリー・フランキーさん、にっこり。

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映画は、マスクを人たちが行き交うコロナ禍の東京の町から始まりました。桜の季節になり、在宅勤務になった陽志。どうもその前から、倉庫のような部屋に異動させられていて閑職のよう。
アパートの上の階の男性が亡くなっているのが見つかり、警察官に「最近、いつみかけましたか?」と聞かれるも、わからない。どうやら孤独死らしい。部屋を片付ける様子を見に行く。手際よく荷物を仕分けし、床を消毒している。
「この仕事、春が一番忙しい」と言われる。
施設に入っている母に会いにいく。プラスチックのパネル越しに「どなた?」と言われる。
やがて、陽志は母の介護をしていたフィリピン人のミネルバを追って、マニラに赴く。そこには、貧しいけれど、家族や隣人と肩寄せ合って他人を思いやりながら暮らす人たちがいた。それでも、麻薬組織が蔓延し、殺人は日常だった・・・

Q&A:
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ジャヌス・ヴィクトリア監督、リリー・フランキー

リリー:一番後ろで観ていましたが、いい映画でした。

神谷:監督に。プロデューサーの方とタレンツ・トーキョーで出会い、日本の孤独死をテーマに撮ることにしたのは?

監督:2010年に、TIME誌で日本の孤独死を知りました。祖母と暮らしていて介護をしていましたので、記事を読んですぐ、祖母のこともあり身近に感じました。祖母は一人で死ぬことはないなと思いました。自分に問いかけ、一人で死ぬことは恥だと思いました。そいう死に方はしたくないと考え始めました。それが、この映画に繋がりました。
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神谷:リリーさん、脚本を読んだ時の気持ちは?

リリー:読んだ時に、日常の中で当たり前に思っていたことですが、敏感にならないといけないことだと思いました。いい人でも、悪い人でもないという役どころ。孤独死は自分にリアルじゃないと思っているけど、実は近いもの。

会場から
― 最後に出てきたマニラのリサイクルショップは、どういうお店でしょうか?

リリー:日本から送られてくるもので、おそらく孤独死した人の家の家財道具もあると思います。コップを買って帰りましたけど、それでジュースを飲んでも味わえないなと思いました。灰皿に灰がついたままのものもありました。

監督:中には、綺麗にしていないものも売っています。灰を見て、陽志は自分が東京に帰った時のことを思うのです。

リリー:今日来ている人は、ほんとうに映画の好きな人。いい質問ですね。

―(フィリピンの方)象徴的に見ると、人の繋がりのない日本と、繋がりのあるフィリピンという見方もできます。でも、フィリピンでは、毎日のように多くの人が殺されているので、フィリピンでも頑張らない人は死んでもいいというような風潮を感じます。

監督:このストーリーを考え始めたとき、わかりやすい表面的な日本とフィリピンの対比で、これが正しいという見方ではなく考えようと思いました。日本の個人主義に対して、フィリピンでは公共の道に皆が集まるという姿は見せましたが。

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リリー:住宅事情が根本的に違う。家族で住まざるをえない経済的事情もある。学校に行けない子もいて、暑いから真夜中にバスケをしていたりします。土砂降りで雨が溜まると、そこで子供が泳いでいたりして、たくましい。
家族の繋がり方が、昔の日本っぽい。 
エンジェルは、エンターテーナーとしてミネルバが日本で働いていた時に産んだ子。監督が描きたかったのは、人と人の繋がり方。

監督:人は孤独を恐れているということ。自分が孤独になるのを受け入れがたいです。フィリピンの人は孤独が怖いので、いつも外に出ています。外に出なくても、アプリを入れて皆と繋がっているのを感じたいのです。

リリー:陽志とミネルバは恋愛しているのでなく、不思議な関係。最後に、「ご飯食べた?」とミネルバが尋ねて、画面が暗転すると、なぜか救われる、台本の時点から、こういう終わり方、いいなと。

ここで、神谷さんが時間が来ました・・・と言いかけたところで、リリーさん、「あそこの人、危なそうですよ。聞いてみましょう」と指さされました。

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― 思いやりがないとミネルバが言った場面について・・・

リリー:にじみ出る嫌なところを演じてみたいなと。正しいけど、思いやりがないと言われると、ぐっときますよね。
コンビニでマスクをはずして「ハッピーニューイヤー」という場面。思いやりの気持ちですよね。演じていたのは、インドの人で、東京で一番美味しいインド料理屋に連れてってもらいました。このすぐ隣り。
金貸して返ってこないことは、山ほどあるので、陽志の気持ちはよくわかります。

最後の最後までテンション高いリリー・フランキーさんでした。

報告:景山咲子



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第25回東京フィルメックスラインナップ

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アジアを中心に世界から独創的・刺激的な作品が集結!
<どこよりも早く世界の”次“に出会える>国際映画祭!

