第7回東京イラン映画祭 今年も充実 (咲)
会期:2024年8月9日(金)~11日(日)
会場:港区立男女平等参画センター、リーブラホール
主催:イラン・イスラム共和国大使館文化部(イラン文化センター)
共催:港区国際交流協会
開催概要:http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/504065307.html
上映された7作品のうちの2作品が今年の映画祭で初上映でしたが、『ティティ』は東京国際映画祭2020で観ているので、私にとって初めての作品は『No Prior Appointment』1本でした。それでも、せっかくの機会、かつて観た作品も1本を除き拝見。2度目、3度目でも新たな発見があって、充実の3日間でした。
なにしろ、「予約不要・参加無料」という気軽に参加できるのが嬉しい映画祭。
日本語字幕を頑張って付けられたイラン文化センターの森島聡さんに感謝です。
来年も同時期に開催予定とのこと。
◆8月9日(金)
13:00~
『ペインティングプール』 原題:howz-e naqāšī
監督:マーズィヤール・ミリー 2013年 92分
アジアフォーカス・福岡国際映画祭2014で、『絵の中の池』のタイトルで上映された懐かしい作品。2019年の第2回東京イラン映画祭でも上映されています。
マリヤムとレザーは軽度の知的障がいを抱えているが、一人息子のソヘイルを愛情たっぷりに育ててきた。小学年の高学年になったソヘイルは、両親が普通とちょっと違うことに気付いて、学校に来てほしくない。先生からの連絡メモを隠してしまう。 そんなソヘイルも世間並みに遊園地に行きたいと両親におねだり。地下鉄に乗って遊園地に行くが、マリヤムが怖がって、楽しみにしていた乗り物に乗れずじまい。
親友のアミールアリのお母さんは、自分たちの学校の教頭先生。学校の帰りに、よく一緒に彼の家に行って、宿題をして、手作りの美味しいピザを食べるのが楽しみだ。 両親が疎ましいソヘイルは、ついに、教頭先生に「お母さんになって」とお願いする。家に帰らず、アミールアリの家で寝泊まりするソヘイル。
一方、マリヤムとレザーは薬工場で働いているが、制裁で減産を余儀なくされ、レザーがクビになってしまう。レザーは、ソヘイルの好きなピザの配達をしたいと思うも、バイクがないと無理と言われる。
ソヘイルが自宅に荷物を取りにいき、鳥をアミールアリに見せようと屋上にあがっている時、レザーが中庭でおんぼろバイクに乗っている姿をみる・・・
平穏に見える教頭先生の家も、夫が失職して、もう1年以上仕事を探していて、鬱病の薬を飲んでいるらしいことが描かれています。 二人の間に会話もなさそうです。
教頭先生が夕食にコトレット(イラン風ハンバーグ)を作ってくれるのですが、「お母さんのコトレットのほうが少し美味しい」とソヘイル。「教えてもらいに行かなくちゃね」と先生。
マリヤムとレザーがピザの上に楽しい絵を作り上げます。(上にチーズを乗せて焼いたら、せっかくのデザインもわからなくなってしまいそうでしたが・・・)
マリヤムは絵を描くのも大好きで、画帳に描いた絵をいつもソヘイルに見せて、〇を付けてもらうのを楽しみにしています。 ほんとに愛情込めて子育てしているマリヤムとレザー。 「お前のお父さんでごめん」というレザーの言葉に涙でした。
ソヘイルは、先生の夫から「ソヘイルというのは、“希少な星”という意味で、ご両親がどうしてもこの名前にと付けてくれたのだよ」と聞かされます。障がいのある両親を恥じているソヘイルですが、きっと両親思いの青年に育つことでしょう。
15:20~
『ヤドゥ』
監督:メフディー・ジャアファリー 2020年 86分
1980年9月のイラン・イラク戦争開戦直後。イラン南西部、イラクに国境を接する町アバダンは瞬く間にイラク軍に包囲される。住民のほとんどが避難する中、ヤドゥの母親は「逃げるのは臆病者」と、頑なに町を離れようとしない。亡くなった父親が親戚付き合いを断絶した為、行くアテがないのも理由だ。「戦争に行くより、母さんを連れ出すほうが100倍難しい」と嘆くヤドゥ。 市場が爆撃され、ようやく母親が避難する決意をする。気が変わらないうちにと大急ぎで支度をして、“虎のナデル”に荷物運びを頼むヤドゥ。「アバダンがイギリスに一日包囲された時にも、荷物を運んだ」と豪語するナデル。多くの荷物を持っていけない中、母親がヤギを連れていくという。父親が亡くなった後、ヤドゥと幼い弟妹を育ててくれたのが、このヤギのお乳だから、恩があって置いてはいけないというのだ。港に着くと、案の定、ヤギは乗せられないと言われる。日没までに出航しないとイラク軍に攻撃されるとせかされ、泣く泣くヤギを置いて船に乗り込む・・・
