あいち国際女性映画祭に行ってきました4(暁)  授賞式

フィルム・コンペティションのグランプリほか各賞の受賞者写真をアップしました

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<長編フィルム部門>
☆金のコノハズク賞(グランプリ)
『Danchi Woman』  
監督:杉本 曉子
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<短編フィルム部門>
☆金のカキツバタ賞(グランプリ)
『いきうつし』 
監督:田中 晴菜
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☆銀のカキツバタ賞(準グランプリ)
『2番のユニフォーム』  
監督:ウー・ホンイー
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☆観客賞
『夜間飛行』 
監督:三宅 美奈子
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あいち国際女性映画祭に行ってきました3(暁) 『ナッシングウッドの王子』『マイ・カントリー マイ・ホーム』

9月7日(金)

『ナッシングウッドの王子』
英題:The Prince of Nothingwood
フランス、ドイツ、カタール/2017年/85分
監督・脚本:ソニア・クロンルンド
撮影 : アレクサンダー・ナナウ、エリック・ギシャール
録音 : マチュー・ペロ、ハッサン・シャバンカレ
編集 : ソフィー・ブリュネ、ジョルジュ・クラッグ
プロデューサー : ロラン・ラヴォレ
共同プロデューサー : メラニー・アンダーナハ
出演:サリム・シャヒーン、クルバン・アリ、ソニア・クロンルンド

タイトルは彼への賛辞を込め、ハリウッドに対抗し、「ナッシング(無し)ウッド」!

戦火の絶えないアフガニスタンで30年以上に渡り、製作&監督&主演を務めて110本もの映画を撮り続けてきた男、サリム・シャヒーン。
厳しい情勢の中で、国民へ娯楽を提供するために映画に情熱を注ぎ、作品の出演、監督、製作、上映など、全てをほとんど自身でこなす。そんな彼の111本目の撮影にフランス在住のソニア・クロンルンド監督が密着したドキュメンタリー。
戦争が続き、娯楽のない人々にとって、映画はつかの間の娯楽。サリムは映画を持って上映のツアーを続け、その間に作品を撮る。そんなサリムの姿を映画は追う。戦争が続き、近くで爆弾が爆発する時もある。そんな危険を冒しても撮影を続けてきたサリム・シャヒーン監督とスタッフたち。カメラはそんな彼らの撮影風景を追う。

この作品はサリム・シャヒーン監督の旅に密着し、映画を愛し、死を賭してでも映画のために闘う、知られざる驚異のアフガニスタン映画人を紹介するドキュメンタリーである。「アフガニスタンのエド・ウッド」の異名を持ち、家族を始め、身近な人たちを映画に利用し、警官や軍人でさえ、彼の映画であれば喜んで本人役で出演する。一方で監督はアフガン国民の声を代弁し、名もなき人々に存在の証を与え、映画に描く。サリム・シャヒーンは彼らのヒーローなのだ。「ハリウッド」に対抗するタイトルである「ナッシング(無し)ウッド」のタイトルも頼もしい。

9月8日(土)

『マイ・カントリー マイ・ホーム』
英題:My Country My Home
日本、ミャンマー/2018年/130分
監督:チー・ピュー・シン
出演:ウィ・モン・シュエ・イー、アウン・イェ・リン、森崎ウイン
協力:大阪アジアン映画祭

ミャンマー人としてのアイデンティティを考える

約30年前、ミャンマーの民主化運動に参加し、祖国を追われ難民として日本に逃れ、東京でミャンマー料理の店を開いたサイ。娘のナンは日本で生まれ育ち女子高生になった。しかし日本人として生きてきた。しかし無国籍と知り、18歳になった時、国籍を日本かミャンマーか選ばなくてはならなくなった。日本国籍をとるつもりだったが、祖国ミャンマーに行き、親戚に会ったり、祖国の景色を見たり、故郷に生きる人たちや、同じように日本育ちだけどミャンマー国籍を取った人たちを知りどちらの国籍を選ぶべきか迷う。
かつては国を追われ日本にたどりついた親の世代、今はお金を得るために日本に来る若者たち。世代によって考え方が違う。
日本とミャンマー、二つの祖国で揺れる少女のルーツをたどる旅を描いた作品。日本とミャンマーとの合作作品。