会期:2024年11月23日(土)~12月1日(日)
会場:丸の内TOEI、ヒューマントラストシネマ有楽町
上映プログラム:東京フィルメックス・コンペティション、特別招待作品、メイド・イン・ジャパン、プレイベント

東京フィルメックス・コンペティション:10作品
特別招待作品 :11作品
メイド・イン・ジャパン:4作品
プレイベント:今だけ、スクリーンで!東京フィルメックス25年の軌跡 : 6作品
関連企画:5作品
全36作品 ※予定(10/9現在)

★上映スケジュール(10/25発表されました)

●オープニングはジャ・ジャンクー監督の『Caught by the Tides(英題)』。国際審査員を務めるロウ・イエ監督の最新作『未完成の映画』も上映されます!
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『Caught by the Tides(英題)』 © 2024 X Stream Pictures

クロージング作品のホン・サンス監督『スユチョン』や審査員の一人、婁 燁(ロウ・イエ)監督の『未完成の映画』、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の「行者」シリーズより『無所住』『何処』などの最新作が特別招待作品部門で上映される。日本からは宇賀那健一監督『ザ・ゲスイドウズ』。ここ数年フィルメックス特別招待作品部門ではアジア映画の上映が主だったが、今年は『スホ』や『地獄に落ちた者たち』など、非アジア圏の注目作、『ブルー・サン・パレス』『愛の名の下に』のようなアメリカで制作されたアジア系の若手による関連作も上映される。

HPより

🏆コンペティション
アジアの新進作家が2023年から2024年にかけて監督した作品の中から10作品が上映されます。また国際審査員3名が、最優秀作品賞と審査員特別賞を選び、11/30(土)に行われる授賞式で発表されます。
(日本語タイトル横の★=長編監督デビュー作)

『四月』April(აპრილი)
フランス、イタリア、ジョージア / 2024 / 134分
監督:デア・クルムベガスヴィリ( Dea KULUMBEGASHVILI )
ジョージアでは、妊娠12週までの処置であれば堕胎手術は本来合法ではあるものの、社会的、あるいは政治的な圧力によって、それが実質的に違法状態になっているという。そんな保守的な社会において、多大なリスクを冒しつつ、他に選択肢を持たない女性たちを戸別訪問し、使命感のみに突き動かされながら、処置や手術を続ける1人の産婦人科医の姿をこの作品は描いている。社会的にも精神的にも孤立し、内面を蝕まれ、次第に心身のバランスを失っていく彼女の姿が、超現実的な描写を交えつつ捉えられていくのだが、その描写の強度や厳密さには誰もが圧倒させられるはずだ。パンデミックのために未開催に終わった2020年のカンヌ映画祭において入選の証である「カンヌ・レーベル」を与えられ、同年にサン・セバスチャン映画祭で最優秀作品賞を受賞した『BEGINING ビギニング』に続くデア・クルムベガスヴィリの長編第2作。本作はベネチア映画祭のコンペティション部門で初上映され、特別審査員賞を受賞した。

『ハッピー・ホリデーズ』Happy Holidays
パレスチナ、ドイツ、フランス、イタリア、カタール / 2024 / 123分
監督:スカンダル・コプティ( Scandar COPTI )
イスラエルのハイファに住む、あるパレスチナ人家族の物語。作品は4つの章に分かれており、それぞれの章が家族内の別の人物を中心に展開し、それぞれが相互に絡み合う構成になっている。国家や社会や文化がどのように強制的な支配を及ぼし、その圧力がどのように個人の人生を変え、破壊するのかについての一連のヴァリエーションにもなっており、一つの家族(あるいは拡大家族)の置かれている状況や人間関係の考察を通じて、イスラエルにおけるパレスチナ人とイスラエル人の分断状況や、軍国主義、あるいは女性に対する家父長主義的な制約といった民族や国家やジェンダーをめぐる深い文化的・政治的な背景が露わにされていく。2009年にイスラエル人監督ヤロン・シャニとの共同監督作品『Ajami』でカンヌ映画祭のカメラドールのスペシャル・メンションを獲得したパレスチナ人監督スカンダル・コプティの2作目の長編作品(単独監督作としては1作目)。本作はベネチア映画祭オリゾンティ部門で上映され、同部門で最優秀脚本賞を受賞した。

『サントーシュ』Santosh ★
インド、イギリス、ドイツ、フランス / 2024 / 120分
監督:サンディヤ・スリ( Sandhya SURI )
サントーシュが警察官として働き始めたのは、殉職した警察官の未亡人が職を継承できるという政府の制度のためだった。慣れない仕事に順応していく中で、彼女はすぐに、昔ながらの警察のやり方を体験し、そこに否応もなく参加することになる。性差別、汚職、権力闘争、そしてカースト制度や宗教による社会の分断。レイプされ、殺害され、地元の井戸に捨てられた、いわゆる「不可触民」である少女の死の捜査を、ベテランでカリスマ性のある女性警察官、シャルマ警部の指揮の下で担当することになったサントーシュは、彼女を刺激的な指導者であり、フェミニスト的な連帯の拠り所と見なすようになるが……。映画はあくまでもサントーシュ個人の視点を保ちつつ、彼女が何を受け入れ、内面化し、実践できるか、という感情の旅を描いていく。その過程で社会の腐敗を構造的で世代的なものとして描き出し、その複雑なニュアンスを見事な忍耐と厳格さで探求している。カンヌ映画祭のある視点部門で上映。第97回アカデミー賞国際長編映画

