SKIPシティ国際Dシネマ映画祭『聖なる電灯』(ジョージア)

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海外招待作品『聖なる電灯』Holy Electricity
7月20(日)13:00~

電気仕掛けの十字架を売り歩く
従兄弟ふたりの奇妙で温かな物語
<ロカルノ国際映画祭 Cineasti del Presente(新鋭監督コンペティション部門)
金豹賞(グランプリ)作品>

監督:タト・コテティシュヴィリ
出演:ニコロ・グヴィニアシュヴィリ、ニカ・ゴンガゼ
2024年 / ジョージア、オランダ / 95分

ジョージアの首都トビリシ。
部屋の中で棺を囲んでいる人々。青年ゴンガの父が亡くなり、従兄のバルトは亡き叔父に「息子のゴンガのことは俺に任せろ」と誓う。
バルトはゴンガを連れ、スクラップ置き場に行き売れそうなものを探す。ある日、錆びた十字架が詰まったスーツケースを見つける。バルトはこの十字架に電飾を施し、「ネオンクロス」として訪問販売することを思いつく。街で様々な人に出会うが、売り上げはかんばしくない。借金取りに追われていたバルトが売り上げを使い込み、ゴンガはバルトと別れ、親しくなったコーヒー売りのロマの娘と一緒にネオンクロスの訪問販売を続けるが・・・

男たちがソフラ(食布の上に並んだご馳走)を前に披露するトリフォニー。カヘティ産ワインを賛美する歌。
大きなぬいぐるみをたくさん持っている二人のおばあさん。
出会ったロマの娘が語る10代で結婚した弟のことや、駆け落ちした姉の話。
トランスジェンダーも出てきて、実に多彩な登場人物。
エンドロールが終わって、最後にもう一幕。ドラマーの老人に「最後を決めてくれ!」の声がかかる。なかなか終わらない・・・ やっと終わって暗転。会場から静かな拍手が湧きました。

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Q&Aに登壇したタト・コテティシュヴィリ監督。
「どんな風に鑑賞してもらえるか、国によって違います。エンドロールが上がり始めたら拍手が起こる国もありました。今日は、最後の最後まで待って拍手してくださって、パーフェクトな反応でした」と、日本の観客を絶賛。

トビリシの市民や町、建築の雰囲気などを知ってもらいたくて、ネオンクロスを売り歩くなかで出会う人や町の様子を描こうと思ったとのこと。
大きなネオンクロスは、教会や山の上などあちこちで見かけるものですが、この映画に出てきたサイズのものは監督のアイディア。
プロの役者は一人も出ていなくて、監督が出会った人にあわせて物語を作っていったとのこと。ロマの女性をコーヒー売りの設定にしたのは監督ですが、彼女の弟や姉の話は実話。

★Q&Aの詳細は、公式サイトでご覧ください。
【デイリーニュース】Vol.06『聖なる電灯』タト・コテティシュヴィリ監督 Q&A
https://www.skipcity-dcf.jp/2025/news/report/2025072003.html

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質問したいと手を挙げたのですが、当てていただけず、終了後に直接監督に聞いてみました。

冒頭、棺を囲んでいた人たちが、いよいよ出棺の時を迎え、6人くらいで棺を持ち、ぐるぐる回ってから部屋を出ていったのが、ちょっとユーモアも感じたので、その場面について伺ってみました。ジョージア正教の古くからの伝統で、もともとは部屋の真ん中に火を焚いて、その火の上を3度回して、外にでるのだそうです。今回、火は焚かず、回し方もちょっとオーバーに演出したそうです。

同じジョージア出身で翌日の7月21日に短編作品『テモ・レ』の上映が行われるアンカ・グジャビゼ監督とは20年来の友人。 Q&Aも最前列で見守っていましたが、終了後、パネルの前でフォトセッションが行われたあと、観客からの質問に答えるタト・コテティシュヴィリ監督を遠くからご覧になっていました。
「明日の上映を楽しみにしています」とアンカ・グジャビゼ監督にお声をかけて会場をあとにしました。

報告:景山咲子

大きく舵を切ったSKIPシティ国際Dシネマ映画祭(咲)

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梅雨が明け、夏到来の風物詩ともいえるSKIPシティ国際Dシネマ映画祭。
2004年の第一回以来、暑い中、川口のSKIPシティに通うのが恒例になっています。
国内外の若手クリエーターが応募してきた数多くの作品を、事前審査委員の方たちが手分けして観て、選び出した海外コンペティション作品は、毎年ハズレなしの秀作揃いで、ほんとに楽しみな映画祭でした。 と、過去形になってしまったのは、今年から海外コンペティションがなくなり、コンペティションは日本作品のみになったからなのです。
海外招待作品は、4本のみと、私にとっては寂しい限りなのですが、今日はその1本、ジョージアを舞台にした『聖なる電灯』を観に、1年ぶりにSKIPシティに行ってきました。
(本作については別途報告します。)