頑なな母親とヤドゥの会話が、なんとも可笑しくて、戦場になってしまった町が舞台なのに、あまり悲壮な気持ちにならずに済みました。とはいえ、事態は悲惨。
前に観た時の記憶が曖昧だったのですが、船着き場に船に乗せられなかった家具や冷蔵庫などが点在していた場面だけは、はっきり覚えていました。
ヤドゥと弟が、人のいなくなった家から物を持ち出してくると、母親に「ちゃんと書いておきなさい」と言われ、ヤドゥたちは玄関ドアに品名を書き残します。躾がきちんとしている~と感心します。 皆、いつ戻ってこられるかわからないけれど、ドアに書かれたのを見て、思わず笑ってしまうのではないでしょうか。返せとは言わないでしょう。
船に乗った後、ヤドゥが取った思わぬ行動については、まだ観ていない方のために伏せておきます。
18:00〜18:30
オープニング式典
イラン・イスラム共和国大使館公使、港区国際交流協会事務局長のご挨拶のあと、今回も上映される『ジャスト6.5 闘いの証』を買い付けたオンリー・ハーツ社長の奥田真平さんのお話。
「2019年の東京国際映画祭で『ジャスト 6.5』を観て、たまげました。イランの映画というとキアロスタミのイメージがずっと強かった。『ジャスト 6.5』は、大都会の暗黒世界を描いていて、エンターテインメント、アクション、同時にアートもある。当時、30歳位の監督。観た翌日、すぐにイランの会社に電話して、ぜひ日本で公開したいとお願いしました。もう一本、『ウォーデン 消えた死刑囚』も一緒にと言われました。『ジャスト 6.5』と同じ女優さんが出ています。観た時に熱量やイランの数千年の歴史や文化のエネルギーが沸々とわいてくる感じがしました」
主としてヨーロッパの映画を配給してきたオンリー・ハーツさんが、こうして、イラン映画2本を配給されたのでした。
18:30~
『ティティ』 原題:titi
監督:アーイダー・パナーハンデ 2020年 102分
ブラックホールを研究テーマにする物理学者のイブラヒム。入院中にやっと解き明かしたが、意識を失っている間に、書き付けた紙を、離婚係争中の妻が病室の清掃を担当しているロマ(ジプシー)の女性ティティに処理を頼んだという。ティティの家を訪ね、紙の行方を尋ねると、数枚は彼女の家にあったが、肝心の解明した書き付けのある紙は、アミールササンというミュージシャンの男に渡したことがわかる。彼はロマの人たちと一緒に音楽活動をしていて、今は町にいない・・・
イブラヒムは、アミールササンに紙の写メを送ってくれと頼むのですが、ウサギの籠の下敷きにしていて無理と言い、さらに町に帰ってきてからも、なかなか渡してくれません。ティティと親しそうにしているイブラヒムに嫉妬しているようにも思えます。 ティティは、アミールササンの指示で、ある夫婦と代理出産契約を結んでいて、それも2回目。どうやらティティは、アミールササンに惚れ込んでいるようです。 それでも自分の家を建てようと、大きなお腹を抱えて、日々ブロックを積み上げています。
イランにもロマが1500年前位に移り住んできて、今も1万人程が暮らしていることを知った監督が、ロマの文化を織り込んで描いた女性の自立の物語。
2020年に東京国際映画祭で上映された折に、監督に、ZOOMでインタビュー。(コロナ禍でした)
こちらで、何を描きたかったのか、どうぞお読みください。
東京国際映画祭『ティティ』アイダ・パナハンデ監督インタビュー
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/478549886.html
TIFFトークサロン『ティティ』
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/478550368.html
さて、イブラヒムは解明を書き付けた紙をアミールササンから取り戻せたのか・・・ なのですが、実はオープニングセレモニーの前に食べた広東風ワンタン麵でお腹いっぱいで、映画の最初の方ではウトウト。もうあと少しで終わるという時にはお腹が痛くなって、会場を抜け出し、肝心の場面を見逃してしまいました。 という次第で、翌日、もう一度観ることに。
