東京フィルメックス『タングスィール』Q&A ~26歳のナデリが、黒澤を手本に作った活劇~ (咲)

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2018年11月25日(日)9:50~
「特集上映アミール・ナデリ」の最後を飾って、革命前にイランで撮った『タングスィール』がフィルメックス最終日に追加上映されました。

『タングスィール』 Tangsir
イラン / 1973年 / 114分

ナデリが26歳の時に撮った監督第3作。
サーデク・チューバク(1916年イラン、ブーシェフル生まれ)の同名小説の映画化。
イラン南西部ブーシェフル。実直な男ザエル・モハメッドは、汗水垂らし20年かけて貯めた全財産を悪徳な商人に奪われてしまう。法律家や聖職者も結託して町を牛耳っている。絶望したザエルは、彼らに復讐を誓い、銃を手に商人の屋敷に向かう・・・

◆舞台挨拶

市山:この作品は、日本では、かなり状態の悪いビデオでしか見られなかったのですが、この度、イランのフィルムアーカイブが、35mmのプリントの良い状態のところを集めて、DCPにして送ってくれました。ところによって、きれいなところと多少筋が入っていたりするところもありますが、予想以上にいい状態のものが送られてきました。
それでは、ナデリ監督をお呼びしたいと思います。拍手でお迎えください。

ナデリ:グッドモーニング! グッドモーニング! グッドモーニング! グッドモーニング!  今日は自分の映画の最後の上映で、マラソンが終わるような気持ちです。
今回の映像は観たことがありません。状態がいいのかどうかわかりません。この映画自体、完成して1回観たきり、今まで観たことがありません。クラシックのイラン映画として、映像の状態が悪くても、皆さんに我慢して是非観ていただきたい。私の3本目の監督作です。ドラマ性の強い映画ですが、これから後の私の映画にはドラマはほとんど入っていません。
黒澤監督の影響で作った映画で、シネマスコープで作りました。今回の私の特集の最後の上映を、どうぞごゆっくりご覧ください。
この場を借りて、市山さんにお礼を申し上げたいと思います。市山さんがいなければ、イランでDCPを作ってもらうこともできませんでした。インッシャッラー、 終わりましたら、またお話しましょう。CUT!

映画『タングスィール』上映

人の集まる墓場に牛が走ってくる。
真ん中にある小さな祠に、人々が逃げ込む。
祠にはカルバラーの悲劇の壁画。
牛に立ちむかう男。
女性が髪の毛を振り乱してやってくる
「牛を救ってくれ。唯一の財産。生きていけない」と未亡人のサキーネ
もう生かしておけない。楽にしてやれと人々。
刀を渡されたザエルが牛にとどめをさす。
牛を殺さずに、財産を奪ったやつらと闘え!

冒頭から、迫力ある場面。
こうして、ザエルは、自分の財産を奪った悪徳商人や結託した町の重鎮たちへの復讐を誓い、立ち向かう・・・

伝統的な家並みの町で繰り広げられる復讐劇に、手に汗握って画面を見つめた114分でした。

◆Q&A
大きな拍手で迎えられるナデリ監督。
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ナデリ:
信じられません。自分が作ったとは! その時、国が作る許可をくれたのもわからない。革命前でしたが。原作があります。自分の父は、小さい時にザエルに会ったことがあるのです。銃を持って走って回っているところを見たことがあると話していたそうです。おばあさんから、その話を聞かされました。
主役のザエル役のベヘルーズ・ヴォスーギは、当時スーパースターでした。脇役たちも、当時とても有名な役者たちです。
26歳の時に撮った3本目の映画です。これを作って数ヵ月後に『ハーモニカ』を作りました。政治的な考えは何もなくて、黒澤監督のようなクラシックな映画を作りたいと思ったのです。
私もザエルと同じ南の生まれなので、血が湧き出して作ったのではと思います。
時代劇なので、アスファルトの部分には5か月位かけて砂を持ってきて乗せたり、壁の字を消したりしました。絶対セットの中で作りたくなかったから、町から新しいものを消して、古い町を作り出しました。今は、このような町並みも残っていません。当時は、まだクラシックな建物が残っていました。
一人一人の出演している役者がとても有名な方たちで、若者の監督の私が彼らから演技を取るのは大変でした。でも結果は、ご覧の通りです。セットも衣裳もすべて自分で準備しました。

◆会場とのQ&A

―(矢田部吉彦氏)活劇を楽しみました。ザエルは実在の伝説的人物とのことですが、生き延びたのですか?

