イスラーム映画祭4

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今回で4回目となるイスラーム映画祭。主宰の藤本高之さんが一人で手弁当で運営しています。多様なイスラーム世界を、映画を通じて知ることのできる貴重な機会です。今回もイエメンを描いた珍しい映画をはじめ、素敵な作品が勢ぞろいしました。ぜひ会場に足をお運びください。

会期:
2019年3月16日(土)~22日(金) 於:渋谷ユーロスペース
2019年3月30日(土)~4月5日(金) 於:名古屋シネマテーク
2019年4月27日(土)~5月3日(金) 於:神戸・元町映画館

主催:イスラーム映画祭実行委員会

★東京での上映日程とトークセッション: こちらで確認ください。

◆東京でのチケットは、3日前からこちらで予約できます。
渋谷ユーロスペース  オンラインチケットサービス
http://www.euro-ticket.jp/eurospace/schedule/


イスラーム映画祭第4弾
~開催趣旨~

 「映画を通じて、世界中に広がる“イスラーム”の文化を体験する、もしくはそこに暮らす人々の日常を知る」をテーマに、2015年12月にスタートした「イスラーム映画祭」も、今回で早くも4回目を迎えます。

 もとは“イスラームとはなんぞや?”という地点からスタートした本映画祭ですが、イベントとして認知されてきた今、単に宗教や文化としてのイスラームだけではなく、広くイスラーム圏で起こっている、あまり我が国には知られていない事実を観客に伝える使命も担ってきているのではないかと考えています。
 そこで「イスラーム映画祭」第4弾では、先の見えないシリア内戦や長年つづくパレスチナ問題など、さらに混迷が深まる中東において、シリア内戦同様、2011年の“アラブの春”を発端に始まり、現在500万人以上の子どもが飢餓の脅威にさらされるという惨状にありながら、その状況がほとんど日本には伝えられない“イエメン”にフォーカスを当てます。なぜ、イエメン内戦が始まったのか? そして、かつて「幸福のアラビア」と呼ばれたイエメンとはどんな風景、風習、文化を持つ国なのか?といったテーマを、映画を通じて掘り下げます。
(いただいた資料より抜粋)


【メイン・プログラム~フォーカス・オン・イエメン~】
製作本数そのものが少なく、紹介されることがめったにない稀少なイエメンにフォーカスをあて、3本の映画を上映。
下記4つのテーマで、4回のトークセッションも行われます。
☆イエメンだけではない世界的イシューである“児童婚”
☆“世界最悪の人道危機”~イエメン内戦とそこに生きる人々~
☆医療支援の現場から見たイエメンの窮状
☆“幸福のアラビア”~イエメン・旅の魅力~



◆『わたしはヌジューム、10歳で離婚した/I Am Nojoom, Age 10 and Divorced』 ☆日本初公開
監督:ハディージャ・アル=サラーミー/2014年・イエメン/99分
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【物語】 幼くして結婚したヌジュームは、ある朝家を飛び出して裁判所へ駆け込み、離婚したいと訴える。驚く判事を前に彼女は、歳のかけ離れた夫の暴力に耐える日々と、自分が嫁に出されるまでの経緯を語り始めるのだった…。
【解説】 実話を元に、作者が自身の経験も反映させた、“児童婚”に抵抗する少女の物語です。イエメンの美しい風景も描きながら、児童婚が宗教や因習が原因とは限らない、普遍的な女性の権利の問題であることを教えてくれます。

上映:3/16 (土)13:10★トーク 3/19(火)13:30★トーク 3/22(金)19:00

◆『イエメン:子どもたちと戦争/Yemen : Kids and War』  ☆劇場初公開
監督:ハディージャ・アル=サラーミー/2018年・フランス/52分
『わたしはヌジューム、10歳で離婚した』の監督によるドキュメンタリー映画。
BS世界のドキュメンタリーで「イエメン内戦 少年記者団の伝言」のタイトルで放送された作品の新訳版。
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【物語】 11歳のアフメド、8歳のリマ、9歳のユースフは、内戦下のイエメンに生きる人々の声を集め始める。彼らは負傷したり、親を失った子どもたちの他、画家やラッパー、SNSの人気モデルにもインタビューしてゆく…。
【解説】 “世界最悪の人道危機”が続くイエメン。メディアの取材が困難な中、現地の人々の声を収めた貴重なドキュメンタリーです。子どもたちの視線が、戦争の不条理と、それを止められない国際社会の無策を浮き彫りにします。

映画スタッフは子どもたちに、携帯のカメラで自分たちの声を世界に発信する方法を教えます。彼らのストレートな質問が戦争の不条理を浮き彫りにし、胸が詰まる事必至です。

上映: 3/16 (土)16:05★トーク、3/18(月)13:30★トーク、3/20(水)18:40

◆『気乗りのしない革命家/The Reluctant Revolutionary』
監督:ショーン・マカリスター/2012年・イギリス/70分
2013年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された作品。
『イエメン:子どもたちと戦争』と2本立で上映。
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【物語】 “アラブの春”を取材すべくイエメンに入った作者は、現地の観光ガイド、カイスと出会う。ビジネスに支障をきたし、反政府デモに懐疑的なカイスだったが、デモ隊に発砲する政府の姿や死傷者を見て考えを変えてゆく…。

【解説】 その後の泥沼の内戦など想像もできなかった、“アラブの春”当初のイエメンを描いたドキュメンタリーです。革命に翻弄される主人公に寄り添いながら、作者もまた、うねりを上げて激変する世界に巻き込まれてゆきます。

ビジネスに支障をきたし、初めのうちは反政府デモに対し懐疑的だった主人公が、政府によるデモ隊への発砲や死傷者を見て態度を変えてゆく様は まさにイエメン版『タクシー運転手』。

