コンペティション部門 ★最優秀監督賞
『ある詩人』 英題:Poet 原題:Akyn *ワールドプレミア
監督:ダルジャン・オミルバエフ Darezhan Omirbaev
出演:エルドス・カナエフ、クララ・カビルガジナ、グルミラ・ハサノヴァ
2021年/カザフスタン/カザフ語/105分/カラー
*物語*
若い詩人ディダルは、文壇に認められず、小さな新聞社で働いている。
オフィスで、資本主義と言葉の関係を議論している男たち。フランスでさえ、論文の半分が英語。人類の言語と文化はいずれ一つになるのではないか。そんな中で詩人は闘っているのだ。ディダルは、権力に抗って処刑された19世紀の詩人マハンバトゥに思いを馳せる…。
◎ダルジャン・オミルバエフ監督インタビュー
2021年10月31日(日) 20:30~21:00
来日の叶わなかった監督と、リモートでインタビューの時間をいただきました。
監督:2012年10月、東京国際映画祭で『ある学生』が上映されたときに、娘と一緒にお邪魔しました。
― 実はその時のことを、まずお伝えしようと思っていました。お嬢様、日本のアニメが好きとおっしゃっていました。
監督:今、娘がそばにいます。 (画面にお嬢様が現れました。)
お嬢様:大人になりましたが、今でも日本のアニメが大好きです。(笑顔で手を振ってくださいました)
2012年10月25日(木)
東京国際映画祭『ある学生』のQ&A。カザフスタンのダルジャン・オミルバエフ監督がドストエフスキーの「罪と罰」を映画化。なんともいえない空気感の漂う作品でした。小説そのものをなぞって映画にしたのではなく、モチーフを使って構成。殺人が金目的ではなく、精神的不平等が原因であることを描いていると説明されました。日本のアニメが大好きという中学生のお嬢さんが学校を休んで一緒に来日。ほのぼのとした撮影タイムとなりました。
◆文字を読まなくなった時代を憂い詩人を主人公に
― 今日、映画を拝見したのですが、冒頭、各民族固有の言語や文化が科学技術の発達で、どんどん淘汰されていくという残念な傾向を細かい数字を出して説明していらして、まず、現状に驚きました。
監督:世界は残念ながら一つの言語に統一されていく傾向を感じています。
― 一方で、本作はカザフの文化がテーマですが、普遍的な映画になっていると思いました。
監督:おっしゃる通りだと思います。より広い範囲で捉えれば、芸術全体を説明している映画だと思います。本作は詩人をテーマにしましたが、音楽家や画家を主人公にすることもできました。今回、文章に携わる詩人にしたのは、今の時代、文章を読む人がどんどん少なくなっていると考えたからです。画像や映像など、よりビジュアル的なものに興味を持つようになっていて、テキストを読まなくなっています。
今回の映画を作る最初のきっかけは、ヘルマン・ヘッセの短編で、小説家が地方都市での朗読会に招かれて行ったら、誰も来なかったという話です。それを読んだのが最初のきっかけなのですが、広義に捉えれば、芸術家全体が直面している問題といえます。
◆時を経て認められた悲運の詩人マハンバトゥ
― 映画の中に19世紀の「イサタイとマハンバトゥの戦い」が出てきました。「文化の対立で、カザフが遊牧の生活様式を守る戦いだった。西洋が勝った。遊牧民の持っていない科学技術に負けた」という部分が気になりました。 詩人が戦いを鼓舞したということも知り興味を持ちました。
監督:私の考えですが、ほんとうに優秀な才能は、政治とは関係なく、また、その国の状況とは関係なく誕生してくるのは自然の摂理だと考えています。今のヨーロッパのように福祉が整い社会的に発達した国では、あまり優れた芸術家は生まれていません。一方、いわゆる貧しい国や戦乱の起きている国で才能ある芸術家が生まれています。
― マハンバトゥの遺骨を掘り返し、霊廟を建てて埋葬しなおしたのは、まだソ連時代なのでしょうか? 最後に出て来た美しい霊廟は実際に建てられたものなのでしょうか?
監督:マハンバトゥという詩人は実在で、遺骨をめぐる部分はすべて事実に即したドキュメンタリーといえます。60年代、遺骨を発掘した直接の原因は、私の記憶ではロシア人の学者が頭蓋骨をもとに生前の姿を再現する技術を開発し、それをマハンバトゥに適用してみたかったというのが発掘のきっかけでした。その後、70年代、ソ連の中で、グルジアのトビリシに神殿が作られたのですが、カザフスタンでも同じような神殿を作りたいという動きがあって、そこにマハンバトゥの遺骨を埋葬したいという話がありました。けれども、この神殿の建設は実現しませんでした。
60年代に遺骨の採骨と研究調査を行った考古学者がモスクワに異動することになって、遺骨は親族である女性に移譲されました。そのあと、ソ連の政権交代や崩壊があって、カザフスタンが独立したあと、墓廟が建てられて埋葬されました。
一連の出来事は、カザフ文化の歴史の中ではあまりよくない歴史だと思っています。発掘されてから10数年間、あたかも誰にも不必要なもののように放置され続けてきたからです。これもまた 詩人の運命を象徴していると思います。生前も悲劇的な人生を送り、亡くなった後も悲しい運命をたどりました。
― 美しい霊廟は本物ですか?
監督:はい、本物です。
― 詩人の悲しい歴史がありながら、美しい霊廟に少し救われ気持ちがします。
監督:悲劇的な運命をたどりましたが、最終的には彼は詩という芸術をもって勝利を収めたと思います。今でも、カザフスタンの多くの人が彼の詩を暗唱できるくらい広く知れ渡っています。時間こそが彼の勝利を明らかにしました。
◆映画の形式にも注目してほしい
― 今のお話を聞いて嬉しく思いました。独自のカザフスタンの文化を大事にしたいという思いが、今のカザフスタンでは強いのでしょうか?
監督:もちろんそうです。大事にしたいと思っています。どの民族も同じだと思います。
― 言語の面では、ソ連から独立しても、ロシア語とカザフ語半々の状況なのですね?
監督:おっしゃる通り、二つの言語が主として話されています。その件について、私は職業としての言語学者でも文学者でもありません。私は映画を撮るのが仕事です。今回の映画の内容についてお話しましたが、映画の形式も重要だと思います。音楽にいろいろな形式があるように、映画言語というものがあります。それも重要だと考えております。
― 今回の映画も監督の力量を感じました。次の作品も楽しみにしています。
(映画言語についての私自身の知識が薄っぺらで、監督に深い質問をすることができず、申し訳ない限りでした。)
監督:スパシーバ (ロシア語で「ありがとう」)
― ラフマット (カザフ語で「ありがとう」)
監督:お話しできて嬉しかったです。日本に行ったことがあって、ご無沙汰しているのですが、日本語がわからないながら、聴くのが心地よくて、今日は嬉しかったです。
取材:景山咲子
*監督の写真は、東京国際映画祭事務局よりご提供いただきました。
東京国際映画祭 『ある詩人』 TIFFトークサロンは、こちらで!
<第34回東京国際映画祭>
■開催期間:2021年10月30日(土)~11月8日(月)
■会場:日比谷・有楽町・銀座地区 ■公式サイト:http://www.tiff-jp.net
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