ミャンマーやミャンマー人を描いた作品をいくつか見てきたけど、ミャンマーの監督が作った作品は初めてだったかも。日本にるミャンマー人は、かつては民主化運動に参加して故国を追われた人だったけど、今やお金を稼ぐために来日する人もいるということを知った。そして日本育ちのミャンマー人二世世代が育って、今度は祖国との板ばさみになっていることを知った。『僕の帰る場所』藤元明緒監督でも、日本育ちの子供たちが日本語しか知らないままミャンマーに帰ってアイデンティティに戸惑うさまが描かれていたけど、その問題は、海外に住む日系二世、三世にもあるだろうし、きっと日本に定着したベトナム難民の子供たちの間にもこういう問題があるのだろうと思った。日本に生まれ育った日本人としては、そういうことを考えることもなかったけど、これだけ国際化が進めば、そういうことはどこにでもあるということになるのだろうと思った。

参考資料

『マイ・カントリー マイ・ホーム』製作記者会見 
スタッフ日記
日本・ミャンマー共同製作映画&ドラマ『My Country My Home』製作発表記者会見  ミャンマーの若き女性監督にお会いする  (咲)
http://cinemajournal.seesaa.net/article/453025578.html

『僕の帰る場所』藤元明緒(ふじもとあきお)監督インタビュー記事
http://www.cinemajournal.net/special/2018/boku/index.html

あいち国際女性映画祭に行ってきました2(暁) 『ドリ-ム』『まわる映写機めぐる人生』『世界で一番ゴッホを描いた男』

2018年9月6日(木)

『ドリ-ム』 原題:Hidden Figures
アメリカ/2016年/127分
監督:セオドア・メルフィ
出演:タラジ・P・ヘンソン、オクタヴィア・スペンサー、ジャネール・モネイ、ケビン・コスナー
配給:20世紀フォックス映画

まだまだ知られていない実話を知りたい

去年公開された『ドリーム』、ベストテンに入れた作品だったので、もう一度観てみようと思い参加した。宇宙開発の話は様々な形で伝えられてきたけど、開発に関わった人の中で開発のこととか中心になった人たちのことがほとんどで、ここに出てきた計算係だった女性たちのような、数字や計算に強い黒人女性が、こんなにもたくさんロケット開発のために働いていたということを知った。
宇宙開発計画初期、アメリカとソ連の宇宙開発競争真っ只中の1961年、コンピュータもまだ発達していない時代に、NASAでは優秀な頭脳を持つ黒人女性たちが、ロケットの打ち上げに欠かせない計算手として働いていた。人種差別・女性差別が今よりずっとひどかった時代。その中でも特に優れた3人の黒人女性を中心に偉業と差別との闘いが描かれている。彼女たちの計算能力にびっくりだけど、そういう能力があっても、まだまだ人種差別がひどかった時代(今でもいいとは言いがたいけど)、アメリカ初の有人宇宙飛行を達成するため、彼女たちを含めてたくさんの人たちが働いている様子が描かれていた。

アメリカの「どうだ、アメリカは!すごいだろう」的なサクセスストーリーを描いた作品は嫌いなんだけど、この作品は、その中でもNASAで働いていた黒人女性たちの闘いと活躍が描かれていて、とても興味深かった。
所長はものわかりの良い人のように描かれていたけど、差別している側は言われないと気がつかない。ロケット打ち上げの「ドリーム」はかなえられたけど、公民権運動に大きな影響を与えた、1963年の「ワシントン大行進」でキング牧師があらゆる人種の自由と平等、民主主義を訴え「私には夢がある」と演説した「ドリーム」は未だに達成されていない。


『まわる映写機めぐる人生』

英題:Projecting Film, Projecting Life
日本/2018年/110分
監督:森田惠子
出演:鈴木文夫、荒島晃宏
配給:映像Sプロジェクト