上映: 3/16 (土)16:05★トーク、3/18(月)13:30★トーク、3/20(水)18:40

【その他の作品】
◆『その手を離さないで/Never Leave Me, Bırakma Beni』 ☆日本初公開
監督:アイダ・ベギッチ/2017年・ボスニア・ヘルツェゴビナ=トルコ/96分
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【物語】 内戦下のシリアからトルコに逃れたものの、最愛の母も失い、シャンルウルファの孤児施設に引き取られたイーサ。彼はそこで同じ境遇のアフマドとモアタズに出会う。3人は各自の目的のため、街でティッシュ配りを始めるが…。

【解説】 実際のシリア難民の子どもたちが演じています。内戦によって大切な時代を奪われた彼らの悲しみに胸を打たれずにはいられません。自身も10代の頃に ユーゴスラビア内戦を経験したムスリマの監督が描く、痛ましくも、
包み込むような優しさを感じる物語です。

上映:3/16 (土)11:00、3/18(月)19:00、3/20(水)16:30、3/22(金)13:15★トーク

◆『ナイジェリアのスーダンさん/Sudani from Nigeria』  ☆日本初公開
監督:ザカリーヤ/2018年・インド/122分
南インド・マラヤーラム語映画。翻訳はインド映画ファンにはもうおなじみの藤井美佳さんにお願いしました。
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【物語】 地元サッカーチームのマネジャーを務めるマジード。ナイジェリアから招聘した選手サミュエルの活躍で彼のチームは快勝するが、ある日サミュエルは怪我を負ってしまい、マジードは自宅で彼の世話をすることになる…。

【解説】 ナイジェリア出身なのにスーダン人と思われるサッカー選手と、所属チームのマネジャーとの友情を描くヒューマンコメディです。ある事情からサッカーを始めたクリスチャンのアフリカの若者と、ケーララのムスリムコミュニティの交流が温かな笑いと涙を誘い、ホロリとさせられます。
これがデビュー作のザカリヤ監督は本作の成功によってマラヤーラム語映画の超新星と目される逸材。

上映:3/17 (日)13:15★トーク、3/20(水)11:00、3/22(金)16:30

◆『イクロ クルアーンと星空』
続編となる『イクロ2 わたしの宇宙(そら)/Iqro My Universe』を上映予定でしたが、完成が間に合わず、昨年イスラーム映画祭3で上映した
『イクロ クルアーンと星空』を再上映することになりました。  
監督:イクバル・アルファジリ インドネシア、2017年

上映:3/19(火)19:00、3/21(木)11:00

昨年の『イクロ クルアーンと星空』上映後のトークの模様はこちらでどうぞ!
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/458670508.html


◆『西ベイルート/West Beirut, West Beyrouth』
監督:ジアド・ドゥエイリ/1998年・フランス=ノルウェー=レバノン=ベルギー/105分
『判決、ふたつの希望』のジアド・ドゥエイリ監督のデビュー作。
リベラルなムスリム家庭で育ったというドゥエイリ監督の自伝的要素も込められた作品。
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【物語】 1975年。西ベイルート(ムスリム地区)に住むターレクは、東ベイルート(キリスト教徒地区)のフランス学校に通っていた。しかし内戦が始まり、両地区が遮断される。初めは戦争に昂揚感を覚えるターレクだったが…。
【解説】 15年間も続いたレバノン内戦を背景とする、作者の自伝的要素も強い戦争青春ドラマです。宗教が混在する、レバノン社会の文化的多様性が映し出されるとともに、主人公の目を通じて戦争の生々しい恐怖が語られます。

上映:3/17 (日)16:30、3/19(火)11:00、3/21(木)13:10★トーク

◆『判決、ふたつの希望/The Insult, Qadiyya raqm 23』 ※特別参考上映
監督:ジアド・ドゥエイリ/2017年・レバノン=フランス/113分
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【物語】 ある日パレスチナ人のヤーセルとレバノン人のトニーが、住宅の補修をめぐって諍いを起こす。トニーの放った“侮蔑”は2人の対立を決定的にし、法廷に持ち込まれた決着はやがて国を巻き込む大騒乱へと発展してゆく…。

【解説】 昨年日本でも大ヒットした作品です。レバノンが抱える社会問題が中東のみならず、分断が進む世界のあらゆる場所を照射してゆきます。民族や宗教を越えた人間の尊厳について考えさせられる、重厚な社会派ドラマです。

上映:3/21(木)16:00★トーク
*特別参考上映として、各会場1回限り『西ベイルート』と連続で上映。

シネマジャーナル 作品紹介:http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/461294441.html


◆『乳牛たちのインティファーダ/The Wanted 18』 ☆劇場初公開
監督:アメール・ショマリ、ポール・コーワン/2014年・カナダ=パレスチナ=フランス/75分
BS世界のドキュメンタリーで放送され作品を75分の全長版で上映。
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【物語】 パレスチナのベイト・サフールに住む人々が、それまでイスラエルから買うしかなかった牛乳を独自に生産しようと、18頭の乳牛を“合法的”に手に入れる。しかし、イスラエル当局は牛を“国家の脅威”と見なし、その摘発に乗り出す…。
【解説】 第1次インティファーダの契機となった逸話を、関係者の証言のみならずクレイアニメや再現ドラマも交えて描いた独創的なドキュメンタリーです。複雑なパレスチナ問題を身近に感じさせる斬新な語り口に驚かされます。

上映:3/18 (月)17:00、3/21(木)18:50★トーク

◆『僕たちのキックオフ/Kick Off』
監督:シャウキャット・アミン・コルキ/2008年・イラク:クルディスタン=日本/81分
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【物語】 イラク北部の都市キルクーク。家を失ったクルド人たちは、スタジアムの中で暮らしていた。ヒリンに淡い恋心を抱くクルド人青年のアスーは、地雷で片足を失った弟のため、民族対抗の少年サッカー大会を計画するが…。

