第21回東京フィルメックス

会期:2020年10月30日(金)~11月5日(木)
会場:TOHOシネマズ シャンテ
   ヒューマントラストシネマ有楽町(レイト会場)
   有楽町朝日ホール(オープニング会場)
上映プログラム:東京フィルメックス・コンペティション、特別招待作品
公式サイト:https://filmex.jp/2019/

★東京国際映画祭とほぼ同時期に開催し、カンヌ映画祭における<監督週間>のような位置づけとして連携。

市山尚三ディレクターによるコメント
このたび、第21回東京フィルメックスを「第33回東京国際映画祭」とほぼ同時期に開催する運びとなりました。
東京国際映画祭の安藤裕康チェアマンと久松猛朗フェスティバル・ディレクターの元、東京国際映画祭は大きな変革を目指しているとうかがい、「カンヌ映画祭の大きな枠組みの中で独立性をもって開催される<カンヌ監督週間>のような連携を」というご提案に深く共感いたしました*1

東京国際映画祭も掲げておられる「映画界の連携強化」の理念は、多様なメディアが存在する現在だからこそ、情報発信の面からも相乗効果が期待できると考えています。

世界中が災厄に見舞われている今年、21回目の開催となる東京フィルメックスは変化を経て10月30日からの開催を目指します。

皆様のご理解とご協力のほど、何卒よろしくお願いいたします。
以上


*1「カンヌ映画祭」は「コンペティション」や「ある視点部門」などは「カンヌ映画祭(Festival de Cannes)」主催によるもので、「監督週間」は「フランス監督組合」による主催、とそれぞれ独立した運営により作品選定が行われています。カンヌのもう一つの併催事業「批評家週間」、ベルリンの「フォーラム」、ヴェネチアの「ヴェニス・デイズ」は、日本では「◯◯部門」と紹介されることがありますが、実態は独立した組織・事業で、これらが大きな枠組みの中で独立して開催されています。

第20回 東京フィルメックス 本誌103号より転載(暁)

第20回 東京フィルメックス
宮崎 暁美

9月に始まった映画祭シーズンの怒涛の日々も、フィルメックスで一段落。朝から夜遅くまで、通った映画祭シーズンでしたが、今年も素敵な作品に出会えました。

『春江水暖』 2019年 中国
監督:顧暁剛(グー・シャオガン)
出演:銭有法 王風娟 孫章建 章仁良 
★審査員特別賞受賞作
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顧暁剛監督
浙江省杭州市富陽の美しい自然を背景に、町の近代化や四季折々の風景とともに、一つの家族の出来事、変遷を描いた顧暁剛監督のデビュー作。まるで絵巻物を鑑賞しているかのような水辺の横移動のカメラワークは雰囲気があって、とても心地良かった。
四人兄弟の長男がやっているレストランで、母の90歳?の誕生祝いの宴が開かれ、そこに集まった息子たち。四人には軋轢がある。その席で母が脳卒中で倒れ、長男夫婦と同居することに。そこから夫婦の介護に関する葛藤が始まった。二人の娘グーシーは同僚のジャン先生と恋愛中で結婚したいのに、両親がその結婚に反対なのでこの町を出ようと考える。漁師の次男夫婦は、30年暮らした家を立ち退くことになり、持ち船に仮住まい中。その息子に結婚話がて、急遽見合いすることになる。三男は離婚してダウン症の息子を育てているが、あちこちに借金があり、てっとり早く返すためなのか、違法な賭場を開いている。そのせいで借金取りが来たり、警察に捕まらないかと兄弟たちはやきもきしている。四男は何をしているのかわからないが未婚で、高齢な母の指令で?見合いさせられ、決断を迫られる。賭博がバレて三男が警察に捕まる以外は、ごく一般的な家族の出来事が水辺の街で営まれる。派手ではないけど、観ている人たちには共感される家族の光景が続く。
登場人物は、監督自身の親戚・知人を、脚本を書く段階から考えて、アテ書きをしたそう。「製作費を節約できるという事情に加え、時代の風景を切り取ること、市井の人々の雰囲気を伝えることを大切にする思いがあったから」と、顧暁剛監督はQ&Aで答えていた。
影響を受けた監督について訊かれると、侯孝賢監督(ホウ・シャオシェン)監督と楊德昌(エドワード・ヤン)監督の名前を挙げた。「現代の街の変化をいかにとらえるかを考えるうちに、『富春山居図』という絵巻物からヒントを得て、映画を絵巻物のように描くことを思いつきました」と振り返りながら、「侯孝賢監督の作品は、詩や散文など中国の伝統的な文人の視点で物語が組み立てられていると考えています。私自身は、文人的な視点と絵画を融合した映画を撮りたいと思いました」と語った。
劇中の音楽は中国のロック歌手、竇唯(ドウ・ウェイ。元、黒豹楽隊のボーカリスト)で、最近は伝統的な古典と現代文化を融合した新たな音楽を生み出している。顧監督がどのようにして古典を現代に落とし込もうかと苦慮していた時に大きな示唆を与えてくれたという。
「巻1終り」と出て、続編を想像させるような終わり方に監督は「この続編は必ず撮りたいと思っています」と語り、「最初からそういう構想だったわけではなく、撮影が進むうちに映画に対する考え方に変化が生まれ、このスタッフと一緒にこれからも映画と芸術を探求していきたいと考えるようになった。10年でひとつの作品として杭州の町の変化を描く構想もあり、名画『清明上河図』のように一つの長い絵巻物として見せることができればと思います」と結んだ。