『女の子は女の子』Girls Will Be Girls ★
インド、フランス、アメリカ、ノルウェー / 2024 / 118分
監督:シュチ・タラティ( Shuchi TALATI )
模範的な生徒である16歳のミラは、ヒマラヤにあるエリート寄宿学校において、学校全体の行動と学習の基準を設定する責任者である監督生に女子生徒として初めて就任する。野心的で潔癖な性格にも関わらず、彼女は新入生のスリに対して初恋の痛みを覚え、最初の欲望に早々に屈してしまう。彼女の初恋と性欲に対する探求は、しかしながら、母親の介入によって思わぬ方向へと向かう。母親とスリの奇妙な親密さはミラの嫉妬と不安を引き起こし、母と娘の間にぎこちなく、重い溝を作っていく……。映画はインド社会の伝統的な価値観、とりわけ家父長制の陰が彼女たちの人生にいかにまだ影響しているかを検証しつつ、母と娘の間の絶え間ない駆け引きや緊張関係に迫っていく。美化や中傷をすることなく、親密さ、自己承認、裏切りや許しのほんの僅かな瞬間をカメラは捉えている。サンダンス映画祭のワールド・シネマ・ドラマティック部門にて初上映され、主演のPreeti Panigrahiの演技に対して特別審査員賞が授与され、同時に観客賞も受賞した。

『ベトとナム』Viet and Nam
ベトナム、フィルピン、シンガポール、フランス、オランダ、イタリア、ドイツ、アメリカ / 2024 / 129分
監督:チューン・ミン・クイ( TRUONG Minh Quý )
ベトとナムは20代の炭鉱労働者の青年。彼らは粉塵まみれの画一的な職業生活を送りながら、地下何百メートルの暗闇の中で密かな愛を育んでいる。彼らは共に戦争で父を亡くしており、ナムと彼の母は父のベトコン時代の古い同志バと共に、まだ半分埋まった兵器が点在する森に覆われた中央高原へ父の遺骨を探す旅に出る。ベトは彼らに同行しつつ、ベトナムから密航し国外へ脱出することを計画しているナムの身を案じている....。20年に及ぶ戦争による深い傷がまだ色濃く残る2001年のベトナムを舞台に、恋人同士である2人の炭鉱労働者の姿を通して、戦後のベトナムにおいて、若くそしてクィアであること、そして更にはベトナムという国そのものが抱える困難と苦悩を描く。催眠術のように優しく官能的に撮影された美しい作品でありつつも、その表層の下に眠る深く暗い影の部分を炙り出そうとする象徴性に満ちた作品。デビュー作『樹上の家』(2019)で注目を集めた新鋭チューン・ミン・クイの2作目の長編である本作は、カンヌ映画祭のある視点部門で初上映された。

『黙視録』Stranger Eyes(默視錄)
シンガポール、台湾、フランス、アメリカ / 2024 / 126分
監督:ヨー・シュウホァ( YEO Siew Hua )
家族でのピクニックのビデオ映像をじっくりと見ている若い父親。すぐに彼の幼い娘が行方不明になっているということが分かる。このビデオは、若い両親が持っている娘の最新の映像のようだ。程なくして、行方不明の娘の映像が入ったDVDが家族の玄関先に届き始める。誰かがこの家族を長い間監視しており、おそらく娘を取り戻す鍵を握っていることが明らかになる……。ヨー・シュウホァの『幻土』に続く新作長編『黙視録』は、こうして犯罪スリラーとして幕を開ける。シンガポール警察が所有する膨大な数のCCTV映像が駆使され、比較的あっけなく事件は解決するのだが、すでにその頃にはこの作品はスリラーの枠組みをあっさりと超え、現代の孤立と監視文化についての、巧妙で、陰鬱で、瞑想的で、最終的には不可解さを含んだより多層的な物語へと変質を遂げ始めている。大量監視の時代に見る、見られるということはどういうことなのか。私たちの身近にあるこの大きな問いを考察することで、この作品は人間の孤独や脆さを見つめている。ベネチア映画祭コンペティション部門で上映。

『白衣蒼狗』Mongrel(白衣蒼狗) ★
台湾、シンガポール、フランス / 2024 / 128分
監督:チャン・ウェイリャン
Director: CHIANG Wei Liang
共同監督:イン・ヨウチャオ
Co-Director:YIN You Qiao
タイからの不法移民の青年オームは台湾の山岳地帯の田舎町で老人や障害者たちの介護の仕事をしている。東南アジア各地からの不法移民たちを闇で働かせているボスの下、移民労働者たちの仲介役でもある彼は、ボスと移民たちとの間で板挟みになることも多い。そしてある日、彼が介護をしている老女から、重度の障害を持つ彼女の息子について、ある相談を持ち掛けられる……。現代の奴隷制度ともいえる環境の中で暮らす移民労働者たちの絶望的に悲惨な状況や、彼らの直接のボスよりもさらに上の階層の闇社会の権力によって構築された搾取のシステムの在り方が、説明を極力排した厳密な筆致で描かれていく。フレーム内外で見事に制御された絵画的な構図や、長い沈黙を恐れない編集のリズムの調整も秀逸で、長編監督1作目にして見事な完成度に達している。ホウ・シャオシェンとリャオ・チンソン(ホウ作品の長年の編集者)が製作者として参加。カンヌ映画祭の監督週間で初上映され、初長編作品を対象とした賞、カメラドールのスペシャル・メンションを授与された。