【解説】 かつてフセイン政権下で苛烈なアラブ化政策が進められた街を舞台に、反戦の願いを込めて作られたクルド人監督の作品です。サッカーが民族宥和の象徴として描かれますが、モノクロに近い映像が現実を浮き立たせます。

上映:3/16 (土)19:15、3/18(月)11:00

*NHKアジアフィルムフェスティバル で上映された折のコルキ監督インタビューを、シネマジャーナル75号に掲載しています。
また、2008年11月第3週のスタッフ日記に監督の写真を掲載しています。
http://www.cinemajournal.net/diary/2008.html


◆『二番目の妻/Kuma』
監督:ウムト・ダー/2012年・オーストリア/89分
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【物語】 トルコから欧州に移り住んで半世紀。クルド人一家の女主ファトマは、故郷の伝統を守りながら、夫や子どもたちとともにウィーンで暮らしていた。そんな彼女の息子のもとへ、東トルコの村からアイシェが嫁いでくる…。
【解説】 ウィーンで育ったクルド人監督による、悲劇的な家族ドラマです。精緻な演出によって、家父長制の歴史の中に生きる女性たちの困難と、欧州の移民社会に共通する、アイデンティティーの板挟みの苦悩が描かれています。
昨年上映したドイツ映画 『私の舌は回らない』にも通じる作品です。

上映:3/17 (日)11:00、3/20(水)13:45★トーク

*2012年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で最優秀作品賞受賞。
2012年7月第4週のスタッフ日記に監督の写真を掲載しています。
http://www.cinemajournal.net/diary/2012.html
その折の監督インタビューを、シネマジャーナル86号に掲載しています。
ただし、めちゃくちゃネタバレしていますので、鑑賞後にどうぞ! よもや、上映される日が来るとは!(咲)


◆『幸せのアレンジ/Arranged』
監督:ダイアン・クレスポ、ステファン・シェイファー/2007年・アメリカ/92分
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【物語】 N.Y.のブルックリン。同じ学校の新任教師として出会った、ユダヤ教徒のラヘルとムスリマのナシーラは、ある授業をきっかけに友人関係になる。そして2人には、“お見合い結婚”を控えているという共通点があった…。

【解説】 現代のアメリカ社会で、それぞれの信仰や伝統にしたがいながらも、自分なりの生き方を探す2人の女性の物語です。彼女たちの“壁”を気にしない友情と、幸せや物事の価値観は自分で決めるという姿勢が共感を呼びます。

上映:3/17 (日)19:00、3/19(火)16:30、3/22(金)11:00

*2008年のSKIPシティ国際Dシネマ映画祭で最優秀作品賞受賞。
シネマジャーナル74号に紹介記事を掲載しています。
ほんとに可愛らしい作品です。
イスラーム映画祭主宰の藤本さんが、イスラーム映画祭2の時から上映したかった作品。今回3年越しでついに権利再取得し上映に至ったとのことです。(咲)







イスラーム映画祭3 『熱風』  印パ分離独立に翻弄されたムスリム一家を描いた名作 

3月22日(木)13時30分~ 東京・ユーロスペース(渋谷)での『熱風』上映と麻田豊氏のトークの模様をお届けします。 
景山のつたないメモに、麻田豊氏ご本人が丁寧に加筆してくださいました。

2018年8月11日から公開される『英国総督 最後の家』は、印パ分離独立前夜を舞台にした人間ドラマ。このトークがきっと参考になることと思います。
『英国総督 最後の家』http://eikokusotoku.jp/


『熱風』原題:Garm Hava
インド、1973年 138分
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※東京国立近代美術館フィルムセンター所蔵作品
監督:M.S.サティユー
主演:バルラージ・サーヘニー、ショーカット・カイフィー、ファールーク・シェーフ、ディーナーナート・ズッチ、ギーター・スィッダールトほか

*物語*
1947年、イギリスの植民地支配から分離独立したインドとパキスタン。
パキスタンは、ムスリムのために作られた国。インドに住むムスリムの多くはパキスタンへ。パキスタンとなった地に住むヒンドゥーはインドへと移住。
本作は、インドの古都アーグラに留まることを選択したムスリム一家の物語。
靴の製造業を営むサリーム・ミルザー。同じ屋敷で暮らしていた政治家の義兄ハリーム一家は、早々にパキスタンへの移住を決める。カラチに落ち着いた姉からは、ハリームが政治家を辞めて粉引き屋になったと手紙が来る。サリームは、銀行の融資が途絶え、屋敷を売って家を借りようとするが、ムスリムへの風当たりは強く難航する。
サリームの娘アーミナと恋仲だったハリームの息子カーズィムが、カナダに留学すると別れを告げにカラチからアーグラに舞い戻ってくる。実はカースィムに縁談が持ち込まれ、逃げてきたのだ。嬉しい再会だったが、カーズィムは密入国の罪で捕まってしまう。アーミナにも別の縁談があって、一緒になれないことを悲観し、アーミナは婚礼のベールを被って自害してしまう。
サリームは、いよいよ町を去る決意をし、わずかな家財道具を車に積み、家を後にする・・・

◆3月22日(木)13時30分からの上映後トーク 

《ギーターにもコーランにも誰も耳を貸さなかった、印パの分離独立》
ゲスト::麻田豊さん(ウルドゥー語学文学、インド・イスラーム文化研究者)

麻田:この映画は30年前の大インド映画祭1988で上映された作品で、幸運にも東京国立近代美術館フィルムセンター(現在の国立映画アーカイブ)に35mmフィルムで所蔵されています。この大インド映画祭で僕は2本の字幕を担当しました。もう1本は『踊り子Umrao Jaan』(1981年)です。僕が初めて字幕を担当した2本でもあります。画質が心配でしたが、かなりよかったですね。