『気球』 2019年 中国
監督:ペマツェテン 
出演:ソナム・ワンモ ジンパ ヤンシクツォ クンチョク ダンドゥル 
★最優秀作品賞受賞作

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出演者ジンバさん

チベット草原。牧畜で暮らす三人の息子を育てる夫婦の話(一人っ子政策下でも少数民族は複数の子が許されていた)。「気球」は子どもたちが親の寝室で見つけて持ち出し、飛ばしたコンドーム(苦笑)。それは診療所が無料で配ったもの。避妊に協力的でない夫と妻の思いとの差が描かれる。
妻の妹はかつて恋人との交際の中で中絶をした(はっきりとは描かれていないが、そういうことだと思う)、それを機に尼僧になった? その元恋人が姉の息子の学校の教師になって偶然再会するが、彼は彼女との経験を元に小説を書いていた。出版した本を渡されるが、ここにも男と女の思いの違いがある。
夫の父が亡くなり、僧が転生を予言する。亡くなった人が転生することを信じる宗教文化が生きている地域。まもなく妊娠がわかるが、貧しい生活の中、子供を育てていけるか悩む妻。
夫は子の誕生は父の転生と喜ぶが、妻は現実に直面し中絶を決断する。手術台にいる妻のもとに夫と長男が駆けつけ、長男が中絶を止める?やめたかどうかは描かれないが、その後、診療所の医師はたくさんのコンドームを届ける。
そして、妻は尼僧の妹とともにお寺参りに行き、街に出かけた夫は、子たちとの約束の大きな赤い風船をふたつ買って帰る。しかし、風船は息子たちに渡した途端にひとつは割れ、もうひとつは青空のかなたに飛んで行ってしまう。家族はその行方を追う。問題に直面しながら解決されないこの問題を暗示しているよう。淡々とした草原の暮らしの中で、この夫婦や家族の将来はどうなっていくのだろうと思わせる。

『昨夜、あなたが微笑んでいた』
監督:二アン・カヴィッチ 
2019年 カンボジア・フランス   
★スペシャル・メンション、学生審査員賞受賞作

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二アン・カヴィッチ監督

 
若い監督自身が育ったという、プノンペンの歴史的建造物として知られた集合住宅「ホワイト・ビルディング」。1963年に建立されたという巨大なビルだが、クメール・ルージュ時代には住んでいた人々が退去し無人化したという。その後、人々が戻ってきた時にはアート関係者が多く住み、アート村になった。しかし、2017年には日本企業に買収され、取り壊しが決まり、住民は立ち退きを迫られる。
監督は取り壊し直前のこのビルにカメラを持ち込みそこに暮らす人々を撮影した。監督の家族の様子も描かれる。立ち退きのための片付けをする人たちにインタビューしながら、住民の記憶を掘り起こし、このビルの記憶をカメラに収めた。カンボジアには、当時はこんなに大きなビルはなかったという。そういう意味では解体前に、その記録を撮れたことは、貴重な映像記憶になっているのだろう。
監督は元々、2016年に自身が生まれ育ったホワイト・ビルディングを題材にした劇映画を企画していたが、政府が取り壊す計画を発表。
それで、人々が荷造りをして退去していき、建物が取り壊されるまで、すべての瞬間を記録してみようと考えた。しかし、それを映画にするとは考えていなかった。撮影した映像を何かに活用できないかとプロデューサーに相談したり、東京フィルメックスの関連事業「タレンツ・トーキョー」などのワークショップに参加して、撮影した映像を披露したところ、「ドキュメンタリーにしないのか」といわれ。「劇映画の製作に時間がかかりすぎることが、ドキュメンタリー製作の後押しになったのかも」と語っていた。
しかし、撮影時は荷造りをして退去していく人々や、カメラの前で話をする人の姿を記録することだけを考えていたため、ストーリーは特に決めていなかった。撮影した50時間ほどの映像を元に自ら編集に着手したものの、「全て同じように見え、違いが見えなかった」。映像を見ながら編集のレームさんと話し合う中で、「記録の映画にする」という方針が決定したのだという。
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右 編集のレームさん

