東京フィルメックス イラン映画『牛』 アミール・ナデリ監督舞台挨拶 (咲) 

特別招待作品 フィルメックス・クラシック
『牛』
原題:Gaav  英題:The Cow
イラン / 1969年/ 105分
監督:ダーリユーシュ・メヘルジューイ(Dariush MEHRJUI)

イラン映画史の金字塔と言われるメヘルジューイの代表作。デジタル修復版が、2019年12月1日(日)11:10より、朝日ホールにて、特別招待作品 フィルメックス・クラシックとして上映されました。

『牛』は、同じ1969年に製作されたマスウード・キミヤイー監督の『ゲイサル』と共に、イラン映画ニューウェーブのきっかけとなったといわれている作品。
1971年、ヴェネチア映画祭の公式部門に選ばれ、イラン映画で初めて国際的に評価されました。
後にイラン映画界を代表する名優となるエザトラー・エンテザミが主役を熱演。
1979年のイスラーム革命後も検閲を免れて上映され続けてきました。
今回の上映は、2019年4月のファジル映画祭で披露された修復版。

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上映前に、フィルメックスの時期には、東京に舞い戻ってくるアミール・ナデリ監督が登壇。一瞬、英語で話し始めましたが、すぐにペルシア語に切り替えました。

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アミール・ナデリ監督:
おはようございます。フィルメックスに参加するのは10回目になります。今年のフィルメックスは、ほんとに素晴らしくて、私が参加した10回の中で最高だと思います。
心から市山さんやほかのスタッフの皆さんにお礼申し上げます。
これからご覧になる『牛』という映画は、日本の『羅生門』と比べられるくらいの価値があります。今のイランで比較的評判の高い若手の映画監督が育っているのは、この『牛』という映画があったからです。数少ないアート系の映画がこの映画の前に作られていましたが、映画のニューウェーブが出来たのは、この『牛』であるのは確実です。サーェディーという作家がいまして、日本のカズオ・イシグロ(石黒一雄)のような存在なのですが、彼の原作が舞台になっていたのですが、原作と舞台から初めて映画化したのはメヘルジューイ監督でした。出演されている俳優はすべて舞台の役者でした。
この映画の撮影をする前にすごく時間がかかっています。村のど真ん中に大きな池があるのですが、それはメヘルジューイ監督が作ったものです。村に行ってから3か月後位に撮影を始めました。白黒が素晴らしく、音楽は、メヘルジューイ監督自身がサントゥールを演奏しています。
当時、イラン映画は世界に知られてなかったのですが、アンジェイ・ワイダ監督が感動して、ベルリン映画祭に紹介して、イラン映画の評判を世界に広げてくれました。
我々イラン人一人一人が、市山さんのフィルメックスでこの映画が上映されることを誇りに思って、心からお礼を申し上げたいと思います。観に来てくださって、ほんとうにありがとうございます。
最後に付け加えますと、私が若かった時に、この映画の製作部で働いていました。私たちの誇りを感じさせていただければと思います。カット!

*物語*
マシューハサンは、唯一の財産である一頭の牛を、村一番だと自慢し可愛がっている。村では、時折、隣村のならず者たちに羊が盗まれていて、次は自分の牛が狙われるのではと怯えている。
彼が村を留守にした日、牛が口から血を出して死んでいるのを妻が見つける。どうやら、ならず者たちが盗むかわりに殺してしまったらしい。村人たちは牛を葬り、マシューハサンには、牛は逃げたと口裏を合わせることにする。
家に帰り牛がいなくなったと聞き、お土産に買ってきた牛の首にかける飾りを手に、座り込んでしまうマシューハサン。牛小屋で寝泊りするようになり、やがて干草を食み、自分を牛だと思い込むようになる。おまえは牛じゃないと言われても、牛のように走り回る。町の病院に連れていこうと、村人たちはマシューハサンを縄でしばり泥道を引っ張って行く。だが、気がふれてしまった彼は、縄を振りはらって崖から飛び降りてしまう・・・