川口駅からのシャトルバスがSKIPシティに近づいた時に目に入ってきたのが、埼玉発祥のスーパー「ヤオコー」。これまで周りにコンビニもなかったので、これは大きな変化です。

まず、多目的ホールに立ち寄ったら、これまでの映画上映会場ではなく、企画展「デジタルネイティブが視る映像のカタチ」の会場となっていました。
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AI、XR、最新8Kカメラ「VENICE2」をテーマにした展示で、実際に体験することもできて、これは若い人たちには嬉しい企画でしょう。

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このほかの関連企画「AI映画の現在」「武蔵野美術大学映像学科作品上映」「カメラクレヨン」「アニメ広場」も、若い方たちや家族連れが楽しめそうです。

★★★★★★★

22回目を迎えて、大きく舵を切ったことを知るために、オープニングセレモニーでの映画祭実行委員会会長を務める大野元裕・埼玉県知事の挨拶をここにあげておきます。

「世界初のデジタルシネマ映画祭として2004年から行われているこの映画祭も、22回目を迎えることとなりました。映画がフィルムで撮影されていた時代に、次世代を見据え、デジタルシネマにフォーカスしたことは大いなるチャレンジでありました。このチャレンジは成功し、この映画祭からは、今年の審査委員長をお引き受けをいただいた石川慶監督をはじめ、中野量太監督、白石和彌監督など、多くのクリエイターが巣立っていかれました。石川監督は、2009年に本映画祭に参加をされ、その後『ある男』で日本アカデミー賞最優秀監督賞に輝くなど、大きく飛躍をされました。
映画祭がここまで会を重ねることができ、映画業界から一目置かれることとなりましたのも、クリエイターの皆様のご活躍と、本日ご来場の皆様、特に開催地である川口市の皆様、審査員をはじめとする関係者の皆様など、多くの方々のご支援、ご協力の賜物であります。高い席ではありますが、改めて、心から感謝申し上げます」

加えて、「日本映画の未来を切り開く新たな才能が生み出す」というコンペティション趣旨変更とともに、映画祭を楽しむポイントも訴求する。
「ロッテルダムやロカルノなど海外の映画祭で高い評価を受けた映画のほか、SF、アニメなどさまざまなジャンルの映画も上映を致します。映像ホールが誇る映画館水準の大スクリーンと迫力の音響で、様々な映画をお楽しみいただければと思います。
昨今はスマートフォンの普及やXRなど映像技術の進展により、人々が映像を楽しむ場面は多様化しています。そこで新たなチャレンジとして、特製の大型スクリーンで上映をする縦型映画祭やXR国際映画祭の受賞作品など、多様な映像を体験していただけるプログラムもご用意いたしました。映画作品をじっくりと堪能されるとともに、多くの映像コンテンツに触れ、映画の可能性についてぜひご堪能いただければと思っています」
(SKIPシティ国際Dシネマ映画祭 公式サイトより引用)
https://www.skipcity-dcf.jp/2025/news/report/2025071901.html


SKIPシティ国際Dシネマ映画祭は、26日(土)まで!

期間:2025年7月18日(金)~26日(土) 9日間
会場:埼玉県川口市のSKIPシティ
公式サイト:https://www.skipcity-dcf.jp/2025/

アクセス ★無料直行バス運行スケジュール
https://www.skipcity-dcf.jp/2025/access.html

★上映スケジュール
https://www.skipcity-dcf.jp/2025/schedule.html

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2025 ラインナップ発表!

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2004年に初開催されたSKIPシティ国際Dシネマ映画祭は、デジタルシネマのパイオニアとして、多くの若手映像クリエイターが世界へ羽ばたくためのゲートウェイとなってきました。
22回目を迎える今年,の映画祭では、デジタル技術がもたらす新たな表現の可能性を多角的に探求。未来に向けて大きく舵を切りました。
スマートフォンでの視聴に最適化された縦型映画を、特別に設置する大型縦型専用スクリーンで上映。
コンペティション部門を国内作品に一本化することで、日本の才能に焦点を絞り、より深く、きめ細やかな支援体制を構築し、日本映画界のさらなる発展に貢献。
コンペティション部門の審査委員長には、先日開催された第78回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門に『遠い山なみの光』がノミネートされた石川慶監督が就任。

企画展「デジタルネイティブが視る映像のカタチ」ではAI、XR(クロスリアリティ)、ソニーの最新8Kカメラ「VENICE2」といった最先端テクノロジーを通じ、デジタル技術がもたらす新たな表現の可能性を探求。

