第37回東京国際映画祭 イラン映画『春が来るまで』監督&主演女優インタビュー Q&A報告 (咲)

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アジアの未来部門で上映されたイラン映画 『春が来るまで』 
来日されたアシュカン・アシュカニ監督と主演女優サハル・ソテュデーさんのインタビューと、上映後のQ&Aをお届けします。  
景山咲子



『春が来るまで』 原題:Ta Bahar Sabr Kon 英題:Wait Until Spring 
監督/プロデューサー/脚本:アシュカン・アシュカニ
2024年/イラン/102分/カラー/ペルシャ語
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夫が遺書をのこし自室で首吊り自殺。 サマンは、職場にも、友人にも、実家にも、その事実を言えず、通りをうつろな顔で彷徨う・・・  
ペルシャ湾岸の酷暑の中で石油会社で働く夫。賃金未払いで、労働争議を起こすも労働者をあおる行為は困ると会社から戒められたことを苦に自死したらしいことが明かされます。
どこの社会でも起こりえる普遍的な物語。



◆アシュカン・アシュカニ監督、 サハル・ソテュデー(主演女優) インタビュー
11月5日(火)
 

― とても素晴らしい映画でした。家族が死ぬということは、どんな死に方であっても、つらくて、茫然とするものですが、それが自殺となれば、さらに気持ちの整理がつかないものだと思います。家族にもいえないサマンの気持ちをずっしり感じました。

監督:自分の身近な人が自殺すると、最初は、受け入れられないし、信じられない。まだ生きているようだと混乱してしまいます。そういう気持ちを持っているのが、彼女の表情からわかると思います。家族にも、好きな人たちに会いに行っても、どう言っていいかわからなくて、言えないでいます。
初めての上映で、どう観客の皆さんに伝わるかわからなかったので不安でしたが、皆さんの反応を聞くと伝わったようで安心しました。

― 演じた上で難しかったことはありますか?

サハル:とても難しかったです。役者にとってはセリフがあったり、状況が説明されていればやりやすいのですが、この映画ではセリフのない中で、表情で気持ちを表さなければいけませんでした。24時間の話なので、同じ表情を維持するのも、とても難しかったです。
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― 24時間の話だったのが、Q&Aで聞いてわかって、そういうことだったのだと思いました。お葬式も出てこないので、どれくらいの時間、人に言えなかったのかなと思っていました。自殺はいつまでも残された人に悔いが残ると思いますし、イランでも今、自殺が増えていると聞いて、悲しくなりました。

監督:映画の冒頭で出した言葉、「自殺したところで終わらない。悲しみがほかの人に移る」ということが一番言いたかったことです。自殺した人は、悲しくて悲しくて自殺してしまうのですが、残された人にその悲しみが移ってしまいます。

― 私自身、大好きだった香港のスター、レスリー・チャンが21年前に自殺したのですが、いまだに心に複雑な思いがあります。

監督:
 人間だから同じ痛みだと思うのですが、僕も、去年親友が自殺したので、とてもつらい思いがあります。

― 音楽が邪魔にならない形で、サマンの気持ちを表していました。

監督: 音楽についても、いろいろアイディアがありました。よく考えたうえで入れています。彼女が彷徨うシーンで5分くらい音楽が流れてくるのですが、作曲家にお願いして、彼女の気持ちに沿うように、同じメロディーが繰り返すものを作ってもらいました。

サハル: 音楽がサマンの一歩一歩の足と同じように行ったり来たりしています。

― サマンを取り巻く家族の問題もさりげなく描かれていました。中でも、障がいのある姪のバハールのために、1か月に一度、誕生日のケーキを作るエピソードが心に残りました。 「Row, Row, Row Your Boat」の歌は、私も中学生の時に習った懐かしい曲で、元気づけられると思いました。

監督:そこに注目していただいて嬉しかったです。暖かい家族の中でサマンが育っていることを描きたかったのです。それは普通の一般的なイランの家族の姿ですが。

― ほんとにイランの人たちは皆さん心が暖かいと感じています。 まわりの家は電気がついているのに、あの家だけ停電というのも象徴的でした。 

監督:これは自分の感情で生まれた場面です。この家だけ暗いのはサマンの気持ちではないかなと。皆でロウソクを探して、結果的に明るくなります。
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― ロウソクを探しているときに、家族で夏にアフワーズに行った時の写真が出てきて、それが亡くなった旦那さまの暑い仕事場の近くだったことにも繋がって、とてもいいエピソードでした。

監督: 映画を作っているとき、すべてを計算して書いたりしているわけではなくて、たまたま出てきた人の話を入れることがあります。サハルが子供時代にアフワーズに行った時に、水がなくて大変だったと話してくれたことを入れたら、しっくりきました。

― サマンが夫の勤めていた石油会社に行って抗議する場面では、女性の強さも感じました。

サハル: そこで爆発するのですね。 今、ニュースで給料未払いや、労働条件の悪さに抗議する人たちや、リタイアした年配の人たちが待遇が悪くてデモしている話も聞きます。 いろいろなところで声をあげている人がいるので、そういう人たちの気持ちも思って演じました。

― 経済制裁の影響もあって、イランの人たちは大変だと聞いているので、声高でない形で入れていて、それもよかったと思いました。

監督:描くときに、直接的に語るのでなく、隠して言うほうが自分の好みです。

サハル:私も一緒に監督と話しながら脚本に加わりました。声高に言うのでなく、じわじわと頭に入っていく形がいいのではと思いました。

― 数多くの映画の撮影監督を経て、初めての長編映画デビューです。一緒に仕事をしてきた監督のスタイルはさまざまだと思いますが、こんな監督でありたいと思うスタンスは?

