混迷を極めるパレスチナ情勢。その原点ともいえる英国統治時代の1936年に、パレスチナで何があったのかを、パレスチナの女性監督が描いた映画『パレスチナ36』が東京グランプリに輝きました。
イタリア人であるカルロ・シャトリアン審査委員長は、「政治的理由で選んだものではないけれど、この映画は作り手が我々西洋人に投げかけている映画だと思う」と語りました。
授賞式後に行われた審査員・受賞者記者会見と、上映後のアンマリー・ジャシル監督Q&A、囲み取材に参加しましたので、概要を報告します。
イスラエルが建国された1948年5月に、多くのパレスチナ人が故郷を追い出された「ナクバ(悲劇)」についての映画が公開されることは少ないのですが、さらにそれ以前の1936年に英国がパレスチナの土地を分断する原因を作ったこと、それに対して、パレスチナの人たちが反抗したことについて語る映画は、ほんとに稀で貴重です。
ぜひ公開して、多くの人にパレスチナ混迷の原点を知ってほしいと願います。
パレスチナ36 英題:Palestine 36
監督・脚本:アンマリー・ジャシル
出演:ヒアーム・アッバース、カメル・アル・バシャ、ヤスミン・アル・マスリー、ロバート・アラマヨ、サーレフ・バクリ、ヤーファ・バクリ、カリーム・ダウード・アナヤ、ビリー・ハウル、ダーフィル・ラブディニ、リアム・カニンガム、ジェレミー・アイアンズ
1936年、英国委任統治時代のパレスチナ。パレスチナのアラブ人たちがユダヤ人入植者たちと、英国植民地支配への反発から起こした民族主義的な反乱を描いた作品。
⽥舎の故郷での伝統的な暮らしを愛しながらも、エルサレムの政治的・社会的緊張に巻き込まれてゆく若者ユースフを中⼼に、この時代の出来事がパレスチナの民族的アイデンティティにどのような影響を与えてきたかが、スケールの大きな映像の中に描かれる。その意味では、単に過去の出来事を描いた歴史劇ではなく、現在のパレスチナ問題を照射する作品と言えるだろう。監督は、パレスチナを代表する女性監督アンマリー・ジャシル。名優ジェレミー・アイアンズが英国高等弁務官役 で出演している。(公式サイトより)
*末尾に映画の流れを掲載しています。
監督 : アンマリー・ジャシル
16本以上の映画を脚本・監督・製作。これまでの作品はカンヌ、ベルリン、ヴェネチア、ロカルノ、ロッテル ダム、トロントでプレミア上映された。そのうち長編3 作品全てがパレスチナ代表として米国アカデミー賞® 国際長編映画賞にノミネート。短編“Like Twenty Impossible(2003)はカンヌ映画祭にアラブの短編として初入選。米国アカデミー賞®最終候補作となり新たな歴史を刻んだ。(公式サイトより)
*ベツレヘム生まれ、現在ハイファ在住
第38回東京国際映画祭 受賞者記者会見&審査委員記者会見
2025年11月5日
◆カルロ・シャトリアン審査委員長
本作を東京グランプリに選んだ理由については、すでに講評で述べていますが、私たちがいろいろな点で全員で選んだのは、この作品に見出した魅力的に思った感情的な部分です。そして、土地の美しさに魅力を見出しました。
あえて強調したいのは、映画は社会の鏡。私たちが映画に求めているのは、すでに知っていることではありません。この作品においても、今現在ではなく、過去を掘りさげていること。今回の私たちの決定は政治的なものではありません。映画はそれを超えたものです。政治色はありますが、芸術的価値を見出し、現在と過去を超えるものとして、決定しました。
補足したいのは、『パレスチナ36』は、我々西洋の人間に対して投げかけている映画だと思います。土地は分断されていますが、それに対する反発というより、作り手は加害者でなく、耐え忍んでいる方々を描写しています。西洋人は、当時、悪い側にいて、土地と人々に敬意を表してなかったと思います。
(左:カルロ・シャトリアン審査委員長 右:ワーディ・エイラブーニさん 授賞式にて)
◆『パレスチナ36』 アフラ役 ワーディ・エイラブーニさん
― つらい物語のラスト、ものすごく自由に裸足で走るという、希望を託された役で、私たちも感激したのですが、ラストシーンで、監督から、どのように指示を受けましたか? また、故国の人たちにどのように伝わるといいと思っていますか?
