イスラーム映画祭8 『ファーティマの詩(うた)』 フランス、アルジェリア移民の母の悲哀 (咲)

イスラーム映画祭8では、フランスのマグリブ移民とその第二世代をテーマにフランス映画の小特集が組まれ、下記2本が上映されました。
『ファーティマの詩(うた)』
『エグザイル 愛より強い旅』

ここでは、パリ同時多発テロから3ヵ月後の2016年セザール賞で最優秀作品賞を受賞した、フィリップ・フォコン監督作『ファーティマの詩(うた)』と、上映後のトークをご紹介します。

『ファーティマの詩(うた)』 原題・英題:Fatima
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監督:フィリップ・フォコン / Philippe Faucon
2015年/フランス=カナダ/フランス語・アラビア語/78分
予告篇 https://www.youtube.com/watch?v=eHM9rSskaqw
★日本初公開

リヨンの郊外(バンリュー)の団地で暮らすアルジェリア移民のファーティマ。夫と離婚し、二人の娘たちに教育を受けさせるため、朝から晩まで清掃や家政婦の仕事をしている。大学生のネスリーンは医学部で母親の期待にこたえようと勉学に励むも、試験の重圧からストレスを抱えている。次女のスアードは母親の仕事を軽蔑して真面目に勉強しようとしない。ファーティマは、日々の思いを詩にして綴る・・・
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ファーティマはフランス語が流暢に話せず、仕事場ではがゆい思いをしていて、娘たちにはアラビア語で話しかけます。でも、娘たちから返ってくるのはフランス語。アルジェリアから一緒に移民してきた夫は、離婚後、新たな妻と暮らしていて、ファーティマには複雑な思いがよぎります。 
フランス語ができないために、仕事も限られてしまいます。長女と一緒にアパートを見に行った時には、スカーフを被っていたからか、不動産屋から、「この部屋はすでに決まった」と言われてしまいます。移民のムスリムが、何かと差別されている社会を本作は映し出しています。
美しいアラビア文字で綴るファーティマの姿からは、詩の文化を大切にする心を感じて救われました。


《郊外(バンリュー)と移民 ―映画から読み解くフランスの移民事情》
【ゲスト】森千香子さん(同志社大学社会学部教授/『排除と抵抗の郊外 フランス〈移民〉集住地域の形成と変容』著者)
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2/23(木)12:50からの『ファーティマの詩(うた)』上映後、フランスのムスリム移民に詳しい森千香子さんの解説。
トーク開始の前に、藤本さんより、「移民2世、移民3世という表現はあえて使わず、移民の子ども世代、第二世代としました」と、まず説明がありました。
フランスでは移民してきた親が外国籍でも、フランスで生まれればフランス国籍。 アメリカでは、例えば中国2世、3世、メキシコ2世となるが、フランスでは親の国籍や出自は問わず、フランスで生まれればフランス国籍なのが当然。移民2世とは言わないとのこと。

フィリップ・フォコン監督は、モロッコ出身。1983年に夫とともにモロッコから移民してきたファーティマ・アル・アイユービーによる著書2冊をモチーフに、主人公をアルジェリア移民に置き換えて描いた作品。ファーティマ役を演じたファーティマ・スライヤー・ゼルーアルさんは、実際にアルジェリア移民で清掃の仕事をしていました。
本作は、2016年セザール賞で最優秀作品賞を受賞する前から、注目されていて、普通のフランス人が観て感動していた。

◆ムスリム大国フランス

フランスのムスリム移民  約500万人 (人口の7%)
(フランス生まれの第2、3世代も含む)
*移民の統計を取っていないので推測

アルジェリア 256万人
モロッコ 182万人
チュニジア 76万人

◆植民地支配の歴史

フランス領アルジェリア (1830年~1962年)
・19世紀 フランスからアルジェリアに入植
・20世紀 アルジェリア→フランス 戦争・労働への動員
・1950~1970年代 戦後の復興期をマグリブ移民が支えた

映画の中で、父親が娘に窓の外の高層ビルを指して 「すごい高さだろ? 俺たちが建てた。何時間も働いたよ」という場面がある。
一方、娘は母親の清掃の仕事には誇りが持てない。