レームさんは、映像を見たときの印象を「フレームの取り方や長回しの多用が印象的で、静けさや哀愁のようなものを感じた」と振り返り、最初の編集では、監督のこだわりを尊重し、長回しの映像を多く取り入れてみた。ところが、それを見た人から、「建物がなくなる理由がわからない」などの指摘を受けたため、監督のこだわりと観客に物語を伝えるバランスを意識して、さらに編集を進めたとのこと。予定していた劇映画の方も無事に撮影が終わり、これから編集作業に入る予定だという。

『熱帯雨』 2019年 シンガポール・台湾 
監督:陳哲藝(アンソニー・チェン) 
出演:楊雁雁、許家楽、李銘順、楊世彬 

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陳哲藝監督

2013年の『イロイロ/ぬくもりの記憶』以来となる陳哲藝監督の2作目。前作のキャストを再び起用し、中学4年生(高校1年)と担任の女性教師の間で起きたえしまったことを描き、女の人生ってなんだろうと考えさせられる。
マレーシア出身でシンガポールの男子中学で中国語教師をしているリンは不妊治療中。マレーシアの母はどうでもいいことで電話してくるし、ドリアンを運びの弟はお金をせびりに来る。車いすの義父の介護も担っている。夫の代わりに義父に付き添って夫の姪の誕生祝いに行くが、子どもがいないことをバカにされ、さらに夫の浮気。不妊治療に非協力的な夫の不倫を目撃してしまう。これらがヒロインを追い詰める。
 国民の大多数が中華系でありながら、英語を使うことがほとんどで、中国語を使う機会がなく中国語が忘れ去られそうなシンガポールでは、学校の補習授業で中国語がある。中国語の先生はマレーシアなどから来た人が多いらしい。また、中国語教師を軽く見ている同僚・校長などの姿も描かれる。そんなシンガポールでの中国語の立場だからか、さぼり気味な生徒たち。そんな中でウェイルンという生徒は熱心に中国語を勉強している。そんな閉塞状況の中で彼の存在がリンの慰めになっていく。
 両親が不在がちのウェイルンは中国武術にもたけている。足を怪我したのをきっかけに、家までリンの車で送ってもらうようになり、当たり前のように補習の帰りは車に乗り込んでくるようになった。むげに断ることもできず、武術映画ファンの義父を連れて武術大会に出場する彼を応援に行ったりもした。そんな中、彼の家まで送っていったある日、彼にレイプまがいに迫られ関係を持ってしまう。その後、彼はますます彼女を慕って、相手の立場や気持ちも考えず迫るようになってしまった。そしてとうとう彼のせいで事故を起こしてしまい、夫とも離婚。さらに学校で噂にもなり、学校にもいられなくなり、マレーシアの実家に帰る。そして妊娠がわかる。そこで終るのだけど、仕事もなにもかもなくなって妊娠しても育てられるの? この終わりは何? とても割り切れない。

『シャドウプレイ』
原題「風中有朶雨做的雲」
監督:婁燁(ロウ・イエ)2018年 中国
出演:井柏然 宋佳 秦昊 馬思純 張頌文 陳妍希(ミシェル・チェン)
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婁燁監督