藤本:保存状態がいいですね。

麻田:この時の大インド映画祭ではインド・アーリヤ諸語ではヒンディー語のほかウルドゥー語、ベンガル語、マラーティー語、ドラヴィダ諸語ではマラヤーラム語、タミル語、カンナダ語の計25本の劇映画が上映されたのですが、日印両政府による一大文化事業であったため、いずれも歴史に残る名画が選定されました。これほどの大規模なインド映画祭は後にも先にもありません。しかし、日本で字幕を入れると高くつくので、日本側で翻訳した字幕原稿をボンベイ(現ムンバイ)で入れたため、見苦しい点が散見されます。こうした意味でも、ほんとうに懐かしい作品です。
冒頭の複数の白黒写真ではインド独立運動に係わった人たちやパキスタン建国の父ジンナー、最後のインド総督マウントバッテン、インド初代首相ネルーなどの姿に続いて、列車の屋根にまで乗った避難民の姿が映し出されていましたね。印パ分離独立で1400万人の人口移動が起こり、100万人が犠牲になったと言われています。でも、この映画は避難の最中に遭遇した暴力や殺戮は描いていないんです。
1947年8月15日にインドは独立しましたが、その5か月後の1948年1月30日午後5時12分に国父マハートマー・ガーンディーが暗殺されます。本編に入る直前の3発の銃声はガーンディーの死を示しています。
国境をはさんで起こった大混乱・大騒動を背景に、家族関係が徐々に崩壊していく様子を淡々と描いていきます。ムスリムはパキスタンへの移住を余儀なくされているという暗黙の了解がありました。
映画は1973年の製作で、音声をアフレコで入れ終わった直後に主人公役の名優バルラージ・サーヘニーが亡くなりました。享年59歳。冒頭に「バルラージさんに捧ぐ」と出ます。国家映画賞では「国民統合に関する最優秀映画賞」を獲得、またフィルムフェア賞では作品賞と台詞賞を受賞しています。
今回、サティユー監督に上映許可を取るために、女優のシャバーナ・アーズミーに連絡先をうかがいました。彼女は脚本担当のカイフィー・アーズミーと母親役のショーカット・カイフィーの娘でもあります。

藤本:監督にメールを送ったら、やや日時をおいて返事が来ましたが、その後ファックスで送った書類にサインをしてもらい、フィルムセンターから無事借りることが出来ました。

麻田:監督は現在89歳ですが、インド共産党の文化部門であるIPTA(Indian People’s Theatre Associationインド人民演劇協会)での舞台劇の照明やセットデザイン、演出をされてきた方です。そういうわけで、本作のキャスティングもデリー、アーグラ、ムンバイのIPTA所属の俳優を中心に行われました。バルラージ・サーヘニー自身、映画はもとより舞台で活躍していた俳優です。彼もまたインド共産党になんらかの影響を受けた演劇人の一人です。
長男スィカンダル(アレキサンダー大王の意)ですが、彼もIPTAの舞台劇出身。劇中では大学を卒業したけど職がない。社会変革を求めるデモに参加します。スィカンダル役のファールーク・シェーフはこの作品で映画デビューしました。『踊り子』にも出ています。2013年12月28日にドバイで心臓発作のため亡くなりました。66歳。僕と同い年です。
祖母役がなかなか見つからなかったそうですが、映画の撮影に使ったお屋敷の所有者が探してきました。アーグラの女郎屋の女将で、名前はバダル・ベーガム。16歳の時に映画に出たくてボンベイに出てきたものの、夢はかなわず娼婦になったとか。死ぬ前に映画に出演できるとは、と感激していたそうです。声は別の女優がアフレコしています。

藤本:「ギーターにもコーランにも誰も耳を貸さなかった」というのは?

麻田:「ギーター」は、バガヴァッド・ギーターの略。尊き神の歌を意味しています。インド古代の叙事詩マハーバーラタの一部を成しています。脚本を書いた一人カイフィー・アーズミーの詩が、最初と最後に出てきます(注:脚本はもう一人、監督の妻シャマー・ザイディーも担当)。
新たな訳で朗読させてください。

(映画の始まりで)
国が分割された時 心は粉々に砕けた
一人ひとりの胸の中に嵐が渦巻いた あちらでもこちらでも
家々では火葬の薪から炎が燃え盛っていた
どの町も火葬場と化していた あちらでもこちらでも
ギーターに耳を貸す者もなく コーランに耳を貸す者もなく
信仰はうらたえるばかりだった あちらでもこちらでも
(映画の終わりで)
遠方から嵐を眺めれば 嵐が起きている様が見てとれる あちらでもこちらでも
豪雨の流れに合流して その流れの一部になれ
今や時の知らせが告げられる あちらでもこちらでも

この詩には国境の「あちらでもこちらでも」が反復されている。あちらはパキスタンで、こちらがインド。住み慣れたこちら側の住居、国からあちら側へ追い立てられるが、最終的にはこちら側に残る。でもその代償は大きかった。土地、生命、生活、財産、名誉、人間性、恥、価値観等々を喪失せざるをえなくなる。自分の居場所に固執する父、祖母、長男スィカンダル。母は現実的だが娘のアーミナは婚約者に2度も振り回された結果、国の分割に対して命を投げ出すことになる。
2014年11月にデジタル修復版が完成し、限られた町で短期間再上映されたが、分離独立から70年経た今日でもムスリムとヒンドゥーのコミュナルな対立は続いていることもあり、観客からの反応・反響は大きかった