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ネイやトンバク、サントゥールといった伝統楽器の音色が、効果的に響きます。ことにサントゥールはメヘルジューイー監督自身が奏でていると知って、感慨深いものがありました。
冒頭の方で隣村のならず者3人が丘の上に立つ姿は、西部劇のよう。これから起こるであろう悲劇を感じさせてくれます。
一方、走り回る子どもたち、黒いチャードル姿の老女たち、壁の穴からチャイを差し出す老人・・・、村人たちの日々の暮らしがそのまま映画の背景として溶け込んでいます。(実はそれも演出?)
カルバラーで殉死したホセインを悼むアーシュラーの行事も、さりげなく織り込み、最後には、若い娘の結婚式の準備を映し出し、映画の作られた時代の村の暮らしを映像に残しています。これも映画の大事な役割だと思います。
とはいえ、絵的に見せるため、村の真ん中に大きな池を作ってしまったというのも、やはり映画。この撮影現場にスタッフとして参加していたアミール・ナデリ監督。昨年、東京フィルメックスで拝見することのできた『タングスィール』を撮影した時に、古い時代の町に見せるため、アスファルトの道路に土砂を運び入れて敷いたと語っていたのを思い出しました。

『牛』を初めて観たのは、町田市立国際版画美術館での上映会でした。スクリーンも小さく、画像も荒れていたのですが、迫力に度肝を抜かれました。次に観たのは、イラン大使館主催のイラン映画祭。確か、国際交流基金のホールでした。この時も、画像の状態はよくありませんでした。今回、デジタル修復版を朝日ホールの大きな画面で観ることが出来たのは大きな幸せでした。

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上映が終わり、ロビーでショーレ・ゴルパリアンさんにお会いしたら、出演者のほとんどが、もうあの世に旅立たれたとおっしゃっていました。
主演のエザトラー・エンテザミ氏は、2018年8月17日にご逝去。享年94歳。
メヘルジューイー監督は、82歳になられた今も映画を作り続けていて、東京フィルメックスの審査員として来日した女優のベーナズ・ジャファリさんが最新作に出演されています。日本で上映されることを期待したいです。

景山咲子



東京フィルメックス 『完全な候補者』 サウジアラビア社会の変貌しつつある今を描いた作品 (咲)

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特別招待作品
『完全な候補者』
The Perfect Candidate
サウジアラビア、ドイツ / 2019 年/ 101分
監督:ハイファ・アル=マンスール(Haifaa Al MANSOUR)

*物語*
サウジアラビアの小さな町の病院に勤める女医のマリアム。
病院前の泥道を救急搬送されてきた老人。女医は嫌だと拒否するが、病院には医者は彼女しかいない。
ドバイに行く為、空港に行くと父親の出国許可の期限が切れているので、新たに許可を貰って来いと言われる。
音楽家の父親は楽団のツアー中なので、親族ラシドの勤務先の選挙事務所を訪ねる。ラシドには選挙の立候補者じゃないと会えないといわれ、「じゃ、立候補する」と言って、ラシドに会う。マリアムの言葉をさまたげ、立候補の書類に記入しサインをしろと言われる。やっと、父がツアーに出ていて出国許可をもらえないから、代わりに許可してくれと頼むが、自分には許可できないと断られてしまう。
こうなったら選挙に当選して、病院前の道路を直す!と宣言。

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資金集めにチャリティーバザーやアバヤのファッションショーを開き、テレビでも「古い考え方を変えさせる為、男女問わず投票してほしい」とアピールする。

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病院では、老人の足の病状を男の看護士が見落としていて、一刻も早く手術をしないといけない状況。手術は成功し、感謝される。
いよいよ投票日。マリアムは当選するのか・・・


冒頭、ニカーブで顔を隠した女性が車を運転していて、爽快。サウジアラビアで女性の運転が認められたのは、2018年6月のこと。
成り行きでマリアムは選挙に立候補するのですが、サウジアラビアの自治評議会(地方議会に相当)選挙で、女性に初めて選挙権と被選挙権が認められたのは、2015年12月12日のこと。どちらも、やっと最近女性に認められた権利なのです。
出国に際し、父親もしくは親族の男性の許可が必要でしたが、こちらも最近不要になったそうです。