2013年に中国・広州で起きた汚職事件を巡る騒乱をベースにしたサスペンス。中国、香港、台湾を舞台に、改革開放が本格化した1980年代末からの30年間を描き出す。冒頭、2006年広州の林の中で男女が焼死体を発見、次に手持ちカメラとドローン映像で追いかけた目まぐるしい映像で立ち退きを迫られ走る青年たちを追う映像が続き、住民と開発側の対立場面へ。開発側で、住民を説得する唐がビル5階から墜死という衝撃的な場面が映し出される。
その場に居合わせた若い刑事楊が捜査を始めるが、不穏な事態が起こり、彼は何者かの謀略でスキャンダルに巻き込まれ香港に逃れ、事件の鍵を握る女性と恋に落ちてしまうが、事件の真相を探り続ける。
 都市再開発を巡る殺人事件の謎を追うひとりの刑事と、5人の男女の愛と欲望が描かれ、中国が辿った30年の裏の歴史を浮き彫りにする。手持ちのカメラ、ドローンの活用、暗い画面。そしてスピーディな映像。社会派ドキュメンタリー映画の要素をもった、ミステリーといった作品に仕上がっている。
高層ビルの中に「村」が残っていて、そこから映画を作る発想を得たと監督は語っていた。
この作品は2020年6月に日本公開予定だが、この作品のメイキングである『夢の裏側~ドキュメンタリー・オン・シャドウプレイ』も公開される予定。『シャドウプレイ』の過酷な製作現場、表現の自由をかけて検閲と闘い続ける監督の姿を、同作の脚本家で監督の妻であるマー・インリーが記録したドキュメンタリーで、こちらも一緒に観るとさらに面白い。
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マー・インリーさん

2020年5月発行、本誌103号掲載レポートより情報や写真を追加して転載しました。

東京フィルメックス -京都出張篇

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東京フィルメックスの新たなスポンサーとして、京都を拠点に活動するシマフィルムが参加したことを期に、東京フィルメックスで紹介された作品にシマフィルム作品をおりまぜ、京都2劇場で特集上映が行われます。

期間:2020年3月13日(金)〜3月20日(金)
会場:出町座、京都シネマ
公式サイト:https://demachiza.com/movies/5967


出町座(3/13金〜3/19木)
3/13(金)18:50『オールド・ドッグ』★/20:55『おそいひと』★
3/14(土)18:50『昨夜、あなたが微笑んでいた』★/20:35『堀川中立売』★
3/15(日)18:50『アイカ』/20:50『草の葉』★
3/16(月)18:50『オールド・ドッグ』/20:35『タルロ』
3/17(火)18:50『ファンさん』/20:40『アイカ』
3/18(水)18:50『フラワーズ・オブ・シャンハイ』/21:15『記憶が私を見る』
3/19(木)18:50『記憶が私を見る』/20:40『東』+ジャ・ジャンクー短編集


京都シネマ
(3/14土〜3/20金)
3/14(土)16:15『どこへ出しても恥かしい人』★
3/15(日)16:15『ニワトリはハダシだ』★
3/16(月)16:15『昨夜、あなたが微笑んでいた』
3/17(火)16:15『東』+ジャ・ジャンクー短編集
3/18(水)16:15『川沿いのホテル』
3/19(木)16:15『タルロ』
3/20(金)16:15『ファンさん』

★トークあり

東京フィルメックス イラン映画『牛』 アミール・ナデリ監督舞台挨拶 (咲) 

特別招待作品 フィルメックス・クラシック
『牛』
原題:Gaav  英題:The Cow
イラン / 1969年/ 105分
監督:ダーリユーシュ・メヘルジューイ(Dariush MEHRJUI)

イラン映画史の金字塔と言われるメヘルジューイの代表作。デジタル修復版が、2019年12月1日(日)11:10より、朝日ホールにて、特別招待作品 フィルメックス・クラシックとして上映されました。

『牛』は、同じ1969年に製作されたマスウード・キミヤイー監督の『ゲイサル』と共に、イラン映画ニューウェーブのきっかけとなったといわれている作品。
1971年、ヴェネチア映画祭の公式部門に選ばれ、イラン映画で初めて国際的に評価されました。
後にイラン映画界を代表する名優となるエザトラー・エンテザミが主役を熱演。
1979年のイスラーム革命後も検閲を免れて上映され続けてきました。
今回の上映は、2019年4月のファジル映画祭で披露された修復版。

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上映前に、フィルメックスの時期には、東京に舞い戻ってくるアミール・ナデリ監督が登壇。一瞬、英語で話し始めましたが、すぐにペルシア語に切り替えました。