ナデリ:ザエルは実在の人物です。有名な作家が小説にしました。90歳まで、その地で生きていたと聞いています。曾孫さんから、「映画を作ってくださってありがとうございます」という手紙を貰いました。
今のイランの人たちも、『タングスィール』を観て、エネルギーを貰うと言います。でも、神様に誓って、政治的なものは作っていません。『ハーモニカ』は、お祖母さんの為に、『タングスィール』はお父さんの為に作ったものです。

― タングスィールとは、土地の名前かと思ったのですが、民族の名ですか?

ナデリ:イギリス人が南から石油を狙って押し寄せた時、南の町はずれの海辺のタングスィールという地の人たちが、果敢にイギリス相手に闘いました。
(注:イランでは、その町の人のことを、町の名前をつけて呼びます。テヘラン → テヘラーニー(テヘランっ子)。日本なら、大阪に住む人を、「大阪人」というように)

― 黒澤映画の雰囲気がよく出ていました。主役も三船のようでした。顔つきや動作に武士道精神を見るようでした。

ナデリ:若い時に『七人の侍』を観て、私の血の中にずっと流れています。次に『蜘蛛巣城』を観て、次から次に黒澤作品を観ました。映画を観て、イランと日本は似ているところがあると思っていました。主役のベヘルーズ・ヴォスーギには、黒澤明監督の三船敏郎の映画を全部観て、ボディ・ラングエージを三船から学んでくださいとお願いしました。主役には、前半はフラットな動き、後半は踊るように演じてもらいました。刀じゃなくて銃なのですが。衣装も黒澤の雰囲気で地域のものを選びました。銃のほかに、もう一方の手には斧を持たせ、黒澤の雰囲気を出しました。自分の人生をすべて日本に捧げても、まだ足りません。

― 黒澤映画への愛を感じました。ライフル銃を敵の胸にあてて撃つシーンが多かったのですが、意図があったのでしょうか?

ナデリ:ザエルは苦しみを感じて生きてきた人物です。撃つ前に相手に苦しみを与えたくて至近距離で間を持たせたのです。
シネマスコープをイランで初めて使った映画です。端から端まで人を動かさないといけない。カメラの動きは黒澤。人をいっぱい撮っています。どれだけ人物に近づくか、レンズの選び方、ロングショットなのかズームで撮るのかなど、黒澤映画を観て研究しました。
黒澤のような人は、まだこの世に生まれない。アンソニー・マンは少しだけ黒澤に近づこうとしたと思います。黒澤は時代劇をオペラのように作るために生まれてきた方だと思います。

市山:野上照代さんが手をあげていらっしゃいます。

*ナデリ監督が立ち上がって、「皆さん、野上さんに注目を!」と、拍手を送りました。

―(野上照代さん)どうもありがとうございます。今、お話を聞いて納得しました。セットを初めから全部作るのは大変。ナデリさんが26歳で作ったのはすごい。イランでは皆が知っている事件?

ナデリ:小説もあるので、皆が知っている有名な話です。口から口に伝わって伝説になっています。

野上:どこの国でも、小さな町の人たちが歴史を作ったようなことがありますね。
それにしても、その若さで、よく撮ったなと感心しました。

ナデリ: 『ハーモニカ』も同じ年に作りました。『タングスィール』が内容的に危ないと思って、公開できなかったら、『ハーモニカ』を公開してもらおうと思って作ったのです。『ハーモニカ』は、一晩上映されたあと、上映禁止になりました。『タングスィール』は、2週間で上映禁止になりました。主役がものすごく有名な人で、ロイヤルファミリーも彼が好きだったので、2週間上映できました。革命で王政が倒された後、彼はロイヤルファミリーと親しかったためにアメリカに移ることになって、40年間ずっとアメリカに住んでいます。

野上:ほんとに、よく頑張って作ったわね。

ナデリ:I love you!
撮っている時、町から町へと歩いて、23日間くらい靴を脱いだこともありませんでした。やっと靴を脱いだら、足が結構膿んでいました。その時だけで終わる映画じゃなくて、後世に残る映画を作りたかったのです。それで頑張ったのです。

野上:映画は、そういうものだと思います。

ナデリ:市山さんのお陰で今回古い映画が上映されて、自分で観て、力が湧いて、また作れるなと思うくらいでした。

市山:
20年ほど前に、VHSビデオを入手して、なんとか上映できないかなと思ってました。

ナデリ:経済的には何もないけど、21本の映画が財産です。サウンドの使い方も編集もすべて黒澤監督に学びました。

野上:生きていたら喜んだでしょう。

ナデリ:黒澤はずっと生きています!  日本がある限り、黒澤監督はいらっしゃいます。

野上:ありがとうございます。


市山:それでは、最後の質問です。

― 牛は演技で死んでいるのでしょうか?
(え? 最後の質問がこれ? という空気が・・・)
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ナデリ:いえ! 殺してません。映画のために悪いことばかりしてきましたが。なぜ、そんな質問をするのですか~
これで、最後の上映になりましたので、市山さんにあらためてお礼を申しあげます。フィルメックスは映画監督を育てている映画祭なので、一生応援しています。