『空室の女』Some Rain Must Fall(空房間裡的女人) ★
中国、アメリカ、フランス、シンガポール / 2024 / 98分
監督:チウ・ヤン( QIU Yang )
40代の主婦、ツァイは人生の目的を失い、大きな精神的崩壊の瀬戸際にいる。映画の冒頭で、彼女は不運な形で年配の女性に怪我を負わせてしまい、入院したその女性の家族から賠償を求められる。この出来事を導入として、私たちは彼女の置かれている状況を目にしていく。夫とは離婚手続き中で、反抗期の娘との間にも深い溝がある。同居中の義母はどうやら認知症を患っており、疎遠になって久しい実父は死期が近いようだ。彼女は、自分の上にのしかかる重荷や憂鬱から逃れようともがいている。この作品は、こうしたツァイの「中年の危機」的状況、ひいては中国の中程度に裕福な家庭の機能不全を、4:3の息苦しいフレーミングと撮影監督のコンスタンツェ・シュミットによる美しく憂鬱なイメージによって極めて効果的に語る。映画初出演だという主演のYu Aierの抑えた演技も素晴らしい。カンヌ映画祭の短編部門でパルムドールを受賞した『A Gentle Night』(2017)等、一連の短編作品で高い評価を得てきた新鋭チウ・ヤンの長編デビュー作。ベルリン映画祭エンカウンターズ部門で初上映された。

『家族の略歴』Brief History of a Family(家庭簡史) ★
中国、フランス、デンマーク、カタール / 2024 / 99分
監督:リン・ジェンジエ( LIN Jianjie )
高校の校庭での懸垂中に、内向的なシュオは、同級生のウェイが投げたバスケットボールが当たって落下し、足を負傷する。罪悪感を感じたウェイは、シュオを自宅でテレビゲームをしようと誘う。ウェイの両親と夕食を共にする中、シュオは母親が亡くなったことを明かし、アルコール中毒の父親から受けた虐待をほのめかす。しかしこれはウェイの両親の共感を得るための、シュオにとって最初の巧妙なステップだった。徐々にシュオはウェイの裕福なアパートで過ごす時間を増やし、確実に彼の両親の信頼を勝ち取っていく……。本作が長編デビュー作となるリン・ジャンジェは、見事な語り口の正確さで、目立たない侵入者が潜り込んだ中流階級家庭内における、変化する力学を分析している。完璧な彫刻作品のように、あらゆるフレームのあらゆる要素を徹底的なコントロール下に置きつつ、巧妙で不可解な曖昧さを保ち、スリラー作品のような緊張感を持続させる手腕は見事としか言いようがない。サンダンス映画祭で初上映され、その後にベルリン映画祭でも上映された。

『ソクチョの冬』Winter in Sokcho(Hiver à Sokcho) ★
フランス、韓国 / 2024 / 104分
監督:コウヤ・カムラ( Koya KAMURA )
スアは韓国北東部の海辺の町、ソクチョにある小さなホテルで働いている。ソウルから数か月前に故郷に戻った彼女は、ソウルでモデルになりたいと思っているボーイフレンドのジュノと半同棲中。しかし、彼女の慎重に構築された日常は、ロシュディ・ゼムが演じる、ある程度名の知れたフランス人アーティスト、ヤン・ケランドの到着によって乱されてしまう。生前にフランス人の父親に捨てられた経験を持つスアは、ケランドと出会い、長い間彼女の中に埋もれていた感情と疑問を再び芽生えさせる……。エリザ・スア・デュサパンによる同名小説の映画化作品である本作は、若い女性のアイデンティティの探求と受容の過程を繊細かつ親密に捉えた作品。冬のソクチョというロケーションの持つ魅力に加え、アニエス・パトロンによる抽象的なアニメーション・シークエンスの導入も大きな効果をあげている。日系フランス人監督、嘉村荒野の初長編作品で、トロント映画祭のプラットフォーム部門での初上映後、サン・セバスチャン映画祭の新人監督部門でも上映された。