8月10日(土)
13:00~
『ティティ』
2020年の東京国際映画祭で観ているのですが、結末をはっきり覚えてなくて、前日の上映でも見逃してしまったので、再度挑戦。 さすがに、いろいろな伏線がよくわかりました。 最後のイブラヒムとティティの選択した行動も。 お蔭様ですっきり♪
いずれまた上映の機会があると思いますので、ここでは伏せておきます。
15:20~
『No Prior Appointment』 原題:Bedoone Gharare Ghabli
監督:ベヘルーズ・ショアイビー 2020年 115分
今回のイラン映画祭が初上映。
タイトルは、あえて英語のままにしたと森島さん。
ドイツで医者として働くヤサミン。イランの弁護士から、父親が亡くなり、遺言があるのでイランに来てほしいとの連絡を受ける。父とは、もう30年音信不通。友人からは、イランにいる親戚のナルゲスに任せて、イランには行くなと言われるが、発達障がいを抱えた息子のアレックスを連れて、ヤサミンはテヘランに赴く。遺言には、父の著書の著作権と、マシュハドのエマームレザー廟の中庭にある先祖代々の墓を譲るとあった。弁護士から、ぜひマシュハドでお墓を見てほしいといわれる。休暇を延ばして、列車でマシュハドに行く。親戚の女性ナルゲスが迎える。また、マシュハドには、2年前からFacebookを通じてやりとりしていた男性がいて、初めて対面する。実は彼が父の弟子で、娘への愛をとうとうと語るので、Facebookで名前を検索して連絡したのだという・・・
小さいときに両親が離婚し、ドイツに行ってしまい、ペルシア語は話せるけれど、読めないというヤサミン。遺言を読んでもらいます。「長男がいるのに、なぜ先祖代々の墓を私に?」と問うヤサミンに弁護士は、「お父様のすることにはすべて意味があります」と答えます。しかもその先祖代々の墓に父は埋葬されていないのです。
マシュハド郊外の村の家に連れていかれます。疎開(イ・イ戦争時代か?)していた時に、ヤサミンはこの家で生まれたと聞かされます。 ラクダの群れ、バルーチーの人たちの踊り、高台にある不思議な形の建物・・・
そして、圧巻はマシュハドの町の中心にあるエマームレザー廟。素晴らしさに息をのみました。
私は初めてイランに行った1978年5月にマシュハドを訪れましたが、まだ革命前なのに、この町はこの廟があるからか、バスも男女別になっていたり、町を歩く女性もチャードル姿の割合が多くて、敬虔な町という印象を受けました。エマームレザー廟に入るときには、私もチャードルを借りました。皆が泣きながら棺の周りをめぐっている姿に、私も感極まったのを思い出します。
さて、マシュハドの父の墓石には、現代の神秘主義詩人シャフィーイー・キャドキャニーの詩が刻まれていました。
Facebookでやりとりしていたのは、もしかしたら、弟子の名前を借りた父本人だったのでは?とも思えました。ぜひもう一度観たい作品です。
18:00~
『ゴラームレザー・タフティ』 原題:Gholamreza Takhti
監督:バフラーム・タヴァッコリー 2019年 113分
イランの国技レスリングの英雄ゴラームレザー・タフティの生涯を描いた物語。
幼いころ、父親の所有していた氷室を壊され、貧しい暮らしを強いられながらも、身体を鍛え、めきめきと力をつける。1956年メルボルンオリンピックで、レスリングフリースタイル87キロ級金メダルに輝く。イラン初の金メダリストとして国民的英雄に。その後も、オリンピックや世界選手権でメダルを獲得するが、精巣癌の手術後、引退表明。
モハンマド・レザー・パフラヴィー国王により追放されたモハンマド・モサッデク首相を支持していた為、代表チーム監督の話も立ち消えになり、収入の道を閉ざされる。
1968年1月7日にホテルの部屋で死体で発見された・・・
タフティは、稼いだお金で親友に花屋を開業させたり、困っていると訪ねてくる人には、気前よくお金を渡します。収入以上に支出しているタフティに花屋の親友は苦言を呈しますが、笑うだけのタフティ。タレガニー師が収監中には家族の面倒もみていたというタフティ。 それにしても、タレガニー師のスピーチを聴く男性たちが、皆、ネクタイ姿で、革命前はそうだったのだなぁ~と。
最後に、葬儀と埋葬の時の実際の映像が流されました。 まさに国民的英雄だったのが見て取れました。
イラン政府は自殺と発表していますが、秘密警察により暗殺されたとの説もあるとのこと。真相は?