◆郊外(バンリュー)
Banlieue : Ban 締め出された lieue 地域 
郊外の意味でも使われる。
日本ではベッドタウンのイメージ。
イギリスでは郊外に金持ちが移り住んだ。
フランスの郊外は、工業地帯として発展。貧しい人たちの住む町に。
旧植民地にルーツを持つ低所得者層が多い。
空間的な“郊外”と、チタンの悪い地域としての“郊外”

◆なぜ、移民とその家族は「団地(シテ)」住まいが多いのか?
第二次世界大戦でフランスは大きな被害を受け、住宅事情がよくなく、郊外に団地がたくさん建てられた。元々、フランス人が住んだが、徐々に持ち家を買って出ていって、そこに移民の家族が住むようになった。
1973年、オイルショックで新規労働移民の受け入れを1974年に停止。 フランスに単身でいた労働者が家族を呼び寄せた。


◆フランス 「郊外(バンリュー)」映画への誘い

『彼女について私が知っている二、三の事柄』 1967年
ジャン=リュック・ゴダール監督
当時、最大規模だったパリ郊外ラ・クールヌーヴ4000戸団地が舞台
実話を参考にしながら、一見豊かに見える団地生活と消費社会の実態を鋭く批判

『憎しみ』 1995年
マチュー・カソビッツ監督 (ユダヤ人)
郊外の若者の一日を白黒でスタイリッシュに描いて、世界的に大ヒット。
主役はユダヤ系、アラブ系、アフリカ系の3人の若者。
2020年にリバイバル。舞台にもなっている。

『ウエッシュ、ウェッシュ、何が起こっているの?』 2001年
ラバ・アメール・ザイメッシュ監督 (アルジェリア生まれ)
パリ郊外モンフェルメイユの団地が舞台。
監督自身が育った団地が舞台で、出演者のほとんどが団地住民や監督の家族。
アンチ『憎しみ』として作られた。

『身をかわして』 2003年
アブデラティフ・ケシシュ監督(チュニジア出身)
青春ドラマ。コメディー。

『レ・ミゼラブル』 2019年
ラジ・リ監督(マリからフランスに移住した両親のもとに生まれる)
パリ郊外モンフェルメイユ団地が舞台。
タイトル『レ・ミゼラブル=悲惨な人たち』は、フランスの文豪ヴィクトル・ユーゴーの著作と同じ
郊外の移民の経験がより広いフランス人に共通するというメッセージ
シネジャ作品紹介:http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/473711950.html

「郊外(バンリュー)」映画の多くが男性中心に描かれている中で、『ファーティマの詩(うた)』 は女性中心に描かれている珍しい映画。


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『エグザイル 愛より強い旅』原題:Exils 英題:Exiles
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監督:トニー・ガトリフ / Tony Gatlif
2005年/フランス/フランス語、アラビア語、スペイン語/103分
*2005年 劇場公開
シネジャ作品紹介『愛より強い旅』
http://www.cinemajournal.net/review/2005/index.html#ai-tabi

★本作の冒頭、ロマン・デュリス演じる主人公が窓辺に佇むの背中が映し出され、窓の外に団地が広がっていました。

日本でも人気のあるアルジェリア出身でロマのルーツも持つトニー・ガトリフ監督作。
ガトリフ監督の自伝的要素も強い本作は、ともにアルジェリアルーツのカップルがアイデンティティを求めてパリからアルジェを目指す物語。
フランス→スペイン→モロッコ→アルジェリアと続く旅をスーフィー音楽等を基にした、督自身による楽曲の数々が彩ります。
*国内未ソフト化です。

ビートのきいた刺激的なテクノ音楽、哀愁漂う中に力強さのあるフラメンコ、民族楽器とテクノを融合させて移民の心情を歌い上げるライ、そして、神との一体をはかるためのスーフィー(イスラーム神秘主義)音楽と、本作は音楽を巡る旅でもあります。 アルジェの町で、素肌を隠せと強要されて被っていたスカーフとコートを脱ぎ放ったナイマが、スーフィー音楽にあわせてトランス状態に陥っていくラストは圧巻。 ただし、本来のスーフィーの儀式に使用する三拍子系ではなく二拍子系リズムに変えてあり、監督のオリジナル。(咲)


報告:景山咲子

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