東京国際映画祭 アジアの未来 作品賞 『マリア』 記者会見・Q&A報告 (咲) 

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アジアの未来 作品賞受賞したイラン映画『マリア』。
クロージングセレモニーと受賞者記者会見での喜びの言葉と、10月29日(日)上映後のQ&Aの模様をお届けします。


『マリア』 Maria
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監督/脚本:メヘディ・アスガリ・アズガディ
プロデューサー: アリ・ラドニ
撮影監督:ダウード・マレクホセイニ
編集:エルナズ・エバドラヒ
音楽:ハメド・サベット
出演:
ファルハド: カミャブ・ゲランマイェー
ゾーレ: パンテア・パナヒハ
ペイマン :サベル・アバール
パリサ: マーシド・コダディ
ラスル:ホセイン・マージューブ
2023年/イラン/119分/カラー/ペルシャ語
https://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3602ASF04

*物語*
若い映画監督のファルハド。自分の結婚式の日、映画の撮影用に借りていた車に花をあしらって運転中、陸橋から落ちてきた女性を轢いてしまう。その女性マリアは、2年前にファルハドが娼婦役に起用したが、テスト映像が流出して以来、姿を消していて、行方を探していた。意識不明で重体のマリアの家を訪ねたファルハドは、一家がバローチ族で、バッタに畑をやられ、土地を離れテヘラン南部にやってきたことを知る。界隈には、バルーチ族が多く暮らしている。マリアは突き落とされたのではないかとの疑いが浮上するが、12人もの男が、自分が犯人だと名乗り出てくる・・・




◆第 36 回東京国際映画祭 クロージングセレモニー

アジアの未来 作品賞
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マーク・ノーネスさんより発表。
レイモンド・レッドさんよりトロフィー授与。

来日出来なかったメへディ・アスガリ・アズガディ監督のコメントを奥さまであり編集を担当したエルナズ・エバドラヒさんが暗記したものを披露しました。

「東京国際映画祭、審査員の方々、この映画をセレクトしてくれた方々、心よりお礼を申し上げます。この賞をいただき、私はもう一回映画で人生を歩んでいけるという力を貰いました。編集を担当した妻、主役の俳優さんはじめ映画に関わったすべての人にこの場を借りて感謝を申し上げたいと思います。また、私たちのイラン映画の巨匠であるアミール・ナデリ監督にはお礼を申し上げたいと思います。私たちはいただいたこの賞をアミール・ナデリ監督に差し上げたいと思います」

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◆受賞者記者会見
登壇:エルナズ・エバドラヒ(編集)、カミャブ・ゲランマイェー(俳優)

― 28歳の若い監督の受賞、おめでとうございます。今回は来日が叶わず残念でした。映画の世界の中で進んでいく物語。作る上でのご苦労は? イランの特殊な部族のことも入っていましたが・・・

エルナズ:夫である監督は来られなくてこの場にいられないのはほんとうに残念です。けれども、映画をご覧いただいたこと、また受賞したことを伝えましたら、大変喜んでいました。審査員にも大変感謝しております。次の作品で来日できればと願っています。
この映画は、映画の中の映画という作りです。バルーチ民族を題材に使いましたが、繊細に描かないとイランのほかの民族と間違えられるかもしれないので、言葉の訛りや、衣装など、とても気を使いました。バルーチ人のアドバイザーがいましたので、繊細に撮ることができました。


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― カミャブさんにお伺いします。今回は、イランの人々を描いた映画が偶然にも多く受賞しました。作品を選ぶ時の哲学のようなものはありますか?

カミャブ:私のことを話す前に、『雪豹』のペマ・ツェテン監督が亡くなられたことを聞いて、心を痛めています。これからも皆さんめげずに頑張ってください。 実は、短編も含めて、この映画が初出演でしたので、2年後位に別の作品に出演したら答えられるかもしれません。


◎2023年10月29日(日) 10:25からの上映後の質疑応答
@TOHOシネマズ シャンテ スクリーン2

ゲスト:カミャブ・ゲランマイェー(俳優)、エルナズ・エバドラヒ(編集)
司会:石坂健治シニア・プログラマー

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カミャブ:サラーム。おはようございます。朝からありがとうございます。初めての映画デビュー作の完成版を、初めて皆さんと観ることができました。

エルナズ:おはようございます。監督は残念ながら来られなかったのですが、メッセージを預かりました。
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「皆さんと一緒に映画を観ることができなくて残念です。国から出られなかったのです。徴兵が終わってなくて、許可が出ませんでした。実は、歳の問題で行けなかったので、書類を揃えて出したのですが、駄目でした。リサーチを進めて、次の作品を作って東京に行けるようにしたいです。映画を愛している私は東京国際映画祭にぜひまた選んでいただいて参加したいです。
28歳で、完成作品を観たいと思っていたのですが残念です。いつかまた!


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メヘディ・アスガリ・アズガディ監督

石坂:今回、最年少の監督でした。お目にかかりたかったです。 
まずは、バローチ族について、説明いただけますか?

カミャブ:東南地区のシースターン・バローチスターン州に主に暮らしているのですが、日照りが厳しくて、水の問題があって、生活に苦労して、仕方なく首都テヘランなどに移住したり、ばらばらに暮らしています。

エルナズ:数年前に砂嵐で多くの村が破壊されてしまいました。マリアの両親も砂嵐で亡くなって、祖父とテヘランに移住したという設定です。

―(女性) 撮影と編集が素晴らしかったです。イランで起きた事実を脚色したのでしょうか? 女の人が高いところから落ちてくる。男性の幻想から、ヒッチコックの『めまい』などを思い起こしました。影響を受けた映画などがありましたら教えてください。

エルナズ:監督にとって初めての映画で、私にとっても初めてのフィーチャー映画の編集でした。監督は『めまい』がとても好きです。緑色は『めまい』の影響です。現実と幻想も『めまい』の影響です。パリサの服装の色も、『めまい』に同じ色のものが出てきます。

―(男性)車の中のシーンが多かったですが、難しかったのでは?

カミャブ:いろんなロケーションで車のシーンがあって、でこぼこの道のところもあって、とても困難な撮影でした。

エルナズ:主役が子ども二人を車のバックシートに入れるシーンは、苦労してとても大変でした。
雨の中で暗かったけれど、監督はチャレンジしたかったのです。


―(女性)実話に基づくとのことですが、どれ位、本当なのでしょうか? 映画としては、どういう風にしようと考えたことなど教えてください。

エルナズ:監督が数年前、一人の若い女性に出会い、売春婦の役を演じたら、家族に殺されそうになったと聞いて、いつか映画にしたいと思っていました。
パナヒ監督の『ある女優の不在( 3 Faces)』のポスターが貼ってあるのは、その映画の中で役者になりたかった少女が家族の反対で自殺しようとしたという話があるからです。


石坂:カミャブさんは、もう少し、こうすればよかったというところはありましたか?

カミャブ:観ながら、ここはこうすればよかったというところはありましたが、最初に観た時には、「あ、私だ!」と。

―(男性)後ろめたさを感じたという絵作りは、役者として、どのように意識されましたか?

カミャブ:この役を演じるのに、9か月、監督とやりとりしました。複雑な役で、ファルハドは、すべてを映画の角度から見ているキャラクターです。例えば、結婚式の日、花嫁に電話して「メイク終わった?」と聞きますが、その「メイク」は映画の現場で使う「メイク」です。生活の中でも、すべてを映画と絡めている人物です。

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石坂:若いチームが作り上げた映画で、日本公開が実現できればと思います。
最後に一言ずつお願いします。

カミャブ:東京国際映画祭が選んでくださったことにお礼申し上げます。楽しんでいただけましたら嬉しいです。

エルナズ:東京国際映画祭にお礼申し上げます。初めて東京に来て、東京にほれ込んでしまいました。モダンでシステマティック。惚れ惚れしました。

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まとめ:景山咲子





東京国際映画祭 最優秀男優賞受賞 『ロクサナ』 受賞記者会見・Q&A報告 (咲)

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コンペティション部門で最優秀男優賞を受賞したイラン映画『ロクサナ』。
クロージングセレモニーと受賞者記者会見での、ヤスナ・ミルターマスブの男優賞受賞の喜びの言葉と、10月25日(水)上映後のQ&Aの模様をお届けします。

『ロクサナ』 Roxana
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監督/脚本/編集:パルヴィズ・シャーバズィ
撮影監督:プーヤ・シャーバズィ
プロデューサー:マンスール・ラダイ
出演:
フレード:ヤスナ・ミルターマスブ
ロクサナ:マーサ・アクバルアバディ
フレードの母:マエデー・ターマスビ
マンスール:ラムボド・モタレビ
https://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3601CMP11

*物語*
無職の青年フレードは、認知症気味の母親と2人暮らし。ある日、車の窓を割られ、バッグを盗まれた女性ロクサナを助ける。結婚式のビデオ撮影を仕事にしているロクサナ。バッグには顧客の結婚式を撮影したハードディスクが入っていて、撮り直しがきかないという。 ロクサナから、翌日のショマール(北: カスピ海地方を指す)での結婚式の撮影を手伝ってほしいと頼まれ、友人のマンスールを誘って行く。途中で、車にお酒を積んでいるのが警察に見つかり、フレードはロクサナの身代わりで警察に連行される・・・
★さらに詳しいストーリーは、末尾に掲載しています。



◆第 36 回東京国際映画祭 クロージングセレモニー

最優秀男優賞
ヤスナ・ミルターマスブ(『ロクサナ』、イラン)
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講評と発表:チャン・ティ・ビック・ゴック(プロデューサー、ベトナム)
感情的でシンプルな役柄は、彼の真摯な演技によってイランの平凡な現代社会の豊かな生活を目の当たりにする機会を与えてくれました。