昨年のイラン映画祭では、最後の20分、日本語字幕が間に合わなくて英語字幕で拝見。
イランの近現代史を背景にしたタフティの生涯は、とても興味深いものでした。 来年のイラン映画祭でも再上映予定とのこと。これも、ぜひもう一度観たい作品です。
8月11日(日)
15:20~
『古代遺跡シャフレ・スーフテ』
監督:ナーセル・プーイェシュ 2019年 53分
アフガニスタン国境に近いイラン南東部スィースターン・バルーチェスターン州にある古代遺跡シャフレ・スーフテ(焼失した都市)。イランで17番目にユネスコ世界遺産として登録された古代遺跡。幻想的なドキュメンタリー。
5000年から6000年前ごろの青銅器時代の都市。塩分濃度が高くなった為、様々なものが残っていて、出土品から高度な生活が営まれていたことがわかります。
さらに、考古学者の調査によると、この都市には武器が全く存在せず、暴力による非自然死の遺体も存在しないことから、戦いのない平和な社会だったと推察されています
映画で、若い女性の埋葬場面が再現されますが、当時の言葉を想像して表現している為、日本語字幕も、英語字幕を参照にしたとのこと。
★上映後 トークショー
30分程度を予定し、登壇者二人より、それぞれ15分の持ち時間でお話がありました。その後、二人の間でそれぞれへの発表への感想や質疑、会場からの質疑応答で、大幅に時間を超えて、1時間近くの充実したトークとなりました。
鈴木均氏
*イラン映画とイラン革命(1979年)の関係
アメリカやイスラエルは、革命後の体制は一時的なものと考えているが、現在まで体制が続いていることを踏まえて考えないといけない。
革命後のイラン社会を一番表しているのが映画。
革命後の映画の歴史を見ると、イランの人たちのレベルの高さ、映像への思い、表現力の高さを感じる。
去年2月、イランでホメイニー師の知らなかった映像を見ることができた。革命直後に革命の記録として作られた映画『自由のために(baraye aazadi)』にも使われなかった映像。
1979年2月、ホメイニー師がパリからエールフランス航空の特別機で帰国した時の機内で、同乗したジャーナリストがインタビュー。
「イランに戻られるにあたって、どういうお気持ちですか?」との問いに、ただ一言「hich(ヒーチ: 何も!)」
メヘラバード空港に着いた時に、「これが最後の一歩だ」と感極まった話し方をしているのが印象的で、このような表情は見たことがなかった。
また、テヘラン南部のヘベシュテザフラー墓地に行き、「革命の過程で亡くなられた方に哀悼を捧げます」とスピーチ。
ゴドラットラー・ザーケリー氏
(明治大学大学院、2021年にイランで「イランと日本の映画」を出版)
イランと日本の合作映画について、革命前、革命後、それぞれ要領よくまとめた資料を見せながら、お話してくださいました。
革命前
『イラク・イラン探検の記録 メソポタミア』(1957年)
『三人の悪童日本へ行く』 (1966年) 監督:ムハンマド・モデヴァッセラーニー
『陽は沈み陽は昇る』(1973年) 監督:藤原惟繕 一部をイランでロケ
『ゴルゴ13』(1973年) 監督:佐藤純弥 主演:高倉健 *日本・イラン最初の合作映画
『燃える秋』(1978年) 監督:小林正樹 主演:真野響子
革命後
◆1980年代に日本に来たイラン人労働者をテーマにした映画
『太陽の男』 (1995年) 監督:ホマーユーン・アスアァーディヤーン
*日本では高くて撮影できず、マレーシアと香港で撮影
『旅の途中で FARDA』 (2002年) 監督:中山節夫 監修:アッバース・キアロスタミ
『ケイファル(処罰)』 (2009年) 監督:ハサン・ファトヒー
*一部のイラン人による犯罪問題をテーマにしています。
『ホテル・ニュームーン』(2019年) 監督:筒井武文 女優マフナズ・アフシャルが出演
◆イラン人監督が日本で監督・製作した日本映画
『CUT』(2011年) 監督:アミール・ナデリ
『ライク・サムワン・イン・ラブ』(2012年) 監督:アッバース・キアロスタミ
『二階堂物語』(2018年) 監督:アーイダー・パナーハンデ
◆カマール・タブリーズィー監督と日本
『風の絨毯』(2003年) 日本・イラン合作
『世界中の走者』(2010年) 日本のお笑いタレント間寛平を主演に起用した作品
◆アボルファズル・ジャリーリー監督と日本
『ハーフェズ ペルシャの詩』(2007年) 主演:麻生久美子
『ダーン』(1998年) すべてイランでロケした映画だが、日本の資金が出ている
『少年と砂漠のカフェ』(2001年) 同上
◆その他の日本との合作映画
『米の袋』(1997年) 『柳と風』(1998年) 監督:モハンマドアリー・ターレビー
『ブラックボード 背負う人』(2000年) 監督:サミラ・マフマルバーフ
最後に:
日本とイランの映画を通じての交流をみていただきました。
なにより、ショーレ・ゴルパリアンさんの存在は忘れてはなりません。
私たちイラン人は、日本の映画を通じて日本を知りました。
イランの映画を観て、イランを知っていただければと思います。
*****
この後、18:00から『ジャスト6.5 闘いの証』の上映がありましたが、今回は観るのをやめて、友達と食事をしながらゆっくりおしゃべりして帰りました。
また来年のイラン映画祭が楽しみです。 景山咲子
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