藤本:印パ分離独立後のことを、少し説明願います。

麻田:(分離独立時の地図が投影される) 当時のインドの人口は3億2800万で、うちムスリムは3300万。パキスタンの人口は8200万だが、東パキスタンが5200万で西パキスタンが3000万。面積は旧インド帝国の78%がインド、22%がパキスタンでした。東パキスタンは1971年にバングラデシュとして分離独立しましたよね。(ちなみに2016年現在の人口はインド13憶2400万、パキスタン1億9320万、バングラデシュ1億6300万)
最初にも少し触れたように、約1400万人が移動し、その過程で100万人が亡くなった。凄惨な殺りくなどは動乱文学で括られる文学作品で描写されています。もちろん強姦や誘拐も数多くありました。避難民たちを満載した列車がこちら側のデリーを出発したが、あちら側のラホールに到着した時には客車は死体の山で埋まっていたというようなこともありました。「ライフ」誌の女性カメラマン、 マーガレット・バーク=ホワイト(Margaret Burke=White 1904-1971)が独占的に当時の記録写真を撮っています。(写真10数枚が投影される。)
https://www.facebook.com/pg/Rare-Book-Society-of-India-196174216674/photos/?tab=album&album_id=438133571674

次に、印パ分離独立についての参考文献として、次のノンフィクション本を紹介しておきます。単行本、文庫本ともにすでに絶版ですが、古書で入手するなり公立図書館で借りてぜひお読みください。
『今夜、自由を―インド・パキスタンの独立〈上・下〉』 (1977年、早川書房)
著者:ドミニク・ラピエール、ラリー・コリンズ 翻訳:杉辺利英
『パリは燃えているか?』の著者二人がガーンディーの行動を中心に、分離独立前夜を多数の有名無名を問わず多数の生存者に取材してまとめた傑作ドキュメントとなっています。(同書から4か所の引用文が朗読される。)

*******

最後に、Google Searchの3分半の広告動画「Reunion(再会)」が流されました。2013年11月にYouTubeとテレビで流された動画です。印パ分離独立で、インドとパキスタンに離れ離れになってしまった幼馴染。こちら側のヒンドゥーのおじいさんの孫娘がグーグルで検索してあちら側のムスリムのおじいさんの居場所を突き止め、このおじいさん二人が再会するという短い感動ドラマになっています。
https://www.youtube.com/watch?v=bVMrCtCq9gs

映像が終わって、藤本さんから一言。「パキスタンからやってきたユースフ役は『熱風』のサティユー監督が演じていました」。皆が、え~?! と驚く。 「想定内の反応ですね! 実はパキスタンでインドのビザは簡単には取れないのですが、理想的フィクションということで」。

この動画は映画『LION/ライオン~25年目のただいま~』を彷彿させられました。
映画のごとく、熱く盛り上がったトークでした。

追記:麻田さんのfacebook投稿記事より
『熱風』のトークセッションで言い忘れたことがある。
ひとつは脚本・台詞・歌詞を担当し、冒頭と最後に自作の「あちらでもこちらでも」の詩を朗読しているウルドゥー進歩主義詩人でありインド共産党員だったカイフィー・アーズミー(1919-2002)は生前こう述べていた。「私は隷属状態のインドで生まれ、独立した世俗国家のインドで生き、そして神が望めば、社会主義のインドで死を迎える」。
もうひとつは、サティユー監督の奥様であるシャマー・ザイディーが脚本・衣装に加わっていること(ムザッファル・アリー監督の『踊り子Umrao Jaan』では台詞と衣装を担当)。そもそも、インドに残るムスリムという主題の発案者は彼女だったらしい。さらに重要なことは監督はヒンドゥーで奥様はムスリムであること。演劇に対する情熱が二人を結びつけたのである。



イスラーム映画祭3 『ラヤルの三千夜』 理不尽な理由で逮捕され、刑務所で出産したパレスチナ女性の物語

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ラヤルの三千夜  原題:3000 Nights
監督:メイ・マスリ

イスラエルの刑務所で子どもを産んだパレスチナ人女性たちの実話をもとに描いた社会派ドラマ。
ヨルダン川西岸の町ナーブルスに住むパレスチナ女性の教師ラヤル。テロ容疑の青年を車に乗せたことから逮捕され、懲役8年(約3000日)を言い渡される。妊娠していたラヤルは、刑務所内で出産。ヌール(光)と名付けられた男の子は、閉塞感漂う刑務所の中で、皆の希望ともなった。しかし、2歳になると母親から引き離す規定があり、ヌールは父親のもとに送られてしまう・・・

◆3月17日(土)11時からの上映後のトーク抜粋

《ぼくの村は壁で囲まれた〜パレスチナの70年〜》
ゲスト:高橋真樹さん(ノンフィクションライター)


この映画は、パレスチナについて知らないと、わからない場面もあるかと思います。
メイ・マスリ監督は、レバノン育ちのパレスチナ女性で、レバノンを拠点に活動しています。これまで『シャティーラキャンプの子どもたち』『夢と恐怖のはざまで』などドキュメンタリー映画を作ってきましたが、『ラヤルの三千夜』は、女性や子どもを視点にした初めての劇映画です。パレスチナの女性が、どう強く闘って生きているか、刑務所の中でもたくましく生きている姿を描いています。
ヨルダンの廃墟になった刑務所で撮影し、出演者も本人や家族が収監経験のある人が多い。
パレスチナ問題は、宗教問題とイメージされるけれど、実はそうではない。土地の問題です。シオニストが少しずつ入ってきていたが、1946年の時点で94%はパレスチナの土地でした。それが1947年の国連分割決議で、43%に減らされ、中東戦争を経て、2012年には、わずか8%になりました。占領が続く中、理不尽な逮捕が行われ、ガザ地区は天井のない監獄、ヨルダン川西岸も壁で囲まれています。その分離壁も、境界線に立てるのではなく、切り込む形で土地を分断しています。ラヤルも解放されたけれど、占領の中での暮らしが待っています。
トランプ大統領が大使館をエルサレムへの移転を決めました。エルサレムが3大宗教の聖地故に宗教問題と取られがちですが、大使館をエルサレムに移すというのは、力による支配を認めることです。パレスチナ人の2割はキリスト教徒なのに、宗教問題化させている面もあります。