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女性だけでなく、マリアムの父親は音楽家ということで、肩身の狭い思いをしています。音楽を良しとしない人たちがいまだにいることを教えてくれます。
映画の中で、「サウジアラビア芸術センターが国立の楽団を作るらしい」という言葉が出て来て、やっと音楽も日の目をみる時代が来たことを感じさせてくれます。
イスラームの教えの解釈が何かと厳しいサウジアラビア。禁止だった映画館も解禁になり、コンサートホールやギャラリーも増えてきているそうです。
本作は、様々なことが変わりつつあるサウジアラビアで、女性が力を発揮できることを暗示しています。女性の意識改革がもちろん第一ですが、男性の理解なくしては、羽ばたけません。女性たちの力で、男性至上主義のサウジアラビア社会を根底から変えていってほしいものです。

ハイファ・アル=マンスール監督は、2012年に『少女は自転車にのって』(サウジアラビア・ドイツ)で、鮮烈な長編映画デビュー。当時は、女性が通勤用で自転車に乗ることを禁じられていました。屋外の撮影では、車の中から指示を出したそうです。
★シネマジャーナル89号に、ドイツでの松山文子さんによるハイファ・アル=マンスール監督インタビューを掲載しています。
作品紹介はこちら

長編2作目『メアリーの総て』 (2017年/イギリス・ルクセンブルク・アメリカ)は、エル・ファニングを主演にした、フランケンシュタインを生み出したメアリー・シェリーの人生。イギリスで女性が蔑まれていた時代に、不条理と闘う姿を描いていました。
作品紹介はこちら

3作目の『おとぎ話を忘れたくて』(2018年/米)は、Netflixで配信されたロマンチック・コメディ。未見ですが、広告会社の重役をしている女性が人生を見つめ直す内容のようです。
そして、4作目で再び故国サウジアラビアを舞台に女性の権利についての物語。
サウジアラビア社会の変化を追う作品を、今後も期待したい監督です。

景山咲子






東京フィルメックス 『静かな雨』 監督、出演者、作曲家 舞台挨拶、監督 Q&A 報告

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11月24日(日)、コンペティション部門の『静かな雨』が有楽町朝日ホールにて上映され、上映前の舞台挨拶に、中川龍太郎監督、ダブル主演の仲野太賀さん、元乃木坂46の衛藤美彩さん、作曲家で本作の音楽を担当した高木正勝さんがが登壇した。

本作は、「羊と鋼の森」の作家・宮下奈都が執筆した第98回文學界新人賞佳作のデビュー作を映画化。短期間しか新しい記憶を留めておけない女性と、彼女と向き合う青年を描く。

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仲野さんは中川監督とは2度目のタッグ。「数少ない同世代 の仲間。前作より規模の大きい映画で、もう5年も経ってるんですよね。今回、よりいっそうお互いを高め合いたい監督」と信頼を寄せた。
役柄に関しては、「独自の世界観が構築された作品なので、観客の皆さんが共感して欲しい役」と語った。



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今年3月に乃木坂46を卒業した衛藤さん。本作はグループ在籍時に撮影し、映画初出演初主演だという。「撮影中は緊張しましたが、役作りは特にしませんでした。監督との仕事はリハーサルの時間を取ってくださり、“衛藤さんらしさが出てほしい”と何度も仰って頂いたので本当に助けられました。たい焼き屋で仕事しながらリハーサルしてましたね(笑)」と撮影秘話を語った。


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『おおかみこどもの雨と雪』『未来のミライ』など、細田守監督作品の音楽を担ってきた高木さん。「作曲家がこういう所に出るのは…」と照れながらも、「アニメ音楽と実写の違いはアニメは映像がないんです。今回もなかったけど(笑)、音楽はいらないんじゃないかと思いながら(笑)。即興に近い形で弾いたものが最後まで残ってました。主演の2人とのセッションのようでした」と興味深いコメントを残した。

