イスラーム映画祭9 『スターリンへの贈り物』 (カザフスタン)

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『スターリンへの贈り物』
原題:Podarok Stalinu 英題:The Gift to Stalin
監督:ルスタム・アブドゥラシェフ / Rustem Abdrashev
2008年/カザフスタン=ロシア=ポーランド=イスラエル/95分/ロシア語・カザフ語・ヘブライ語
予告篇 https://youtu.be/dTI52pQ-fkY

1949年。スターリンの強制移住策によって中央アジアに送られたユダヤ人少年を、ムスリムの老人やキリスト教徒女性が匿うという物語です。
ユダヤ人、ムスリム、キリスト教徒。 カザフ人、ロシア人、ポーランド人や朝鮮人。
ソ連の圧政下で宗教や民族を超えて身を寄せ合う人々の姿が叙情味豊かに描かれます。
でも、彼らが暮らす土地の近くには、ある実験場があるのでした…。
イスラーム映画祭では久々となる、中央アジア映画の埋もれた逸品です。

3/29(金)についに
『オッペンハイマー』が日本公開されますが、
これを観るならぜひ
その前に観ていただきたいのがカザフスタン映画、
『スターリンへの贈り物』です。
時代背景は1949年。
舞台は北東部セメイのあたりといえば、
理由は分かる方には分かるはず。
映画はソ連の圧政下で
宗教や民族を越えて生きる人々の物語です。
カザフ人の鉄道員カシムは、
列車で運ばれてきたユダヤ人の中から
幼いサーシカを救い出して育てる事に…。
1930年から50年頃まで、
ソ連では多くの民族が中央アジアに送られる
強制移住政策が行われていました。
あまり知られていない
カザフスタンの歴史が描かれた悲しくも温かい作品を
3/17(日)と24(日)のいずれかでぜひ。
ちなみに本作は2010年に、
『ギフト・トゥ・スターリン』のタイトルで
アテネ・フランセ文化センターで上映されています。
画質の状態が良くなく、
カザフ語の台詞にロシア語の吹替音声が重なるなど 上映素材がもう一つではありますが、
これが封切時に各国の映画祭でも上映された
国際版という事ですのであらかじめご了承ください。
でも、良い映画です。
(藤本高之)

★東京・渋谷ユーロライブ上映日
3/17日 10:00 
3/24日 18:40

イスラーム映画祭9 『辛口ソースのハンス一丁』(ドイツのトルコ移民)

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『辛口ソースのハンス一丁』
原題:Einmal Hans mit scharfer Soße 英題:A Spicy Kraut
監督:ブケット・アラクシュ / Buket Alakus
2013年/ドイツ/92分/ドイツ語・トルコ語
予告篇https://youtu.be/SklT3XcHt10

親の祖国と生まれ育った国の価値観に挟まれながら、自身の幸せを探す移民二世の姿を描くコメディ映画です。
妊娠した妹の結婚を、姉が先に結婚すべきという伝統的価値観の親に認めさせるため、主人公ハティジェは偽りの婚約者探しを始めます…。
移民二世に共通するアイデンティティの揺らぎを賑やかかつポジティブに描いて印象は軽快。
『おじいちゃんの里帰り』と同じく、トルコ系の女性監督による作品です。

移民や難民がテーマのドイツ映画と聞くと
ヘビーな社会派ドラマを連想しますが、
中には『おじいちゃんの里帰り』や
『はじめてのおもてなし』のような
コメディもあります。
『辛口ソースのハンス一丁』もその一つ。
親の祖国と生まれ育った国、
双方の価値観に挟まれる移民2世ならではの
恋愛観を描くコメディ映画です。
主人公一家はトルコ系。
妊娠して結婚を望む妹のため、
ハティジェは姉が先に結婚すべきという
価値観を崩さない親の手前、
偽りの婚約者を探す事に…。
恋愛や結婚相手にはドイツ人男性を望みながら、
内面的にはトルコ人男性のような情熱も望む…。
風変わりなタイトルには
そんな主人公の恋愛観が託されています。
本作は東京と関西で何度か上映されていますが、
今回は過去の上映では訳されていなかった
トルコ語の台詞や歌にもかなり字幕を付けました。
『ハンズ・アップ!』のチェチェン語然り、
ここが映画祭の腕の見せどころです。
3/16(土)と23(土)に上映いたしますのでぜひ。
(藤本高之)