市山:ナデリ監督の作品『山<モンテ>』が2月にアップリンクで公開になります。

ナデリ:モンテ! モンテ! 私の映画が好きでしたら、絶対観てください。
I love you!
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*****

この後、会場の外では、ナデリ監督のファンが次から次にナデリ監督に駆け寄り別れを惜しみました。フィルメックスのスタッフの方たちとも記念写真を撮るナデリ監督でした。

『タングスィ―ル』を何度も観ているイラン人の友人も、「こんなに綺麗な状態のは初めて」と感激していました。撮影当時なら、南部にはまだあのような町は残っていると思っていたので、アスファルトの道路に土を盛ったと知って、びっくりしたとも言っていました。
ザエルを匿った酒屋の店主を演じたのは、アルメニア人の俳優さん。ほかの革命前のイラン映画でも、よく酒屋さん役で出ているそうです。お酒がOKだった革命前とはいえ、やっぱり酒屋はムスリムよりアルメニア人なのだと思いました。

ナデリ監督の映画というと、忍耐を強いられる作品が多かったのですが、ちゃんとスト―リ―のあるものを初期には作っていたことも、この目で確認することができました。1週間経った今も、『タングスィール』を観た興奮が冷めません。ほんとにフィルメックスに感謝です。(景山咲子)










第19回東京フィルメックス(2018) 受賞結果 (暁)

【最優秀作品賞】 
『アイカ(原題)』Ayka
ロシア、ドイツ、ポーランド、カザフスタン、中国 / 2018
監督:セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ (Sergei DVORTSEVOY)

授賞理由:
最優秀作品賞はセルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督の『アイカ』に贈る。出産後新生児を残して病院を逃げた25歳のキルギス人の女性の物語。借金を返そうと様々な仕事に就こうとするがうまくいかない。
本作はこの女性に降りかかる過酷な現実とモスクワで移民として生き抜いて行こうする彼女の意志を見事に描いている。ドキュメンタリー映画出身の監督は残酷な境遇を核心的でリアルなやり方で捉えている。各シーンは緊張に満ちていて見る者の心を打つ。
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セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督

【審査員特別賞】 
『轢き殺された羊』 Jinpa
中国 / 2018 監督:ペマツェテン(Pema Tseden)

授賞理由:
「私の夢を教えても、おそらくあなたは忘れるだろう。私が夢に従って行動すれば、あるいはあなたは覚えるかもしれない。ただ、私の夢にあなたを巻き込めば、それはあなたの夢にもなる。」
このチベットに箴言に始まるこのポップな西部劇ロードムーヴィは二人ともジンパという名の謎の人物とココシリへと私たちを誘う。一人は復讐のために人殺しを企て、もう一人は誤って殺してしまった羊の済度を求める。
息をのむ映像で神秘的でオペラのような夢の如く物語は語られ、チベット語で歌われる「オーソレミオ」で強調される。
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ペマツェテン監督

【スペシャル・メンション】 
『夜明け』 His Lost Name
日本 / 2018 監督:広瀬奈々子(HIROSE Nanako)

授賞理由:
審査員は広瀬奈々子監督の「夜明け」をスペシャルメンションとしたい。
本作は、見事な脚本と演出により、柳楽優弥が人生を模索する青年を力強く演じるファミリードラマである。この若い女性監督の明晰なデビュー作品。
日本映画の未来への一条の明るい光となった。
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広瀬奈々子監督

■観客賞

『コンプリシティ』 Complicity
監督:近浦啓 (CHIKAURA Kei)
日本、中国 / 2018 製作:クレイテプス
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近浦啓監督

■学生審査員賞
『ロングデイズ・ジャーニー、イントゥ・ナイト(仮題)』
Long Day’s Journey into Night
監督:ビー・ガン(BI Gan)
中国、フランス / 2018 / 140分
配給: リアリーライクフィルムズ / ガチンコ・フィルム / シネフィル