ヤスナ・ミルターマスブ:コンニチワ サラーム。審査員の皆さんにお礼を申し上げたいと思います。このいただいた賞を監督のパルヴィズ・シャーバズィさんに伝えたいと思います。また会場にいる撮影監督のプーヤ・シャーバズィにもお礼を申し上げたいと思います。ムスリムだろうがクリスチャンだろうがユダヤだろうが関係ないと思います。我々の命の中で一番最低なのは、もちろん戦争ですし、子供がその中で亡くなっていくのはやはりいけないと思います、戦争を止めましょう。

◆受賞者記者会見

ヤスナ・ミルターマスブ:
コンニチワ。 12歳で演技を始め、13歳から主役として演じてきて、初めて受賞しました。東京国際映画祭での受賞はとても嬉しいです。これまで、キアロスタミ、ナデリ、マフマルバフなどイランの巨匠が東京国際映画祭で映画を紹介してきました。素敵な街で受賞できて嬉しく思います。
脚本を教えてもらえないまま、撮影に臨みました。それが一番の経験でした。演技力を監督が取り出してくれました。これから演技の新しい道を歩いていくと思います。監督に感謝しています。ほかの監督からオファーがあっても、脚本はいらないと思ってしまうかもしれません。
遠いイランから東京まで来られたことに感動しています。受賞したのは大きなお土産ですが、東京に来て一番感動したのは、日本の方たちがお互いにリスペクトしていることでした。尊敬しあうことを学びました。素晴らしいことだと思いました。イランでは、それは少し欠けているかもしれないと考えていて、お互い尊敬することをイランの家族や友達へのお土産として説明したいと思います。
13歳から主役を演じてきて、毎回、もし受賞したらこういうメッセージをと考えていたのですが、今回初めて受賞して、父や母がこの場にいてほしいと思いました。でも、市山さんがそこにいらしてくださるので、ご挨拶申しあげます。



◎2023年10月25日(水)18:30からの上映後のQ&A @丸の内TOEI
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ゲスト:パルヴィズ・シャーバズィ(監督/脚本/編集)、ヤスナ・ミルターマスブ(俳優)
司会: プログラミング・ディレクター 市山尚三さん
英語通訳 富田香里さん、ペルシア語通訳:ショーレ・ゴルパリアンさん

(登壇し、舞台でハグする監督とヤスナさん)
監督:サラーム(ご挨拶)を申し上げます。ご覧いただきましてありがとうございます。

ヤスナ: コンニチワ。サラーム。今日初めて自分が出た映画を観て、ドキドキしました。監督にお礼を申しあげます。

監督: お互いに褒めあってることに、驚かないでくださいね。

市山:今日は、会場にプロデューサーのマンスール・ラダイさんと撮影監督のプーヤ・シャーバズィさんも会場にいます。 (二人が立ち上がる)

監督:撮影を担当したプーヤは私の息子です。家族で作った映画です。

市山:監督とは、1998年に東京国際映画祭のヤングシネマ部門で『南から来た少年』がゴールド賞を受賞された時に初めてお会いしました。お互い歳をとりましたが、こうやって再会できました。

監督:市山さんには、いつもイラン映画、特にインディーズ映画をサポートしていただいて、東京フィルメックスにも呼んでいただき、感謝しています。

市山:私から二人に質問したいと思います。まず監督に。主人公が次から次と問題に巻き込まれるスリリングな話でしたが、もとになった出来事があったのでしょうか? どういうところから発想されたのでしょうか?

監督:細かくいくつかのストーリーが入っていて申し訳ありません。デリケートな問題を描くのに、お母さんのこと、ギャンブル、お酒…といろいろな出来事が必要でした。若者と話したときに、お酒を持っているのが見つかるとムチ打ちされると聞いたことがあって、それも入れています。トマス・ビンターベア監督の映画『アナザーラウンド』では、お酒を飲むのはいいことだと言っていますが、私の国では罪になることを描きたかったのです。

市山:ヤスナさんに伺います。脚本は、ちゃんと出来ていましたか?  脚本を読んで、どういう風に思って引き受けましたか?
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ヤスナ: とてもいい質問です。監督は誰にも脚本を渡しませんでした。役者の私にも、プロダクションの人にも。監督を尊敬していたので、選ばれた時に嬉しくて、「どういう話ですか?」と聞いたら、「そのうち説明しますから」と言われました。なかなか話してくださらないので、時々聞いてみたのですが、撮影の前日になっても教えてくれませんでした。撮影の日、朝ご飯を食べながら、今日こそくれるだろうと思ったのに、脚本は出てきませんでした。心配になって父に、「こういう監督はいるのでしょうか?」と聞いてしまいました。(★注:父Mojtaba Mirtahmasbは、映画監督。)
12歳から演じていますが、こんな監督は初めてでした。
撮影が始まって、私だけでなく、誰にも脚本は渡してなくて、そもそも脚本はありませんでした。監督は自分の想像の中で絵を描いていて、毎日、その絵の一部をくれるということなのだと思います。この監督の素晴らしさだと思います。撮影の最後の方になって、こういうストーリーだったのだと、やっとわかりました。


監督:裏話はやめましょう(笑)。

ヤスナ:あとから考えてみたら、脚本をわかっていない私から、監督は毎日指導する中でいろいろ演技を引き出してくれたのだと思いました。今まで経験したことのない演技力が出てきたと思うので、監督にお礼を申し上げないといけません。長い間、演技をしてきましたが、これからの私の演技は、今までと違うものになると思います。

監督:内輪で褒めあってばかりじゃなくて、皆さんがどう思ったのか聞いてみたい。

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*会場から*
― (男性) 素晴らしい映画でした。普通に考えたら、タイトルは主人公のフレードだと思うのですが、『ロクサナ』なのはなぜですか?

監督:女性の名前をタイトルにした方がいいなと思いました。ロクサナの出番は少ないのですが、メインキャラクターは彼女ですから。

―(女性)素晴らしい映画でした。スチール写真を見て、シリアスな映画なのかと思っていたら、結構コミカル。イランは検閲が厳しいことで有名ですが、国内外での上映に問題はありませんか?

監督:今日が初めての上映でした。これからどうなるかわかりません。まだ、上映許可を貰ってないので、イラン国内での公開は決まっていません。スクリーナーは渡してありますが、結果はどうなるか。あまり厳しい検閲を受けないことを願っています。真実しか語っていません。自分が足したものはなくて、すべて見聞きしたことを入れ込んでいます。

―(男性)日本に入ってくるイラン映画は、アスガル・ファルハーディーやジャファール・パナヒなどシリアスな作品が多くて、イランの若者の姿が描かれることは少ないのではないかと思っているのですが、本作は若者の実態がわかって面白かったです。イスラーム法が厳しいはずなのに、非常にいい加減な部分も感じました。これは実態を描いているものなのでしょうか? キャラクター造形をどのように考えているのか教えてください。

監督:ほかの監督の映画については何も言えませんが、これまで作った映画は、現実の若者の姿を描こうと頑張ってきました。映画を観ると、若者の生活の中でハッピーなことも、問題が起こることもあるとわかると思います。

―(男性)勇気ある映画だと思いました。イランの現状を映画にしていて、ヘジャーブのこと、鼻の整形のこと、麻薬、女性への暴力など全部入れ込んで、ダークな部分だけじゃない綺麗な部分も散りばめて、イランの全部を見せたかったのかなと思いました。

監督:細かく見ていただいてありがとうございます。それしか言えません。

★あっという間に質疑応答の時間が終わってしまいましたが、最後の男性の方が質問したように、今のイラン社会の等身大の姿が描かれた映画でした。
失業率が高く、大学を卒業しても正規の職業につけない中、ギャンブルに走る人も多いのも実情です。結婚式のビデオを撮るのは、ずいぶん前から人気で、スマホのなかった時代には、高いビデオ機材を購入して、副業にしている人も大勢いました。イランの友人たちに、結婚式の時のビデオを見せてもらう機会がよくあるのですが、皆、編集がとても素敵でした。 踊っている場面ばかりのものもあって、「いつ休むの?」と聞いたら、「踊っていないときは撮影している人も休んでる」と言われたことがあります。 男女一緒のパーティや、踊りやお酒も政府は禁じていますが、どこ吹く風。集まれば踊るのが大好きなイラン人たちです。そんな様子も垣間見れる映画でした。
ニュースからは、厳格なイスラームの国のイメージが強いイランですが、国民はそうでもないことがわかると思います。


*フォトセッション*
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マンスール・ラダイさん(プロデューサー) , パルヴィズ・シャーバズィ監督、ヤスナ・ミルターマスブ, プーヤ・シャーバズィさん(撮影監督)


*物語*  長いバージョン
青年フレードが玄関を開けると、警官が二人。
母親が警察に通報したのだ。
「息子は家でごろごろして仕事もしないし、結婚もしない。私の宝飾品も盗んだ。連行してちょうだい」と母。
母は認知症気味で、これまでにも警察を呼んだことがあるらしく、警官も笑ってる。
玄関の外に出て見送るフレードに、「短パンで外に出ないように」と注意する警官。
(★注:女性が髪の毛を隠さないといけないのと同様、男性も短パンはNG。革命後数年間、男性の半袖も駄目だった時代があります。)

ウエディングドレスを作っている工房。
フレードの友人マンスール。「ここに住み込みで働けないかな?」

工房の外で騒ぎ声。
ロクサナという若い女性が、駐車中の車の窓を割られて、バッグを盗まれたという。
見張りを頼んでいた従姉ゾルは煙草を買いに行っていた。
バッグにはハードディスクが入っていて、結婚式を撮ったものなので、撮り直しができないという。