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中川監督は「初の原作もの なんです。御伽のような原作の寓話感を活かしたかった。アイドルに参加して貰い、アニメの作曲家や大賀にも協力して貰って楽しく撮影できました。今日、これが日本で最初の上映になるんですよね」と観客席へ呼びかけ、大きな拍手に包まれた。

大学で生物考古学研究助手をしている行助(仲野太賀)は、こよみ(衛藤美彩)という女性が一人で経営するたいやき屋に通ううちに彼女と親しくなる。しかしある朝こよみは交通事故に遭い、意識不明になる。奇跡的に意識を取り戻すが、後遺症で事故以降の新しい記憶が1日経つと消えてしまう記憶障害を発症していた。


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上映後は中川監督がQ&Aのため再び登壇した。

Q:映画祭ディレクター市山尚三氏。「企画はどこから?」
A:2年ほど前に、『四月の永い夢』と『わたしは光をにぎっている』を共同で作ったWIT STUDIOの和田プロデューサーから、この原作を衛藤主演で映画化しないか、と持ち込まれました。直ぐに本を読んだら、美しい小説であり、非常に抽象的な世界観を描いている。映画でカタルシスを表現するのが難しいのではと感じましたが、悩んだ末、塩谷大樹さんがカメラ、高木さんの音楽、太賀が主演をやってくれるということで、映画化が可能なのではないかと思ったんですい、撮ることにしました。衛藤さんはプロデューサーの推薦で、最初は難しいかと思ったのですが、職業女優よりも抽象的存在だし、ポカンとした浮世離れ?(笑)。アイドルの起用は面白いですね。

続いて客席から
Q:画角をスタンダードサイズにした意図は?
A:足を引きずる行助(仲野太賀)を、希望を持ち辛い社会を生きる世代の象徴として描いたつもり。走るのも遠くに行くのも難しい。視野の狭さを表現するためスタンダードにしました。

Q:ラスト近くのドローン撮影は?
A:あそこで行助には、こよみさん(衛藤美彩)と2人だけではない大きな世界との繋がり、街が広がって、向こうには山がある。更に大気や月、宇宙がある…という別の時空間のズレ、外の世界あっての自分の世界に気づいてほしかった。

Q:2人の場面は素敵だが 、原作通りか?
A:原作にある”秋の夜のような瞳”は想起し辛いので”湖のような瞳”に変えた。大賀が台詞を自分のものにしました。ラストのシークエンスや元カレは原作にはありません。

Q:原作では行助の家族がいたが…?
A:主人公の育ちは佇まいから想像できるし、こよみは家族がいないと遊離してしまうので、僕にとっては怖い河瀬直美監督(笑)に演じて貰いました。

Q:音楽については?なくてもいいと思った?(笑)
A:高木さんと話し合い、葛藤がありました、音楽なくてもいいとか(笑)。寓話性、宇宙…色々な時間があっていいと。精霊の視点からの音楽イメージです。

Q:原作との違いを。
A:「雨が降っているのに月が出ている」という描写は、原作にはない。“僕らの空間では雨が降っているけど、少し離れたところではきれいな満月が見えているかもしれない”という空間のズレ、時間の違いをあらわすために、思いつきました。

尚、本作は東京フィルメックスで、観客賞を受賞した。受賞結果報告記事はこちら。
http://www.cinemajournal.net/special/2019/filmex/index.html

(文・写真:大瀧幸恵)

2019年製作/99分/G/日本
配給:キグー
(C) 2019「静かな雨」製作委員会/宮下奈都・文藝春秋
公式サイト:https://kiguu-shizukana-ame.com/
★2020年2月7日(金)より東京・シネマート新宿ほか、全国で順次公開

東京フィルメックス 『ある女優の不在』 主演女優ベーナズ・ジャファリさんQ&A(11/24)

映画製作を禁止されているパナヒ監督からの依頼に東京に行くことを条件に即決
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特別招待作品
『ある女優の不在』  原題:Se rokh 英題3 faces
監督:ジャファル・パナヒ
出演:ベーナズ・ジャファリ、ジャファル・パナヒ、マルズィエ・レザイ