🏆特別招待作品
オープニング作品
『Caught by the Tides(英題)』
Caught by the Tides(風流一代)
中国 / 2024 / 111分
監督:ジャ・ジャンクー( JIA Zhang-Ke )
配給:ビターズ・エンド
ジャ・ジャンクー監督の長年のミューズであるチャオ・タオ演じる一人の女性の人生の約20年間を、彼女の元を去った一人の男性との関係を軸に描いた作品。物語は2001年に始まり、1度目は5年後、次には16年後に時代が移行し、2022年を舞台とする第3幕までを通して、主人公女性の感傷的な苦難と、時の経過と共に彼女の自立が深まっていく姿が捉えられている。冒頭の場面は2001年頃に撮影され、映画の終盤に主人公たちが再び大同市に戻る頃には、この古い炭鉱都市が未来への可能性に開かれた完全に別の世界になっているのが印象的だ。最初の2章は過去に様々なフォーマットで撮影された未使用の映像素材が多くの場面で使われており、サウンド版サイレント映画の形式が部分的に援用され、ポップ、ディスコ、伝統音楽等のサウンドトラックに支えられた流動的な編集がなされている。そうしたユニークなハイブリッド映像/音響が各時代の集合的記憶のようなものを想起していく様は実に感動的だ。カンヌ映画祭のコンペティション部門でワールドプレミア上映された。

クロージング作品
『スユチョン』By the Stream
韓国 / 2024 / 111分
監督:ホン・サンス( HONG Sangsoo )
ソウルの女子美術大学を舞台にしたこの映画は、もうそれほど若くはない大学講師のジョンイムが、かつてはその分野で有名だった叔父のチュ・シオンに大学の演劇祭で学部の学生たちの寸劇を演出させようと大学に招へいするところから始まる。演劇祭への準備が始まり、その過程でシオンはジョンイムの上司で彼の大ファンである女性教授チョンと親しくなっていく……。本作は『A Traveler’s Needs(英題)』に続く今年2作目のホン・サンス監督作品。登場人物たちが食事をし、酒を酌み交わす場面で重要なことが示唆されることが多いホン作品だが、この作品もその例に漏れず、川沿いにある鰻料理店で多くの進展や転回が起こる(また、川沿いの店ではないが、演劇祭の打ち上げの席で学生たちが独白する場面は不意に訪れる感動的なシーンだ)。ジョンイムは織機で繊細なパターンの織物を作る新進の芸術家であり、そのことがこの作品の主題の一つである演劇の考察と共に、作品にもう一つのレイヤーを与えている。ロカルノ映画祭のコンペティション部門で上映され、主演のキム・ミニが最優秀演技賞を受賞した。

『ブルー・サン・パレス』Blue Sun Palace(藍色太陽宮) ★
アメリカ / 2024 / 116分
監督:コンスタンス・ツァン( Constance TSANG )
ニューヨークのクイーンズの中国式マッサージ店に住み込みで働くエイミーとディディ。彼女たちはディディの幼い娘が叔母と暮らしているボルチモアで一緒にレストランを開くことを夢見ながら、強固な姉妹的関係を築いている。一方、ディディは建設作業員として働きながら台湾の家族に送金している中年男性のチュンと付き合い始めており、彼と一緒に暮らすことも望むようになる。しかし、予期せぬ暴力行為が旧正月に彼らの生活に侵入すると、彼らの夢は脆くも崩れ去り、痛ましい不在が残される……。本作が初長編監督作となるコンスタンス・ツァン監督は、撮影監督ノーム・リーの力を借りて、この長引く悲しみをざらついた質感と陰鬱な映像で美しく表現する。沈黙が何よりも雄弁に物語を語り、移民であることの孤独、そしてかつて故郷と呼んでいた場所から遠く離れた時に家族やコミュニティのような存在がどれだけの意味を持つかを静かに訴えかけている。カンヌ映画祭の批評家週間で上映され、フレンチ・タッチ賞を受賞した。

『愛の名の下に』Mistress Dispeller(以愛之名)
中国、アメリカ / 2024 / 94分
監督:エリザベス・ロー( Elizabeth LO )
このドキュメンタリー作品では、プロの別れさせ屋の介在を通して、ある中年夫婦と若い女性の三角関係があらゆる角度から精査される。この「愛人払い」ビジネスは、夫婦カウンセリングの一種のバリエーションであり、妻が夫を不倫関係から引き離すために密かに恋愛の第一人者を雇って潜入させるというものだ。本作が三角関係の 3 つの角のすべてに驚くほど接近できているのは、この作品の主要登場人物である愛人払いのWang Zhenxi、通称ワン先生の手腕によるところだという。自分の顧客をカメラの前に立たせることができた愛人払いは彼女だけで、プレス資料によれば、残りの角の2つ、つまり夫とその不倫相手の若い女性に関しては、制作チームは当初は現代中国の愛についてのドキュメンタリーを作るという名目で彼らにアプローチしたとのことだ(撮影後に、改めて全員がこの作品への出演に同意した模様)。『ストレイ 犬が見た世界』で知られる香港系アメリカ人監督エリザベス・ローの長編2作目。ベネチア映画祭のオリゾンティ部門で上映され、アジア映画を対象としたNETPAC賞を受賞した。