隠家のような「ジアの店」に行くフレード。
玉突きで、賭けをしている。
受付をしているホジャートという若い男。「僕はムスリムだから賭け事は許せない。身分証を取られて、やめられない」
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ロクサナの車の修理に付き合うフレード。
ビューティーサロンに連れていかれ、カード占いをしてもらう。
「バッグは必ず出てくる。一日か、一週間か、一年かわからないが、思わぬところから出てくる」
「3日前に知り合った人といい関係になるが、結ばれない」

ロクサナから、明日、ショマール(北)で結婚式を撮る仕事があるから一緒に行ってほしいと頼まれる。
翌日、友人のマンスールもついてくる。
鼻に絆創膏を貼った従姉ゾルも現れる。「新しい鼻、どう?」
(★注:イランでは大きな鼻を削って小鼻にする。以前はもっと大きな絆創膏を貼っていました。)

後ろの座席で、ゾルがマンスールに触られたと喧嘩になる。
怒ったマンスールが降りるというので車を止めたら、パトカーが来て、荷物を調べられる。
トランクからお酒が出てくる。
「ウエディングビデオのパッケージの一部」とロクサナ。
「お酒は僕が積んだことにして」と罪を被るフレード。

フレードを警察に連行した兵士が仲間たちと踊っているのを撮るフレード。

カスピ海沿いの町のバーザール。
兵士が少年に算数の問題を解いている間に逃げるフレード。
結局、兵士に捕まる。「逃げたといわないから、踊ったことを言わないで」
保釈には家の権利書か、誰かの給金での保証が必要だと言われる。
「家の権利書は母が燃やしてしまった」というと、花嫁の親戚の男性が給与で保証してくれる。

山間の村での結婚式。音楽に合わせて踊る人たち。
カスピ海の畔でも撮影する。 ロクサナが「花嫁にキスして」というと、花婿が「恥ずかしいから皆に見られたくない」という。

撮影を終え、テヘランのアーザーディ広場に着く。
炊き出しの手伝いをする。 大きなお鍋で、ルビヤーポロー(豆ご飯)を作って、配って歩く。

ロクサナ、海外にいる友人のササンに電話して、保釈金を貸してくれるよう頼む。
「千ドルは無理。500ドルなら。送金できないから、ミトラに渡してもらう」
(★注:経済制裁で、海外との送金のやりとりは出来ないので、イラン国内にいる親戚や知人などに立て替えて貰う形で決済)

ロクサナが、バッグに入れていたサングラスがネットで売られているのを見つける。
サングラスを持ってきた女性に「これは盗まれたもの」という。
夫に話して、バッグは返すという女性。後ろに子供を乗せバイクを走らせる彼女の後ろを車でついていくが、一方通行に阻まれる。
警察に通報しないロクサナ。「子供もいるし気の毒」

盗まれたバッグをロクサナの代わりに取りにいく
肝心のハードディスクがない・・・
モタメディモールで売りに出されているとわかる。

ロクサナの事務所にいると、男が3か月分の家賃の取り立てに来る。
ミトラから預かった500ドルを増やそうとジアの店に行くと、皆が警察に捕まっている。
フレードはまだ賭けてもいないのに、所持金の500ドルを没収されてしまう。

ロクサナが契約していた結婚式に行くが、ロクサナは来ていないと言われる。
前に車で送ったときにロクサナを下した場所で、片っ端からベルを鳴らしてロクサナを探し、やっと会える。

二人でショマールの警察へ。
あの時、フレードを連行した兵士フセインは兵役を終えていた。
初犯だし、懇願すればお金で済むといわれる・・・・


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最初と最後のほうに出てきた場面。
カスピ海の浜辺に横たわる青年。犬が数匹、寄ってくる・・・


まとめ:景山咲子

東京国際映画祭 コンペティション部門 『ペルシアン・バージョン』 マリアム・ケシャヴァルズ監督インタビュー (咲)

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第36回東京国際映画祭 コンペティション部門 
『ペルシアン・バージョン』 The Persian Version
監督:マリアム・ケシャヴァルズ
出演:レイラ・モハマディ、ニユシャ・ヌール、カマンド・シャフィイサベット
2023年/アメリカ/ 107分/ カラー/英語、ペルシャ語

*ストーリー*
1967年にイランからアメリカに仕事のために渡った両親のもとに生まれたレイラ。1979年、イラン革命。アメリカ大使館人質事件で、両国の関係が悪化し、一家はアメリカでの定住を決める。兄8人が徴兵を心配してイランに行けない中、レイラはアメリカの音楽を隠し持ってイランを行き来する。父が入院し、家に1人残った祖母の世話を頼まれたレイラは、祖母から母たちの過去を聞かされる・・・
祖母、母、そして娘の3世代の女性の辿った人生をユーモアを交えて描いた自伝的物語。 
★さらに詳しいストーリーは、末尾に掲載しています。

★2023年10月29日(日)10時からの上映後のQ&A @丸の内TOEI も、インタビューの後に掲載しています。
公式サイト:https://www.sonyclassics.com/film/thepersianversion/



マリアム・ケシャヴァルズ
ニューヨーク生まれのイラン系アメリカ人監督。2011年のサンダンス映画 祭で上映された“Circumstance”で監督デビューし、観客賞に輝いた。3作目となる本作は、2023年のサンダンス映画祭米国ドラマティック・コンペティション部門観客賞とウォルド・ソルト脚本賞を受賞。サンダンスでは観客賞を2度受賞している。


◎マリアム・ケシャヴァルズ監督インタビュー
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監督の胸元には、ペルシア語で 「darya(海)」という文字の金のペンダント。

監督にお会いして、まずペルシア語で 「初めてイランを訪れたのが革命の1年前の1978年で、グーグーシュの曲をよく聴いたので懐かしかったです」とお伝えしたら、「日本人はどうしてペルシア語をしゃべれる人が多いの?! あなたで10人目位」 とびっくりされました。 中には、16世紀の詩人の詩を吟じてくれた人もいたと言われたのですが、後日、大学の後輩だったとわかりました。

ここからは、英語の通訳の方を介してのインタビューとなりました。

◆イラン人の誇りを持ってアメリカで暮らしてきた
― 私が革命後にイランを訪れたのは1989年10月で、ホメイニー師が亡くなった直後です。革命前と180度変わったイランでしたが、イラン人の家に行くと、アメリカの音楽や、アメリカにいるイラン人が作った曲をかけて、踊っていました。政府が禁止しても、ちゃんと入ってくると言われました。今のようなネット社会じゃないのに、劇中のレイラさん、つまり、監督のような運び屋がたくさんいたのだと思いました。

監督:確かにそうですね。政府がすべてコントロールしようとしても、文化は管理しきれるものじゃありません。制限されても情報交換もできたし、音楽も隠し持ってイランに入ることができました。人の人生はコントロールできません。 映画の最後にシンディ・ローパーの曲をペルシア語版で歌って踊っているように、英語版で持って行ったものも自分たちのものにして、皆、楽しんでいました。

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©Yiget Eken. Courtesy of Sony Pictures Classics.©Sony Pictures Classics

― いろいろな事情で、イランを離れた人たちも、ペルシアの伝統文化に誇りを持っていると感じています。

監督:私はアメリカで生まれて、ニューヨークに住んでいたけれども、初めて耳にしたのはペルシア語ですし、家の中ではペルシア語で話し、ペルシア語の学校に行きましたので読み書きもできます。料理もイランのもので育ちました。アメリカにいながら、イラン人としての誇りを持ちながら暮らしてきました。80年代にはアメリカ大使館人質事件もあって、イラン人であることが難しい時期もありました。殴られたりするので、アメリカに適応する名前に変えたイラン人も多かったのですが、我が家では、ホセインとかモハンマドといった名前を決して変えませんでした。殴られたら、自分で自分を守るように育ちました。
イランの文化と共に育ちましたが、多くの兄弟のうち2人だけイラン人であることを拒否して、ペルシア語を学びませんでした。皮肉なことに2人はイラン人と見られたくなかったのに、イラン女性と結婚しました。ようやくイラン人であることのアイデンティティを受け入れたのですが、子どもにペルシア語を教えられないので、一緒にペルシア語を習っています。私はイラン人女性としてのアイデンティティがあるから、あえてイラン人と結婚する必要もありませんでした。


― アメリカでイランのイメージが悪くて、つらい思いもされたことがあったことも含めて、監督のイランの文化的背景がこの映画を作る原動力になったのでしょうか?

監督:もちろん自分の育った環境もあって映画を作ったということもあります。イランに誇りを持って育ってきました。厳しい時代もあって、嫌な思いもしましたが、それでも誇り高いイランの伝統と文化を背負って育ってきました。アメリカではイラン人を世の中から消してしまうかのような風潮で、戦争や爆弾テロなどメディアがその面だけを出してイランを悪役のように描きました。そこに輪をかけてトランプ政権は他国籍を受け入れませんでした。そういうアメリカでも自信をもって育ちましたし、母親もまさにイラン人としての自信を持って暮らしていました。自分のアイデンティティを持って生きることができることを描きました。


◆13歳の自分を演じた少女に会って、言葉を失った母
― 『ペルシアン・バージョン』は、ほぼ本当の話とのことですが、なにより13歳で結婚したお母様の話がすごいと思いました。アメリカに来てからも資格を取って不動産業で成功されました。長年イランと関わってきて、イランの女性は強いと感じているのですが、まさに強い女性だと思いました。
お母様は、この映画をご覧になって、どのようにおっしゃいましたか?  製作中から、お母様のご協力はあったのでしょうか?

