フランス映画祭2022 横浜 『フルタイム』 エリック・グラベル監督インタビュー

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『フルタイム』 À PLEIN TEMPS
監督:エリック・グラベル
出演:ロール・カラミー、アンヌ・スアレス、ジュヌヴィエーヴ・ムニシュ
2021年/フランス/フランス語/スコープ 2.39:1/87分

*物語*
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パリ郊外の田舎町で暮らすジュリーは、離婚して二人の子供たちを育てながら、パリの高級ホテルでハウスキーパーの仕事に就いている。公共交通機関のストが続いていて、仕事場にたどり着くのも大変な日々だ。経済学修士号を持ち、かつて市場調査の仕事をしていたが4年前に会社が倒産。またマーケティングの仕事がしたいとあちこち履歴書を出し、やっと1社から面接の通知をもらう。シフトをなんとか代わってもらって面接に行く。その後、最終面接にこぎつけるが、シフトの代わりが見つからない・・・
(物語のロング・バージョンを末尾に掲載しています。)


監督:エリック・グラベル
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20年前からフランスを拠点とするカナダ出身の監督、脚本家。モントリオールで始まった国際映画運動キノに賛同し、多くの短編映画を監督した後、2017年に『クラッシュ・テスト』で長編デビュー。本作『フルタイム』が長編2作目となる。


◎エリック・グラベル監督インタビュー

◆時間に追われながら働く人たちに思いを寄せた
― 目覚ましの音で始まる息もつけないジュリーの一日に、私自身、かつて郊外の家から毎日2時間近くかけて会社に通っていた頃のことを思い出しました。
多くの方の共感を呼ぶのではないかと思います。監督ご自身の経験も、映画の背景になっているのでしょうか?


監督:私自身、パリから1時間半位の舞台になったジュリーの住む田舎町で10数年暮らしています。郊外で暮らす決心をした時には、週に1日か2日、パリに行けばいいからと思っていました。パリに行くうちに、毎日通勤している人たちに気づきました。大変な思いをしているのを感じました。子育てしながらの方も身近にたくさんいたので、そういう人たちのことを映画で描きたいと思いました。私自身は、パリに行く回数を少しずつ減らしていきました。

― ジュリーは、自分に合ったより良い仕事を求めて頑張っています。一方で、子どものためを思って近くのスーパーで働くことも考えます。履歴書に書きかけた経済学修士号を消したところに、諦めのような気持ちを感じました。

監督:履歴書を書いている時に、学歴はあるけれど、スーパーで働くのに経験を満たしていないことに気づいて修士号の学歴を消したのです。どんな仕事も、それ相応のキャリアが必要だということを伝えたかったのです

◆男性にも共感してもらえたのが嬉しい
― 子育てしながら働くのは大変なことだと思います。インタビュー記事で、監督のお父さまがシングルファーザーだったと知りました。お父さまへの思いも込めて作られたのでしょうか?

監督:台本を書いている時には、あまり考えなかったのですが、あとからシングルで子育てをしている人たちに話を聞いてみました。私にはパートナーがいますが、私の住んでいる村にも、シングルで子育てしながら働いていてクタクタになっている人たちが多くいます。この映画を観た人から、自分自身や身近な人の人生のある時期を重ねたといわれることが多かったです。中でも、男性から共感したと言われたのは嬉しかったです。女性ならではの苦しみはあるけれど、男性も同じ悩みを抱えているのだと言われました。

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― 人はとかく時間に追われて暮らしているのを感じるのですが、本作を観て、ふっと思ったことがあります。 ジュリーがホテルの新入りのリディアに腕時計をしてという場面がありました。丸く文字が並んだ時計だと、何時まで15分とか、あと何時間とか、はっきりわかります。デジタルが主流になった今、時間に関する感覚が違ってきているような気がするのですが、いかがですか?

監督:メイドさんの仕事にとっては、今も腕時計が必要だということを描きたかったのです。メイドに限らず、アナログの時計は労働には必要だと思います。デジタルの時代になっても、やっていることは変わっていないのですから。

◆日本のハイテクトイレは想像を超えてました!
― チャーチルスイートのヨシダさん、日本の自動洗浄のトイレと、日本人にとっては、ちょっと嬉しい日本の登場でした。監督にとって日本はどんな存在でしょうか?

監督:(すごく笑う)  ヨシダさんのことは、すっかり忘れてました。 日本にハイテクトイレがあるのは知っていたし、いろいろ読んではいたのですが、日本には今回初めて来ましたので、真っ先にスーパーハイテクトイレを確認しました。想像を超えました! こんなものが実際にあるのだということを、初めてこの目で確認することができました。すごくおもしろかったです。
ヨシダさんは忘れてましたが、それよりも、部屋を糞尿で滅茶苦茶にしたスコットランドの歌手については、話を聞いたことがあって、インパクトが強くて、映画に入れてみました。スコットランドの方から具体的に誰だ?とよく聞かれます。 映画の中では、「ボビー・サンズ(Bobby Sands),が部屋を汚した」と合言葉で言っています。ボビー・サンズは、アイルランドの政治犯で、刑務所を糞尿で滅茶苦茶にしたと同時に革命で世の中をぐちゃぐちゃにしたので隠語にしているのです。彼については、映画『ハンガー(Hunger)』(2008年、監督:Steve McQueen)で描かれています。
ホテルのメイドさんたちに話を聞いたのですが、部屋を汚されることは日常的によくあることで、現実です。

― 理想の仕事に就ける人は幸せだと思います。いつごろから映画監督になりたいと思っていましたか?