監督: いろいろな監督と一緒に仕事をしてきて、それぞれのスタイルを見てきました。話も聞いてきました。ラスロフ監督から、ある時、「あなたが映画を作ったら、どんなものになるだろう。いろんな監督を見ているから、自分の映画にはいろんなスタイルを入れ込むのではないだろうか」と言われたことがあります。この映画が出来て、ラスロフ監督に観ていただいたら、20分くらい沈黙して、そのあとに 「驚きました。今まであなたが撮った監督たちとまったく関係ない。ほんとにあなた自身のものだ」とおっしゃってくれて、とても嬉しかったです。無意識だったのですが、いろいろな監督のスタイルを思い出しながら、自分の気持ちで撮ろうと努力してきました。次に撮る時にも、自分の気持ちを優先して撮りたいと思います。

― 次の作品も楽しみにしています。サハルさんは女優として活躍する一方、短編映画も作られています。今後、長編映画も?

サハル: はい! 短編を3本撮っているのですが、すべての主役は15歳くらいの女の子です。長編のアイディアが2つあって、一つは同じく15歳くらいの女の子。もう1本は、もうすぐリタイアする60歳くらいの男の人の話。リタイアして第二の人生をどうのように歩んでいくかの話です。

― 時間が来てしまいました。お二人の次の映画を楽しみにしています。ありがとうございました。

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最後に、写真を撮らせていただいたあと、監督から、今日のインタビューはとてもよかったと言われ、ほんとに嬉しかったです。


このインタビューの前に取材したQ&Aの内容です。


◆11月3日16:25からの上映後 Q&A
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登壇ゲスト:アシュカン・アシュカニ(監督/プロデューサー/脚本)、サハル・ソテュデー(俳優)

MC:ワールドプレミアで上映することができ、監督さんたちにも無事日本にお越しいただくことができました。(注:イスラエルとのことがあって、イランから出国するフライトが停止されている状態でした)

監督:
ワールドプレミアを皆さんと一緒に観ることが出来てとても嬉しいです。

サハル:私も無事東京に来られて、監督と同じくワールドプレミアを一緒に観ることができて嬉しかったです。

ー(男性)素晴らしかった。サマンが歩くシーンは、余白があって、やりきれない感じが出ていました。この画角で撮る設定をした理由は?

監督:この映画は、24時間の物語。でも、作るのに3年かかりました。最初、コロナの時期に、ある会社の労働者が自殺した写真をテレビで見て、残された家族の気持ちを考えました。それからアイディアを含まらせて、この映画になりました。

MC:
撮影監督の経歴が長いですが、撮影について一番気をつけたところは?
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監督:撮影監督として長年、特にインディーズ映画、ラスロフ監督作品3本などの撮影をしてきました。今回、監督デビュー作です。撮影はしていません。撮影監督には何かいいたくはありませんでした。ポスプロの時に指示してなかったなぁ〜とポジティブ的に思いました。自然に出来たことに安心しました。
一番撮りたかったのは、人間の複雑な気持ち。それが撮れているかどうかは皆さんのご判断です。

ー (イラン男性:日本で昨年自殺が多かったことを述べたあとで) サマンが後追い自殺をやめたのは、お父さんとの会話があってのこと?  それとも違う理由?

監督:エンディングは、二つ考えられました。サマンは自殺しようと窓から飛び降りる、それは想像の中でした。もうひとつは、歌を習い始めたり、新しい仕事を始めるという終わり方。暗い題材を暗いまま終わらせたくありませんでした。「生」を描きたいと思いました。キャラクターを殺してしまうのは、自分らしくないと思いました。

MC: サハルさんは、夫の死を受け入れることのできない女性という難しい役でしたが…
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サハル:3年間、撮影にかかっています。時間を空けてからの撮影の時には、前との継続を考えないといけませんでした。目の前で夫が自殺するということに、あまりにショックが大きくて受け入れられない状態です。とても混乱してわけのわからない状況で歩いて、思い出を振り返ったりしている役どころでした。

ー(男性)イランでは、パートナーが自死した場合、社会的にどういうことご起きますか?
残されたパートナーが社会的に抹殺される国もあると聞きます。埋葬についても問題が起こるところもあります。

監督: 自殺すると、家族は自殺であることを隠します。葬儀はしますし、亡くなった人への敬意を払います。静かに受け入れます。 孤独や、仕事のプレッシャーがあると自殺を考える人もいます。この映画では、夫が自殺しても、「生」を選びました。このことが最も描きたかったことです。3年間一緒に映画を作ってきたサハルさんにも、ひと言お願いしたいと思います。

サハル:残念ながらイランでも自殺が増えていますので、このテーマを選んだのだと思います。
パートナーが自殺すると、周りの人から残った人のことをよく言わない傾向があります。いいパートナーじゃなかったから自殺を止められなかったと思われるのです。人それぞれですが、自殺はパーソナル的なものでなく、周りのケアが悪かったと捉えられることが多いです。

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