SKIPシティ国際Dシネマ映画祭『ファルハ』 1948年のパレスチナ 少女が隙間から覗いた惨劇 (咲)

『ファルハ』Farha
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監督:ダリン・J・サラム
出演:カラム・ターヘル、アシュラフ・バルフム、アリ・スリマン、タラ・ガッモー
2021年 / ヨルダン、スウェーデン、サウジアラビア / 92分

*物語*
1948年、パレスチナ。小さな村に住む14歳の少女ファルハは、モスクでのクルアーンの勉強だけでは物足りず、都会の学校に通いたいと、村長である父にねだっている。明日は同級生スアドの嫁入りの日。モスクの導師は皆も続くようにという。
都会から叔父が親友のファリダを連れてやってくる。ブランコに座って語り合う二人。都会で一緒に勉強したいというファルハに、ファリダは逆に村で暮らしたいという。
(☆下記の写真、左がファルハ。頭のスカーフにたくさんコインがぶらさがっているのは、彼女の父が村長で裕福な印だそうです)
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©TaleBox 2021

父はこっそり学校に願書を出してくれていた。ファルハは先生になって、村に女子校を作りたいと夢を語る。だが、パレスチナから英国軍が去り、中部から西部にかけてパレスチナ人がユダヤ人に追い払われているという噂が届く。銃声がする。村長の父は、皆にすぐ村から逃げるようにと奔走する。父を置いていけないと残ったファルハ。父はファルハに食糧倉庫で待つようにと外から鍵をかけ出かけていく。真っ暗な倉庫でじっと待つファルハ。外で音がして、隙間から覗くと、よその村の家族で、奥さんが産気づいて男の子を産む。倉庫の扉を開けてもらおうとするが、やがて、ユダヤ人たちがやってきて、家族を殺してしまう・・・


◆ダリン・J・サラム監督 Q&A
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 2022年7月20日(水)11:00からの上映後
 司会:長谷川敏行プログラミング・ディレクター
 通訳:松下由美さん

司会:監督、一言ご挨拶をお願いします。

監督:今日はお越しいただきましてありがとうございます。皆さんから質問をいただきたいと思いますので、ここではこれだけにしておきます。

― ナクバ(大惨事)といわれる1948年のパレスチナで何が起こったかが少女の目からみた惨劇で伝わってきて、今もつらい気持ちです。質問ですが、刺繍をほどこした衣装が素晴らしかったのですが、当時はパレスチナの地方地方で独特の刺繍の柄があったと思います。難民となって、あちこちに散らばってしまいましたが、今も伝統的な刺繍が受け継がれているのでしょうか? また、この映画のためにどのように準備されたのでしょうか?
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©TaleBox 2021

監督:大事な部分です。当時を忠実に再現したいと思い、まず、製作の美術の担当者と一緒に難民キャンプを訪れました。村々で独特のモチーフがありました。映画で見せたかったのは、かつて文化が息づいていたことでした。今もアラブで起きていることは、1948年の出来事に端を発していますが、あまり語られていません。発端を理解していない人にも見せて、そもそもは1948年にさかのぼることを知ってほしいと思いました。

司会:事実に基づくとのことですが、どのように知ったのでしょうか?

監督:私が探したのでなく、ストーリーが私のところにやってきて、私を離さなかったのです。父親が彼女を守るために閉じ込めた食糧倉庫から、なんとか脱出して、シリアに逃げ延びました。そこで、同年代の娘に自分の経験を伝えました。その娘が産んだのが私です。映画を作るようになって、この題材を撮るべきだと思いました。初めて母から聞いたのが、ちょうど彼女が体験した年代でした。私も閉所恐怖症なので、どんな気持ちだっただろうと想像しました。

― 人はなぜ争うのでしょうか? どう思われますか?