監督:父を見ていて、意に沿わない仕事をしていて、人としてバランスが悪いと子供のころから感じていました。あんな風にはなりたくないなと思っていました。映画監督という仕事を選びましたが、自由に時間を決めることができて、生活リズムもバランスがとれていいので素晴らしい仕事だと思っています。

― 次の映画も楽しみにしています。

監督:今、頑張って作っているところです。

― 今日はありがとうございました。


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最初の挨拶の時に、シネマジャーナルは女性たちで作っていて、特に女性監督や女性の生き方を描いた映画に注目していますとお伝えしたところ、「女性監督じゃなくてすみません」と言われました。前知識なしに映画を観ていると、もしかして監督は女性?と思われる方もいることと思います。女性に限らず、弱者に寄り添った映画でした。
取材:景山咲子



フランス映画祭2022 横浜 公式サイト
12/3(土)『フルタイム』上映後Q&Aレポート
https://unifrance.jp/festival/2022/news/1514/



*物語 ロング・バージョン*
アラームが鳴る。
「朝から350キロの渋滞、公共交通機関 6日目のスト」とのニュースが流れる。
ジュリーは子供たちに大急ぎで朝ご飯を食べさせ、子供たちを預けて、走って列車に飛び乗る。まだ薄暗い町。
人身事故で途中で降ろされ、バスで振り替え輸送。
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サン・ラザール駅到着。ホテルに走る途中で銀行から、「住宅ローンが遅れてる」と督促の電話。
同僚の女性に明日4時からのシフト変わってもらう。
診療に行くと言ったが、「面接ね」とお見通し。

「チャーチルスィートにヨシダさんが泊まる」と連絡。
部屋のセッティングが終わって皆でおしゃべりしながらランチ。
「日本の自動洗浄のトイレ、お尻も洗ってくれるって」
「それじゃ私たちの仕事なくなる」
「乾燥機能もついてて、最高よ!」

新人リディア。これまで、三ツ星、四つ星のホテル。 五つ星は初めて。
「腕時計をつけて。携帯は禁止」とリディアに伝えるジュリー。
ヨシダさん到着というのに、リディアが花瓶を落とす。

元夫アレックスの留守電に養育費を入れてと残す。
帰りの交通機関も乱れている。子どもたちに電話すると、騒いでいる。
振り替え輸送でやっと家にたどり着く。
子どもたちが寝て、翌日の面接の準備。

アラーム。子どもたちを預ける。  
車で行こうとするも、動かなくて困っていたら、黒人男性に声をかけられる。 
村に住む男性。仕事は引退していてパリにデモに行くという。
「元軍人?」
「当たり!」
「確率ね。マーケティングを勉強してたの」
メトロの駅で降ろしてもらうが、メトロが動いてない。 走ってホテルへ。
学生、電車運転士、警察官もスト。

ホテル。
「ボビー・サンズが部屋を汚した」
アイルランドの政治犯 刑務所を糞尿でめちゃくちゃにした人物。
実は、汚したのはスコットランドの歌手。
高圧洗浄機で清掃する。あとから、高級タイルなのにと叱られる。

面接時間が迫る。タクシーを呼ぶが無理といわれる。
ホテルの玄関係のボビーに無理をいって車を頼む。
面接時間に間に合い、なんとか終える。
元夫アレックスに電話。また留守電・「休暇をどうするか相談したい」

翌日、遅刻して、同僚のイネスが一人だったと怒ってる。
昨日の面接官から、最終面接の連絡。 
最終面接の時間のシフトを誰も代わってくれない。
リディアにパスを渡して、退勤の時に記録してくれと頼む。
昼休みに2部屋の清掃を済ませ、面接に行く。

最終面接。女性の部長から、4年前に前職を辞めてからのことを聞かれる。
前職は会社が閉鎖だった。子育てに専念したかったのですぐに再就職しなかったと。
(ホテルで働いていることは伝えない)
「以前のポストより下のポストを希望しているのは?」
「前は背伸びしてた」
「調査担当は窮屈では?」
「私のスキルと興味に合ってます」
「残業もあるけど子どもたちは大丈夫?」とあれこれ質問される。

帰り、小型のバンを借りたいのに大型しかない。
息子の誕生日会用に分割で買ったトランポリンの入った箱をおろす。
子どもたちを迎えに行くと、預かっている老婦人から、「近くで働いたら? スーパーに知り合いがいるから紹介する」といわれる。

翌朝、ホテルで上司のシルヴィアから「あなたをかばえば私がクビ。協議解雇にすれば転職活動もできる」と言われる。
とりあえず今回は目をつぶるとシルヴィア。
面接結果、電話するもわからない。

やっと村にたどり着く。
翌日の息子の誕生日パーティのために、暗い中、トランポリンをセットする。
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誕生日パーティ。かつて車に乗せてくれた元軍人の黒人。同級生のレオのパパだった。
給湯器を直してもらう。思わずキスしてしまう。

元夫アレックス。また留守電。「もう機械相手に話すのはうんざり。今日は息子の誕生日」とメッセージを入れる。
アレックスから留守電。「国外にいて電話がつながりにくい。帰国したら電話する」と。

アラーム。
ニュース。「朝刊の見出しが状況を物語っている。大惨事、抗議者と暴徒の衝突、車は焼かれ、店は放火。パリで287人逮捕」

車に分乗させてもらってパリへ。
ようやくホテルに着くが、自分のパスをタッチしても入れない。
ついにクビになってしまった。
面接した会社に電話する。合否はもう電話したはずといわれる。

履歴書を作成する。
市場調査担当、経済学修士号と打ったのを消す。
紹介されたスーパーに行き履歴書を渡す。
「レジの経験は?」と聞かれ、「お客の対応はできる」と答えるしかないジュリー。

子どもたちには「少し疲れたから仕事を休むの」と言う。
遊園地に行きたいと娘にせがまれ、「遠いから無理」といいながら子どもたちを連れていく・・・・


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