*イスラーム映画祭主宰の藤本さんからも、イスラーム映画祭でパレスチナを扱うと宗教問題と思われがちだが、違う。イスラエル建国70周年、パレスチナにとってのナクバ(大災厄)70周年の年で、オープニングにパレスチナを扱った映画を上映して理解を深めて貰いたいと本作を選んだ思いが語られました。

ラヤルの三千夜 作品紹介はこちらで!
http://cinemajournal-review.seesaa.net/article/459767786.html

★2018年6月16日(土)から1週間、 渋谷ユーロスペースにて緊急公開
ユーロスペース公式サイト:http://www.eurospace.co.jp/works/detail.php?w_id=000274




イスラーム映画祭3『アブ、アダムの息子』 一生に一度のマッカ(メッカ)巡礼を願う実直な男の物語 (咲)

『アブ、アダムの息子』 ★日本初公開
2011年/インド/101分
監督・脚本:サリーム・アフマド

*ストーリー*
インド南東部ケーララ州。マタヌールという小さな村で慎ましく暮らすアブとアイシュンマの老夫婦。アブは父アダムを5年前に亡くし、息子は中東に豊かな暮らしを求めて行ったまま戻らない。
アブは死ぬまでに一度、夫婦でマッカ巡礼に行くのが夢だ。今年こそとパスポートも取得、町の旅行会社で注射や荷物の説明を受ける。あとは残金を支払うだけだ。ところが、ハッジ費用捻出の為に売った庭の木が、切ってみたら中が空洞だったと聞かされる。資金を援助すると申し出る者もいるが、「ハッジの援助は肉親からしか受け取れない」とアブは頑なに拒む。妻が中東に行ったまま帰ってこない息子に頼んでみましょうと言うが、「息子の稼いだ金はどんな金かわからない」とアブは息子はアテにしたくない。
はたして、二人は巡礼にいけるのか・・・


《サリーム・アフマド監督を迎えて》
2018年3月18日(日) 13時からの『アブ、アダムの息子』上映後、初来日された監督をお迎えしてQ&Aが行われました。司会は、イスラーム映画祭主宰の藤本高之さん。通訳は松下由美さん。
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会場の熱気に、「こんなに離れたところに来たのに、近いところにいるよう」と第一声。

藤本:デビュー作ですが、宗教が出てくると対立を描くことが多いけれど、融和を描いています。個人の信仰の内面を描いていて素晴らしい。音楽も素晴らしい。ぜひスクリーンにかけたいと思いました。監督が信仰をテーマにしたいと思ったのは?
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監督:ケーララ州ではムスリム、ヒンドゥー、キリスト教徒がお互いに敬い合いながら住んでいます。監督になる前、旅行会社に勤めていて、ハッジのパッケージを扱っていて、この映画のアブのような人と多く会いました。映画を撮るなら、ぜひそういう人を主人公にしたいと思いました。私の映画は非常に低予算で撮られました。600万ルピー以内です。
ちなみに、ケーララ州では、映画が年間150~170本位作られています。ゴーヴィンダン・アラヴィンダン、アドール・ゴーパラクリシュナンなどの名匠がいます。ケーララ州は共産党が初めて州政権を取ったことでも有名で、映画製作に支援もしてくれます。

◆会場より
― 先日、バングラデシュ映画『テレビジョン』を観たのですが、バングラデシュではインドの映画が上映できないと聞きました。パキスタン映画も上映できないと。インドでは、バングラデシュやパキスタンの映画は観ることができますか?
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監督:私の映画はパキスタンのカラチやバングラデシュのダッカの映画祭で上映されました。バングラデシュやパキスタンの作品をインドで見る機会があるのはゴア映画祭など、映画祭においてです。因みにこの作品は115か国の国際映画祭で上映されていますが、どこでも大変いい反応をいただいております。

― 言葉は? アラビア語は単語で入っているのでしょうか?

監督:映画で使われているのは、ケーララ州の公用語マラーヤラム語ですが、ムスリムはアラビア語の単語も使っています。イエメンからやって来た人たちもいるので、アラビア語には馴染みがあります。

藤本:タイトルロールにアラビア語が出てくるのも新鮮だなと思って上映したいと思いました。

― キャスティングは? 現地の人も多いのでしょうか?

監督:主人公を演じたサリーム・クマールは、撮影当時42歳で、元々コメディアンです。妻役のザリーナ・ワハーブは、ボリウッド映画でも活躍している女優で、『マイ・ネーム・イズ・ハーン』でシャー・ルク・カーンの母親役を演じてます。

― 私は日本人のムスリムで、映画を作っています。ムスリム以外の人からの感想は? スタッフがほとんどassosiateなのは?

監督:ナショナル・フィルム・アワードを受けた初のデジタル作品です。3年前に『スラム・ドッグ・ミリオネア』でサウンドデザインでアカデミー賞を受賞した人がサウンドを担当しています。115箇所の映画祭で上映されて、いい反応を貰っています。言葉を越えて心を揺さぶる映画だと。

藤本:ロシアのタタールスターンのカザン映画祭で高い評価を受けてますね。あまり政治的でない映画を描いたことも評価されています。

― 老夫婦のたたずまい、まわりの善意の人たちが、小津の映画のようでした。監督は日本映画から影響を受けていますか?

監督:ケーララ州では日本のアクション映画は、よく観られています。私自身は、イラン映画の影響を受けている面はあります。具体的にあげれば、アスガル・ファルハディ監督の『別離』などです。

― ケーララ州は共産党が政治を取ったことがありますが、今は?

監督:今も州の長は共産党です。映画にも好意的です。

藤本:1957年に普通選挙で共産党が政権を取りました。

― 善意の人たちの中で警官が賄賂を受け取ってましたね。

監督:まさに日常起きていることです。

―(インド男性)息子のことは話には出てきますが、画面には登場しませんでしたね。
経済的に恵まれてない家でしたが、州の教育はどのように?