*物語*

人気女優ベーナズ・ジャファリのもとに、見知らぬ少女から悲痛な動画メッセージがパナヒ監督経由で届く。女優を志して芸術大学に合格したのに家族に反対され自殺を図るというのだ。ベーナズはパナヒ監督の運転する車で、少女マルズィエの住む北西部アゼルバイジャン州のサラン村を目指す。山間のじぐざぐ道で結婚式に出会い、誰かが自殺した気配はない。マルズィエの家を探しあてるが、3日前から家に戻らないと母親が困り果てていた。芸人に対する偏見が根強い村で、弟も姉が女優になることに猛反対で荒れ狂っている。
やがて、マルズィエが町外れで暮らす革命前に活躍した女優シャールザードのところに身を寄せているのを知る・・・

◎Q&A 
11月24日(土) 21:15からの上映後
TOHOシネマズ日比谷スクリーン12にて

ゲスト:ベーナズ・ジャファリさん
司会:市山尚三東京フィルメックス・ディレクター
通訳:ショーレ・ゴルパリアンさん

市山:今回はベーナズさんに来ていただいて、ほんとに嬉しく思います。その理由はなぜかというと、第1回東京フィルメックスのオープニング作品に上映されたサミラ・マフマルバフ監督の『ブラックボード 背負う人』は、ベーナズさんが主演だったのです。その時はサミラしか呼んでなくて、申し訳なかったのですが、20年後に20回目の記念の会にベーナズさんを日本にお呼びすることができて、ほんとに嬉しく思っております。

ベーナズ:ご挨拶申しあげます。実は日本に来ることは昔からの夢で、今回夢が叶って、日本にいることをとても嬉しく思っております。日本は私にとって太陽の国です。神様がくれた機会に感謝しています。

*客席とのQ&A
― ジャファル・パナヒ監督の映画を観ていると、どこまでが作りもので、どこまでがドキュメンタリーなのか、いつもわからなくて不思議な思いで観ています。今回の映画の中で、山間の道でのクラクションのくだりであるとか、墓の穴を掘って、自分の終の棲家だといって寝ているおばあさんだとか、どこまでが作りものなのでしょうか?

ベーナズ:この映画の場合、すべての内容が脚本に書かれていました。完璧な脚本を持って撮影場所に行きました。アゼルバイジャン州の小さな村で、村それぞれに特別なやり方や伝統があって、それにあわせて多少変えることもありましたが、基本は脚本に書かれた通りに撮りました。例えば、村の中で目の見えないお爺さんに会うと、それにあわせて少し変えたりしていました。
夜、私が歩いていて、お爺さんと中庭で話す場面があるのですが、そのお爺さんは村の小さな舞台で宗教的な劇をしている人でした。パナヒ監督は彼らと話して、うまく入れ込みながら撮影を進めていました。

― 割礼の儀式で、割礼した皮をどこに埋めるかでその男の子の運命が決まるというのは、どこでもある話なのか、その村の話なのか、それとも監督が作ってしまった話なのでしょうか?

ベーナズ:割礼の皮を大事な場所に埋めるという話は、その村の人たちが信じてやっていることなのですが、村だけでなく、ほかでもやっていると聞いたことがあります。親は子どもの幸せを願っているので、そのための儀式の一つです。どこでも、親は子どもの幸せを願って、何かやりたいと思うものだと思います。

― 電話を村の下にかけに行くという女優さんを、パナヒ監督は僕は眠いからといって一人で行かせます。イランに行ったことがあるので、夜、女性が一人で歩いても安全だということは知っているのですが・・・

ベーナズ:その村は、パナヒ監督が小さい時に育った村なので、あちこちに親戚がいて、最初に村に入った時も皆さんに歓迎されました。夜遅く一人で歩いても安心さがありました。映像から村人の優しさが伝わってきたと思います。パナヒ監督も安心して撮影に臨むことができたと思います。

― 女の子を家に送り届ける時に、こういうことは女性の方が得意だから僕は車で待っているという場面がありました。イランではそれが普通なのでしょうか?