期間:2025年7月18日(金)~26日(土) 9日間

会場:埼玉県川口市のSKIPシティ

公式サイト:https://www.skipcity-dcf.jp/2025/

アクセス ★無料直行バス運行スケジュール
https://www.skipcity-dcf.jp/2025/access.html

★上映スケジュール
https://www.skipcity-dcf.jp/2025/schedule.html


◆コンペティション作品
『お笑えない芸人』監督:西田 祐香
『死神は待ってくれる』監督:木下 一心
『東京の青稞酒』監督:楊 宇安
『長い夜』監督:草刈 悠生
『夏休みの記録』監督:川田 淳
『ひみつきちのつくりかた』監督:板橋 知也
『ブラックホールに願いを!』監督:渡邉 聡
『そこまで一緒に。』監督:関 寛之
『さざなみに揺れる手』監督:川上 栄輝
『山のあなた』監督:伊藤 希紗
『そして、今日も生きる』監督:サイラス・望・セスナ
『水底のミメシス』監督:茂木 毅流、長澤 太一
『ラッキー・ストライク』監督:星野 有樹

◆縦型映画上映
「縦型映画」を「縦型専用の大型スクリーン」で上映
特別に設置される縦型専用の大型スクリーンで縦型映画を上映。一つの大きなスマートフォンを来場者が同時に視るかのような、今までにない縦型映画の視聴体験を提供.

◆企画展「デジタルネイティブが視る映像のカタチ」
AI、XR、最新8Kカメラ「VENICE2」をテーマにした展示
会 期:2025年7月19日(土)~7月21日(月・祝)
会 場:SKIPシティ多目的ホール
料 金:無料

◆特別上映 SKIPシティ インキュベート作品
埼玉県SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザの若手映像クリエイター支援事業として製作した作品の上映
『ディッシュアップ』*ワールドプレミア
監督:池本 陽海

◆海外招待作品
『テモ・レ』*アジアンプレミア
監督:アンカ・グジャビゼ (ジョージア)

『融合する身体』*アジアンプレミア
監督:アドリアン・パーチ (アルバニア、イタリア)

『聖なる電灯』*ジャパンプレミア
監督:タト・コテティシュヴィリ (ジョージア、オランダ)

『火山のふもとで』*ジャパンプレミア
監督:ダミアン・コツル (ポーランド)

◆特集「商業映画監督への道」『愚行録』上映&石川監督トーク
<上映作品>
『愚行録』監督:石川 慶
<登壇ゲスト>
石川 慶(映画監督)、加倉井 誠人(プロデューサー)

◆SKIPシティセレクション
『ゴジラ-1.0』 監督:山崎 貴
『ゴジラ 4Kデジタルリマスター版』 監督:本多 猪四郎
『いもの国風土記 第一部水の刻/第二部火の刻』監督:黒川 幸則、井上 文香
『ルックバック』 監督:押山 清高
『AKIRA 4Kリマスター』 監督:大友 克洋

●関連企画「AI映画の現在」
『ラストドリーム』 監督:串田 壮史
『HAPPY BIRTHDAY』 監督:尾関 彩羽
『Anyway Incorrect』 監督:小林 亮太
『COCKY』 監督:士友哉、串田壮史
『My spaceship』 監督:眞田 康平

●関連企画「武蔵野美術大学映像学科作品上映」
『手 』 監督:汪 婧
『ナンゾヤ』 監督: 田中 いずみ
『憶えていて』 監督:魏 蔓
『Nuckelavee』 監督:陳 冉
『タイチ』 監督:高木 万瑠
『ただいま』 監督:劉 波
『DOCOOK』 監督:羽部 空海
『ピヨピヨ』 監督:呉 近竹
『シャオシェンの物語 』 監督:格桑 梅朶
『NEORIGIN 』 監督:陳 冉
『素敵なあなたに』 監督:染谷 夏海

●関連企画「カメラクレヨン」
川口子ども映画クラブ制作作品『私からの手紙』『コンシデレーション』
CGアニメーション教室制作作品

●関連企画「アニメ広場」
『ボス・ベイビー ファミリー・ミッション』(日本語吹替版)
『FLY!/フライ!』(日本語吹替版)
『怪盗グルーのミニオン超変身』(日本語吹替版)

◎イベント
*Dシネマルシェ
*「春日部つくしの推し祭り!埼玉の魅力発見」上映
*ワークショップ「マジックロール」


SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024 『別れ』ハサン・デミルタシュ監督インタビュー

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SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024 国際コンペティションで上映された「トルコ映画『別れ』。報告がすっかり遅くなりました。


『別れ』 英題:Separation
監督:ハサン・デミルタシュ
出演:メフメト・アリ・イゾル、ハリル・デミル、チチェク・テクデミル、サルベスト・カルカン
2023年 / トルコ / 90分