ワーディ:演技する際、監督から「ほかの人になり切ろうとせずにあなたのままでいい、この状況なら、どう感じるかをそのまま演じて」と言われました。心が感じるままに演じました。映画を観て、ハッピーになってほしい。痛ましいつらい映画ですが、終わりはハッピーエンドだと思っています。
●10月30日 上映後のQ&A
アンマリー・ジャシル監督
MC: 市山尚三
監督:お招きいただき光栄です。初めて日本に来ました。私の作品が尊敬する映画祭で上映されるのが嬉しいです。母が1939年にここ日本で生まれましたので、母の代わりに日本に戻って来られたことも嬉しいです。
市山:3年前に監督とサンダンス映画祭でお会いして、新作ができるのをお待ちしていましたので。東京国際映画祭で上映できるのは光栄です。3年間の間に大変なことが起こった事で、果たして作れるのかと心配しました。いつ頃から作られたのか? いろんな困難があったことと思います。どこで撮影されたのかも含めてお聞きしたいと思います。
監督:企画は、8年前にスタートしました。ストーリーを描くにあたりリサーチするのに時間がかかりました。パレスチナには映画への助成がないので、出資者を募るのにも時間がかかりました。撮影前のプレプロダクションが非常に長かったです。私も私のチームもこんなに大きなスケールの映画は初めてでしたので、かなり前もって準備しました。公式には撮影の10か月前から準備をしました。農村をロケハンし、昔通りに再現して、当時パレスチナが栽培していた煙草や、衣装も当時に忠実に再現しました。英軍側の戦車や軍部の車両などの手配にも時間がかかりました。準備を整え終えて、いよいよ撮影に入るのに私もコアチームもパレスチナ在住なので都合がよかったのですが、実は撮影開始が2023年10月14日の予定でした。ご存じの通り、10月7日にハマスの攻撃があって、来週から撮影と構えていたのですが、頓挫してしまいました。パレスチナでロケ地を決めていましたが、出来なくなって、ヨルダンで撮影を始めました。少し経ってからパレスチナに戻り、4回ほどストップがかかって、その都度いったん撮影を中止しなければなりませんでした。ご存じの通り事態が悪化の一途をたどりましたので。
◆会場より
― アラブを描いた映画として私に馴染みのある『アラビアのロレンス』の時代と、現代に起きている事態の間にあることを学べると思って楽しみに観にきました。これまでに作られていた映画で足りない部分はどんなところだと考えてこの作品を作られたのでしょうか?
監督:私たちの視点で描くのが重要でした。『アラビアのロレンス』では語られていないもの。イギリスがパレスチナに来たのは、108年前ですが、パレスチナ側から語られていないものが多いので、それを描こうと思いました。自分の物語を語ることが大事。当時の村や町で何が起こっていたのか。国の歴史の中で重要な転換点でした。そこをパレスチナ側から描きたかったのです。
― アンサンブルキャストとおっしゃっていましたが、主人公の中で、少女と少年の最後の場面で、銃を取ったのが少年だったのが気になりました。
監督:私が映画作りする時、普通、メインは一人か二人という構成が多いのですが、今回は群像劇です。自然にこういう形が沸いてきました。5組の物語が進行します。ユーセフが村と街の繋ぎ役であったり、都会のカップル、父と息子、母と娘、政局で何が展開しているか。どういう経緯があって反乱が起こったのかの全貌を包括的に描きたかったのです。その中でも、村で何が起きていたのかがこの物語の核になるのですが、メインキャラクターは、パレスチナという土地だと思っています。
★注:5組のメインキャラクターの中に、イスラーム教徒の家族だけでなく、キリスト教徒の家族もいることに注目してほしいと思います。キリスト教徒のパレスチナ人も、ユダヤ人によって土地を追い出されています。ユダヤ対イスラームという宗教的な争いではなく、土地を巡る争いだということを的確に表した構成だと感じます。(咲)
― 『アラビアのロレンス』絡みです。アルフォードの行進曲が、この映画でもラジオ開局のシーンで使われていました。時代的に流れていた曲なのでしょうか?