ベーナズ:私は監督じゃないのでわからないのですが、弟が出て来て、窓ガラスを割ったりするのは映画として必要だったから入れたのだと思います。
今度、監督に聞いてみようと思います。

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― 3代の女性の物語で、革命前に活躍していた女優さん、現在活躍している女優さん、そしてこれから女優になろうとする少女が出てきます。田舎なので、様々な偏見もあると思うのですが、時代の違いで、イランの社会が見る目が違うということはあるのでしょうか?

ベーナズ:3世代の女優を描いていますが、いろいろな時代の伝統や社会の決まりを説明するためだと思います。

― 演じることは、とてもパーソナルな感情に基づくことだと思います。ある少女を助けなければいけないという、女優が持つ公的な立場も描いていました。感情についての表現でパナヒ監督といろいろとやりとりがあったと思います。ご自身の意見を通されたようなことがあれば教えてください。

ベーナズ:実際、1回もめたことがありました。彼女が自殺してないとわかって、殴るシーンがあるのですが、パナヒ監督からはほどほどにしてくださいと言われてました。手加減して殴ったのですが、撮影が終わって帰る時に、どうも納得がいかないと監督に言いました。わざわざ撮影を抜けてまで心配して村にやって来たのに嘘だとわかれば、私だったら、彼女を殺すか、もっときつく殴ると言いました。監督は、わかったので、明日撮り直すけど、彼女には伝えません、好きにやってくださいと言われました。翌日4時までしか撮影できなかったのですが、私がすごく怒って殴ったら、彼女は事前に聞いてなかったから、すごくびっくりして逆切れして、暴言を吐いて攻撃してきたので、これはとても使えないと監督はカットを出しました。彼女はもうテヘランに戻ると暴れ出していて、これは映画のためだったよと話して、私も映画のために騙されたことがあると彼女に話して、3回目を撮りました。

市山:最後のひとことをお願いします。

ベーナズ:
パナヒ監督から出演依頼を貰った時に、私を必ず東京に行かせてくださいと言って承諾しました。カンヌに出品される時に、電話があってカンヌに行ってと言われ、カンヌはどうでもいいから東京に行かせてくださいと言ったら、監督から、カンヌだよ、アホかと言われました。ほんとに東京に行きたかったので、こうして東京に来られたのが嬉しくて、ギフトを貰ったような気持ちです。

市山: 『ある女優の不在』は12月13日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷他で公開されます。皆さん、どうぞ皆さんよろしくお願いします。
本日はありがとうございました。


★このQ&Aの前に、ベーナズ・ジャファリさんにインタビューの時間をいただきました。
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報告:景山咲子





東京フィルメックス 『戦場の讃歌』(イスラエル) で、VRを初体験

東京フィルメックスのメイン会場である朝日ホールが入っている有楽町マリオンビル9階に、「コニカミノルタプラネタリアTOKYO」がオープンし、VR作品の上映が可能になったことより、VRプログラム上映が企画されました。
初めてのVRプログラムとして上映されたのは、ヴェネチア国際映画祭VR部門コンペティション出品作品である『戦場の讃歌』。
フィルメックスの会期中、1日3回上映され、11月30日には、イスラエルより監督を招いてのトークイベントも開催されました。
イスラエルの作品なので、これは観なくてはと、時間を捻出しました。

初めて体験したVR作品と、トークの模様をお届けします。

◆『戦場の讃歌』 原題: Battle Hymn
イスラエル / 2019 / 11分. ※日本語字幕ナシ、英語字幕付き
監督:ヤイール・アグモン(Yair AGMON)

Director:ヤイール・アグモン(Yair AGMON)
毎晩多くのイスラエル国防軍(IDF)の兵士たちがヨルダン川西岸地区のパレスチナの村でたくさんの拘束任務を行っている。イスラエル国防軍の根本的なルーティーンが一時的なピークに達するのを、映画「Battle Hymn(讃歌)」は観客にみせる。そこには男らしさと恥、強さと弱さ、卑しさと権力が混在する。こうしてこの映画は、現実と非現実、そして私が家と呼ぶこの狂った悲しいシュールな場所について物語るのだ。2019年ヴェネチア国際映画祭にて上映。(公式サイトより)
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© 2019 Yalla films – Tal Bacher &Yair Agmon, All Rights Reserved