*ストーリー* 
1990年代、トルコ東部マルディン郊外のクルドの村。
7歳のアリーの祖父ハミットは、5年前に他界した祖母の墓に毎日白い花を手に通っている。
マルディンで再びクルドの奇襲から守るために戦闘が起きたとのニュースが流れる。
ある日、村長が家長の男たちを集め、政府から、政府軍につくか、村を去るか1週間で選べといわれたと伝える。
銃は持てないと、ほとんどが村を出ることを選ぶ。
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©Hasan Demirtas
家を出る前日、祖父は夜中にお墓を掘り起こし、せめて一握りの骨をと包む。
20時間かけてイスタンブルに着き、伯父の家をめざす。
「長男のいるドイツに行くからそれまで泊めてほしい」と父。だが、ドイツ領事館に行くとビザの発行は停止中といわれる。結局、伯父が家を世話してくれる。
ある日、アリーが公園にいって、雨の中、家に帰ると祖父が亡くなっていた。
「村に連れて帰って、祖母の隣に埋葬しよう」と父・・・
https://www.skipcity-dcf.jp/2024/films/intl07.html



◆ハサン・デミルタシュ監督インタビュー
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― 監督が何歳の時にマルディンを追い出されたのですか? その時のことを覚えていますか?

監督:7歳の時です。はっきり覚えています。家ではクルド語を話していました。

― 監督の生まれ育った村で撮影したのでしょうか?

監督:私の村ではないけれど、近くのeski kaleで撮影しました。

ー 撮影期間は?

監督:10日間です。イスタンブルの坂道の場面もマルディンの町で撮影しました。俳優をイスタンブルに連れていくのに費用もかかりますので。資金が4000ドルしかなかったので、自分で何役もこなしました。撮影も、人に頼むと支払いができないかもしれないので、自分でしました。

― 強制移住させられた時に、亡くなられたおばあさんの骨を持って出れなかったことが、本作のきっかけになっていると伺いました。

監督:小さい時に祖父から祖母の骨を持っていければよかったと一言聞いたことから映画を作りたいと思ったのです。祖父の一言が私を映画監督にしました。映画の中では、町を出る時におばあさんの骨を持って出ていくシーンを入れています。

― 映画を作りたいと思うような、影響を受けた映画があるのでしょうか?

監督:なんの映画も観たことがありませんでした。お祖父さんの一言で、いい教育を受けて、いい成績をとって、映画を作るんだと決めたのです。

―お祖父さんの一言で映画監督になったというのがすごいですね。
演じた方について教えてください。

監督:祖父と父役はプロの俳優です。子役はマルディンの村の子たちです。
私の父も村人の一人として出演しています。セリフはありませんが、声の綺麗なウズラの鳥は父のウズラです。
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©Hasan Demirtas

―お祖母さんの肖像画が出てきましたね。

監督:祖母の絵はお祖父さんが貸してくれました。

― 絵の裏に空になったハチの巣がありましたね。

監督:偶然にもハチの巣がついてました。面白いと思って、映画に入れました。

― トルコでは、ハチの巣に入ったままの蜂蜜をよく売っていますよね。

監督:絵の裏のハチの巣には、もう蜂蜜はありませんでした。

― 「アデューレ」というクルドの歌が素敵でした。

監督:クルドの人が皆知ってる詩ではないのですが、100年ほど前のイランとの戦争の時に、兵士が妻に宛てて歌った詩です。

― クルド語が使えない時代もありましたが、今はクルド語も使えるし、このような映画も作れるようになってよかったと思います。

監督:ほんとによかったと思います。90年代にはクルド語が禁止されていましたが、今は使用が許されています。
イスタンブルに移住した時には、トルコ語は母語じゃないので話せなくて大変でした。今ではトルコ人にトルコ語を教えるほどになりました。

― 今は学校でクルド語も教えているのでしょうか?

監督:公立学校ではなく、クルド語はプライベートな学校で教えています。

― 私もクルド語ができるとよかったのですが。

監督:蕨には、クルド人が多いと聞きました。

― クルド人の新年「ネブロス」を祝うお祭りが、川口や蕨の公園で行われるのですが、何度か行ったことがあります。
ところで、ご両親はお元気ですか?

監督:両親は今、マルディンにいます。父は教会の飾り壁などを作っています。
父はイギリスで教会建築を学びました。

― マルディンには、様々な宗派の教会や、モスクがあって、素敵な町ですね。
マルディンで、『ペルシャン・バージョン』という映画を、アメリカ在住のイラン女性であるマリアム・ケシャヴァルズ監督が撮影しています。イランでの話をイランでは撮れないので、マルディンで撮影したとおっしゃってました。
マルディンのモスクで撮影したほか、郊外をイランの村としています。

監督:その映画は知りませんでした。

― 『消えた声が、その名を呼ぶ』(原題:THE CUT、ファティ・アキン監督)は、マルディンを追い出されたアルメニア人の話ですが、マルディンでは撮影していないようです。
かつては、東トルコには、クルド、アラブ、アルメニアなど様々な人が暮らしていた時代がありましたね。 

監督:母方の祖母がアルメニア人で結婚するときにイスラームに改宗しました。

― 今後の計画は?