★東京・渋谷ユーロライブ上映日
3/16土 19:40 
上映後トーク
【テーマ】《「ドイツのアリはいないのか?」 ―トルコ系移民二世の恋愛と家族関係》
【ゲスト】渋谷哲也さん(ドイツ映画研究者/日本大学文理学部教授)

3/23土 10:00

イスラーム映画祭9 『ハンズ・アップ!』(フランス) チェチェンの少女

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『ハンズ・アップ!』
原題:Les Mains en L'Air  英題:Hands Up
監督:ロマン・グーピル / Romain Goupil
2010年/フランス/92分/フランス語
予告篇https://youtu.be/Ji7ZlzNXpzI

強制送還されそうな非正規滞在のチェチェン人少女を、同級生たちが体を張って守ろうとする子どもたちのレジスタンス映画です。
映画は、主人公ミラナが2067年の未来から2009年の記憶を回想するという形で語られます。本国で公開された2010年はブルカ禁止法が施行された年でもあり、移民社会に対し強硬的だったサルコジ政権下の雰囲気もうかがえます。
しかし、いつの世も子どもたちの世界に、大人が引いた境界線は関係ないのです。

『憎しみ』の影に
隠れてしまった感もありますが、
それ以上に好評を得るのでは、
あるいは得たらうれしいと思っているのが、
3/16(土)と23(土)に上映する
同じくフランス映画『ハンズ・アップ!』。
強制送還されそうなチェチェン人少女を
子どもたちが体を張って守ろうとする、
移民版『さよなら子供たち』
+『小さな恋のメロディ』のような逸品です。
舞台は、
移民政策に厳しかったサルコジ政権下の2009年。
主人公ミラナが2067年の未来から、
自身が10歳だった当時を
振り返るという形でストーリーが進められます。
深刻な社会的テーマを扱いながら、
大人が引いた境界など関係ない
子どもたちの世界がみずみずしく描かれていますので
『憎しみ』だけでなくこちらもぜひ。
なお『ハンズ・アップ!』は
過去に東京国際映画祭や
日仏学院でも上映されていますが、
チェチェン語での会話部分は
訳されていなかったはずですので、
今回はジョージア映画の翻訳などで知られる
児島康宏さんを通じ、
ジョージア在住のチェチェン人女性の方に
チェチェン語の会話場面を訳していただきました。
完全版での上映となります。
(藤本高之)


★東京・渋谷ユーロライブ上映日
3/16土 17:45
 

3/23土 15:00
上映後トーク
【テーマ】《2023年「暴動」をふり返る― 映画から読み解くフランスの移民事情【復習編】》
【ゲスト】森千香子さん(同志社大学社会学部教授/『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』著者)




イスラーム映画祭9 『憎しみ』(パリ郊外)

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『憎しみ』
原題:La Haine  英題:Hate
監督:マチュー・カソヴィッツ / Mathieu Kassovitz
1995年/フランス/98分/フランス語
予告篇https://youtu.be/MjEVNWNhA1o?si=PaaZzGX5cvZseuYl

<郊外(バンリュー)映画>の隆盛はここから始まった!
フランス映画のエポックメイキング、マチュー・カソヴィッツ監督作『憎しみ』を28年ぶりに劇場リバイバルします。
かったるい日々を生きるユダヤ系のヴィンス、アラブ系のサイード、サブサハラ・アフリカ系のユベール。 暴動が起きたカオスな街で、警官が紛失した拳銃を拾った3人の24時間…。
都市郊外(バンリュー)に住む移民ルーツの若者たちの実態を描いた本作は、公開当時本国で賛否両論の一大センセーションを巻き起こしました。


昨年6月にパリ郊外のナンテールで、
アルジェリアルーツの少年が
警察官に射殺された事をきっかけに若者たちによる
暴動が起きたのは記憶に新しいところですが、
こうした「暴動」は実は80年代から起きています。
そして1993年に
17歳の少年が警察署内で射殺された事件を機に、
マチュー・カソヴィッツ監督が脚本を書いたのが、3/23(土)に上映するフランス映画『憎しみ』です。
フランスで移民やその子ども世代が
多く住む郊外の事を「バンリュー」と呼び、
『憎しみ』は郊外を描いた
“バンリュー映画”の先駆的傑作と言われています。
そして移民ルーツの若者たちの、
社会の不公正や差別の顕在化に対する
抵抗ツールとなった「ラップ」と連動して、
本作は
フランス映画のエポックメイキングとなりました。
イスラーム映画祭を9年続けてきて、
こんなにリアクションの大きい作品は初めてです。
1日限りの上映。ぜひ。
(藤本高之)