「コニカミノルタプラネタリアTOKYO」は、広々としたロビーの両脇に、上映や展示、グッズや飲食物の販売コーナーがあって、ちょっと近未来的な空間。
上映コーナーには、大きなカプセル型のソファが向かい合わせに並んでいて、え? スクリーンはどこに? とVRが何かを知らなかった私!
そも、たった11分の作品なのに、千円? という思いも。
(すみません・・・ プレス枠で拝見したので、私は払ってないのですが)

開始時間になり、指定席に案内され、VRを観るための器具を頭に装着。結構重たくて、うっとうしいです。画面は双眼鏡のように覗き、音はヘッドフォンから聴こえてきます。

銃を手入れしながら、きわどい雑談をする兵士たち。
上下左右に画面が広がり、うつむくと、まるで私の手のように、私の位置にいる兵士の手が見えます。
夜になり、点呼が行われ、7人の兵士は車に乗ってパレスチナ人の家へ。
アラビア語で「全員出て来い!」と叫び、母親と子どもたち、そして父親が出てきます。
「息子のファディはどこにいる?」
「友達の家」
犬が吠える。
ヤツは中に違いないと、2階にあがっていく兵士たち。
ファディを捕まえ、手を縛り、目隠しして、車で連れていく。
基地に戻り、ファディを見張る兵士たち。
ファディが目隠しされたまま歌いだす。
アラビア語だが、イスラエルの守護神を称える歌。
いつしか、イスラエル兵たちも口ずさみ、楽器を持っている者は伴奏する・・・

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日常茶飯事で行われているイスラエル兵によるパレスチナ人の掃討作戦。
夜中に押しかけ、無理矢理連行することに慣れっこになっている兵士たち。
一方、夜も落ち着いて眠れないパレスチナの人たち・・・
なんとも、理不尽。
捉えられたパレスチナの青年が歌うのが、アラビア語とはいえ、イスラエル賛歌というのが、ちょっと解せない気もしましたが、皆で一緒に歌う姿は、監督なりの和平への願いと感じました。


監督の思いが聞きたくて、トークイベントに参加しました。
(イラン大使館での講演会を中座してまで!)

◆VRプログラム「戦場の讃歌」について監督に聞く。

2019年11月30日(土)4時~5時
有楽町朝日スクエア
登壇者:
ヤイール・アグモン(監督)
タル・バッファ(プロデューサー)

司会:市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
通訳:松下由美



★トークイベント

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市山:VRをフィルメックスで上映するのは初めてなのですが、今回1本だけ上映できることになりました。

監督:2回目の日本です。私たちはVRの可能性を強く信じています。

タール:
今回は機会をいただきありがとうございます。
私たちは一緒に兵役についたことがあって、ある程度経験に基づいて描きました。

市山:ヤイールさんはこれまでVR作品の経験は?

監督:
VRは初作品。これまでドキュメンタリーを撮っていました。イスラエルのファンドを使ってVRで撮れるのでやってみようとタールさんから言われました。

市山:劇映画は?

監督:長編はないです。短編ではフィクションも撮っています。

司会:
VRのファンドについて、タールさん、教えてください。

タール:イスラエルでファンドというと、ほぼ公的なもの。今回のファンドは、新しいメディアのもので、短編かつドキュメンタリーという枠組みでした。金額は、わずかなものでした。

司会:どれくらい?

タール:すべてこのファンドで作りました。

監督:200万円弱です。
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市山:年間に何本もVRは作られているのでしょうか?