監督:ロレンス絡みが多いですね(と、笑う)。劇中の曲は『アラビアのロレンス』を意識して使ったわけでなく、時代考証したのですが、ラジオ局の開局の時に行進曲が使われていたのです。衣装も時代考証したものです。キツネの襟巻を纏った婦人や、英国軍が祝福感満載で開局を演出したこともアーカイブで確認しています。ジェレミー・アイアンズ演じる高等弁務官がいますが、彼のキャラクターを通じてわかるのですが、物語が進むにつれ、英国の外交の姿勢が少しずつ変わってきて、融和と言っていたのがコントロールが次第にできなくなって、分断という状況になったのも描きたかったのです。サントラをお願いした音楽のベン・フロストは、情感に訴えるような音楽を作ってくださいます。尊敬する方で、時代劇ではあるのですが、私の中では現代的な物語だと思っているので、生き生きと匂いたつような音楽を使いたかったので、彼にお願いしました。音楽についての質問は嬉しいです。ついでに話をしますと、現代的なものとはいいましたが、村の女性たちの伝統的な歌も使いたかったのでエンドクレジットで使いました。最後のバグパイプも意図なものです。もともとバグパイプはアラブのものですが、十字軍が入ってきて、持ち帰って、今では英国のスコットランドやアイルランドのものとされています。もともとはアラブのものだと示したかったのです。
最後の挨拶:
お招きいただきありがとうございます。いろいろな年代の観客の方がいらしてくださって嬉しいです。パレスチナの物語ではありますが、それぞれの年代の方に響いたのではないかと思います。
フォトセッション
「パレスチナに自由を!」
アンマリー・ジャシル監督囲み取材
(最後の10分のみ参加)
◆撮影地について
計画通りにいかなくて、ほとんどはヨルダンで撮りました。
モロッコ、ギリシャなどで撮ってはどうですかとプロデューサーなどに言われたのですが、パレスチナでどうしても撮りたいと思っていました。パレスチナの土地にこだわりがあります。土地が重要なキャラクターですから、譲れませんでした。
ヨルダンで撮ったのは、役者がパレスチナに行けなかったということもありました。
◆当時を経験したパレスチナ人の話をかろうじて聞けた
パレスチナの歴史の中で重要な変換点。大衆が立ち上がりました。イギリスやパレスチナの人たちが残していた資料を調べました。口頭で伝わっていることについては、パレスチナの人たちにとってはトラウマで、体験談を聞くのは大変なことでした。友達の母親が舞台になった村の出身で、語ってくださいました。語ってくれた話を英国から見た話と照らし合わせて検証しました。映画の為に脚色を加えないで、そのまま映し出した場面もあります。
◆パレスチナは置き去りにされている
この映画で表現したことは、英国が入ってきて、勝手に我々のところで線引きしたことです。今の状況ですが、この2年間、我々は置き去りにされていると言わざるを得ません。ジェノサイドが起こっていることを、知らないとは言わせられません。
一方、人民=政府ではありません。いろいろなところで、パレスチナの為に声を上げてくれています。それは変化の兆しだと思っています。
★映画の流れ
1936年初頭 ナブルスで暴動をイギリス軍が鎮圧。
エルサレムのアミール氏の邸宅を訪ねてきた青年ユーセフ。男装の女性がユーセフを迎える。彼女は、アフマド・カハーニの男名で新聞に記事を書いている。
1936年3月 パレスチナ初の放送局がラーマッラーに開局。
「政治とは関係なく、文化を広めたい。農民たちの組合も支援する。パレスチナの音楽も広めたい」と語る英国人。英語のほか、ヘブライ語とアラビア語で祝典が進む。
バルフォアがユダヤ人の為の国を約束する。
柵で囲んだ土地で、半ズボン姿で作業する女性たち。
「どうして柵で囲むの?」と母親に尋ねるパレスチナの少女。
「国を追われてきたのよ」
「半ズボンを履いていいの?」と驚く少女。
故郷アルバスマ村に帰ってきたユーセフ。
「町に出たい」と父に言うが、「村が大事」と父。
キリスト教徒の家族。
(祖母役はヒアム・アッバース)
恋する女性の為の詩を詠む農夫
ヤッファ港
反乱は静かに始まる・・・
武器の入った樽が33個見つかる。
パレスチナ人から仕事を奪ってユダヤ人に与えている。立ち上がるしかない!
ユダヤ人の方が賃金が高い。
1936年4月 新聞に「ゼネストに立ち上がれ」
キリスト教徒の少年カリーム。
長く待った者が勝つとカリームの父。
イギリス人がハイキングに来る。一緒にボールを蹴って遊ぶ子供たち。
1937年3月 入植者があちこちにキブツをつくる。
イギリスの高等弁務官がやってきて。登記の新制度が出来、オスマン時代の制度は廃止するという。
「段々畑は先祖代々築いてきたもの。シオニストたちは、なぜ我々の土地を奪う?」と農民たち。
高等弁務官「登記すれば土地の権利は守れる」
反抗運動の中で、アブー・ユーセフ(ユーセフの父)が亡くなる。
埋葬していると英軍が来る。「昨夜はどこにいた?」
ユーセフの弟ナエフが連行される。
1937年 パレスチナ分割案。
解決の手口になるはず。半分のパンでもないよりいい。
あちこちにキブツができる。
石油パイプラインに火がつけられる
鉄道爆破される
「イギリスやフランスの帝国主義に反抗するぞ!
シリア、レバノン、イラク、ドゥルーズも我々の味方
キリスト教徒のアラブ人も反乱に手を貸した」
アラブの反乱に、英国軍が村を包囲する。
レバノン、シリアの国境に壁をと英国軍。
反乱者320人が裁判もされず刑務所に。
母親、少女アフラに「走って逃げるのよ!」
祖母(ヒアム・アッバース)は「動くもんか!」と祖父と共に家の中から動かない。
家に爆弾を仕掛けられる。
男たちがバスに乗せられて連行されていく。
父、バスの中からカリームに「男になれ。家族を頼んだ」
目の前でバスが爆破される。
村の家が焼かれる・・・。
エルサレムの街をアフラが行く
少年カリームも歌声に惹かれながら歩いていき、英軍兵士に銃を向ける・・・
アフラ、走りながら人々に叫ぶ
報告:景山咲子
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