監督:次の映画の構想はもちろんあります。 最近、マルディンに映画学校を作りました。アメリカにいる学生とはオンラインで授業をしています。

― 次の作品も楽しみにお待ちしています。ありがとうございました。


★このインタビューの前に取材したQ&Aの内容です。

2024年7月15日(月)11時からの上映後 Q&A
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監督:アリガトウゴザイマシタ。日本はとても大好きな国。小津監督の『東京物語』や、サムライの国。

司会(中西):作品を作られた背景は?

監督:私の祖父の話です。1995年に村を出たのですが、妻の骨を一緒に持って出ればよかったと聞いたのがきっかけです。

★会場から
― 考えさせられる映画でした。優秀なドキュメンタリー監督が初ドラマ作品をお祖父さんの話にしたことをもう少し詳しく教えてください。
日本でのクルド人の印象はよくありません。ここ川口には大勢クルド人がいるのですが。クルド人の何を理解することが大事でしょう? トラブルをなくすにはどうすればいいでしょうか?

監督:祖父の話をドキュメンタリーではなく、フィクションで語りたいと思いました。世界にいろいろな問題があるように、クルドにも問題があります。
90年代、トルコで禁じられていたクルド語も、今ではクルド語で映画をつくることも可能になったのが嬉しい。
日本にいるクルド人、それぞれに問題があると思います。日本でたくさんのクルド人を受け入れていただいたことに感謝します。

― トルコの東部から強制移住しなければならなかった人がたくさんいると知りました。私の知人も軍に追い出されました。どれくらいの人が追い出されたのでしょうか? 今も自分の村に戻れないでいるのでしょうか?

監督:1990年代に、東トルコの4万の村から、約100万人のクルド人が強制移住させられました。(注:数字については未確認) トルコ政府は誤りを認め、戻ることを認めました。多くの人が戻りました。その後、トルコ政府は強制移住のことに触れないし、金銭的な謝罪もしていませんが。
過去においてクルド語を話すことも禁止し、話したことで刑務所に入れられるケースもありましたが、今はクルド語で話せます。テレビでクルド語のチャンネルも一つあります。より良くなるようにと願っています。

― 監督のお祖父さんということは、孫のアリーが監督ということでしょうか?
牛や馬、鳥への思いは?

監督:面白い質問! アリーは私です。子どもの時、観てきたことに興味を持って、それがあって映画監督になりました。
動物については、子どもの時、クルドの村に住んでいた時、犬や牛や馬を飼っていましたが、村を去る時、売っていかなければなりませんでした。町には持っていけませんでしたから。町での生活は大変でした。家もなかなか見つかりませんでした。私の祖父と家族の物語です。
学校の教育を受け始めた時、トルコ語ができなくて、1年間、まったく話せませんでした。母がトルコ語の本を枕の下に置いて、頭に入るようにと祈ってくれました。その後、トルコで大学に行き、アメリカにも行きました。
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― 素晴らしい映画でした。東部を舞台にしていますが、東部と西部では今でも状況は違いますか?

監督:文化、言語において違います。クルド語は印欧語、トルコ語はアジア系で、かなり違います。トルコ人とクルド人でベストを尽くして改善して共存しようとしています。自分は伝書鳩と思っています。西と東を繋ぐこと。それが私の映画製作者としての務めです。世界の人々に平和に暮らしてほしい。人を見る時に、いい人、悪い人、どちらもいます。クルド人、アメリカ人、日本人・・・という分け方でなく、その人がいい人かどうかで見てほしいと思います。
クルドの文化は私の心の中でとても大事です。

― 映画の中で、トルコ軍の要請に対して話す場面で、自然の中に真理があるという考えが伝統的にあると述べられていましたが・・・

監督:はい、私たちは自然から学んでいます。1990年代、トルコ政府から軍に入るか、移住するかと言われ、ほとんどのクルド人は軍には入りたくないと思いました。何人かが入りましたが、私たちは銃の扱い方も知りません。山に住んでいて、自然と共に暮らしていました。私たちは自然や動物を理解しています。


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【国際コンペティション部門総評】白石和彌審査委員長
 クロージングセレモニーの中での言葉:

ここ川口では、クルド人問題が起き、ネットにはクルド人に対するヘイトスピーチが溢れ返っています。Q&Aのときに、ハサン監督は「私は伝書鳩になってクルド人の生活、文化を世界中に届ける。それが役目だ」と言っていました。大切なのは相互に理解すること。どんな移民問題も、解決の糸口はそこなのだと思います。伝書鳩になって世界中に届けるというハサン・デミルタシュ監督の気持ちに心を打たれました。そうした映画が、埼玉県川口市で行われる映画祭のコンペティションに選定されることの意義を、僕はSKIPシティDシネマ映画祭の静かなメッセージとして捉えました。こういう作品を上映することにも、映画祭の意義はあると思っています。