映画を愛する人、必見の作品


『まわる映写機 めぐる人生』は、森田惠子監督の『小さな町の小さな映画館』『旅する映写機』に続く映画にまつわる三部作の完結編。映画が誕生して123年。映写技師、自主上映活動、映画鑑賞会、日本一古い映画館を維持して興行を続ける人たちなど、映すことに心をかたむけた人たちを訪ねたドキュメンタリー。
この作品のHPに、この作品を作ったきっかけが書かれています。
「『まわる映写機 めぐる人生』を作るきっかけは、「川越スカラ座」の『旅する映写機』の初日(2014年5月24日)に、本作に登場する元埼玉大宮東映の支配人であり映写技師だった石川直二さんが訪ねてくださったことでした。
開館前からいらしてくださり、手にしていたのは私も見るのが初めだった黒革の「映写技術者免状」でした。 「初日なら監督さんが来るかもしれないと思ってね」と、体調を心配する奥さまを説得して大宮から駆けつけてくださったのです。上映後のトークでは、急遽、観客の皆さんに博物館級の「映写技術者免状」を見て頂き、お話もしていただきました。その時のお話がとても興味深かったことと、石川さんの表情があまりにも魅力的だったので、これは撮らなければ…と思ったのです。
方針など何もないまま、6月19日にご自宅を訪問し撮影をスタートさせました。その後はいつものことながら、台本もないまま芋づる式の撮影を重ねてゆきました。そして、映写に関わる皆さんのお話を伺いながら、映像が時代ごとにどのような形で使われてきたのか、ということにも関心が深まり学ばせていただきました。」とあります。
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森田惠子監督

森田監督の作品は観たことがなかったけど、タイトルに惹かれて観ることにした。タイトルからは映写技師の人の物語かなと思ったのだけど、映写技師だけでなく、映画の上映活動をしている人や、映画館を続けるためにいろいろ活動している人など、たくさんの映画を愛する人たちが出てきて、映画に対する思いに溢れた作品だった。映画全盛期は掛け持ち上映があり、フィルムを運ぶ専用の人がいたり、上映途中でフィルムが切れた時の応急処置の話など、フィルムの品質が悪かった時代の映写には色々な工夫が必要だったことなど、フィルム上映時のエピソードはとても興味深かった。映画の自主上映をめぐる人たちの交流の話もとても面白かった。また「文化として映画・良い映画を子供たちに見せよう」と、子供たちに社会教育としての映画を届けようと上映会を続けている人たちがいたり、過疎の里山の村での上映会している学生たちがいたりと、様々な形で、映画上映をしている人たちがいるということを知って心強かった。
TVで紹介され、前から行ってみたいと思っていた、日本で一番古い映画館「高田世界館」が出てきて、いつか行ってみたいと思った。そして高野史枝さんが監督した『厨房男子』で撮影を担当した城間典子さんが出てきてびっくり。京都造形芸術大学映画学科を卒業した方で、京都の里山で暮らしながら、手作りの自主上映会を行うところが映されていて、彼女はこういう活動をしているのだと知った。


『世界で一番ゴッホを描いた男』 
原題『中國梵高』
英題:China’s Van Goghs
中国、オランダ/2016年
監督:ユイ・ハイボー、キキ・ティンチー・ユイ
出演:チャオ・シャオヨン
配給:アーク・フィルムズ、スターキャット

模倣から創造へ 最後の展開に拍手

複製画制作で世界の半分以上のシェアを誇る油絵の街、中国南部深圳市大芬(ダーフェン)。出稼ぎでこの街にやって来た趙小勇(チャオ・シャオヨン)は独学で油絵を学び、20年もの間ゴッホの複製画を描き続けてきた。独立し、自らの工房を持ち、弟子もいる生活になったが、絵を描くのも食事も寝るのも全て工房の中。そんな生活の中、ゴッホの複製画なら趙小勇と言われるまでになった。オランダの画商との信頼も得て、交流を続けるうち、いつしか「本物のゴッホの絵を見たい」と思うようになったが、毎日の締め切りに追われる生活の中、その願いはなかなかかなわない。しかし、長年の夢をかなえるため、何人かの仲間と「本物のゴッホの絵」を見る旅行を実行に移す。本物の絵を見ることで、ゴッホの絵に対する想い、絵にかけた想いがわかるのではないか、そして今の自分を見つめ直し、これからの人生や仕事に役立ち、きっと何かを得られるだろうという思いの元、アムステルダムを訪れた。そして得られたものは。
本物のゴッホの絵を見て衝撃を受けた趙小勇は、自分は何をすべきかと考えるようになり、「自分は職人か芸術家か」考えた末、長年離れていた故郷の姿を描き始めた。長年培った絵の技から生まれた作品は見事なもの。

去年、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2017でこの作品が上映された時、観損ね、新宿のシネマカリテでの上映も観ることができず、残念に思っていたら、この映画祭で上映されるということがわかり、この作品を観に行こうと、この映画祭に来た。
ゴッホの複製画に人生を捧げる男と、自身の想いの目覚めを追った感動のドキュメンタリーだった。
劇場公開が決まった。

公式HP『世界で一番ゴッホを描いた男』