『ポル・ポトとの会合』
Meeting with Pol Pot(Rendez-vous avec Pol Pot)
フランス、カンボジア、台湾、カタール、トルコ / 2024 / 112分
監督:リティ・パン( Rithy PANH )
ジャーナリストのエリザベス・ベッカーが学者のマルコム・コールドウェルとジャーナリストのリチャード・ダッドマンと共に1978年にプノンペンを訪れた時の記録『When the War Was Over』を大まかに脚色したこの物語は、ポル・ポトとの独占インタビューを前に、3人のジャーナリストたちが役人たちによる厳密な統制下で、政策の施行現場を巡る様子を追う。役人たちが信奉している現実の断片は、時折、表面に亀裂が生じ、彼ら3人は、革命の教義の下で彼らが犯している恐ろしい行為を垣間見ることができるが、肝心のポル・ポトとの会合の実施はずるずると先延ばしにされていく……。色褪せたアーカイブ映像や写真、そして部分的に土人形劇を劇映画に組み合わせることで、リティ・パンは事実に基づくこの架空の物語を長く記憶に残る誠実な作品に仕立て上げている。彼はそのキャリアの大部分を、故郷カンボジアのクメール・ルージュによる大量虐殺の時代を探求することに捧げてきたが、この作品はそうした作品群に重要な新たな側面を加えるものになるはずだ。カンヌ映画祭のカンヌ・プレミア部門で初上映された。

『無所住』Abiding Nowhere(無所住)
台湾、アメリカ / 2024 / 79分
監督:ツァイ・ミンリャン( TSAI Ming-Liang )
マレーシア出身の台湾の巨匠ツァイ・ミンリャンの演出、リー・カンションの主演による「行者(Walker)」シリーズの第10作目。9作目の『何処』に続き、Anong Houngheangsyも出演している。スミソニアン国立アジア美術館の委託を受けて制作された作品で、同美術館のあるワシントンDCの街やフリーア美術館を舞台に、有名な文学作品『西遊記』の着想源となった7世紀の仏僧玄奘(Xuanzang)の中国からインドへと至る巡礼の旅からインスパイアされた、非常にゆっくりとした修行僧の歩みが捉えられている。ベルリン映画祭のベルリナーレ・スペシャル部門で世界初上映された。

『何処』Where(何處)
台湾 / 2022 / 91分
監督:ツァイ・ミンリャン( TSAI Ming-Liang )
2022年11月から2023年1月にかけてパリのポンピドゥー・センターにて開催されたツァイ・ミンリャン監督の全面的なレトロスペクティブと展覧会「Une Quête」に合わせて制作された「行者(Walker)」シリーズの第9作。『日子』(2020)に出演していたAnong Houngheuangsyが行者役のリー・カンションと共に主演しており、パリの賑やかな街で行者と出会う自分自身を演じている。本作のプロデューサーによれば、ツァイ監督は「行者」10作目の『無居住(Abiding Nowhere)』と本作を姉妹作のように考えており、どちらかというと本作の方が順番的には後に来るのだという。ポンピドゥー・センターの大きな空間の床に置かれた非常に大きな白いキャンバスのような布にAnong Houngheuangsyが木炭のようなもので何本もの線を描き、その脇を行者が非常にゆっくりと歩いていく。その動きの極度なスローさにも関わらず、両者の邂逅はとてもスリリングだ。

『未完成の映画』An Unfinished Film(一部未完成的電影)
シンガポール、ドイツ / 2024 / 107分
監督:ロウ・イエ( LOU Ye )
2019年、物語は10年間電源が入っていなかったコンピューターが起動される場面から始まる。そこには放置された未完の映画が入っており、その映画の監督は主演俳優を呼び出し、制作の再始動を提案する。様々な理由で躊躇していたものの、2020年1月の春節を目前に撮影準備が始まると、主演俳優はクルーに合流している。彼らはすぐに制作に取りかかるが、程なくしてコロナ禍対策のためのロックダウンのニュースが広まり始め、何人かのキャストは荷物をまとめて去っていく。そしてすぐにホテル全体が強制的に封鎖され、主演俳優とクルーは各部屋に閉じ込められてしまう……。本作は、未完に終わったクィア映画を完成させるために再集結した映画制作チームを描いたドキュフィクション作品。映画制作の過程とパンデミックを生き抜く過程が、感染拡大で制作が中断し、全員がホテルで隔離されるという場面で結び付けられる。そこからフィクションと現実の境界が更に曖昧になっていくが、それでも溢れ出る真摯さや真実味こそがこの作品の真骨頂だろう。カンヌ映画祭にて特別上映作品として上映された。

『スホ』Sujo
メキシコ、アメリカ、フランス / 2024 / 125分
監督:アストリッド・ロンデロ&フェルナンダ・バラデス( Astrid RONDERO / Fernanda VALADEZ )
麻薬取引の温床であるミチョアカン州の田舎で、シカリオ(殺し屋)の父のもとに生まれたスホは4歳で孤児になる。人里離れた丘の上に住む叔母ネメシアは、カルテルの掟によって命を狙われることになった幼いスホを匿い、彼女と姉妹的な関係にある友人ロザリアと、その2人の息子だけを伴って彼は育てられる。成長するにつれ、彼は親から引き継いだ血まみれの遺産について知るようになるが……。本作は暴力の連鎖の中で、一人の少年が忍耐強く自分の道を見つけようとするまでを描く成長物語。直接的な暴力は画面には殆ど映らないものの、私たち観客はそれが差し迫った避けられない前兆のように常に潜んでいるのを強く感じるだろう。リアリズムと抒情性を効果的に融合させながら、カルテルの暗躍を背景にした暴力と世代間のトラウマが巧みな脚本によって描かれている。アストリッド・ロンデロとフェルナンダ・ヴァラデスの映画作家デュオによる『息子の面影』(2020)に続く長編作品。前作に続き、本作もサンダンス映画祭で上映され、見事審査員特別賞を受賞した。