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アミール・ナデリ監督:
おはようございます。フィルメックスに参加するのは10回目になります。今年のフィルメックスは、ほんとに素晴らしくて、私が参加した10回の中で最高だと思います。
心から市山さんやほかのスタッフの皆さんにお礼申し上げます。
これからご覧になる『牛』という映画は、日本の『羅生門』と比べられるくらいの価値があります。今のイランで比較的評判の高い若手の映画監督が育っているのは、この『牛』という映画があったからです。数少ないアート系の映画がこの映画の前に作られていましたが、映画のニューウェーブが出来たのは、この『牛』であるのは確実です。サーェディーという作家がいまして、日本のカズオ・イシグロ(石黒一雄)のような存在なのですが、彼の原作が舞台になっていたのですが、原作と舞台から初めて映画化したのはメヘルジューイ監督でした。出演されている俳優はすべて舞台の役者でした。
この映画の撮影をする前にすごく時間がかかっています。村のど真ん中に大きな池があるのですが、それはメヘルジューイ監督が作ったものです。村に行ってから3か月後位に撮影を始めました。白黒が素晴らしく、音楽は、メヘルジューイ監督自身がサントゥールを演奏しています。
当時、イラン映画は世界に知られてなかったのですが、アンジェイ・ワイダ監督が感動して、ベルリン映画祭に紹介して、イラン映画の評判を世界に広げてくれました。
我々イラン人一人一人が、市山さんのフィルメックスでこの映画が上映されることを誇りに思って、心からお礼を申し上げたいと思います。観に来てくださって、ほんとうにありがとうございます。
最後に付け加えますと、私が若かった時に、この映画の製作部で働いていました。私たちの誇りを感じさせていただければと思います。カット!

*物語*
マシューハサンは、唯一の財産である一頭の牛を、村一番だと自慢し可愛がっている。村では、時折、隣村のならず者たちに羊が盗まれていて、次は自分の牛が狙われるのではと怯えている。
彼が村を留守にした日、牛が口から血を出して死んでいるのを妻が見つける。どうやら、ならず者たちが盗むかわりに殺してしまったらしい。村人たちは牛を葬り、マシューハサンには、牛は逃げたと口裏を合わせることにする。
家に帰り牛がいなくなったと聞き、お土産に買ってきた牛の首にかける飾りを手に、座り込んでしまうマシューハサン。牛小屋で寝泊りするようになり、やがて干草を食み、自分を牛だと思い込むようになる。おまえは牛じゃないと言われても、牛のように走り回る。町の病院に連れていこうと、村人たちはマシューハサンを縄でしばり泥道を引っ張って行く。だが、気がふれてしまった彼は、縄を振りはらって崖から飛び降りてしまう・・・


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ネイやトンバク、サントゥールといった伝統楽器の音色が、効果的に響きます。ことにサントゥールはメヘルジューイー監督自身が奏でていると知って、感慨深いものがありました。
冒頭の方で隣村のならず者3人が丘の上に立つ姿は、西部劇のよう。これから起こるであろう悲劇を感じさせてくれます。
一方、走り回る子どもたち、黒いチャードル姿の老女たち、壁の穴からチャイを差し出す老人・・・、村人たちの日々の暮らしがそのまま映画の背景として溶け込んでいます。(実はそれも演出?)
カルバラーで殉死したホセインを悼むアーシュラーの行事も、さりげなく織り込み、最後には、若い娘の結婚式の準備を映し出し、映画の作られた時代の村の暮らしを映像に残しています。これも映画の大事な役割だと思います。
とはいえ、絵的に見せるため、村の真ん中に大きな池を作ってしまったというのも、やはり映画。この撮影現場にスタッフとして参加していたアミール・ナデリ監督。昨年、東京フィルメックスで拝見することのできた『タングスィール』を撮影した時に、古い時代の町に見せるため、アスファルトの道路に土砂を運び入れて敷いたと語っていたのを思い出しました。

『牛』を初めて観たのは、町田市立国際版画美術館での上映会でした。スクリーンも小さく、画像も荒れていたのですが、迫力に度肝を抜かれました。次に観たのは、イラン大使館主催のイラン映画祭。確か、国際交流基金のホールでした。この時も、画像の状態はよくありませんでした。今回、デジタル修復版を朝日ホールの大きな画面で観ることが出来たのは大きな幸せでした。