授賞理由:
男と女、2人の究極的な愛は、地球の自転にも抗った。
男が誰と出会ったのか、本当に出会ったのかさえ不確かだが。
ようやく縫い合わせた錆びた記憶の欠片たちと、眠ってしまったのかと錯覚してしまう夢のような一時。
「意味」は遥か先に隠され、どこを探しても見つけらない。
僕らは宇宙からやってきた監督に別世界に、別の宇宙に連れ去られた。
大冒険は終わったのか、まだ帰ってきているのかも分からない。
映画表現へのこの革命的ギャンブルは、新たな扉を叩いただろう。
そして、映画に対する確固たる愛と覚悟を見せつけ、僕らの背中も大きく押してくれた。
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シャン・ゾーロン(プロデューサー)


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受賞者と審査員

前列左からシャン・ゾーロンプロデューサー、ペマツェテン監督、セルゲイ・ドヴォルツェヴォイ監督、広瀬奈々子監督、近浦啓監督
後列 第19回東京フィルメックス審査員


受賞理由フィルメックスHPより

東京フィルメックス 『ハーモニカ』 アミール・ナデリ監督も涙ぐむ(咲)

『ハーモニカ』   原題:Saz Dahani 英題:Harmonica
イラン / 1974年 / 75分
監督:アミール・ナデリ

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◆2018年11月23日(祝・金)9:50~ 上映前の舞台挨拶
朝早くありがとうございます。朝早くからこんなに大勢観に来てくださるのは日本だけですので、お礼申し上げたい。ほかの国のシネフィルは違う。ここまで熱心じゃないです。この映画は、千年前から観てません。45年前に作られた映画なので、信じられますか? 自分の子ども時代の思い出から作ってますので、主役もアミールです。どうぞゆっくり観てください。

今回のフィルメックスでは5作の映画を上映してくださって感謝しています。最後は25日に上映される私が3本目に作った『タングスィ-ル』で時代劇です。ぜひご覧ください。

ショーレさんは、30年前から日本でイラン映画を紹介してきました。皆さんが観たイラン映画はショーレさんの努力の賜物です。ほんとに苦労をかけました。(「私がこれを訳すのですか?」と、はにかみながら訳すショーレさんでした。)
Thank you very much Enjoy!. Cut! Sit down!
(ずっとペルシア語で話していましたが、最後は英語!)

*ストーリー*
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ペルシャ湾沿いの海辺の村。太っちょのアミールは父を亡くし、ナン(パン)屋のツケも払えない貧しい暮らしだ。いつもいじめられていたアブドルが、薬を飲んだご褒美に日本製のハーモニカを貰い、一躍人気者になる。皆、お金を払って吹かせて貰うが、お金を工面できないアミールは、アブドルを背負うことで憧れのハーモニカを吹く。皆にロバとからかわれ、母からも「人のロバになるなんて、人生をドブに捨てるよう」と、母の最後の宝物の銀のブレスで好きなものを買いなさいと言われる。アブドルの主導する騎馬戦で、またロバにさせられたアミールは、ついに反撃に出る。ハーモニカを奪って海に向かって走っていく・・・
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ハーモニカを失ったアブドルは、皆に叩きのめされる。権力を失った者の運命・・・
子ども時代の思い出を映画にした作品といいながら、強烈なメッセージを投げつけてくれる。
ナデリ監督の生まれ故郷アバダンは、イラク国境に近い地。イランでもアラベスタンと言われ、独特の風俗が見られるところ。特に、女性が仮面のようなもので顔を隠す風習は、イランのほかの地域では見られないもの。南部独特の暮らしも垣間見れて、興味深い。


◆上映後のQ&A
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ナデリ:とても悲しい映画だったね。(ちょっと涙ぐむナデリ監督)
自分の小さな時のこと。1995年にアジアフォーカス福岡映画祭で上映されて、福岡市総合図書館に収蔵されていたものを借りて上映することができました。あらためて、福岡市に感謝します。
撮っていた当時は純粋な気持ちで作っていて、その後、海外で上映されるとは思っていませんでした。
あまり言いたくないけど、この映画と、あと2本の映画がイラン革命を起こしたと聞いたことがあります。(しばし、無言)

司会(市山):あとの2本は?
ナデリ: 『タングスィール』と、『The Deer(鹿)』(監督:Masoud Kimiai,1974)です。
『タングスィール』を作って何ヶ月後かに『ハーモニカ』を作りました。シャーの時代(王政)でしたが、この2本は上映禁止になりました。5~6年後に革命が起こりました。革命が起きた時にはアメリカにいました。子どもたちがデモをしたのは『ハーモニカ』を観たから、大人たちは『タングスィール』を観て暴動を起こしたと言われました。
上映禁止になった時に、ファシスト的な映画と言われたのですが、私たちの貧しい生活はファシスト的。当時の貧しい生活への子どもたちのリアクションがあのようなものでした。
映画を作ったとき、印象派を試してみたかったのです。自分は政治的な人間じゃないし、政治は大嫌い。自分たちの体験した生活を描きたかっただけなのに、政治的と言われました。