監督:まさにそれがこの映画の問いです。ファルハは14歳。教育を受けたいと願った少女です。夢を諦め、生き延びることだけが願いになりました。無実な子どもです。誰にでも起こりうる普遍的な物語です。

― (駐日ヨルダン大使) SKIPシティ国際Dシネマ映画祭がサラム監督を招聘してくださったことに感謝します。これから日本語字幕のついたヨルダンやアラブの映画がもっと多く上映されることを願っています。ファルハの物語は、多くの方の琴線に触れたことと思います。この1948年に始まったことが、今の紛争に繋がっていることを知っていただければと思います。
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監督:先ほど、観客の皆様にだけお礼を申し上げましたが、映画祭の事務局の皆様にもお礼申し上げます。日本には初めてきました。日本のお客様と交流できることは貴重な経験です。このような場を作ってくださったことに感謝します。

― 見ごたえのある映画でした。日本人がパレスチナで何が起こったかを知ることは少ないです。質問ですが、ファルハ役の女優さんは、1年半かかって見つけたとのことですが、冒頭で本を読んでいる姿が素晴らしかったです。何が決め手でキャスティングしたのでしょうか?

監督:映画は一つの旅です。キャスティングも旅。10台の女優は少ないですし、プロの俳優でない人と仕事をしたいと思いました。カラム・ターヘルは、オーデイションではシャイで、出来はあまりよくありませんでした。写真を撮ると、アングルによって幼かったり、大人っぽかったりしました。少女の成長の物語なので、ぴったりだと思いました。5か月ほど一対一でワークショップを行いました。脚本は渡さず、演技しないことを教えました。村の少女になりきってもらうために、現代的なことは禁止しました。スポーツや音楽も。眉を整えることもしないでとお願いしました。親友役の少女にも、直前まで台本は渡しませんでした。

― 大半が倉庫の中の暗いシーンでしたが、どのように演出をされましたか?

監督:最初は全編倉庫の中で撮るつもりでした。何を失ったかを表す為に、外の世界と両方見せることにしました。52分は倉庫の中です。照明デザイナーとまず相談しました。次に音響デザイナーと話しました。 ファルハのモデルとなった少女と同じ体験をしてもらいたかったのです。
撮りながら、頭の中で常に編集作業をしていました。脚本を自由に書き換えて撮りました。


司会:暗闇のシーンが多いのに、横長のシネマスコープでした。

監督:常に現場で触発されて、自由な裁量で変更しました。編集も、実は担当者が席をはずした時に、全編シネマスコープにしようとフレーミングを変更しました。閉じ込められたタイトな感覚を得られたのではないかと思います。
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― 冒頭、イチジクが出てきました。最後にまたイチジクをかじりました。意味合いは?

監督:イチジクには象徴的な意味を込めました。冒頭のイチジクの歌では、大事な人の為に取っておこうという歌詞が出てきます。ファルハが戻ってイチジクを取ったのは親友のためでした。イチジクは甘いけれど苦い部分もあります。パレスチナというと、レモンやオレンジがよく出てくるので、別のものを出しました。

司会:これまでヨルダン映画にあまり馴染みがありませんので、ヨルダンの映画事情をお聞かせください。

監督:ヨルダン映画は、まだ初期段階で、継続が難しいです。今年は長編が3本作られ、短編もたくさん作られています。2016年に長編1本、2019年に3本という状況です。
コロナ禍で世界を回るのが難しいですが、今後、活気づいてくれると思います。


報告 景山咲子



ダリン・J・サラム監督プロフィール
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ヨルダン出身の脚本家・映画監督。南カリフォルニア大学提携の紅海映画芸術研究所(RSICA)で修士号を取得。これまで5本の短編映画を監督、そのうち『Still Alive』(10)、『The Dark Outside』(12)、『The Parrot』(16)は複数の映画賞を獲得、各地の国際映画祭で上映された。ベルリナーレ・タレント2021のほか、ロバート・ボッシュ財団の2015年映画賞、シテ・アンテルナショナル・デ・ザールの2017年アーティスト・イン・レジデンス・フェローシップ、フィルム・インディペンデントの2018年グローバル・メディア・メーカーズ・フェローシップに選出された。国際映画祭の審査員の経験もある。アンマンに拠点を置くヨルダンの制作・人材育成会社TaleBoxの共同設立者兼経営パートナーも務める。長編デビューとなる本作は2021年の第46回トロント国際映画祭でワールド・プレミア上映された。


2022年7月20日 『ファルハ』上映後のQ&Aレポート(公式サイト)
https://www.skipcity-dcf.jp/news/report/daily071803.html



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