9月18日(水)16:15からの『シヴァランジャニとふたりの女』の上映は、福岡観客賞を受賞した翌日で、平日の午後にもかかわらず、なかなかの入り。
Q&A(
こちらをご覧ください)のあとのサイン会にも多くの方が並び、それぞれに感想を述べたり、質問をされたりしていました。
インタビューを7時から予定していましたが、かなり遅れて開始することになりました。
サインボードの前で、撮影させていただいてから会議室に一緒に移動しました。
『シヴァランジャニとふたりの女』Sivaranjani and Two Other Women
2018年/インド/123分
*物語*南インド、タミル・ナードゥ州。3つの時代に生きた女性たちの物語。
1980年、サラスヴァティーヒンドゥーのお祭りの帰り、赤ちゃんを抱き、大荷物を持ったサラスヴァティーは必死になって夫の後をついていく。夫は荷物を持とうともせず、グズだと罵倒する。工場勤めの夫はお金を満足に渡してくれず、とうとう米も底をつく。夫の暴力に耐えかね口答えすると、その日から夫は口をきかず、ついに家に帰ってこなくなる・・・
1995年、デーヴァキバイクに乗って颯爽と通勤するデーヴァキは、同居する義兄の息子の憧れの的だ。叔母が日記を書いている姿を見かけたことを、少年がつい家族に漏らしたことから大騒動になる。家名を汚すようなことを書いているのではないかと、日記の公開を求められ、プライバシーの侵害と、ついに家を出る・・・
2007年、シヴァランジャニ有望な陸上選手として、学校を代表して全国大会への出場も決まっていたが、親の意向で結婚。すぐに身籠り、出場権を取り消されてしまう。その後、家庭の主婦として、夫や子供の世話と家事に追われる日々の中で、ふっと学生時代を思い出し、優勝カップを探しに学校に行く・・・
◎ヴァサント・S・サーイ監督インタビュー◆自分の経験した年代を描いた― 女性の生き様を時代を追って描いていて、少しずつ変化も観られて興味深かったです。1980年、1995年、2007年という3つの時代を選んだ理由をお聞かせください。
監督:私自身の記憶のある少年時代の1980年から始めました。少年期で回りを観察していろいろなことを知っていった時代です。1950~70年台のことは聞いたことしか描けません。
― 今、おいくつですか?
監督:秘密です! およそ40歳です。
(公式カタログにも掲載されていませんでした)
自分の青年期に見たものを映画にしています。
1980年ごろまでは、インドではたとえ貧しくても、まだ女性が働く時代ではありませんでした。1980年代後半は、ようやく夫が亡くなった女性が働き始めた時代です。
Q&Aでスウェーデンの話が出ましたが、男女平等の進んでいるスウェーデンでも、その時代には女性は習慣的に働いてませんでした。今は、皆が働く時代になりましたが。
1995年の物語には日記が登場しますが、まだ手で書いていた時代です。インターネットの出回る前です。
― 思えば、1995年の物語では、ヒロインが働くのをうらやむ女性がいましたね。ヒロインは、女だてらにバイクを運転して仕事に通っていて、並んで走っているバイクは皆、男が運転していて、彼女が進んでいる女性だと見せていました。
監督:インドでは、ようやく働く女性も出て来たという時代です。
◆女性たちの名前はヒンドゥーの神様に由来― 女性たちの名前はどのように名付けたのでしょう? シヴァランジャニは女神であるシヴァ神から来ている名前かと思います。
監督:最初のアイディアでは、女性に名前をつけないというものでした。皆、同じ問題を抱えているという考えからです。
シヴァランジャニは、ミュージカルの「ラーザ」のヒロインの名前でもあります。皆がシヴァランジャニというつもりでした。
ほかの二人の女性の名前もヒンドゥーの神様の名前に由来しています。
1話目のサラスヴァティーは、芸術・学問などの知を司る女神です。
― 3人の女性とも、虐げられながらも、少しずつ反抗していますね。女性の強い面も描いていると思いました。
一つ目の物語の夫は、暴力を振るうし、重たい荷物も持ってあげないひどい夫でした。でも、結局、家を出てどうなったのでしょう?