◆会場から
ー 子どもの世界を描いているのに権力の象徴としてハーモニカが使われていました。当時の貧しい人々のことを描くのが目的だったそうですが。
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ナデリ:あえて権力者を念頭に置いたわけじゃなかったけど、自分自身、あのような生活をしていました。人類の歴史を語ったような気が、後から観るとします。40年前に観て、今日、久しぶりに観て、子どもたちが痛々しくて悲しくなりました。権力者を描こうとしたわけじゃなかったのですが・・・。
児童青少年知育協会で作ったのですが、子供向きのはずがこんな映画になりました。
革命が起きた時アメリカにいて、2年後にイランに帰ったら、小学生の低学年にアミールという名の子が多いと言われました。この映画を観て、親が付けたみたいです。
この映画を観て、子どもたちはいじめはよくないと思ってくれたと思います。
このあと、1986年に『駆ける少年』を作りました。

― 子どもたちが生き生きしていました。現地でキャスティングしたのですか?
また、映画の最後、黄色っぽくしたのは?

ナデリ:子どもたちは素人で、現地で選びました。自分の撮りたい映像の枠の中で、子どもたちを撮るのは結構大変でした。
エンディングのカラーは、わざと自分で変えました。多色のカラーで撮っていたのを、最後、1色にして革命が起きたことを表わしたのです。これまで質問されたことがなくて、皆、ちゃんと観てくれてないと思っていました。
音楽も現地で採取したものを使っています。
『期待』『駆ける少年』など、自伝的映画を4~5本作っています。幸い、映像が残っていてありがたいです。

― 憧れの象徴がハーモニカでした。ほかに候補はありましたか?

ナデリ:児童青少年知育協会から、子ども向けの映画をといわれて作ったのですが、協会から、もう少し甘い感じで作るべきだったと言われました。憧れといえば、映画が大好きで、とにかく作りたかったのです。

― 印象派のタッチに近づけたかったとのことですが、エピソードがありましたらお聞かせください。

ナデリ:カラーに力を入れたのは、この作品が初めてかもしれません。子どもたちの自然な姿を撮りたいと、モダニズムを表わすものは入れたくなかった。
児童青少年知育協会は、自由を与えてくれました。フィルムをたくさんくれて、一つのシーンにたくさん使うことができました。

Everybody go home! Thank you!

******
時間の制約があるのを察知して、まだまだ語りたいことはあったと思うのに、さっと切り上げるナデリ監督でした。

*1995年、アジアフォーカス福岡映画祭のイラン特集で観た時の遠い記憶では、太っちょの男の子がとても意地悪だったという印象でした。今回、20年以上の時を経て観てみたら、意地悪なのは、痩せたアブドルの方でした。太っちょのアミールは、実に可哀そうな境遇だったので、自分の記憶の曖昧さに情けなくなりました。おまけに、この映画を作った監督は意地悪な人に違いないとまで思っていたのですから。
『期待』と『ハーモニカ』をあらためて観て、若い時から、凄い映画を作る才能をお持ちであることを再認識しました。上映してくださった東京フィルメックスにも感謝です。(景山咲子)






東京フィルメックス 『シベル』 北東トルコ 山間部を舞台にした物語  11/21 Q&A (咲)

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『シベル』 Sibel
フランス、ドイツ、ルクセンブルク、トルコ / 2018 / 95分
監督:チャーラ・ゼンジルジ、ギヨーム・ジョヴァネッティ
フィルメックスのサイト: https://filmex.jp/2018/program/competition/fc01


*ストーリー*
トルコ北東部、黒海沿いの山間の村。
少女シベルは、言葉はしゃべれないが、この地域の伝統的な口笛で意思疎通を図っている。障害者と疎んじられているシベルは、村の人たちの脅威である狼を捕らえることで存在を認めてもらおうと、日々森の中を銃を持って駆け巡っている。
村の娘チチェキの結婚式。「口のきけない子が生まれそうだから来ないで」とシベルは拒否される。シベルの父は、村長として出席しなくてはと出かけていく。
「花嫁の岩に行って火をつけて、息子を産まないと」と、花嫁チチェキにけしかける者。その花嫁の岩も、狼がいるので今は危険だ。
ある日、シベルは襲ってきた男を狼を捕らえる為の穴に突き落とす。男は、イスタンブルから来たアリと名乗る。
村長である父のところに警察が来て、不審者がいたら通報するようにという。シベルは、通報せず、アリを安全なところに匿う。
シベルの妹ファトゥマが嫁に行くことになる。まだ学校も卒業していないのにとシベルがつぶやく。「嫉妬してるのね」というファトゥマ。一方、父は厄介払いができて清々すると、学業途中も厭わない。