監督:教育的には恵まれた州です。中東に出稼ぎに行っている人も多いです。

― ウスタードという人物は預言者と言われていましたが、実在するのですか? 登場させた意図は? (ウスタード:師、師匠の意)

監督:聖人として崇められている人は存在します。子どものころ、実際そういう方がいました。

― 音楽は?

監督:サロードなどアラブ系の楽器をつかうようにしました。

― インド映画がノーカットで上映されないことが多いので、ぜひノーカットで上映することを願っています。

監督:この作品はノーカットで上映されました。

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この後、ロビーで監督にサインを求める長い列ができました。
監督が観客へのサインに応じている間、プロデューサーの方と立ち話しました。監督は本作の主人公と同じくムスリムですが、プロデューサーの方はヒンドゥー。映画の製作チームには、様々な宗教の人がいて、特に互いの宗教を気にすることなく協力しあっているのは、ケーララ州の普通の姿だとおっしゃっていました。

写真:毛利奈知子さん撮影



イスラーム映画祭『イクロ クルアーンと星空』突然の主演女優登壇にびっくりの巻  (咲)

『イクロ クルアーンと星空』
インドネシア、2017年、監督:イクバル・アルファジリ
上映:3月19日(月)1時~ 東京・ユーロスペース(渋谷)

会場の正面前の方の席には、ヒジャーブ姿(髪の毛や身体を隠したイスラームの教えに則った服装)のインドネシアの小学生の少女たちがいっぱい!
「アッサラーム アレイコム」というイスラーム映画祭主宰・藤本高之さんの呼びかけに、「ワライクム アッサラーム」と答える子どもたち。可愛い!
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「終了後に、主人公アキラ役の女優アイシャ・ヌラ・ダタウさんと優しいおじいさん役のチョク・シンバラさんによる舞台挨拶がございます!」と発表され、突然のゲストにびっくり。実は、上映1時間前にお二人をはじめ本作の関係者の方たちの来日が判明、突如の登壇が決まったそうです。

◆映画の上映
*物語*
アキラは、科学の勉強が大好きな小学生の少女。夏休み、宿題の自由研究のため、天文学者の祖父に会いにボスロ天文台のある町を訪ねる。大望遠鏡で星を見せてほしいと頼むアキラに、祖父はクルアーンを上手に朗誦できるようになることを約束させる。天文台に行きたいのに、なぜクルアーンをと不満のアキラに、おじいさんが諭す。クルアーンと科学は切り離せない。クルアーンを読めば自分が何者かもわかると。
一方、おじいさんはボスロ天文台の出資者が光害を問題にして出ししぶっているという問題を抱えていた。近くにホテル建設計画があって、地区のリゾート化が進むと光で星が見えにくくなるのだ・・・

映画の冒頭、題名にもなっている「イクロ」について語られます。
「Iqro(イクロ)」とは、アラビア語で「読め」という命令形の動詞。アッラーの最初の啓示です。インドネシアでは、「イクロ」といえばクルアーンをアラビア語で朗誦するための5冊の学習本のこと。アラビア語が母語でないインドネシアの人たちのための、入門書のようなもの。


◆上映後のトーク
当初のゲスト:野中葉さん(慶應義塾大学,「インドネシアのムスリムファッション」の著者)に加え、主人公アキラ役の女優アイシャ・ヌラ・ダタウさんと優しいおじいさん役のチョク・シンバラさん、それにプロデューサーの方も。

アキラを演じたアイシャさんが登場すると、インドネシアの小学生たちが、歓声をあげて拍手で迎えました。

藤本:プロデューサーのイマームさんに伺います。本作は、バンドン工科大学のサルマン・モスクが作った映画。去年、インドネシアで上半期に公開され、大ヒット。学校やモスクでも上映されたと伺っています。この映画が作られた経緯は?
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プロデューサー:テレマカシ。高之さんにも感謝。サルマン・モスクはバンドン工科大学の構内にあります。技術、サイエンス、アートなどを学ぶ大学。この映画を通じて、クルアーンの一番のメッセージである「読め」(イクロ)、そしてクルアーンに書いてある科学技術について、もっと興味を持ってもらいたいと思って映画を作りました。もう一つ、イスラームは平和な宗教である事を世界に伝えたいという思いがありました。

野中:インドネシアでは、映画がたくさん作られていますが、モスクが作るのは珍しいです。バンドン工科大学という理系の大学です。イスラームと科学は相容れないというイメージがあるかもしれませんが、理系の学生もイスラームに熱心です。

藤本:アキラ役のアイシャさんに。出演して変わったことは?

アイシャ:アッサラーム アレイコム (小学生たちが、応える)
満席で、興味を持っていただき嬉しかったです。どんな障害があっても、頑張れば報われることを学びました。映画を観ることで、いいものを持ち帰っていただけることを願っています。

藤本:おじいさん役のチョク・シンバラさん、上映の反響をお聞かせください。

チョク・シンバラ:アッサラーム アレイコム (小学生たち、また口をそろえて応えます)
43年のキャリアの中で、この映画は一番印象深いものです。国内200箇所位で上映されました。イギリス、フランスなどでも上映され、世界中で良い反響がありました。小さい頃からクルアーンを勉強して、科学にも興味を持つことを映画を通じて伝えられればと思います。

藤本:今、Part2を作っているそうですね。

プロデューサー:そうです。科学や宇宙観測のストーリーで、クルアーンの色々なことを伝えられればと思っています。舞台はイギリスです。その次には、ぜひ日本でも撮りたいです。

*会場から
― (男性)50年前、日本ムスリム協会でクルアーンを貰いました。信者ではないですが、御徒町のモスクに通っています。インドネシアはスンニ派が多数ですが、シーア派をどう思っているのか、野中さんにお伺いしたいと今日はやってきました。

野中:大多数のインドネシアのムスリムはスンニ派ですが、シーア派も同じイスラームと感じています。サルマン・モスクでは、イランの学者の書いたものも読んでいます。多くの思想を学ぼうという姿勢です。報道では、対立を強調することがありますが、政治的なものです。

― キャスティングはどのように?