監督:前から自分の家族の話を書きたいと思っていたのですが、母から家族の話は恥になるから書いてほしくないと、ずっと言われていました。ですが、父も祖母も亡くなって、気が付いたら一番の長が母親で、もう書いていいわよと言ってくれました。兄たちからも、母が許したならいいと言われました。ストーリーを書いていく上で、母にインタビューもしました。母役の女優ニユシャ・ヌールさんも、母にインタビューしました。それでも、インタビューで母の人生の全部がわかったわけではありませんでした。
母は、トルコにリハーサルを見に来てくれました。積極的な人で、決して静かな人ではないのに、食事をしているときに、すごくおとなしくしていました。母は、13歳の時の自分の場面のリハーサルを見て、自分が結婚した時は、こんなに若かったのだ、あの時は生き延びるのに必死だったけれど、どれだけ幼い時に大変な経験したのかということを初めて認識して、声が出なかったようです。 実は、13歳の母の役をキャスティングするときに、13歳という年齢とイラン人じゃないと母の思いは伝わらないと思っていました。母が完成した映画を観てくれた時、私はドキドキしてナーバスな気持ちになったのですが、母が認めてくれてほっとしました。



― 若い時のシーリーンを演じたカマンド・シャフィイサベットさんについて教えてください。

監督:私の祖父は、シーラーズで一番大きな書店を経営していて、カマンドさんのお父さんが、まだ学生の頃に専門書を買いによく来ていました。北のほうから来た学生で住むところがないというので、祖父が本屋の裏にあるアパートの部屋を貸してあげたのですが、その頃から知っていて、その後、結婚して娘が二人生まれたのも知っていました。 今回キャスティングしたのは、次女の方です。ご両親から時代背景も聞いて、撮影に臨んでくれました。 本屋は、今は叔父が経営しています。


◆次回作は、母を演じたニユシャ・ヌールさんの脚本で!
― 大人になった母シーリーンを演じたニユシャ・ヌールさんについて教えてください。

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©Yiget Eken. Courtesy of Sony Pictures Classics.©Sony Pictures Classics

監督:母シーリーンを演じたニユシャ・ヌールさんは、素晴らしい女優です。父親が有名な撮影監督なので、本名だとすぐに娘だとわかってしまうので、ステージネームを使っています。13歳の時にアメリカに移民してきました。映画の中のダンスは全部彼女が振り付けてくれました。劇中で歌も歌っています。楽器も3種類位演奏出来る方です。子どもを産んだことはありませんが、いかにも子どもを産んだ母親だという風に演じてくれました。 
とても有能な方で、ヌールさんは脚本も書かれます。次回作は彼女の書いた『ブルーフラワー』という脚本で撮る予定です。彼女の初恋の物語で、2つの時代のラブストーリーです。


― 次回作を拝見できる日を楽しみにしています。もっと聞きたいことがあったのですが、時間が来てしまいました。今日はどうもありがとうございました。

*******
このほか、主役レイラを演じたレイラ・モハマディさんや、イランにルーツを持つ人たちを世界各地からキャスティングされたこと、そしてトルコのマルディンを撮影地に選んだことについてもお伺いしたかったのですが、時間が来てしまい残念でした。

『ペルシアン・バージョン』は無冠に終わりましたが、TIFF Timesの星取り表では、1位でした。ぜひ公開してほしい作品です。          
取材:景山咲子



『ペルシアン・バージョン』
2023年10月29日(日)10時からの上映後のQ&A  @丸の内TOEI
ゲスト:マリアム・ケシャヴァルズ(監督/脚本/プロデューサー)
MC:プログラミング・ディレクター 市山尚三

(残念ながら、取材できませんでしたので、公式サイトのYouTubeから文字起こししました。)

監督:2時間も私の家族とともに過ごしていただいて、皆さん、大丈夫でしょうか?
この度は、お招きありがとうございます。初めての来日で素晴らしい経験をさせていただいています。

市山:今年1月のサンダンス映画祭で観て、素晴らしい作品でした。招待して東京で皆さんにお見せできるのを嬉しく思います。ご家族のお話ということで、どの程度フィクションが加えられているのか背景を教えてください。

監督:(笑) ほとんど真実ですが、残念ながら母は時間を止めることはできません。映画の中で子どもが生まれるシーンがあって父に会える形にしていますが、24歳の時に父は亡くなりましたので、実際には私の娘に父は会っていません。映画では8人の兄がいますが、ほんとうは7人です。3世代の女性を描いていて、いろいろな側面から皆さんご覧になったと思いますが。それぞれの女性の物語があって、その中での真実があって、私が映画を作る中から真実が見えてきたということもあります。

― (男性)楽しい映画をありがとうございました。イランの家族をアメリカで描くということで、アメリカで作るという点でエピソードがありましたら教えてください。

監督:アメリカで作ることができたのは、それこそ奇跡だと思っています。アメリカでイラン人はテロリストと思われているところがあって、全然真実とは程遠いと思っています。私の家族や伝統を見せることで、イラン人は決してそうではないということを皆さんにわかってもらえればと思って作ったということもあります。2つの国、2つの言語を入れて作りました。プロセス自体大変でした。前から家族の物語を書きたいと思っていたのですが、母から家の恥になるから駄目だと言われていました。父が亡くなり、祖母も亡くなり、母が長老になってようやく書いていいと許可がおりました。子ども時代と違って、シネマというものがずいぶん変わってきました。バイカルチャーのものが何本か上映されて受け入れられてきて、道を作ってくれたと思います。

― サラーム。ようこそいらっしゃいました。 (ここまでペルシア語で、この後は英語で。イランの男性の方) もう少しイランがみられると思っていたのですが、ロケーションについてお聞かせください。

監督: 私の家族はイランのシーラーズから来たのですが、ニューヨークにもシーラーズのコミュニティがあります。シーラーズ自体、近代化して、昔の雰囲気が薄れています。古い地域を再現するのが難しい。くねくねした道や、映画の中の広場も、見つけるのが難しくなっています。
60年代に家族がアメリカに移民したので、祖父が故郷を忘れないようにと8mmをたくさん送ってくれていました。小さいころに見ていましたので、同じような雰囲気のところで描きたいと思っていました。最終的に出来上がったものをみて、母もかなり驚いていました。小さいときに育った環境に似ていると。父が医師として派遣された村の場面は、トルコのクルド人の住んでいる村で撮影したのですが、両親がいた頃の当時の写真がまったくなかったので、聞いた話から想像して撮影しました。20世帯位しかいない小さな村で、小さな少年が山の上まで羊を追っていくのですが、一緒についていったらどれだけハードなのかわかりました。撮影した村まで行くのも大変だったので、大都会との違いを描けると思いました。

― (女性)イランでは女性が差別されて自由がないという立場で、過去40年の女性の権利を求めるムーブメントがありますが、女性監督としてどのようなところが大変だったか教えていただけますか?

監督:ナルゲス・モハンマディさんがノーベル平和賞を受賞したのは、ほんとに素晴らしいし尊敬しています。
ムーヴメントはすぐにできるものじゃない。何年も何年も自分の信じている道を貫いてきたのです。
私が作ってきた映画には、必ず女性が中心にいます。イランの中で、女性が自分のやりたいことをやるのが難しいことは映画でも描いてきました。私も自分の母や祖母からも話を聞いてきました。今のイスラーム主義の中で、女性が学校に行くのが難しい(★注)けれど、母もそうでしたが、学校に行きたい。自分の信じていることを貫きたい。どういう風にイランの女性のことを思っていらっしゃるかわかりませんが、イランの女性は非常に強いです。なかなか諦めないのがイランの女性だと思っています。
イランの中で自由がない中でなんとか変えていきたいという気持ちがあります。13歳の母の役を演じたイランの女の子をビザを取ってサンダンスに連れてきたのですが、「アメリカに残りたい?」と聞いたら、「イランに戻って、なんとか物事を変えていきたい」と強い意志がありました。それがイランの女性なのだなと思いました。


★注:イスラーム政権になって、農村部などでは、かつて男女共学の小学校に行かせるのが心配だったけれど、男女別学になって、安心して通わせることができるという風潮もあると聞いています。また、革命後、飛躍的に女性の大学進学率が伸びて、文科系だけでなく理科系でも女性の占める率が6~7割という状況が続いています。景山咲子)

― (英語でイラン人男性) ノスタルジックな場面がたくさんあって楽しみました。一つ、イランの詩が出てきたところに、日本人のお客様にわかるように字幕があれば、もっと素敵だと思いました。

― (英語でトルコ人男性)  私自身アメリカに移民した人間なのですが、アメリカ人とは位置付けてないのですが、センチメンタルなところを感じましたし、すごく理解できるところがありました。クレジットを見ていたら、いろいろな国の人の名前がありました。トルコの村でロケをしたということで、トルコの人の名前も多かったですが、兄たちもトルコの人たちが演じていたのかなと。

監督:キャストは、母親役はアメリカに移民してきたイラン人、レイラ役は私と同じく移民した両親のもとアメリカで生まれたイラン人女性です。母の若い時の役は、イランから連れてきました。ほかのキャストも、イラン人のエッセンスを伝えたいと思ってヨーロッパやアメリカやカナダからイラン系の人を集めました。映画をアメリカとトルコで撮影しましたので、スタッフにはトルコの人も多かったです。クルーは、今はどこの映画も同じだと思いますが、非常にインターナショナルだったと思います。

― クルド地域で撮影したことで、トルコ政府から問題になりませんでしたか?