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上映が終わり、ロビーでショーレ・ゴルパリアンさんにお会いしたら、出演者のほとんどが、もうあの世に旅立たれたとおっしゃっていました。
主演のエザトラー・エンテザミ氏は、2018年8月17日にご逝去。享年94歳。
メヘルジューイー監督は、82歳になられた今も映画を作り続けていて、東京フィルメックスの審査員として来日した女優のベーナズ・ジャファリさんが最新作に出演されています。日本で上映されることを期待したいです。

景山咲子



東京フィルメックス 『完全な候補者』 サウジアラビア社会の変貌しつつある今を描いた作品 (咲)

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特別招待作品
『完全な候補者』
The Perfect Candidate
サウジアラビア、ドイツ / 2019 年/ 101分
監督:ハイファ・アル=マンスール(Haifaa Al MANSOUR)

*物語*
サウジアラビアの小さな町の病院に勤める女医のマリアム。
病院前の泥道を救急搬送されてきた老人。女医は嫌だと拒否するが、病院には医者は彼女しかいない。
ドバイに行く為、空港に行くと父親の出国許可の期限が切れているので、新たに許可を貰って来いと言われる。
音楽家の父親は楽団のツアー中なので、親族ラシドの勤務先の選挙事務所を訪ねる。ラシドには選挙の立候補者じゃないと会えないといわれ、「じゃ、立候補する」と言って、ラシドに会う。マリアムの言葉をさまたげ、立候補の書類に記入しサインをしろと言われる。やっと、父がツアーに出ていて出国許可をもらえないから、代わりに許可してくれと頼むが、自分には許可できないと断られてしまう。
こうなったら選挙に当選して、病院前の道路を直す!と宣言。

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資金集めにチャリティーバザーやアバヤのファッションショーを開き、テレビでも「古い考え方を変えさせる為、男女問わず投票してほしい」とアピールする。

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病院では、老人の足の病状を男の看護士が見落としていて、一刻も早く手術をしないといけない状況。手術は成功し、感謝される。
いよいよ投票日。マリアムは当選するのか・・・


冒頭、ニカーブで顔を隠した女性が車を運転していて、爽快。サウジアラビアで女性の運転が認められたのは、2018年6月のこと。
成り行きでマリアムは選挙に立候補するのですが、サウジアラビアの自治評議会(地方議会に相当)選挙で、女性に初めて選挙権と被選挙権が認められたのは、2015年12月12日のこと。どちらも、やっと最近女性に認められた権利なのです。
出国に際し、父親もしくは親族の男性の許可が必要でしたが、こちらも最近不要になったそうです。

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女性だけでなく、マリアムの父親は音楽家ということで、肩身の狭い思いをしています。音楽を良しとしない人たちがいまだにいることを教えてくれます。
映画の中で、「サウジアラビア芸術センターが国立の楽団を作るらしい」という言葉が出て来て、やっと音楽も日の目をみる時代が来たことを感じさせてくれます。
イスラームの教えの解釈が何かと厳しいサウジアラビア。禁止だった映画館も解禁になり、コンサートホールやギャラリーも増えてきているそうです。
本作は、様々なことが変わりつつあるサウジアラビアで、女性が力を発揮できることを暗示しています。女性の意識改革がもちろん第一ですが、男性の理解なくしては、羽ばたけません。女性たちの力で、男性至上主義のサウジアラビア社会を根底から変えていってほしいものです。

ハイファ・アル=マンスール監督は、2012年に『少女は自転車にのって』(サウジアラビア・ドイツ)で、鮮烈な長編映画デビュー。当時は、女性が通勤用で自転車に乗ることを禁じられていました。屋外の撮影では、車の中から指示を出したそうです。
★シネマジャーナル89号に、ドイツでの松山文子さんによるハイファ・アル=マンスール監督インタビューを掲載しています。
作品紹介はこちら

長編2作目『メアリーの総て』 (2017年/イギリス・ルクセンブルク・アメリカ)は、エル・ファニングを主演にした、フランケンシュタインを生み出したメアリー・シェリーの人生。イギリスで女性が蔑まれていた時代に、不条理と闘う姿を描いていました。
作品紹介はこちら

3作目の『おとぎ話を忘れたくて』(2018年/米)は、Netflixで配信されたロマンチック・コメディ。未見ですが、広告会社の重役をしている女性が人生を見つめ直す内容のようです。
そして、4作目で再び故国サウジアラビアを舞台に女性の権利についての物語。
サウジアラビア社会の変化を追う作品を、今後も期待したい監督です。

景山咲子