プロデューサー:出演者の選定にあたって、イスラームから見て、安全な人を選びました。安全というのは、クルアーンに従うような人という意味です。クルアーンのメッセージを伝えていきたいのが映画の目的ですので。

藤本:アイシャさんは映画初出演ですか?

プロデューサー
:そうです。アイシャさんのお母さんは有名な舞台女優です。今日、会場に来ています。お父さんは、有名なカメラマンです。賞も多く受けている方です。

藤本:アイシャさんは主演に決まっていかがでしたか?

アイシャ
:嬉しい反面、不安もありました。緊張でいっぱいでした。初めての映画で、チョク・シンバラさんとの共演を光栄に思いました。演技についても、いろいろと教えてもらいました。

―(女性)科学の中でも天文学を取り上げた理由は?

プロデューサー
:バンドン工科大学の天文台施設が光害で星の観測がしにくくなって、閉められるという話も出ているので、それを阻止したいという思いもありました。イスラームが誕生した時の背景にも天文学者が多くいたということがあります。

野中
:バンドンはジャカルタから200キロ。近くにあるレンバンという小さな町にボスカ天文台があります。バンドンに人が増えて、観光地化していくことに対してメッセージを伝えたかったのではないかと思います。

―(男性)出演者の二人に伺います。演じる上で難しかったことは?  アイシャさんがクルアーンを朗誦されていましたが、日常生活で朗誦されることは?

アイシャ:一番難しかったのが、アキラが科学に興味を持っていることでした。私は興味があまりないので、そこが難しかったです。クルアーンの朗誦は週4回先生に学びました。

チョク・シンバラ:役作りは難しくなかったのですが、一番大変だったのは、撮影がバンドンで、住んでいるのがジャカルタで200キロ位離れています。渋滞がひどいと6時間位かかることもあって大変でした。普段は2時間位なのですが。

野中:クルアーンの朗誦ですが、インドネシア語が母語ですので、アラビア語を勉強しないとできません。最初は意味を理解するより、朗誦して覚えます。
「イクロ」とは、クルアーン第96章 凝血章(アル=アラク)の最初に書いてあるのですが、アラビア語で「読め」という意味です。インドネシアでは、子どもたちがクルアーンを読むために、最初に読むのが「イクロ」本です。それをマスターすると、クルアーンが読めるようになります。

―(日本人のムスリム)日本では宗教と科学は相反するという意識があります。
クルアーンの朗誦のところで訳が出なかったのが残念です。

藤本:1週間しか訳す時間がなく、すみません。

―(男性)キャストの二人に伺います。日本でも伝統に対する意識が薄くなっています。信仰に対しても世代によるギャップがあるかと思います。

チョク・シンバラ
:インドネシアのムスリムは、小学校に入る前くらいの小さいころからクルアーンの朗誦を教わります。信仰への意識は薄れていないと思います。学校では、1週間に2時間、地方の言葉を学ぶことになっていますので、地域の文化についても関心を持つようになっていると思います。

アイシャ
:私の場合、学校でお祈りの時間になって面倒だなと思うと、友人が誘ってくれます。

野中:高校の時からインドネシアに係わり、25年位になります。かつてより、今の方がイスラームに対する思いが強くなっています。確実にモスクに通う人も増えています。
2000年代に入る前には、ベールをつけた女性の映画はほとんどありませんでした。2000年以降、ベールをつけた女性が映画に普通に出てくるようになりました。

プロデューサー:大学でも同様、信仰深い教授が多くいます。過激派イスラームをできるだけ防ぎたいと思っています。

― (インドネシアの子どもたちを代表して小学生の少女)アイシャさんは他の映画に出ましたか?

アイシャ:いえ、初めてです。

― (バンドン工科大学に通っていた女性)毎日モスクに通ってました。2003年に日本に来て、14年になります。日本に来て、サルマン・モスクで学んだことが役立っています。代々木上原の学校で教えています。

―(インドネシア女性 日本語で)アイシャさんに伺います。クルアーンですごいと思うところは?

アイシャ:(笑って)タイトルの「イクロ」が印象深く、すごいと思います。

プロデューサー:「イクロ」は科学を読み、心を読むことです。

チョク・シンバラ:クルアーンには何でも載っています。たくさんのことが学べます。

― (男性、インドネシア語を学んでいる日本人。最初にインドネシア語で、後に日本語で)映画の中で日本統治時代に天文台が壊そうとされたことが語られていましたが、事実でしょうか?  日本統治時代に兵隊が悪いことをしたことが映画で描かれている一方、400年のオランダ統治から独立することができたということも言われています。

プロデューサー:ボスカ天文台に爆弾を落とそうとしたのは事実です。今は日本から学ぶことが多くて、ポジティブなイメージです。

チョク・シンバラ
:歴史は変えられないけれど、日本に対するイメージは、親戚という感じ。日本の綺麗な町を見て、学べることは多いと感じています。

アイシャ
:親日が高まっていて、かつての話はあまり出ません。今の日本から学ぼうと。

藤本:Part2が日本で上映されるかは、インシャッラー(神の思し召しがあれば)ですね。

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このあと、会場の外でアイシャさんやチョク・シンバラさんをインドネシアの子どもたちが囲んで、なごやかな光景が繰り広げられました。


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ユーロスペースの入っているビルの1階で。
イスラーム映画祭主宰・藤本高之さん、チョク・シンバラさん、アイシャ・ヌラ・ダタウさん