*ストーリー* 少し長いバージョン
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1990年代、トルコ東部マルディン郊外のクルドの村。
7歳のアリーの祖父ハミットは、5年前に他界した祖母の墓に毎日白い花を手に通っている。
アリーの年の離れた兄は、祖母が亡くなった年、ドイツに出稼ぎに行って不在だ。
一日荒れ地で働いてぐったりした父が、アリーに「背中を踏んで」と頼む。

「♪愛しいアディーレ♪」 お墓でカセットテープを聴く祖父。

マルディンで再びクルドの奇襲から守るために戦闘が起きたとのニュースが流れる。
ある日、村長が男たちを集める。
政府から、政府軍につくか、村を去るか1週間で選べといわれたという。
男たちが集まり、数珠を手にチャイを飲みながら話し合う。
「僕らは動物や鳥の声を聴く暮らしを選ぶ」と、ほとんどが村を出ることを選ぶ。
父が家族に「数日内にここを出ないといけない。まずはイスタンブルへ。そのあと、長男のいるドイツへ行く」と伝える。
荷物の整理をしていたアリーは、祖父の描いた絵の裏に空になったハチの巣がついているのを見つけ、母に見せる。
馬は、村に残る者に半値でひきとってもらう。
祖父は夜中にお墓を掘り起こし、せめて一握りの骨をと包み、スーツケースにそっと入れる。
村長に別れを告げ、車で去る。
村長も2週間後には出るという。
マルディンの町に着き、崖地に広がる町を見上げる。
バスに乗りマルディンの町を去る。
20時間かけてイスタンブルに着く。
階段をあがって伯父の家をめざす。
「ドイツに行くからそれまで泊めてほしい」と父が伯父に頼む。
ドイツ領事館に行くと、長蛇の列。ビザの発行は停止中といわれる。
結局、伯父が家を世話してくれる。
父のウズラが鳴かない。死んではいなかった。
アリーが公園にいって、雨の中、家に帰ると祖父が亡くなっていた。
「村に連れて帰って、祖母の隣に埋葬しよう」と父。
棺に入れ、ロバ車で運ぶ・・・


★余談★
私にとっての映画祭初日である7月15日、11時からのトルコ映画『別れ』を目指して、川口駅10時発の無料シャトルバスに乗車。もう満席で立っている人も多々。座っている外国人の方のお顔、知っている方のような気がして、じっと見つめてしまったら目があって、席を代わってくださいました。
なんと、トルコ映画『別れ』のクルド人の監督ハサン・デミルタシュさんでした。
Webサイトでお顔を見ていたから、確かにどこかで見た顔だったのですね。
立たせてしまい恐縮しながら、お話しました。
隣の隣にシネジャの千絵さんが座っていて、映画祭パンフレットの『別れ』のページを開けてくれたので、そこに映る東トルコのマルディンの写真をみながらお話しました。
映画はまだ観る前でしたが、歴史ある素敵な街マルディンに行ったことがあるので、話がはずみ、幸先のいい映画祭スタートでした。
景山咲子


SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024 グランプリ作品『日曜日』 ショキール・コリコヴ監督インタビュー

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SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024 最優秀作品賞(グランプリ)に輝いた『日曜日』。
監督インタビューの掲載がすっかり遅くなりました。

北九州国際映画祭2024でオープニング上映されます。
2024年11月1日(金)18:00~
ショキール・コリコヴ監督も登壇します。
https://2024.kitakyushu-kiff.jp/


『日曜日』 原題:Yakshanba 
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監督:ショキール・コリコヴ Shokir KHOLIKOV

ウズベキスタンの村。山裾に佇む広い中庭を囲む家。
日曜日、老夫婦が車で家に帰ってくる。煙草にマッチ2本で火をつけながら運転する老人。老婦人は風車を手にしている。中庭の縁台で寝そべる老人。老婦人は、レンジに火をつけようとするがマッチがない。お隣が貸してくれたライターで火をつける。食事も終わり、夫と縁台でくつろぐ老婦人。茶碗を差し出しても、お茶を入れてくれない夫。それどころか、少し遠くのテレビのチャンネルを妻に変えさせる夫。
翌週の月曜日。近くに住む長男がやってくる。「家を建て直せば、遠くにいる弟も帰ってきて結婚するのに」と諭す。マッチ不要のガスレンジを長男が手配する。うまく着火できなくて、髭や顔に火傷を負ってしまう老人。
翌週の火曜日。老夫婦はささえあって泥を踏んで、壁の補修をする。明日からテレビがデジタルに変わるからと長男が新しいテレビを持ってくる。チャンネルを変えろと夫に言われるが、リモコンの使い方がわからない老婦人。
翌週の水曜日。お湯を沸かして、羊の毛を染める。新しい冷蔵庫が届く。
翌週の木曜日。縦糸を張って、絨毯を織り始める。絨毯の仲介屋が現金の代わりにカードを老婦人に渡す。夜、夫にテレビのチャンネルを変えろと言われ、そろっとリモコンを渡す老婦人。
翌週の金曜日。老人は身なりを整え、知り合いの結婚式に出かけていく。留守中に長男が来て、勝手に車を知人に譲ってしまう。帰宅して、「なぜ家も売らなかった?」と怒る老人。
翌週の土曜日。老婦人が風邪を引いて寝込んでいる。妻に代わって絨毯を織る老人。
翌週の日曜日。小雪がぱらついている。家の改築作業が進んでいる。老人が煙草に火をつけようとするがマッチが1本しかない・・・・
https://www.skipcity-dcf.jp/2024/films/intl10.html



