宮崎暁美
東京国際映画祭は2021年から六本木を離れ、日比谷、有楽町、銀座地区での開催になった。六本木からこちらに移って3年目、やっと映画祭の周り方にも慣れてきた。
あいにく2020年からコロナの影響で、海外からのゲストの来日は難しく、オープニングや授賞式も縮小の形で行われていたけど、今年(2023)は、4年ぶりに海外からもゲストが来日し、通常の形にもどった。オープニングのレッドカーペットもたくさんのゲストが参加するとのことだけど、撮影のためには何時間も立ち通しで現場に張り付いていないといけないようだったので、今年はクロージングにかけようと思っていたら、今年の取材は抽選になり、抽選に外れてしまった。1989年から約30年、ほとんどの年、クロージングの写真を撮ってきたのにとがっかり。長らく写真撮影をしてきたこととか全然考慮されず、ただ抽選というのもなあと思った。1媒体一人というようなことだったのかしら。
クロージングだけでなく、取材申請が通っていなかったり、抽選に外れたりとかみ合わず、今回はあまり写真が撮れなかったのが残念。特に顧暁剛(グー・シャオガン)監督の作品の舞台挨拶、Q&Aに参加できなかったのはとても残念だった。それでも黒澤明賞を受賞した「グー・シャオガン監督と山田洋次監督」「モーリー・スリヤ監督とヤン・ヨンヒ監督」の対談だけは取材することができた。それにしても撮影と作品鑑賞との兼ね合い、時間調整はなかなか難しい。
シネスイッチ銀座まで有楽町駅から歩いて20分くらいかかる私にとって、今年はシネスイッチ銀座でのプレス試写を少なくし、駅近くの会場で上映される作品を多く選んだ。また当日券が残っている作品については、有楽町駅前でチケットを買い、何本か観ることができ、結局、中華圏の作品を中心に15本の作品を観ることができた。去年はフィルメックスと重なっていたので、同じ15本でも、東京国際は7本しか観ることができなかったけど、今年は東京国際映画祭に集中できた。その中から数本紹介します。
ガラ・セレクション
『満江紅(マンジャンホン)』
原題:滿江紅 英題:Full River Red
監督:張芸謀(チャン・イーモウ)特別功労賞
出演
張大役:沈騰(シェン・トン)
副司令官:易烊千璽(イー・ヤンチェンシー)
宰相秦檜の部下:張毅(チャン・イー)
2023年中国 157分 カラー 北京語 日本語・英語字幕
ジャパン・プレミア
Ⓒ2023 Huanxi Media Group Limited(Beijing) and Yixie(Qingdao) Pictures Co., Ltd. All Rights Reserved.
長年の映画界への貢献を評価し、特別功労賞が授与された張芸謀監督の最新作。今年(2023)、中国の旧正月に公開され、大ヒットを記録。
非業の死を遂げた南宋の武将・岳飛が残した詩「満江紅」をモチーフに、南宋朝廷内部に渦巻く謀略を描いた壮大なスケールの歴史劇。金国と会談する筈が、金の使者が殺害され密書が消えた。この謎を軸に騙し騙され、駆け引きと知恵比べ。謀略の数々!
コミカルでテンポよいコメディかと思いきや、少しづつ張られた伏線と、それが回収されるラストは圧巻。中国の歴史をよく知らない私でも、最後は感動した。
主人公は、宰相より消えた密書を夜明けまでに探し出すように命じられる。猶予は2時間。はたして見つけられるのか? はたまた、その密書とはどういうものだったのか…。廷内の石壁の通路を兵士たちが走ったり、歩きまわって探しまわる姿を上から撮ったり、横から撮ったり、前から撮ったりと、整然とした兵士たちの動きの様式美は、いかにも張芸謀監督らしい。また、渋い色の色合いは、一見、これまでの赤を基調とした派手な色使いの張芸謀調とはかけ離れているようで、色彩の美さという意味ではやはり張芸謀調ともいえるのでなないだろうか。そして音楽がまた意表をつく。京劇風の音楽をラップ調で演奏したりして、新しい試みだと思った。
「製作のきっかけは、『紅夢』の続編を撮ろうと6年前、山西省に撮影用の屋敷を建てたこと。その続編は脚本がうまくできず止まっていたら、現地の行政から映画を作ることを催促され、そこから始まった企画。『紅夢』と全く違う物語を撮ろうと思ったけど、脚本は4年かかった」と監督は語っていた。
左 張芸謀監督 第36回東京国際映画祭にて 撮影:宮崎暁美
コンペティション
『雪豹』 東京グランプリ
原題:雪豹 英題:Snow Leopard
監督:萬瑪才旦(ペマ・ツェテン)
出演
金巴(ジンパ)
熊梓淇(ション・ズーチー)
才丁扎西(ツェテン・タシ)
109分カラーチベット語、北京語日本語・英語字幕2023年中国
チベット・ニューウェーブの先駆者であり、本年(2023)5月8日に53歳に急逝したチベット人監督ペマ・ツェテンの最後の作品のひとつ。舞台は白い豹が生息するチベットの山村。若いチベット僧と豹との向き合いをファンタジックな設定の中に描き、人間と動物の共生の可能性、地元の人にとっての保護獣の意味などを問う。