監督:あの夫はいつも妻を抑圧していて、妻が抵抗すると思っていませんでした。それが妻が刃向かってきて、「脅かしているのか」と彼自身が傷ついてしまったのです。例えば、可愛がって飼っていた犬が、突然吼えて噛み付いてきたら、抵抗できなくなります。夫にとって妻は飼い犬と同じ。まさか抵抗しないと思っていた妻が反抗してきてショックを受け、心の中で死んでしまったのです。名誉を傷つけられて口をきかなくなりました。
― ショックを受けて、夫はあの家にいられなくなったのですね。
監督:誇りを傷つけられて彼には受け入れられない状況だから家を出ました。家の中に二人男がいる状態になったというメタファーです。あの時点で平等が生まれたともいえます。
1995年の物語では、叔母さんが日記に「ジーンズを穿いて働いている美しい女性を見かけた」と書いています。それ以前の時代は、誰が何を着るべきか決まっていました。まだジーンズが珍しい時代で、男性優位が続いていました。
― 今は、サリーやシャルワールカミーズじゃなくて、ジーンズを穿いている女性が多いですよね。伝統が薄れて寂しい気もします。
◆未亡人は再婚しないのがインドの常― 今、日本で公開中の『あなたの名前を呼べたなら』のロヘナ・ゲラ監督から、インドでは未亡人は再婚しないと伺いました。
監督:まさに未だにそうです。20年前に、私も映画で未亡人が再婚できないことを描きました。
― インドというと、カーストの問題もありますね。
監督;カースト、宗教、ジェンダーの3つが問題ですね。
◆ヒンドゥー、イスラーム、キリスト教が共存するタミル・ナド― 監督のご出身のタミル・ナド州が舞台ですが、一つ目ではヒンドゥーが強調され、2番目の物語では、近くからムアッジン(イスラームの祈りを促すアザーンを唱える人)の声が聴こえてきました。3番目の物語では、窓の向こうにキリスト教会が見えました。
監督:近くに違う宗教が共存している地域であることを示したかったのです。
― 一つ目の物語の最初に夫婦が参加したのはヒンドゥーの宗教行事ですか?
監督:そうです。サーイというヒンドゥーの神様を祀る行事です。サーイは、実は父がつけてくれた私の名前です。ミドルネームは父の名前。最初の名前は祖父の名前です。
― ちゃっかりご自身の神様を最初に出していたのですね。
監督:そうなんです。笑
◆タミル文学に触発されて映画を作った― インドでのリアクションは?
監督:伝えたいことを、皆、すぐわかってくれました。女性が遠慮せず、どんどん話しかけてくれました。
(ここで、スマホの中に入っている女性たちが語る動画をいくつか見せてくださいました)
「家の中で女性を尊敬できない人は、外でも女性を尊重できない」
「私もシヴァランジャニ。結婚でテニス選手を諦めました」
「母のことを思い出しました」と青年。
映画を観た皆さんが、こうして自分のこととして捉えてくれました。
これが映画を通してやりたいことでもありました。
映画の一番のポイントは、ストーリーです。タミルの文学作品から取りました、
3人の文学者の作品です。彼らは私のヒーローです。
1話目 アショーカ・ミトラム。インドのヘミングウェイ的作家です。
2話目 Jey Moham。存命です。今、とてもポピュラーな作家。1000もの作品を水を飲むように書いています。
3話目 Adervan アーダヴァン。
いずれも30年くらい前に書かれたものです。私が20~30代の時に読んで、衝撃を受け、いつかこれを題材に映画を撮りたいと思いました。彼らの小説に出会ってなければ映画を作ることもありませんでした。
― 監督はジャーナリストでもありましたよね。
監督:そうですね でも、素晴らしい作家がいるので、私は作家にはなれないと思いました。彼らから学んで、ほかのことをしようと思いました。
― 映画に影響を受けて映画を作りたいと思ったのではなく、小説ありきなのですね。
映画監督で影響を受けた方は?
監督:イングマール・ベルイマン。特に、『Through a Glass Darkly』(1961年)は、私のバイブルです。『ある結婚の風景(Scenes from a Marriage)』(1973年)も強く影響を受けました。
ほかにジョン・フォードやフランシス・コッポラ。一番好きなのは、黒澤明です。
― 日本の監督は?と聞こうと思ったところでした。
監督:今回、黒澤明監督のいた土地に来られて、ほんとに嬉しいです。そして小津監督も大好きです。
― 皆さんにそうおっしゃっていただくと、日本人としてとても嬉しいです。
インドの監督では?
監督:インドでは、サタジット・レイと、タミルの名匠K. バーラチャンダー。たくさんの素晴らしい映画を作っています。
― タミルだけでも年間200本以上が作られていると思いますが、ラジニ・カーントの映画とは、監督の映画は一味違って好きです。
監督:『ムトゥ 踊るマハラジャ』の音楽を担当したA.R.ラフマーンは、私も気に入ってます。2000年に製作した『リズム』では彼に音楽を担当してもらいました。先にお話した未亡人の物語です。
― 次の作品は?
監督:脚本を書き終わったところです。女性の話なのは間違いありません。
― ほんとに女性の見方ですね。
監督:まさしく! 誰しも間違いを犯します。私も。何回も間違いを重ねて、自分が間違いを犯したことに気づきます。自分が正しいと主張するのでなく、間違っていたら、それを自ら正すことも必要です。
最後になりましたが、女優たちの演技こそ、この映画を支えています。
3人の女優への賛辞をぜひ入れてください。
そして、女性の物語を、3人の小説家と私の4人の男性が描いたことも。
注:
サラスヴァティー役:Kalieswari Srinivasan
デーヴァキ役:Parvathy Thiruvothu,
シヴァランジャニ役:Lakshmi Priya Chandramouli,
― 次の作品も日本で観られることを楽しみにお待ちしています。
最後に、公式カタログにサインをいただきました。
読めないけれど、タミル語でとお願いしました。
そして、タミル語で「ありがとう」は「ナンドリ」と教えていただきました。
東京・荒川区尾久に日本人が料理人の「なんどり」という南インド料理のお店があるとお伝えしたら、とても嬉しそうでした。