監督:トルコのクルドの村で撮影しましたが、そうとわかるようにしませんでしたので問題はありませんでした。

市山:ほかにもたくさん手があがっていましたが、時間になりましたので、これでQ&Aを終わらせていただきます。


『ペルシアン・バージョン』 
*ストーリー*
ほとんどほんとの話

ヘジャーブ姿で濃い化粧をする女性レイラ。
なんと、下は、ピンク系の水着。サーフボードを持って出かけた先は、仮装パーティー。 

歴史に翻弄された人生。故国イラン、パフラヴィー国王から、ホメイニー師に。
兄8人に娘一人。兄たちと違って、女には兵役がないので、アメリカとイランを行き来したけど、80年代、アメリカではイラン人はテロリスト扱い、イランではムスリマたちから異端視され、どちらにいても板挟み状態。
政治と科学では垣根があるけど、芸術なら大丈夫。脚本家になる!

1985年、イランは恋人だったアメリカを封印。私は、運び屋として活躍。マイケル・ジャクソンなどのカセットテープを下着の下に隠してイランに持ち帰った。空港のチェックで危ながったことも。持ち帰ったカセットテープをかけ、皆で踊った。

2000年代、ブルックリン。
スーパーマーケットで、離婚した同性婚の相手と会ってしまう。

父マジッドが心臓移植の手術を受けることになり、ニュージャージーへ。
母から、おばあちゃんを家に一人残してきたから、面倒を見てほしいと頼まれる。
シーア派ムスリムの救世主イマームザマーンに息子の無事を祈るおばあちゃん。
信心深いおばあちゃんが奇跡を呼び寄せた。父、無事手術を終える。

おばあちゃん、脚本家の孫娘レイラに、おじいちゃんは詩人だったと話す。
両親がアメリカに来た理由を知ってる?
1967年、ベトナム戦争で医者が不足して、アメリカがイランから医者を呼んだ。
1979 年、イラン革命で帰れなくなった。
実は両親は、スキャンダルがあってイランから逃れてきたのよ。

レイラ、乳がんを疑って病院にいくと、妊娠していた!
あの仮装パーティーの夜、ドラッグクイーンと寝たのを思い出す。
レズビアンが妊娠なんて!

『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の看板
ドラッグクイーンに会いに行くと、「連絡を待ってた。いつぶり?」と聞かれる。
「12週間ぶり」
「ずいぶん具体的ね」
「妊娠中期に入った」
明日のお昼、ニュージャージーで家族とランチをするというと、「ぜひ行ってみたい」とドラッグクイーン。

*****
母シーリーン、90年代、移民女性として成功を収めた。
不動産業で、移民をターゲットにして、セールストップに。
まわりは、移民に?と言っていたが、可能性を信じていた。

母、勉強ができたのに13歳の時、結婚する。夫は17歳。
2人でグーグーシュのコンサートへ。
「君はグーグーシュと同い年」と夫にいわれる。
★注:グーグーシュ:1950年生まれ。革命前、国民的歌手だったが、革命後、女性の歌手は禁止されて活動できなくなった)

卒業したてで医者になった夫。
結婚後 辺鄙な村へ赴任する。
一番近いバス停からロバで一日かかる村。
料理は絶品。ソフレ(食布)にたくさんの料理が並ぶ。

村で唯一出来た友、ロヤ。
36歳だが、30歳の時に大学に戻ったという。
「今からでも遅くない」とシーリーンに語る。

2年後、夜中に夫が患者のところにいかなければと出かけていく。
妊娠して大きなお腹をかかえたシーリーンが後をつけていくと、ロヤのところでお腹の大きな彼女を診察している夫。
一人で町に帰り、女の子を産むが死産。アレズー(希望)と名付ける。

一方、ロヤがお産で亡くなったから、代わりに母乳をあげてほしいと夫が男の赤ちゃんを連れてくる。
ヴァヒドという名前。 いつか女の子を産むと誓うシーリーン。

*****

レイラ、赤ちゃんを産む。女の子。アレズーと名付ける。
母、「なぜその名前に?」と涙。

母と祖母、そして強い女たち、イランの女性たちに

皆でモスクの中庭で踊る
♪ 女の子だって楽しみたい♪   

まとめ:景山咲子



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山田洋次&グー・シャオガン(黒澤明賞受賞)対談

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山田洋次監督と顧暁剛(グー・シャオガン)監督

第36回東京国際映画祭開催中の10月30日、「交流ラウンジ」で国際交流基金と東京国際映画祭の共催による山田洋次監督と黒澤明賞を受賞し、最新作『西湖畔に生きる』(原題:草木人間)がコンペティション部門に出品された中国の顧暁剛(グー・シャオガン)監督の対談が実現した。グー・シャオガン監督は大先輩との対談にかなり緊張して登場。二人は今年(2023)6月の上海映画祭で短い会話をしたらしい(あるいは対談?)。途中で終わってしまったので、その続きということでもあるらしい。
グー・シャオガン監督の長編初監督作『春江水暖~しゅんこうすいだん』は、2019年カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれ、第20回東京フィルメックス(2019)では審査員特別賞を受賞(その時の最優秀作品賞はペマツェテン監督の『気球』)。山田監督が選考委員を務める今年の第36回東京国際映画祭では黒澤明賞を受賞。黒澤明賞授与の理由として『春江水暖』は、「ヒューマニズムあふれる人間観察と流麗なカメラワークによって一つの大家族の姿を描き、中国映画界から新しい世代の監督たちが登場しつつあることを世界に知らしめた」と評された。この対談は山田監督が『春江水暖』を観て感動したことから実現。

山田洋次監督&顧暁剛(グー・シャオガン)監督対談

★映画スタイル

山田監督:開口一番、『春江水暖』を観て、「こんな素晴らしい映画があるのかとびっくりしました。軽やかで温かくて気持ちが良い。褒めすぎかもしれませんが、モーツァルトの音楽を聴いているかのよう。どんな監督がどのようなプロセスで作ったのか気になりましたが、こんなに若いさわやかな青年だったのでびっくりしました」と大絶賛。
そして「どのようにこれらのカットを撮ったのか不思議だったのですが、是枝(裕和監督)君がグー・シャオガン監督にお会いするというので、彼を通して、どのように撮ったか聞きました。そして、監督に会いたいと思っていたら、上海国際映画祭でお会いできた。そして、またお会いできてよかった」と再会を喜んだ。

顧暁剛(グー・シャオガン)監督:新作『西湖畔に生きる』を第36回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品しています。このような機会をいただき、東京国際映画祭、山田監督に感謝しています。今回、新作のワールドプレミアをすることと山田監督にお会いすることに大変緊張しています。2作目は1作目と全く違うタイプの作品なので評価が気になり、客席にいらした山田監督のことを見ていました。上映後のQ&Aの途中で席を離れられたので、怒ってしまったのかなとヒヤヒヤしました。

山田監督:『西湖畔に生きる』のQ&Aで席を立ったのは予定があったからです。上海国際映画祭で会話をした時、『春江水暖』の続編を作りなさいと話していたら時間が来てしまったので、今日話さなくてはと思っていました。新作は全然違ったのでびっくりしました。

顧監督:2作品の創作の動機はまったく違います。前作は映画がどういうものか自分でわかっていなくて、観客のことを考えずに撮っていました。

山田監督:それはどう受け取られるか考えないでいたということですね。

顧監督:そうです。でも今回の作品では観客に向き合うことを心掛け、詐欺をテーマに、お客さんも楽しめるような映画にしました。
山田監督は上海での『こんにちは、母さん』の質疑応答の際に「コメディを撮るのは難しい」とお話しされてましたが、だんだん理解できるようになりました。山田監督は何十年も観客のために映画を作り続けてきて、その芸術性でアート映画も作れるのに、ずっと観客向けの映画を作ってきました。社会の現実と向き合っても、軽やかで暖かな作品を作られていることに感動します。今回、私も観客に向き合い、自分の家族が観てもわかるような作品を作り、芸術性の高い『春江水暖』とは異なる大衆向けのテーマに挑戦しました。

山田監督:コメディは難しいというけど、コメディか悲劇かを決めるるものではありません。まずは人間を描くことが大事です。作り手が「ここが面白いだろう」と思って演出しても観客はそう思わず、思わぬところで笑います。面白いと思うところは観客が決めるのです。

★1作目と2作目の違い

山田監督:皆さん『春江水暖』を観ているのかわかりませんが、とにかく彼の処女作は、プロの俳優が一人しか出ていない。ほかの出演者は市民、彼の家族や親戚だということ。これはとても驚くべきことで、その人たちが皆ごく自然に自分たちの毎日の生活を表現し、それがきちんとドラマになっている実に不思議な映画でしたが、今度の映画は大スターや2枚目も出ていて、普通の映画の作り方に近くなりましたね。
それに『春江水暖』にクローズアップはなかったですよね。引いたショットや長回しで。日本でいえば溝口健二。ヨーロッパだとテオ・アンゲロプロスかな。僕は黒澤明さんと仲が良かったんだけど、彼はアンゲロプロスが好きだった。黒澤さんの映画とは全く違うけど、彼がアンゲロプロスが好きなのが面白かった。
『春江水暖』の中で、恋人のために男性が川に飛び込み泳ぐシーンがありましたが、あの長回しシーンは何分ぐらいありましたか。

顧監督:13分ぐらいだったと思います。

山田監督:フィルムだったら13分はできないですよね。せいぜい9分くらいで終わってしまうから。あのショットはすごかった。

顧監督:あの長回しは17、8回撮りました。

山田監督:ということは、彼は17回か18回も泳いだということ?

顧監督:1回でそれだけ泳いだのではなく、『春江水暖』は2年かかって作ったのでできたと思います。

山田監督:虎さんだったら、2年で5本くらい作ってる(笑)。

顧監督:もう泳がなくていいと言ったら、クランクアップだと思ったようです(笑)。彼は学生時代、水泳選手でした。そして実際に彼はヒロインの恋人だったんです。

★これからどんな作品を作っていく?