『地獄に落ちた者たち』The Damned
イタリア、ベルギー、アメリカ、カナダ / 2024 / 89分
監督:ロベルト・ミネルヴィーニ( Roberto MINERVINI )
1862年、北軍の志願兵部隊が北西部の辺境を偵察する任務を与えられる。彼らは、若者、年配者、神を恐れる者、神を恐れない者など、あらゆる階層の多様な集団だった。彼らの多くに共通しているのは、銃を撃った経験が殆どなく、ましてや人を殺したことなどないということだ。ただ、彼らが長い間本当に戦わなければならない敵は、退屈であり、北西部の厳しい気候だった。彼らは神の存在に疑問を抱き、善と悪の概念について議論し、高まる幻滅感を理解しようとするが……。これまで20年以上に渡ってアメリカの見過ごされてきた辺境を描き続けてきたイタリア出身の映画監督ロベルト・ミネルヴィーニが、同国の南北戦争に目を向けた最新作。アメリカという国のアイデンティティを形作ってきた信仰、夢や希望、階級、そしてコミュニティといった要素が、これまでのミネルヴィーニの作品と同様に、この時代劇でも少し形を変えて探求されている。カンヌ映画祭のある視点部門で初上映され、同部門で監督賞を受賞した。

『ザ・ゲスイドウズ』The GESUIDOUZ
日本 / 2024 / 93分
監督:宇賀那健一( UGANA Kenichi )
配給:ライツキューブ
鳴かず飛ばずのバンド「ザ・ゲスイドウズ」でボーカルを務める26歳になったばかりのハナコ。一向に売れる気配のない彼らの体たらくを見かねた彼らのマネージャーは、厄介払いを兼ねて、移住支援制度を活用して彼らを田舎へと送り込もうとする。27歳で早逝したロック・レジェンド達に自らを重ねつつ、ハナコは27歳で死ぬこととグラストンベリー・フェスティバルへの出演を自らに誓い、新しい環境で新しい曲を書こうとするが....。パンク音楽とホラー映画にオマージュを捧げる本作は、アキ・カウリスマキ監督の「レニングラード・カウボーイズ」シリーズを彷彿とさせる、とぼけた物語展開が魅力のファンタスティック・ロック・ムービー。だが、この作品が私たち観客の心を最終的に震わせるのだとすれば、それはジャンルを問わず、あらゆるポップ・カルチャーの持つある種の本質をこの作品が正確に突いているからだろう。大衆文化における「しょうもないもの」に人生を変えられた経験を持つすべての人に観てもらいたい作品だ。トロント国際映画祭のミッドナイト・マッドネス部門でワールドプレミア上映された。

🏆メイドインジャパン 4作品
『ユリシーズ』Ulysses ★
日本、スペイン / 2024 / 73分
監督:宇和川輝( UWAGAWA Hikaru )
この映画は3部に分かれている。第1部では、マドリードで8歳の息子と2人きりで暮らすロシア人の母親に私たちは出会う。続く第2部では、一人の日本人男性がバスク人の若い女性と知り合う。2人は共に時間を過ごし、彼女は彼を友人たちに紹介する。そして第3部では、舞台は日本に移され、若い男性がお盆の時期に実家に帰省し、亡くなった祖父の霊を迎えるための準備を祖母と共に進めていく…。本作は、そのタイトルが示す通り、ジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』の形式的なアイデアを取り入れた作品で、更には『ユリシーズ』が大きく依拠しているホメロスの『オデュッセイア』を大まかに翻案したものだという。ただ、無論ここではギリシャの英雄の困難な帰郷の旅がそのまま語られているわけではない。むしろここでは「家」や「帰属」といった概念を巡って各々の物語が展開されており、世界の様々な場所での日常生活の断片が曖昧さを残したまま控えめな筆致で描かれている。本作はマルセイユ国際映画祭で初上映され、続いてサン・セバスチャン映画祭でも上映された。

『雪解けのあと(仮)』After the Snowmelt(雪水消融的季節) ★
台湾、日本 / 2024 / 110分
監督:ルオ・イーシャン( LO Yi-Shan )
配給:ドキュメンタリー・ドリームセンター
本作は、ルオ・イーシャン監督の親友チュンが、2017年に恋人のユエとネパールでのトレッキング中に亡くなったことに端を発している。チュンとユエは降雪のために47日間山中の洞窟に閉じ込められたが、チュンは救出の3日前に亡くなり、ユエだけが生き残る。台湾に戻ったユエはチュンと交わした約束を、元々このネパール旅行に加わる予定だったルオに打ち明ける。生き残った者は自分の体験を語らなければならないという約束だ。その言葉に応えるため、ルオはカメラを手に取りネパールへ向かい、チュンの足跡を辿る旅に出る…。この作品は一人の若者が初めて経験する深い喪失と格闘し、その意味を探求する過程を辿るドキュメンタリーであり、同時に成長物語でもある。あくまでも主観に徹した一人称の作品だが、映像のフレーミングやその選択、そして編集のリズムにも非凡なセンスを感じさせる。親友が亡くなる前に残した手紙の使い方も効果的で、死者と生存者の間の複雑な関係を親密に浮かび上がらせていく。ニヨンの国際映画祭「ヴィジョン・デュ・レール」でワールドプレミア上映された。山形県の豪雪地で作品の構成・編集を再考するレジデンシーに参加した「メイド・イン・ジャパン」である。