チベット自治区の隣、青海省から車を飛ばす地方局のレポーター(ション・ズーチー)とカメラマン。レポーターの友人のチベット僧(ツェテン・タシ)=ニックネーム“雪豹法師”から、山間の村にある雪豹法師の実家に保護動物として知られる雪豹が現れたという連絡を受け、それを撮影しようとしていた。現場に到着した彼らを“雪豹法師”の家族は出迎えてくれるが、羊の囲いの中には9頭の羊を殺めたという雪豹がいた。1000元を超える損害が出たから「雪豹」を殺すと激怒する僧侶の兄(ジンパ)、動物は逃したほうがいいという父親。それを傍観するメディア。そんな状態のなか、役人と警察までがそこに現れる。自然の中で暮らす人と、自然保護をかかげた人たちの思いのすれ違い。この地で生きる人たちよりも、自然保護動物への施策を優先させようとする人たちの言い分により激高する兄。そんな中、“雪豹法師”は雪豹に近づき、まるで会話をするように対峙する。双方の言い分を見事な会話劇と大自然の映像で魅せる。この地に生きる人々の思いに関係なく、自然保護を進めようという人たちへぶつけた作品ともいえる。
チベットの雄大な自然のなかで営まれる動物と人間の生きるためのたたかいは、切実なドラマを生み「満場一致」でグランプリになったという。他にも、監督の新作は、『陌生人~Stranger』(見知らぬ人)という作品があるらしい。こちらもぜひ観てみたい。
ペマ・ツェテン監督は、チベット人映画監督の先駆者的存在。これまでに国内外の映画祭でたくさんの賞を受賞している。東京フィルメックスでも何作品か上映され、『オールド・ドッグ』(11)、『タルロ』(15)、『羊飼いと風船』(19)で、東京フィルメックスグランプリを3度受賞している。
チベットの後進監督の育成にも力を入れ、2021年の第34回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品された久美成列(ジグメ・ティンレー)監督(子息)の長編デビュー作品『一人と四人』ではプロデューサーも務めた。
私は『オールド・ドッグ』(2011年)、『タルロ』(2015年)、『轢き殺された羊』(2018年)、『羊飼いと風船』(2019年)を観たことがある。
コンペティション
『西湖畔に生きる』(原題:草木人間)
英題:Dwelling by the West Lake
監督・脚本:顧暁剛(グー・シャオガン)黒澤明賞受賞
脚本:郭爽(グオ・シュアン)
音楽:梅林茂
出演
目蓮役:吴磊(ウー・レイ)
呉苔花役:蒋勤勤(ジャン・チンチン)
董萬里役:閆楠(イエン・ナン
王社長役:王宏偉(ワン・ホンウェイ)
ワールド・プレミア
2023年 中国 115分 カラー 北京語 日本語・英語字幕
2019年の東京フィルメックスで、審査員特別賞を受賞した顧暁剛(グー・シャオガン)のデビュー作『春江水暖〜しゅんこうすいだん』(19)を観て感動。まだ若いのに熟練の監督作のような映画を作った監督に感心した。フィルメックスでの上映の時、引き続き第二弾を作ると言っていたので新作に期待していた。その新作。
浙江省杭州の西湖畔。中国緑茶の産地として有名な西湖の沿岸に暮らす母と息子の関係を軸に、マルチ商法など経済環境の変化の中で揺れる家族の姿を美しい風景の中に描いた。
10年前に父が行方不明になり、母の苔花と生きて来た青年目蓮。父を探すためにこの地で進学。卒業を控えて、今は求職活動をしている。
息子と生活するため、ここ杭州にやって来た母の苔花は茶摘みで生計を立てていたが、茶商の錢と恋仲に。しかし、家族や仲間に知られてしまい、茶摘みの仕事ができなくなり、苔花は同郷の友人 金蘭に誘われ、彼女の弟が取り仕切るイベントに参加。マルチ商法に取り込まれ、詐欺まがいの仕事に参加するようになってしまった。この仕事にのめりこみ、お金を稼ぐようになった母は、自信を持つようになり、活発に。息子の目蓮は母に、だまされていると言うが、苔花は聞く耳を持たずだった。
1作目の『春江水暖〜しゅんこうすいだん』の表現方法とは違う方法で2作目を描いたが、「様々な変化を迎える中国社会の中で精いっぱいに生きる家族の変遷」という、最初の作品への思いはこの作品の中でも生きている。
監督はトークの中で原題について、「『草木人間(そうもくじんかん)』は“茶”という字を分解したもの(草と木の間に人が入ると茶という字になる)、この映画ではお茶は作品の重要な要素です」と語っている。そして「この作品を作っている時、人というのは天と地の間の草木のようだと感じました。路傍にはえている草、自分が育つところも選べない小さな草木のよう。そんな草木でも太陽の方を向き生命の意義を見出す。草木は生きとし生けるものの象徴。庶民にとっての生活や努力に対する希望の象徴です。山水画の雰囲気を残しつつ、マルチ商法のような社会の問題をどう描くかは挑戦でした」と語っていた。
中国には「目連救母」という言葉があります。地獄に落ちた母を息子目連が救い出そうとする話しです。その「目連救母」を題材に、地獄をマルチ商法に変え、人の世とどう結びつけるかを描いたそうです。
映画上映後のトークには参加できませんでしたが、黒澤明賞受賞記念として行われた「山田洋次&グー・シャオガン対談」に参加しました。その模様はこちら。
今回の映画祭、まだまだ観ていますが、この3本の作品を観ることができただけでも、有意義な映画祭でした。
この記事へのコメント