◎ショキール・コリコヴ監督インタビュー
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― Xush kelibsiz(ようこそ) 私がウズベキスタンに旅をしたのは、1986年のことで、まだソ連時代でした。タシケント、サマルカンド、ペンジケント、ブハラ、ヒヴァに行きました。
映画で刺繍の飾り布であるスザニや縁台(タプチャン)など、ウズベクらしさを楽しみました。一方で、新しいテレビやビデオ通話ができる携帯などになかなか対応できない老人と息子世代の関係が描かれていて、これはどこの国でも、ありえる話だと思いました。
リモコンになってもテレビのチャンネルを妻に変えさせたり、お茶も入れてあげなかった夫が、妻の具合が悪くなって初めて、妻にやさしくして、絨毯まで織り始める姿に、今さら遅いと思いましたが、妻の「何があってもいい人生だった」という言葉にほっとさせられました。
あの世代の男性は、亭主関白で自分では何もせず奥さんにやらせるのでしょうか?

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監督:あの世代だけでなく、私の兄は祖父に似た性格です。ウズベクだけじゃなく、トルコ系の言葉を話す地域では、今も男性の多くはあんな感じです。若者には、もちろん色々なタイプがいますが。

― 監督はご結婚されてますか?

監督:はい、娘もいます。妻には、絶対に言葉で「愛してる」とは言いません。シャイというわけではないです。「愛の五種類」という本を読んだことがあります。行動で見せて言葉で言わない人、言葉でいう人、行動も言葉でも表さないけれど自分たちで愛し合っているとわかっているケースなど、愛の形は様々です。ロマンチックに「愛してる」と言葉で言わなくても、愛は存在します。(と、静かに語る監督でした。)

― 脚本は監督の祖父母の性格をモデルにして書かれたとのことですが、演じたお二人が、まるでほんとうに長年連れ添った夫妻のようでした。どのような俳優さんなのでしょうか?

監督:二人ともプロの俳優です。祖父の性格をモデルにしましたが、あの俳優さんも同じ性格なのでアテ書きしました。 おばあさん役の方も、私の祖母と似た性格です。話してみたら、家庭環境が同じでした。夫と息子の間に自分が入って調停役をしていると言ってました。撮影現場では、ほんとに50年連れ添った夫婦のようでした。

― 撮影地は、ジザクのザミン(ゾミン)地区ピシャガルとのことですが、 あの家とまわりの環境が素晴らしかったです。あの場所を見つけるのに9か月くらいかかったそうですね。(ザミンは同国最古の自然保護区)

監督:私の出身のスルハンダリョ(スルハンダリヤ)も自然環境が似ています。実際に老夫婦が住んでいる家を借りました。25日間の約束でしたが、雨が降ったりしたので、実際撮影したのは、そのうちの10日間でした。 

― 撮影はわずか10日間で、10月下旬に行われたとのことですが、最後の雪の場面は、雪が降るのを待って撮ったのでしょうか?

監督:ほとんど秋である10月に撮影したのですが、最後の雪の場面は、初雪を待って、降ったと聞いて、クルーを連れて飛んでいって撮りました。日曜日から始まって、全部で8週間の物語です。

― マッチで始まり、マッチが象徴的に使われていました。今では、マッチはもうほとんど使わなくなっているのでしょうか?

監督:田舎では、今も100%使ってます。

― 監督はソ連崩壊後のお生まれですが、KHOLIKOVさんという名前にもソ連の名残があります。 
映画の主人公の老夫婦は、ソ連時代を知る世代。 ソ連時代と、独立後の違いなど、その世代の方からどのようにお聞きになっていますか?