いつの時代の話かと思うが、スマホも登場するし、ニュースではイスタンブルのタクスィム広場でのデモを報じているので、ほんの数年前の話だ。アリのことをテロリストと村人たちは言うが、おそらく反政府運動をしてマークされている人物。
シベルはアリを匿うことで、どんどん強くなる。村の共同の畑に行くときに、父にスカーフをしろと言われても、頑として被らない。
家父長主義の根強い村で、自分の意思を貫いて生きるシベルの姿が眩しい。

シベルがアリを匿ったことで起こる事態は、ぜひ映画をご覧になって確認を!



●2018年11月21日(水) 午後3時からの上映後のQ&A


共同監督の二人と、主演シベルを演じた女優ダムラ・ソンメズが登壇。
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トルコ・アンカラ出身のチャーラ・ゼンジルジと、フランス・リヨン出身のギヨーム・ジョヴァネッティの二人は、2004年より共同監督として短編映画の製作を始め、2012年に初の長編映画『Noor』をパキスタンで撮影。2013年の長編第2作『人間』は、日本で撮影をしている。

二人とも、綺麗な日本語で日本に戻ってこられて嬉しいと第一声。
映画の中で、鋭い視線が印象的だったシベル役のダムラ・ソンメズさんは、笑顔かとてもチャーミング。監督お二人から教わったのか、日本語で「こんばんは」と挨拶。

★会場とのQ&A

― ナスルスヌーズ? (トルコ語で、お元気ですか?)  トルコのどのあたりの地域で撮影されたのでしょうか?
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ギョーム・ジョヴァネッティ監督:北東部の黒海に面した地域で、ほかの地域と比べ、森が多いところで、生活環境の厳しいところです。山の多い地形的環境から、古来から口笛で会話する習慣がありました。私たちは、この地域の言語に興味を持ち、この映画を作りました。話し出すと長くなりますので、この辺でやめておきます。

― ダムラさんに、台詞のない状態で演じたご苦労をお聞かせください。
また、ダムラさんの目の力が印象的だったのですが、キャスティングの経緯は?
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ダムラ・ソンメズ:すべてが初めての体験でした。監督のお二人と、長い時間をかけて話し、口笛で会話することについて練習を重ねました。自分のリズムで口笛に翻訳できるようにしていきました。シベルの身体の動きごとに口笛を吹くタイミングを意識して練習しました。映画が素晴らしいと思うのは、必ずしも言葉で理解しなくてもいいところだと思います。
(しゃべりすぎて、途中で気がつき、通訳の方に気遣うダムラさん)

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チャーラ・ゼンジルジ監督:シベル役は最初から彼女を考えていました。2年半前に会って、トルコ北東部で撮影することと、口笛で会話するということを伝えました。それを聞いた瞬間、彼女の眼がキラキラして、引き受けてくれました。「でも、全く口笛ができません。期待に応えるよう、口笛が吹けるようにします」と言ってくれました。結果は、ご覧の通りです。

― 力強い映画でした。テロリストのこと、女性たちが抑圧されていることなど、現実を反映しているのでしょうか? トルコというと、ユルマズ・ギュネイの映画での抑圧された女性が思い浮かびますが、一方でトルコには洗練された女性もいます。

チャーラ監督:映画作りでは地域性を大事にします。それを普遍性を持って描こうとしています。抑圧されている中から、女性があるべき道に進んでいくという、どこにでも起こりうる話です。社会の女性の扱い方や、サポートのなさは、日本でも似ているところがあるのではないでしょうか。田舎や地方だけでなく、都会でも起こりうることだと思います。
アリのことですが、明確にテロリストとしては描いていません。舞台がトルコでなくても、不審者や移民という存在として捉えていただければと思います。
実は、あの村では村民が皆、銃を持っているのに、銃を持っていないアリがテロリストと名指しされていることにも気づいていただければと思います。

★『シベル』は、11月23日(祝・金)夜21:15から、TOHOシネマズ日比谷12で、もう一度上映されます。
Q&Aには、21日の上映後に登壇した共同監督のチャーラ・ゼンジルジ、ギヨーム・ジョヴァネッティの二人と、主演シベルを演じた女優ダムラ・ソンメズに加え、アリを演じた俳優も登壇予定。