顧監督:映画ファンにはそれぞれの「キネマの神様」が存在しますが、僕にとっては山田監督がそれに近い存在です。山田監督はもう90作も撮っています。僕は『西湖畔に生きる』が2作目、まだまだ色々な可能性があると思うので努力していきたいと山田監督を見て思います。

山田監督:そんな、とんでもないことです。
『春江水暖』チームが素敵だったので、続編がいくらでもできるのでは? そんな話を上海でしました。「甥っ子が北京電影学院で勉強していて、その子が映画を作ったと大騒ぎになる。だけど甥っ子は大失敗するの。彼は傷ついて故郷に帰って来るけど、家族たちはそ知らぬふりをしなければならない」そういう話を僕なら考えちゃう(笑)。と、山田監督が考えた『春江水暖』続編案を語る。

顧監督:山田監督の『春江水暖』続編のアイデアを聞いたとき、映画の見方や考え方、ストーリー作りなど、まるでカンフーの達人から拳法を学んでいるように思え、勉強になりました。

山田監督:黒澤さんも夢中になるとそういう話をしていて、僕もいつもそういうような気持ちで彼の話を聞いていました。
映画が完成し映画館で観ると、自分が予想していなかった匂いのようなものがスクリーンから流れてくると黒澤さんは言っていた。つまり監督の人柄が出ちゃう、あるいは出るような映画でなきゃいけないということを語っていたのだと思う。

★黒澤監督はスピルバーグの作品より、君の『春江水暖』の方が好きだと思うよ

顧監督:「黒澤明賞授賞」というメールをいただいた時、「これはどういう意味だろう?」と、1ヶ月くらい考えてしまいました(笑)。東京に来て、映画祭ディレクターの市山尚三さんに直接対面で確認してようやく実感しました。このように脚光を浴びることになり、とても励みになりますし、これからの創作の力になります。本当にありがとうございました。

山田監督:君は、実際に東京に来て確認するまで、黒澤明賞受賞ということに半信半疑だったそうだが、この賞は、若い人にこそ賞を与えたかった。黒澤さんは『春江水暖』が好きだと思う。感激したと思うよ。黒澤さんはそういう人。黒澤さんはルーカスやスピルバーグに尊敬されているけれど、彼らの作品よりあなたの映画が好きだと思うよ。

山田監督の激励の言葉を聞き、顧監督は少し涙目になりながら感無量の面持ちで、山田監督に「ありがとうございます」と日本語で何度も感謝を伝えた。山田監督は顧監督の人柄と『春江水暖』をいたく気に入り、「彼が僕のスタッフだったらいいね。クリエイターとして頼りがいがある。あの名作と寅さんを一緒にできないけど、僕のほうが大分お粗末と語り、顧監督は恐縮していた。

山田監督の今後の活動を尋ねた中国メディアに「僕自身は国際的なスケールの仕事を考えてはいませんが、中国の人にも喜んでもらえる映画が作れればいいなと常々考えています。みんなが一生懸命働く中、仕事はできないけど面白いことを言って人を元気づける人、一休みの際にいい歌を歌ったりして、勇気づける虎さんのような人がいる。僕たちが映画を作るのはその延長線上にある。だから寅さんのような主人公が中国で活躍できないだろうかとよく思います。
中国には魯迅の阿Q正伝のような大先輩がいるから、中国の人も寅さんのような人を愛さないはずがない。顧監督にもそういう映画を作ってもらいたいと思っています」と語った。

顧監督は「山田監督が『春江水暖』続編の話をしたとき、寅さんの物語もこう考えたのかな、というような包容と愛を感じました。甥っ子役は私ですね。学校にいるときは宿題が嫌でしたが、こうやって皆さんの前でお話ししましたし、この宿題は完成させたいです。山田監督の新作も見たいです」と答えた。

まとめ&写真 宮崎暁美

第 36 回東京国際映画祭 クロージングセレモニー報告

東京グランプリは、ペマ・ツェテン監督の遺作『雪豹』に!
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©2023 TIFF

10 月 23 日(月)に開幕した第 36回東京国際映画祭が、11 月 1 日(水)に閉幕を迎え、TOHO シネマズ 日比谷スクリーン 12 にてクロージングセレモニーが行われました。

第 36 回東京国際映画祭
開催期間:2023 年 10 月 23 日(月)~11 月 1 日(水)

会場:日比谷・有楽町・丸の内・銀座地区
公式サイト:https://2023.tiff-jp.net/


第 36 回東京国際映画祭 各賞受賞作品・受賞者

コンペティション部門
東京グランプリ/東京都知事賞 『雪豹』(中国)
審査員特別賞 『タタミ』(ジョージア/アメリカ)
最優秀監督賞 岸善幸(『正欲』、日本)
最優秀女優賞 ザル・アミール(『タタミ』、ジョージア/アメリカ)
最優秀男優賞 ヤスナ・ミルターマスブ(『ロクサナ』、イラン)
最優秀芸術貢献賞 『ロングショット』(中国)
観客賞 『正欲』(日本)

アジアの未来 作品賞 『マリア』(イラン)

Amazon Prime Video テイクワン賞『Gone with the wind』 ヤン・リーピン(楊 礼平)
Amazon Prime Video 審査委員特別賞 『ビー・プリペアード』 安村栄美

エシカル・フィルム賞『20000 種のハチ(仮題)』 (スペイン)

黒澤明賞  グー・シャオガン、モーリー・スリヤ

特別功労賞 チャン・イーモウ




◎クロージングセレモニー
2023年11月1日(水)17:00~
TOHO シネマズ 日比谷スクリーン 12 にて

各賞の発表順に、お届けします。

司会:仲谷亜希子さん

◎スペシャルメンション
まずは、エシカル・フィルム賞の報告。『20000 種のハチ(仮題)』(スペイン)のエスティバリス・ウレソラ・ソラグレン監督が自席で立たれました。
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©2023 TIFF

黒澤明賞 グー・シャオガン監督とモーリー・スリヤ監督も自席で立たれました。
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©2023 TIFF
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©2023 TIFF

◎Amazon Prime Videoテイクワン賞 
日本在住の映画作家を対象にした、15分以下の短編の新人監督賞。2021年に始まり、今年で3年目。
審査委員長の行定勲監督はご欠席。審査員の玉城ティナ(俳優)、芦澤明子(撮影監督)、森重晃(プロデューサー)、戸石紀子(Amazon スタジオプロデューサー)の4名が登壇。
審査委員特別賞に続き、テイクワン賞が発表されました。

Amazon Prime Video 審査委員特別賞
『ビー・プリペアード』監督:安村栄美
戸石紀子さんより発表。芦澤明子さんより表彰状を授与。
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安村栄美監督:ここにいる俳優の菊池明明さんが 7 月ごろに「一緒に短編映画を作ろう、女四人が出てくる映画を作ろう」と言ってくれたので、実現できたと思っています。仲間たちのおかげで映画が撮れていると思っているので、本当にありがたく思っております。

Amazon Prime Video テイクワン賞
『Gone with the wind』 監督:ヤン・リーピン(楊 礼平)
戸石紀子さんより発表。森重晃さんよりトロフィーを授与。

ヤン・リーピン監督:今回、低予算でフランスでハンディカムで撮った作品が、このような形で受賞させていただき誠に感動しました。わからなくても自由に映画が撮れる、僕にとってすごくロマンなことだと思います。東京国際映画祭の方々に感謝申し上げます。
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講評:審査委員長・行定勲監督の講評を玉城ティナさんが代読。
「私は現在、新作の撮影のため韓国にいて、授賞式に参加できないことを、まずお許し願いたいと思います。テイクワン賞の目指すところは、Amazonスタジオが支援する長編映画をプロとして企画し、監督する力を持った新人作家を、厳選されたファイナリストの中から発見することにあります。3年目の審査員長を務めるのにあたり、あらためてそのこと全員で確認し、審査しました。議論の中で、アート性と商業性を、それぞれの作品に求めていくと自ずと候補作品が絞られ、皆が認める最終結果となりました。 受賞した方も受賞しなかった方にも、私たち審査員が次回作を期待しています。映画を作り続けてください」

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フォトセッション


◎アジアの未来部門
長編3本目までのアジア(日本・中東を含む)のフレッシュな作品を世界に先駆けて上映するアジア・コンペティション部門。すべてが世界初上映。

審査委員:マーク・ノーネス、 レイモンド・レッド、武井みゆき
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武井みゆきさんより講評:
審査会議が始まり、すぐさま全員一致となりました。すべての作品が素晴らしかったということです。トーンはそれぞれ異なっていたのですが、新たな気付きを教えてくれる映画もあれば、心ゆくまで楽しめる映画もありました。10作品には不思議なことに、いくつかの要素がどこか重なり合ったような内容をもっていました。アジア世界の一断面を表装しているのだと思いました。すべての映画が魅力的だということは、残念なことに審査会議が長く続くことを意味していました。10の賞があれば、すごく楽だったのですが、一つに絞らなければいけませんでした。血まみれな映画もあったのですが、私たちは血まみれにならず平和的な話し合いの末に1本の映画に決めることができました。 7本が初長編、3本が長編2作目というフレッシュなものでした。アジアが、世界が、今、とても大きな問題を抱えています。こうした新しい映画監督たちが新しい目で映画の未来を見つめ続けてくれることを実感できて、感謝しています。