監督:
昨年は、6つのプログラムがVRで作られました。
今年は4つのプログラム。カナダのファンドも入っています。

市山:日本ではVR作品は、どちらかというとゲームの為に作られています。
このようなアーティスティックなVRはあまり観たことがなかったので、どういう仕組みで作られたのか気になっています。

監督:イスラエルでは、ゲームの為には限られています。一方、VRは映画業界からは全く無視されているので、手掛けながら学んでいきました。作る上でテーマに制限はないのですが、環境、エネルギーなどがいいのかなと思いました。会話のある劇が好まれることを学びつつ、ほとんどワンショットでシチュエーションを決めて撮るのが適していると学びました。

市山:本来、VRで描くのなら、攻撃されたり、銃撃戦が起こったり、すごいことが起こるのではないかと思ったのですが、淡々と進んでいって、逆にある種の恐怖感が伝わってきて感動しました。このような作り方は意識的にされたのでしょうか?

監督:
シンプルにストーリーを伝えることに注力しました。私も兵士だった時、指揮官として夜、逮捕する仕事をして大変だったのですが、恋人や家族にそのつらさを伝えるのは難しいものでした。戦争があって、兵士が国を守っているという状況があるわけです。目標として、自分の母にわかってもらえるようなものをリアルに作ろうと二人で話し合いました。俳優が出演していますが、彼らも従軍していますので、充分知った上で演じています。唯一、リアルでないのは最後のシーンです。

市山:11分という時間で、すぐに終わるなと思っていたら、実際観終わってみたら、結構ヘビーで、これぐらいが充分だと思いました。長さはどのように決めたのですか?

監督:ストーリーがよければ、長くてもいけるのではないかと思っています。

*会場よりQ&A*
― カメラの位置は? あたかも自分が登場人物のようでした。

監督:
まさに、観ている人の視点で映画が展開します。タールさんの弟さんにヘルメットをかぶって貰って、その上にマネキンのようなものにカメラを持たせて撮りました。

― 何がVRに適しているのでしょうか?

監督:
まさに今問われるべきことだと思います。答えを持ち合わせていませんが、軍隊の状況を伝えるとか、複数の人が一緒に行動すること、たばこを吸っておしゃべりするような、二人以上の状況を作って伝えるのが適しているのではないかと思います。
カメラをどこに置くのかが重要。部屋のどこかに置いたのでは、面白くありません。
人の上に置けば、人の視線になります。
車にカメラを設置して、渋滞の中で人がいらいらする姿を見せることも考えています。

― VRの使い方が発展している中で、よりゲーム的なものを考えていますか?

監督:
この映画の設定は、ゲームとして機能するのではとタールは言っていますが、私自身はゲームは好きじゃありません。ヴェネチア国際映画祭に参加したのですが、インストラクテォイブなものが多かったです。

タール:
すでにあるものをVRで伝えるということも出来ると思います。

市山:
私もこの作品をヴェネチアのVR部門で観たのですが、台湾の『ニーナ・ウー』のメイキングがあって、そちらとどちらにしようかと最後まで迷ってました。

監督:そっちの方が出来がいいから、そちらを呼ぶべきでしたね。(笑)

― リアルで下を観ると手許が見えて不思議な感覚でした。アラブの人の逮捕シーンもリアルなのに、最後がファンタジー。イスラエルの兵士を経験したり、アラブの逮捕された経験者の方の感想を聞かれたことはありますか?

監督:あまり上映の機会がなくて、今、ハイファの映画祭で上映されています。とてもリアルだという反応
エンディングは、イスラエルの人にとって、とてもパワフル。捕まったパレスチナの彼が歌うのは、とても有名なもので、歌というより通常はシナゴーグで唱えられるもの。それをアラビア語で歌っていて、兵士たちが彼のバンドになるというもので、とても人々に響くものがあって話題になっています。

監督:イスラエル国籍のパレスチナ人の友達がいるのですが、兵士の経験はとてもつらいものだったと打ち明けてくれました。

注:『テルアビブ・オン・ファイア』サメフ・ゾアビ監督(イスラエル国籍のパレスチナ人)にインタビューした折に、「イスラエル国籍のパレスチナ人には兵役は義務ではありません。志願はできますが、99%は、兵役につきません」と伺いました。ヤイール監督のご友人は、奇特な1%のパレスチナ人ということになります。

市山:残念ながら、時間になりました。本日はありがとうございました。

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