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Q&Aの後、会場の外で監督やタブラさんとお話することができました。
雲海が出てきて、かつて観たトルコ映画『雲が出るまで』(イェシム・ウスタオウル監督、2004年)で観た光景とそっくりだったので、撮影場所について伺ったら、チャーラ監督とタブラさんが、声をそろえて、「まさに同じ地域!」とおっしゃいました。 2000年以上にわたって、ギリシャ系の人たちが暮らしていた地域で、トルコ共和国建国の際に、トルコとギリシャで住民交換が行われたとき、ギリシャ系民族だからと、先祖代々住んでいた地を追われ、ギリシャに移住させられた人たちがいた地域です。ギリシャ系の言葉も、彼らの移住と共に廃れていく運命にあったようです。
チャーラ・ゼンジルジとギヨーム・ジョヴァネッティのお二人は、この地域の言葉に関心を持って映画を作ろうと、1年近くかけて、村の人々一人一人に体験や伝承を聴いて、それをもとに物語を作り上げていったそうです。 その中には、もしかしたらギリシャ系民族の方たちの言い伝えなどもあったのかなと思ったひと時でした。  (景山咲子)

東京フィルメックス 特集アミール・ナデリ監督 『期待』 Q&A (咲)

2000年12月に開催された第1回より、イラン映画を毎回のように取り上げてくれている東京フィルメックス。今年は、世界のどこにいてもフィルメックスに駆け付けるアミール・ナデリ監督の特集が組まれました。

11月18日(日) 14:30からの『期待』を観ようと、2時過ぎに朝日ホールに着くと、階段をあがったところにナデリ監督が。 来年2月9日に公開となる。『山<モンテ>』のチラシを自ら会場に来る人々に手渡していました。 いつもながら精力的です。

『期待』上映前に、アミール・ナデリ監督が登壇。
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「イランで作った映画なので、今日はペルシア語で」と、久しぶりに英語ではなくペルシア語で話し始めました。
「今回は、私の映画が5作も上映されるので嬉しい。古いプリントは、イランから出してもらうのは難しかったのですが、市山さんがねばってくださって、フィルムを送ってもらうことができました。ここで、素晴らしいプリントを作ってくださったイラン政府にもお礼を申し上げたいと思います。
『期待』と『ハーモニカ』は、自分の子ども時代に基づく自伝的な映画です。私自身、長い間観ていないので、フィルメックスで皆さんと一緒に観れるのは嬉しいことです。ごゆっくりご覧になってください。上映後には、また舞台にあがりますので、質問などしていただければと思います。 ヘイリー マムヌーナム(ペルシア語でありがとうございます)、サンキュー、グッバイ」


『期待』 原題:Entezar 英題: Waiting イラン / 1974年 / 43分
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海辺の土壁の美しい町。
ステンドグラスから差し込む光が、ガラスの器にあたる。
おばあさんから「氷を貰ってきて」と言われ、ガラスの器を持って、土壁の町を行く少年。
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立派な木のドア。左のノックを叩くと、ヘナで染めた美しい手が出てくる。
家の壁に黒い旗が見えて、アーシュラーの時期だ。
(★注:アーシュラー: イスラム暦61年(西暦680年)第1月のムハッラム月10日(アーシューラー)に、シーア派第3代イマームのフサインがイラクのカルバラーの地でウマイヤ朝の軍隊によって包囲され殉教を遂げたことを悼む行事

黒い服の男たちが、胸を叩きながら歩いていく。
脇で見ているチャードル姿の女性たちも、胸を手で小さく叩いている。

「氷を貰ってきてもいい?」と、ガラスの器を持って、走っていく少年。
家の中に入っていくと、若い女性が3人、長い髪の毛を振り乱しながら、一心不乱に祈っている。
夜、ろうそくを灯し、フサインの名を呼びながら、歩く人々。

真昼。馬が土壁の道を駆けていく。
ガラスの器を持って、いつもの木のドアの左手のノックを叩く少年。
出てきたのは、老女の手・・・

(以前に観た記憶では、最後に左の男性が叩くノックではなく、右の女性用のノックを叩いて、老女の姿が出てきたと思い込んでいました。そんなズルをしたのではなかったと判明。
アーシュラーの行事が出てきたことも、すっかり忘れてました。)


◆上映後のQ&A

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ナデリ:千年前に撮ったような気がします。ほんとに綺麗な映像で、フィルムを送ってくれたイラン政府にもう一度感謝を申し上げます。市山さんや担当者の方が、200通位、イランにメールを送ってくださったのではないかと思います。