アジアの未来 作品賞 『マリア』(イラン) 
監督:メへディ・アスガリ・アズガディ

マーク・ノーネスさんより発表。
レイモンド・レッドさんよりトロフィー授与。

来日出来なかったメへディ・アスガリ・アズガディ監督のコメントを奥さまであり編集を担当したエルナズ・エバドラヒさんが暗記したものを披露しました。写真右は、主役のカミャブ・ゲランマイェーさん。
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「東京国際映画祭、審査員の方々、この映画をセレクトしてくれた方々、心よりお礼を申し上げます。この賞をいただき、私はもう一回映画で人生を歩んでいけるという力を貰いました。編集を担当した妻、主役の俳優さんはじめ映画に関わったすべての人にこの場を借りて感謝を申し上げたいと思います。また、私たちのイラン映画の巨匠であるアミール・ナデリ監督にはお礼を申し上げたいと思います。私たちはいただいたこの賞をアミール・ナデリ監督に差し上げたいと思います」


◎コンペティション部門

◆観客賞
『正欲』監督:岸善幸

プレゼンターは、フェスティバルナビゲーターの安藤桃子さん
「映画は、実は映画にないと思っています。映画は観る皆さんの中にあるものだと思います。観客賞というのは、映画祭で一人一人の観客の皆さまの心に最も沸き立った作品ではないかと思っております」とコメント。

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安藤桃子さん、岸善幸監督

岸善幸監督:
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観客の中に映画があると僕も信じています。この作品は、多様性の中“多様性”という言葉に弾かれてしまうようなマイノリティの中のマイノリティ、非常に小さな人間たちを題材にしています。言葉だけでなく、この映画を見てたくさんの人が多様性の本当の意味を感じていただければと思っています。11月10日から公開ですけれども、こんな素敵な賞をいただけて幸せです。主演の稲垣さん、新垣さん、磯村さん、みなさんに伝えたいと思います。


◆最優秀芸術貢献賞受賞
『ロングショット』監督:ガオ・ポン
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プレゼンター:チャオ・タオ(俳優・プロデューサー、中国)
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若い監督のデビュー作で、90年代、やむを得ず退職させられた人たちを描いた物語です。人間と空間がこの映画の主役で、ともに特別な雰囲気を醸し出し現場を作りあげました。特筆すべきは、この映画の素晴らしい撮影と美術です。


ガオ・ポン監督:
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この瞬間を、映画の撮影のために一緒にやってきてくださった、私の色々なスタッフや役者の皆さんに捧げたいと思います。そして、製作をしてくださった皆さんに感謝したいと思います。一番苦しかった時期をずっと支えてくださいました。新人監督としての私に素晴らしい製作の環境を提供してくださったのです。私はこの『ロングショット』を若手の監督として撮るために、数々の先輩方に学ばせていただきご支援をいただきました。中国の映画界では、若手を支えようという雰囲気がございます。この素晴らしい伝統的な雰囲気をこれからもぜひ持ち続けていけるように私たちも頑張りたいと思います。このような名誉な賞をいただいたということは、夢ではなくて現実になったのだと思います。今、世界では戦争が頻発し、そして非常に苦しい中で生きている人たちがいます。しかし映画の役割というのは人と人の心と心を繋ぎ、世界を平和に導くものだと私は信じております。


◆最優秀男優賞
ヤスナ・ミルターマスブ『ロクサナ』、イラン)
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講評と発表:チャン・ティ・ビック・ゴック(プロデューサー、ベトナム)
感情的でシンプルな役柄は、彼の真摯な演技によってイランの平凡な現代社会の豊かな生活を目の当たりにする機会を与えてくれました。

ヤスナ・ミルターマスブ:
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コンニチワ サラーム。審査員の皆さんにお礼を申し上げたいと思います。このいただいた賞を監督のパルヴィズ・シャーバズィさんに伝えたいと思います。また会場にいる撮影監督のプーヤ・シャーバズィにもお礼を申し上げたいと思います。
ムスリムだろうがクリスチャンだろうがユダヤだろうが関係ないと思います。我々の人生の中で一番最悪なのは戦争で命を落とすことですし、子供が戦争のために亡くなっていくのはやはりいけないと思います。戦争を止めましょう。

◆最優秀女優賞受賞
ザル・アミール『タタミ』監督/俳優)

講評と発表:審査委員長 ヴィム・ヴェンダース
この女優さんは、共同監督も務めた方です。『タタミ』のザル・アミールさんです。

ザル・アミール (ビデオメッセージ)
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大きな驚きとともに受賞を光栄に思います。日本で皆さんと一緒にお祝いしたかったです。現在深夜2時です。撮影から帰宅して受賞の知らせを聞きました。これは私にとって特別で大きな意味をもつ受賞です。俳優という職業はアスリートに似ていると思いました。両者とも人前でチャンスやタイミングをつかむ必要があり、身体的にも精神的にも重圧がかかります。イラン人アスリートは常にスポーツと国の狭間に置かれ恐怖を乗り越え、尊厳を失わないようにしています。その立場は私も共感できることばかりでした。この作品に登場するマリアムもそうした一人です。彼女は自由を得ながらも大きな代償を払うことになります。最高のパートナーであるアリエンヌ・マンディがいなければこのような作品にはならなかったでしょう。彼女の献身的な仕事に対する私の感謝の気持ちは計り知れません。改めて最優秀女優賞を受賞できたことを光栄に思います。この賞はイランの女性たちに捧げたいと思います。畳の上、路上、そして家庭の中でひっそりと虐げられている彼女たちへ。本当にありがとうございました。

ヴィム・ヴェンダース コメント:ザル・アミールさんが柔道のコーチとして政府の決断と自由の意志との間で葛藤する姿を演じて、大変信ぴょう性がありました。


◆最優秀監督賞
岸善幸監督 『正欲』
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講評と発表:アルベルト・セラさん
複雑な難しい世界の中、個人であることの難しさを描いた岸善幸監督に捧げます。

岸善幸監督:
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4 作品目の監督作品ですけれども、名誉ある賞をいただけてこれからの映画作りの励みになります。これからも頑張っていこうと思います。この作品が描いているのは多様性ということの意味を、すべての人が自由で自分を偽らずに生きていける社会とは何かということを問いかけています。世界、日本もそうですけれども中々自分のアイデンティティを確立するのが難しい時代です。この作品を観て多様性の意味を皆さんに考えていただけたら本当に嬉しいです。これを励みにこれからもいろんな映画をいろんなテーマで作っていきたいと思います。


◆審査員特別賞
『タタミ』監督:ザル・アミール、ガイ・ナッティヴ(ジョージア/アメリカ)

講評と発表:國實瑞惠さん(プロデューサー)
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スリリングなストーリーを、女性二人の迫真の演技に手に汗を握りしめて、最後まで見入ってしまいました。鮮烈なモノクロ映像で、より緊張感を高める作品『タタミ』に審査員特別賞をお贈りします。

ザル・アミール(共同監督/俳優) ビデオメッセージ
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世界は燃えています。イランは燃えていて、そこに住む素晴らしい人々を殺害しています。パレスチナは燃えていて何千人もの市民の死を嘆いています。イスラエルは燃えていて、人々が殺されています。いたるところで無実の人々が不正により血を流し、私たちが生み出した混乱のなかで無力になっています。しかし、私たちは映画を作りました。この映画は憎しみ合うように育てられた人々の奇跡的な組み合わせにより生まれた物語です。イスラエルとイランの監督が一緒に仕事をするのはとても大変なことです。あらゆる困難を乗り越えて初めて団結し、歴史を作ることになるのです。しかし、映画が公開された時は歴史がこのように動くとは思っていませんでした。この映画にひとつの力があるとすれば、それは闇の時代に光と戯れることでしょう。日本で「柔道」という言葉は柔和な道を意味すると聞きました。それこそが私たちが進みたい道です。未来ある唯一の道です。この映画『タタミ』は日本の名前ですが、普遍的な問題を語っています。憎しみに向き合い敬意を示す勇気をどう持ちうるかです。

ガイ・ナッティヴ(共同監督)ビデオメッセージ
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このすばらしい驚きをザル・アミールと共に感謝したいと思います。私たちはちょうど東京からの長いフライトを終えロスに降り立ったところです。皆さんの反応を肌で感じ、美しい東京で過ごしたすばらしい1週間でした。『タタミ』は日本の伝統へのオマージュであり相手を敬うことでもあります。そして、イスラエル人とイラン人の初の共同作業でもありました。私たちは政府が阻止しようとしていたことを実行したのです。兄弟姉妹になるために協力し合いました。そのことを認めてくださり映画を見てくれて、感謝しています。そして困難な状況の中で生きている私たち全員にとって、それがどれほど重要なことなのかを理解してくれたことに感謝します。この映画が暗いトンネルの中の小さな光明となることを願っています。


◆東京グランプリ/東京都知事賞
『雪豹』 監督 ペマ・ツェテン監督
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東京グランプリ発表の前に、コンペティション部門審査員全員が登壇。
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講評と発表:審査委員長 ヴィム・ヴェンダース
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審査員全員が、万女一致で東京グランプリを53歳の若さで亡くなられたペマ・ツェテン監督の『雪豹』に与えることを決めました。
(出演者はじめ関係者が登壇)
残念ながら、監督は5月に亡くなられてしまいました。ほんとうに若い、まだ53歳でした。チベット語で作られた映画、ゴージャスな風景、自然の中でのユーモラスな演技、そしてその映像の一部がデジタル効果でよって夢想されたものだとしても素晴らしい動物を見せてくれたことを称賛したいと思います。