★東京・渋谷ユーロライブ上映日
3/23土 12:00
上映後トーク
【テーマ】《「郊外(バンリュー)」から声をあげる ―フランスの移民事情とラップ・フランセ》
【ゲスト】陣野俊史さん(ライター/『魂の声をあげる 現代史としてのラップ・フランセ』『ジダン研究』著者)



イスラーム映画祭9『戦禍の下で』(レバノン) ★2008年7月SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の折のインタビュー掲載

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『戦禍の下で』
原題:Sous les Bombes
英題:Under the Bombs
監督:フィリップ・アラクティンジ / Philippe Aractingi
2007年 フランス=レバノン=イギリス/93分/アラビア語・英語・フランス語
予告篇https://youtu.be/jwtEWdsVgZc

2006年に起きたイスラエルによる第二次レバノン戦争後、1年足らずのうちに撮影された、まるでドキュメンタリーと見紛う戦禍の傷痕をたどるドラマです。
この戦争は現地では7月戦争と呼ばれます。 妹と息子の消息を探すシーア派ムスリム女性と、彼女に雇われたタクシー運転手のレバノン南部をたどるフィクションが、やがて実際の被災地や被災者の声をたどるドキュメンタリーの役割をなしてゆくのです。
瓦礫の山と化した現地の様子は現在のガザとも重なります。

昨年の10/7にイスラム抵抗運動ハマスと
イスラエルの戦闘が激化した際、
“この戦争”を彷彿とした人も多かったと言います。
(もちろん中東に長く携わっている方限定ですが)
レバノン映画『戦禍の下で』は、
レバノンのシーア派イスラム主義組織ヒズボラの
越境攻撃に対しイスラエルが
レバノン南部を文字どおり瓦礫の山にした、
2006年の「7月戦争」開始直後に撮影された
まるでドキュメンタリーと見紛うばかりの作品です。
離婚調停中のムスリム女性が
行方不明になってしまった息子と妹を捜すべく、
キリスト教徒のタクシー運転手を雇って
現地をめぐるというフィクションは、
現実の重みを負い全篇異様な緊張感に充ちています。
ヒズボラを生んだのは
1982年のイスラエルによるレバノン侵攻、
ハマスを生んだのは
イスラエルによるパレスチナ占領がきっかけです。
本作は3/17(日)と23(土)に上映します。
とくに17日は『ファルハ』と続けて
上映しますのでぜひご鑑賞ください。
戦争中に撮影された映画とはいえ、
作者の意図で血生臭い映像は映されていません。

少々古い映画につき
上映素材の状態を心配していましたが、
こちらも試写をしたら
デジタル撮影様々で音・映像ともに良好でした。
(藤本高之)

☆東京・渋谷ユーロライブ上映日
3/17日 17:50 
上映後トーク
【テーマ】《我々は映像で闘う ―2006年第二次レバノン戦争とレバノン映画人》
【ゲスト】佐野光子さん(アラブ映画研究者)
本作は
2006年の第二次レバノン戦争最中に撮影されており、
皮肉にも現在のイスラエルによる
ガザ攻撃を疑似体験できる作品となっています。
アラブ映画研究者・佐野光子さんのトークでは、
同じく戦争の真っ只中にレバノンの映画人たちが
イスラエルへの映像による「抵抗」として撮った、
3分と4分の短篇を上映いたします。
ベイルートをガザに、
ヒズボラをハマスに置き換えれば今とまったく
同じ状況が体感できるかなり貴重な作品ですので、
『ファルハ』だけでなく本作もぜひご覧ください。

3/23土 20:30


★SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2008上映作品
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来日した助監督のビシャーラ・アッタラ氏