司会の市山尚三さんが、「それでは、時間も限られていますので、さっそく会場から質問を」と切り出したのを、ナデリ監督がさえぎって、「その前に私から・・・」と、英語で話し始めたのですが、すぐにペルシア語に切り替えました。
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ナデリ:イラン・イラク戦争の時に、一度、この生まれ育った町アバダンに戻って映画を作ろうと思って、戦争の中、行ってみました。アバダンは石油の産地で、子ども時代の思い出は石油の匂いです。砂漠や海の水はあるけれど、緑は絶対ない場所です。氷や水は人間にとって大切なものです。  小さい時、喉が渇くと水が欲しかった。成長して、15歳くらいになると、違うものが欲しくなりました。初めて女性に興味を持つようになった頃の話です。
映画のように、おばあさんと住んでいて、いつ、おばあさんから「氷を貰ってきてくれる?」と言われるかと待っていました。映画のようにガラスの器を持って氷を貰いに行って、綺麗なヘナに染めた手が出てくるのが楽しみでした。戦争前の子ども時代の話です。
1979年、戦争がアバダンから始まって、炎があがって町が壊されてしまいました。氷を貰っていた家を絶対もう一度見たいと思って、炎の中を走って、あの家にたどり着きました。壁は壊れていて、ドアは開けっぱなしで、中も結構壊れていました。長い廊下を走って中に入ってみましたが、人もいないし、鳩もいませんでした。でも、一つの部屋の壁に写真が一枚貼ってあって、高校生の女の子が3人写っていました。手を見て恋をしたのは、この中のどの子かなと思いました。
映画を作るとき、夢の中の世界を映像にしなくてはいけませんでした。夢の中なら、台詞はない映画だなと。頭の中にあったものを映画にしました。すべて、太陽の明かりを待って撮ろうと思っていました。
アーシュラーの祭(カルバラーでフサインが殉教したのを悼む祭)のテーマは、喉の渇き(ペルシア語でテシュネギー)です。映画を作って、1回だけ観て、ずっと観てなくて、今日皆さんと一緒に観ることができて、フィルメックスに感謝です。
先ほど観ながら考えたのですが、今、リメイクしたとしても、そのまま全く同じものを作ったと思います。当時、カンヌ映画祭で上映されて、審査員特別賞を貰いました。
ここで、会場にいる 磯見さんを紹介します。「『CUT!』で美術監督としてお世話になりました。彼がいなければ『CUT!』は出来ませんでした。この映画(『期待』)を磯見さんに捧げたいと思います。拍手を!

★会場とのQ&A
― 先月、ナデリ監督のマスタークラスを受けさせていただき、「渇望」が演じる上で大切だと学びました。この映画を観て、あらためてナデリ監督にとって、「渇望」「渇き」が大事なテーマだと思いました。映画の最後の方で、屋敷の中で女性の方たちが行っていた儀式は、実際にイランで行われているものなのでしょうか?
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ナデリ:アーシュラーの儀式は、男は外で行うけど、女性は家の中でやります。実際、小さい時に見たことがあります。イメージが子どもの時から頭の中にあったので、映画で作り出すのは大変でした。ヘナで染めている手の女の子3人、全く同じような背格好で髪の毛の長い子を探すのに苦労しました。
「渇き」ですが、今の自分は、水ではなく、「映画を作りたい」と欲しています。

― 詩的な映像をありがとうございました。外国人の私から観るとファンタジックなものに見えました。町に人がいない、馬が走ってくるなど、現地の方が見たら、リアルなものなのでしょうか? それとも、ファンタジックなものに見えるのでしょうか?

ナデリ:小さな町で、若い人がいなくて年寄りが多くて、残っているのは歴史だけ。ほんとに人が外を歩いていません。この映画は、溝口健二監督に憧れて作りました。溝口監督の映画では、よくゴーストのような感じで、町の中を人が歩いていません。夢の中のようです。
『期待』は、すべてリアルですが、映像にしてみると、ゴーストのようになりました。いくつも映画を作りましたが、この映画は、自分の希望や愛を映画にしたものです。その後の作品は、どうやって生き延びるかというテーマが多い。2年前にフィルメックスで上映した。『山<モンテ>』を作ってから、この『期待』に戻りたいと思いました。 ロサンゼルスで作った新作『マジック・ランタン』は、『期待』の続きかなと思います。20日に上映されますので、ぜひ観てください。
今回、市山さんからサプライズで、1973年に作った『タングスィール』も上映いただくことになりました。作った私自身、一度も観ていない映画なので楽しみです。
『ハーモニカ』も、『期待』と同様、自伝的映画です。子どもの頃、太っていたのですが、その姿が見れます。『駆ける少年』のような映画です。

市山:明日は5時半から、入江悠監督とのスペシャル対談トークショーが開かれます。ぜひ参加ください。

ナデリ:私は前世が日本人だと思うくらい、日本が好きです。フィルメックスも大好きで、いつも後ろに座っていますから、声をかけてください。

 (報告:景山咲子)