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東京都知事賞 贈呈
東京都産業労働局次長 松本明子さんが小池百合子都知事メッセージを代読
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皆さまようこそ東京国際映画祭においでくださいました。
東京グランプリを受賞されました『雪豹』の関係者の皆様にお祝いを申し上げるとともに ペマ・ツェテン監督に心から哀悼を意を表します。審査員長のヴィム・ヴェンダース監督は最新作『PERFECT DAYS』で東京を舞台に選び美しく魅力的に撮影してくださいました。感謝申し上げます。今年の カンヌ国際映画祭で役所広司さんが最優秀男優賞を受賞されたことも大変誇らしく思います。
今年のコンペティション部門には、114の国と地域から1942作品の応募がありました。
毎年、数多くの新しい才能がここ東京から世界に羽ばたいています。映画は私たちに感動や生きる喜びを与え、心に潤いをもたらし、人々の心の繋がりを深めます。今年は海外から多数のゲストをお迎えし、様々な交流が生まれています。東京から映画の魅力を発信することで、多様性あふれる素晴らしい世界に繋がっていくことを期待しています。東京国際映画祭が世界中の人々を魅了する文化の祭典として、今後ますます発展することを祈念しております。

ジョン・ハオ (エグゼクティブ・プロデューサー)
代表して感謝の言葉を述べさせていただきます。非常に残念なことに私たちのペマ・ツェテン監督はここにくることができませんでした。しかしながら、今日こうやっていただいた賞は、監督が私たちに与えてくれた賞だと思います。この映画を世に出してくださいました中国電影の関係者の方々や製作に携わってくださいました方々にも感謝申しあげます。
ペマ・ツェテン監督の息子さんには、監督の跡を継いで映画を作り続けていただきたいと願っております。
ペマ・ツェテン監督はチベット語でチベットの映画を撮る、その開拓者でありました。そして小説家でもあり、この 20 年来監督は小説を書き続けており世界的にも受け入れられておりました。ペマ・ツェテン監督は初期から晩年にいたるまで様々なスタイルを貫いてチャレンジして撮られてきた監督です。『ティメー・クンデンを探して』『オールド・ドッグ』そして『雪豹』に至るまで、各作品、皆、作風を変えてチャレンジ精神旺盛に映画を撮っていらっしゃいました。『タルロ』ではモノクロをうまく使って素晴らしい作品に仕上げています。2018年の『轢き殺された羊』は、これまでと全く違うスタイルの素晴らしい作品でした。2019年の『羊飼いと風船』に至って、今までの幻想的な作風からリアリズムに転換されました。チベットの草原に生きる普通の庶民を極めてリアルにわかりやすく描きました。そして『雪豹』はコロナの期間に準備が始められて、2023 年に完成したものです。これもまた作風が異なっています。チベットの高原地帯の様々な自然の生態系などをテーマに描きながら、非常に幻想的なところもあるという作風で描いた作品でした。簡単に功績を紹介しましたが、ペマ・ツェテン監督の精神を、意思を継いでこれからも映画を作っていきたいと思います。

ジンパ(俳優)
監督はもうここにはおられませんが、監督と一緒に映画を撮ってきた者として、皆さんに心から感謝したいと思います。(最後にチベット語でお礼の言葉)
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(マイクの位置が低いままで、背の高いジンパさん、かがんでのスピーチでした。右は、エグゼクティブ・プロデューサーのジョン・ハオさん。)

ション・ズーチー(俳優)
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この作品に出させていただいたことを嬉しく思っております。今日は感動で胸がいっぱいでございます。ペマ・ツェテン監督が私たちにこういう機会を与えてくれたんだと思います。永遠に彼に感謝したいと思います。

ツェテン・タシ(俳優)
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小さな町からやってきました。ペマ・ツェテン先生はここにはおりませんけれども、私たちといつも一緒にいる気がします。先生ありがとう。

すべての表彰が終わり、審査委員長 ヴィム・ヴェンダースより総評;
第36回東京国際映画祭の審査委員長を務められたことを光栄に思います。そして他の4人の映画関係者からなる実力派の審査員と共に世界中から集まった15本のコンペティション部門の作品を観てその中から満場一致で東京グランプリと他の5つの賞を選ぶことができました。本当に素晴らしい作品を数多く見ることができましたが、セレクション全体が、同等の水準であるかどうかというのは確信できませんでした。また、オープニング作品として『PERFECT DAYS』を紹介できたことを誇りに思うと共に、このような機会を与えてくれた映画祭に感謝申し上げます。東京国際映画祭大好きです。これからも成功を祈っております。ありがとうございました。
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©2023 TIFF

☆クロージング作品『ゴジラ-1.0』
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予告編上映の後、山崎貴監督、神木隆之介、浜辺美波が登壇。

神木隆之介
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今回、16年ぶりの東京国際映画祭、この作品がクロージング作品ということでこんなに光栄なことはないなと。そしてこの『ゴジラ-1.0』という作品で、山崎監督をはじめ信頼する人たちでこの場に立てることを光栄に思っております。

― 浜辺さんは初日にレッドカーペットを歩かれていかがでしたか?

浜辺美波
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東京国際映画祭に初めて参加させていただいて、いつも映像では観ていたのですが、こんなにも熱のあるイベントだとは思っていなくてかなり驚きました。ゴジラ、山崎監督、神木さんと共に歩くことができて楽しかったです。

山崎貴監督:『ゴジラ』が昔、東京国際映画祭のクロージングで毎年毎年上映された時代がありまして、最速で『ゴジラ』が観れる機会が東京国際映画祭だったのでいいなと思っていました。久しぶりに『ゴジラ』がクロージングを飾るということで、先輩たちにあこがれていた時代がありますので、ついに自分の『ゴジラ』が栄えある場所に来られたんだと非常に嬉しく思っております。しかも、一般の方に観ていただける初めての機会が東京国際映画祭のクロージングなので、そのことも楽しみに今日は来ました。

― 世界中に愛される『ゴジラ』に出演が決まっていかがでしたか?

神木隆之介:プレッシャーが大きかったですね。日本を代表し、そして世界でも愛されている『ゴジラ』という存在に関わるということ、そしてその作品の主役をやらせていただくというのはとても大きなものを背負わなければいけないのかというプレッシャーが大きかったです。11月3日に公開ですが、今は、そのプレッシャーというのはなくて、皆さんに愛されている『ゴジラ』という作品に関われたことを誇りに思っていますので、どう感じていただけるのかを楽しみにしています。

浜辺美波:シンゴジラという新作以降、しばらくゴジラを観れないと思っていましたので、ゴジラが帰ってくることに驚き嬉しく思いました。『ゴジラ』という作品に出演できることが念願だったので、それが叶うということで嬉しさと、台無しにしないように頑張らなきゃいけないなという気持ちになりまして、監督をはじめ皆さんと一緒に作品を作る中で、皆さんの今まで培ってきたものを全力で出せるように、胸に飛び込むような意気込みがありました。

― これからご覧になる皆さんに、監督からメッセージをお願いします。

山崎監督
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僕らは本当に、劇場にお客さんに帰って来てもらいたいという思いで、体感する映画が一つのその答えなんじゃないかなと思って、劇場で観る映画に相応しいものを作ろうと思って頑張ってきましたし、ここにいる二人をはじめ皆にゴジラと真剣に取り組んでいただいて素敵な映画ができたんじゃないかと思ってます。ぜひ、劇場で観ていただきたいですし、劇場というものはこんなに映画を観るのに素晴らしい場所なんだってことをもう一度認識していただいて、映画がすごく素晴らしい文化だということを改めて感じていただきたいなと思います。一番最初の上映が東京国際映画祭でできることをほんとうに光栄なことだと思っています。


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最後に、安藤裕康チェアマン挨拶
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いよいよ今年の映画祭、閉幕に近づいてまいりました。
初日から秋晴れの素晴らしい天気が続きまして、お陰でたくさんのたくさんのお客様に映画祭に足を運んでいただきました。
これまでの集計で、作品のチケットをご購入いただいた方が5万人超。昨年から36%の増加。そのほかの関連イベントを含めますと、7万人以上の方にご参加いただきまして、昨年比 25%増となっております。そして、海外からも2000人近い方が映画祭を訪れてくださいました。足を運んでくださったお客様の皆様のおかげだと思っております。そして、映画祭を色々な形で支えてくださった関係者の方たちのお陰だと思っております。心から御礼を申し上げたいと思います。
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事務局で働いております100人以上の職員が、昼夜を分かたず激務をこなしてくださいました。また事務局を支える裏方、そして裏方のまた裏方のボランティアやインターンの方々がさらに300人くらいいらっしゃって、いろいろな職務をこなしてださいました。今、この瞬間も職務についていらっしゃいますので、全員は無理なのですが、壇上に上がっていただけませんか。
(おそろいのグレーのパーカーを着たボランティアの方たちが登壇。安藤チェアマンも拍手を贈りました。)

ここに東京国際映画祭の閉幕を宣言いたします。

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第 36 回東京国際映画祭 動員数 <速報値・1 日は見込み動員数>
■上映動員数/上映作品本数:74,841 人/219 本 *10 日間
(第 35 回:59,541 人、125.7%増/174 本、125.9%増 *10 日間)
■上映本作品における女性監督の比率(男女共同監督作品含む):22.4%
(219 本中 38 本、同じ監督による作品は作品の本数に関わらず1人としてカウント)
■その他リアルイベント動員数:73,081 人
■ゲスト登壇イベント本数:169 件 (昨年 157 件、107.6%増)
■海外ゲスト数:約 2,000 人(昨年 104 人、1923%増)
■共催提携企画動員数:約 20,000 人

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最後に、フォトセッション

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私の位置からは『マリア』の編集エルナズ・エバドラヒさんの顔が隠れてしまいました。
トップには東京国際映画祭提供の公式写真を掲載させていただきました。
また、今回、毎年取材している宮崎暁美さんが抽選に外れてしまい、彼女の撮影による素晴らしい写真をお届けすることができませんでしたこと、申し添えておきます。

写真・報告:景山咲子