『椰子の高さ』The Height of the Coconut Trees ★
日本 / 2024 / 100分
監督:ドゥ・ジエ(DU Jie)
物語は2組のカップルを中心に展開する。一人の青年は写真家の恋人を自殺で亡くしてしまうが、彼女との生前と死後のエピソードが、時間軸をずらす形で物語に織り込まれていく。もう一つの中心になるのがペット関係の店で働く女性と日本料理店で働く男性の関係を描いた物語で、料理中の魚の内臓の中に指輪を偶然見つけたことをきっかけに二人は結婚を計画するが、ハネムーンの直前に彼らの関係は破局を迎える……。本作はチェン・スーチェン、グァン・フー、ニン・ハオといった名だたる監督たちの下で20本以上の映画を撮影してきたベテラン撮影監督のドゥ・ジエの長編監督デビュー作で、脚本、撮影、編集、美術もドゥ自身が担っている。20年初頭にコロナ禍が始まった際に日本で家族と休暇を過ごしていたドゥはそのまま短編小説を日本で書き始め、そのうちの一つを映画化したのが本作だという。東京で大部分が撮影されたチェン・スーチェン監督作『唐人街探偵 東京MISSION』(2021)の主要な制作スタッフの多くが今作にも関わっている。釜山国際映画祭のニューカレンツ部門で初上映された。

『DIAMONDS IN THE SAND』DIAMONDS IN THE SAND ★
日本、マレーシア、フィリピン / 2024 / 102分
監督:ジャヌス・ビクトリア( Janus VICTORIA )
離婚して東京で一人暮らしをしているサラリーマンのヨージ。彼のことを心配してくれる母親もついに他界してしまう。意味のある人間関係は殆ど残っていないため、生きる意味がないという現実に彼は直面する。娘を養うために日本で介護士として働くミネルバとの偶然の出会いは、ヨージに自分の状況を新たな視点で見るように促す。そんな中、名前も知らない隣人の老人の腐乱死体が発見され、その死は孤独死と判定される。同じ運命を辿りたくないヨージは、用心深さを捨て、ミネルバを追ってフィリピンの首都マニラに向かうが……。孤独死という日本の現象を探求することから始まった本作は、2013年のタレンツ・トーキョー(当時はタレント・キャンパス・トーキョー)の受賞企画であり、監督兼脚本家のジャヌス・ヴィクトリアにとっては初の長編作品となる。どんな作品でも必ず光る演技を見せるリリー・フランキーがここでも抜群の存在感を発揮しており、ベテラン撮影監督の芦澤明子による、日本とフィリピンの空気感をそれぞれに映し出す映像も魅力的だ。
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🎊プレイベント
「第25回東京フィルメックスプレイベント」
今だけ、スクリーンで!東京フィルメックス25年の軌跡
会期:2024年11月15日(金)~ 11月21日(木)
会場:ヒューマントラストシネマ有楽町
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/505154371.html

■チケット購入
●プレイベント  今だけ、スクリーンで!東京フィルメックス25周年の軌跡
(11月15日(金)- 21日(木))
会場:ヒューマントラストシネマ有楽町 シアター1or2(有楽町イトシア・イトシアプラザ4階)
11月7日(木) 16:00 pmより発売!
料金 一般:2,000円 TCGメンバーズカード:1,400円
大学生1,500円 / 高校・中学・小学生1,000円 / シニア1,300円

●第25回東京フィルメックス/TOKYO FILMeX
(11月23日(土)- 12月1日(日))
会場:丸の内TOEI SCR1
11月2日(土) 12:00 pmより発売! 
今年もお得なU-25割あり
前売券 一般:1,500円 U-25割:1,100円
11/2(土) PM 12:00~11/22(金) 19:00まで
会期中券:一般:2,000円 U-25割:1,500円
11/23(土)AM 10:00~
詳細はこちら

主催:特定非営利活動法人東京フィルメックス
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画祭支援事業)、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【芸術文化魅力創出助成】
特別協賛:シネマイニュテイル
協賛:デジタメ、シマフィルム、コネクション、KODAK
協力:アテネ・フランセ文化センター、東映、東京テアトル、東京学生映画祭、Festival Scope

【提携企画 Talents Tokyo 2024】
主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、タレンツ・トーキョー実行委員会
提携:ベルリナーレ・タレンツ(ベルリン国際映画祭)
協力:ゲーテ・インスティトゥート
まとめ 宮崎 暁美