シネマジャーナル74号(2008年夏・秋号)に掲載したインタビュー記事を、ここにお届けします。


SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2008 コンペティション(長編部門)
『戦禍の下で』原題:Sous les Bombes
監督:フィリップ・アラクティンジ
2007年 フランス=レバノン=イギリス/93分/アラビア語・英語・フランス語

ドバイに住むゼイナは夫と離婚調停中。6歳の息子を南レバノンに住む妹に預けて帰った数日後、イスラエルがレバノンに侵攻する。息子の身を案じてレバノンに戻り、キリスト教徒のタクシー運転手トニーとともに爆弾の降り注ぐ中、息子を探しまわる。
今年(2008年)3月のアラブ映画祭で上映した『BOSTA』の監督による長編第2作。パリ在住の監督は、2006年7月イスラエルがレバノン南部に侵攻したニュースを聞いて本作の製作を決意。ラフな脚本を書き、侵攻の10日目から、爆弾の続く中で撮影を決行。まさに戦禍の下で出来た映画です。
前作『BOSTA』は、若者たちがカラフルなおんぼろバスでレバノン各地を回って公演を行う歌と踊り満載の作品。皆が内戦時代の傷を抱えながらも、レバノンの再生を願う明るさが感じられるものでした。本作では、様相ががらりと変わりました。

★インタビュー
『BOSTA』出演に続き、本作にも出演し助監督も務めたビシャーラ・アッタラ氏が来日。上映後のQ&Aに引き続きお時間をいただき、撮影の苦労や、レバノンの状況についてお話を伺うことができました。名刺には、ダンサー、演出など様々な肩書き。実に多才な方です。

衣装はモノトーン
『BOSTA』で撮ったレバノンの美しい風景はイスラエルの爆撃で失われてしまいました。『BOSTA』では明るい色調の衣装でしたが、本作ではモノトーン。ゼイナが最初にドバイから着いたときに来ている服だけを明るいブルーにしています。本作は特に少人数のスタッフで撮ったため、私がスタイリストも兼ねました。

普段の生活で宗教的背景は意識しない
タクシー運転手は髭をはやしていて一見ムスリムのようですが、トニーという名前でキリスト教徒とわかります。ゼイナは大胆に胸の開いた服を着ていますが、実はムスリマ。(演じたナダはキリスト教徒)。レバノンではイスラーム教徒といっても様々。外見ではわかりません。レバノンは人口が4000万人しかいないのに、宗教はキリスト教、イスラーム教織り交ぜ17宗派。撮影クルーは、10人ほどでしたが、それぞれ違う宗派で、まさにレバノンの縮図。私はマロン派キリスト教徒。お互いバリアーもないし、普段宗教を意識することはありません。

舞台は戦争の悲惨な現実
爆撃中の撮影で、寸断された道路、破壊された家屋、崩れた橋などすべてがリアル。逃げ惑う人たちも本物です。撮影中、イスラエルの飛行機が常時上空を飛んでいる状態で、トニー役のジョルジュは南に行きたくないと常にパニック状態でした。ジョルジュは有名なコメディアンで、劇や歌も作る行動的な人ですが、危険には敏感でした。ナダもレバノンの有名な女優ですが、ジョルジュが怯んでいる時に、前へ進もうとする勇気を持っていました。実際、国連軍等から安全を確認しながら撮影に臨んだので負傷者は出ませんでした。けれども、地雷やクラスター爆弾を取り除くのに年月がかかるので、戦争が終わっても南の人たちが元の生活に戻るのに何年かかるかわかりません。監督は罪のない人々がいかに苦しんでいるかを政治的なことでなく、人道的な意味で描きたかったのです。

子供は未来への希望
トニーとホテルの受付嬢とのセックスシーンは、死ぬかもしれないというプレッシャーの中で、まだ生きているという証に、次世代の繁栄を願って起こした動物的行為。(受付嬢を演じたのは素人のイスラーム教徒。大胆でびっくりしました。)
ゼイナが最後に出会うのは我が子ではないけれど、母を亡くし母を必要としている子。運転手も父親になりうる。重要なのは、「自分たちは生きている、再生する希望がある」ということ。子供は人生の始まりです。

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「レバノン杉はレバノンそのもの。安らぎを感じる」というビシャール氏の言葉に、レバノンの人たちが宗派は様々でも杉のもとに団結していることを感じました。

取材: 宮崎暁美、景山咲子