監督:キリル文字は使ってなくて、今はラテン文字です。今の世代は、ソ連時代を知らない人が大半です。ソ連時代を知る人の中には、ソ連時代がよかったという人もいます。ソ連時代は宗教を良しとしませんでしたが、独立後はモスクも多く建てられています。苗字はロシアの名残りがありますが、最近、~OVをはずす人も出てきました。 

― 私が訪れた40年前のウズベクは、無理矢理ソ連と思いました。

監督:今はウズベク主義で皆、頑張っています。

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左は、通訳を務めてくださったウズベキスタン共和国大使館の女性


◎7月17日(水)11:00から映像ホールでの上映後のQ&A
MC:津島令子さん

MC:2度目の上映ですが、前回の観客の反応はいかがでしたか?

監督:前回の上映では、大勢の方から質問をいただきました。作品を気に入っていただけたようで嬉しいです。

★7/14(日)16:30~多目的ホールでの上映後Q&Aレポートはこちらで!


― とても心に残る作品でした。おじいさんの背中の上に何か白い粉を乗せて布をかぶせていた場面がありましたが、民間療法のようでしたが、あの白い粉は何だったのでしょうか?

監督:背中に乗せたのは塩です。この作品の中で、塩は2回出てきます。1回目は背中の上、2回目は、奥さんの具合が悪くなった時に、洗面器に足を漬けていましたが、塩を入れていました。
冒頭、二人が車で家に戻ってきますが、民間療法から帰ってきたのです。毎週、日曜日に民間療法に通っているという設定です。
(★実は、この質問は私が個別インタビューの折にしようと思っていたのですが、Q&Aで最初に手を挙げようと残していたものでした。思わぬ答えを聞くことができました。景山)

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MC:二人で泥を踏んでいるのが、とてもいいシーンでしたね。

― 施しのお金をもらいにきた女性がいましたが、どういう女性なのでしょうか?

監督: 老夫婦に許可を求めて家に入ってきたのは彼女だけです。ほかの息子や近所の人は皆、勝手に家に入ってきています。

― テレビに映っていた映像に意味があると思うのですが、特に、一生懸命耕している男性の映像が気になりました。

監督: あれは、ウズベクで有名な映画監督に許可を得て使った映画です。

― キャスティングについて、老夫婦役は、プロの俳優でしょうか?

監督:二人ともプロの俳優です。女性はあまり有名な方でなく、主演は初めてでした。男性は脚本を書いている時から、彼をイメージしていました。
3か月かけて女優さんを見つけました。話してみて、性格が似ていると思いました。映画を観た人たちから、ほんとうの夫婦のようだったとよく聞きます。

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― 羊を飼っていて、その毛を紡いで糸にして染色して織っていましたが、売るためのものなのでしょうか? 自分たちで必要なものも織っているのでしょうか?

監督:普段使うものを織っています。売る為でなく、祝日を締め切りにして作っています。

― ウズベクの日常の習慣が新鮮でした。このテーマをどうして選んだのですか? きっかけは?

監督:はっきり言えないのですが・・・ 年寄りの生活に興味がありました。若者より自然。何も求めずに暮らしています。老人夫婦を主人公にしたのは、私自身、祖父母と長く暮らしたことも関係していると思います。若者は自分もモデルにしています。

― 素敵な人生でした。最後のシーン、お祖母さんが出てこないのは?

監督:お祖母さんが出てこないことについては、なぜなのか観客の想像にお任せします。病気で亡くなったのかもしれないし、たまたまいなかったのかもしれません。

― リビングが中庭なのは、ウズベクでは普通のことなのでしょうか?

監督:中庭で過ごすのは普通のことです。田舎では特に今でもそうです。

― マッチの火は2本で擦ればつくというのは、お祖父さんの考え? それともウズベクでは、2本で擦るのですか?

監督:マッチ2本一緒に擦るのはお祖父さんの考えです。

MC:最後にマッチが1本しか残ってなくて、お祖母さんがいなくなったのを暗示しているのかなと思いました。

監督:言葉で説明せずに、見て判断してもらおうという意図でした。



◆1回目の上映(7/14)のQ&Aより抜粋

「私の短編映画がフランスの映画祭で賞を獲った後、国から10万ドルの予算をもらうことができました。しかし長編映画を製作するにはかなり少ない予算です。それで同じ家の中で最初から最後まで撮影できる脚本を書きました。老夫婦のモデルは私の祖父母ですが、生活ではなく二人の性格をモデルにしています。脚本には2年かけていて、ここで起こる出来事や暮らしは様々な場所で私が見たり聞いたりしてきたことです。私自身も息子のキャラクターのモデルになっています。年老いた両親にはできるだけ便利なものを買ってあげたいと思いますし、実際に両親が賛成してくれるのであれば贈るようにしています」

「ウズベキスタンでは、一週間は日曜日に始まり日曜日に終わると考えられています。人生の始まりも終わりも日曜日、8の字のように永遠を表すマークをイメージしました。人生を歩むということは曜日の積み重ね、一週間の積み重ねであるという哲学的な意味も含まれています」

報告:景山咲子