東京国際映画祭 『ある詩人』 TIFFトークサロン  (咲)

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©Kazakhfilm

コンペティション部門  ★最優秀監督賞
『ある詩人』 英題:Poet  原題:Akyn  *ワールドプレミア
監督:ダルジャン・オミルバエフ  Darezhan Omirbaev
出演:エルドス・カナエフ、クララ・カビルガジナ、グルミラ・ハサノヴァ
2021年/カザフスタン/カザフ語/105分/カラー

*物語*
若い詩人ディダルは、文壇に認められず、小さな新聞社で働いている。
オフィスで、資本主義と言葉の関係を議論している男たち。フランスでさえ、論文の半分が英語。人類の言語と文化はいずれ一つになるのではないか。そんな中で詩人は闘っているのだ。ディダルは、権力に抗って処刑された19世紀の詩人マハンバトゥに思いを馳せる…。


●TIFFトークサロン
2021年10月31日(日)22:00~
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登壇者:ダルジャン・オミルバエフ(監督/脚本)
モデレーター:市山尚三

市山:1995年の東京国際映画祭で『カルディオグラム』が上映されて、その後も何度かTIFFで監督の作品が上映されています。今回、この素晴らしい映画をワールドプレミアで紹介できる機会をいただき、ありがとうございます。

ダルジャン・オミルバエフ(以下 監督):私どもにとっても名誉です。日本の映画、日本の芸術を愛しておりますので、このように日本で初上映させていただけるのは、ほんとに嬉しいことです。

市山:ここからは観客からの質問です。今回、詩人を主人公にしたのは? また、過去の詩人と対比させたのは?

監督:この映画を作ったのには二つの理由があります。一つ目はヘルマン・ヘッセの短編の中にある、小説家が地方都市での朗読会に招かれたら、誰も来なかったという話です。二つ目は、19世紀の詩人マハンバトゥのことを読んで、現代の詩人と過去の詩人を繋げて描こうと思いました。芸術家は時代に関係なくなんらかの共通点を有すると思ったからです。
ストーリーを作っていく中で、現代社会が直面している問題を盛り込めると思いました。その中でもカザフスタンも直面しているのは言語の問題です。世界中で一つの大きな言語に集約する傾向にあるからです。その問題に言及したかったのです。
二つ目は作家、特に詩人に関する問題です。現代社会では文を読む機会がどんどん少なくなっています。人々はより多くの時間を画面の前で過ごすようになってきています。その問題にも焦点をあてたいと思いました。
映画のストーリーと並行して、映画の撮り方自体も大切です。作曲家にとって大切なのはリブレットではなく音楽そのものだと思います。私のような映画人にとっては、例えばマハンバトゥの詩から離れることも大事だと思いました。私自身、映画を専門とする者であって、言語学者でもなく、言語を専門にして生業をたてる者でもありません。

(ここで東京から友人の佐野さんから監督に電話が入る。カザフで映画を去年撮り終えた方。 元カザフスタン大使館に勤務されていた時に、オミルバエフ監督の『カルディオグラム』を出品したいけれど、どのようにすればいいか問い合わせてくださったのが佐野氏)

市山:観客からの質問を続けます。監督自身、本作に出演されていますね。

監督:それは偶然の産物です。出演予定の人が来られなくて、自分が出演することになりました。

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市山:地方の朗読会に招かれて会場に誰もいないシーンは、少しコミカルに感じました。

監督:実際の人生においても悲劇と喜劇の差は、案外小さいと思います。悲劇が喜劇に転ずることもあれば、逆の場合もあると思います。

市山:終盤のシーンで、電化製品の店で、詩人のインタビュー時の動画が多くのテレビモニターに映しだされ、店員が慌てふためくシーンが、とても滑稽でした。あのような強烈な皮肉はどこから発想したのでしょうか?

監督:あのシーンは電車で移動中、寝ているときに見た夢です。芸術に携わる者にとって、自分たちの作り上げたものが理解して貰えるか、受け入れられるかという恐怖心はいつも付きまとうものです。実際、韓国のある映画祭で、アメリカの有名な監督の映画の上映を観ていたのは、たった二人でした。その映画を作った監督自身と私です。
この作品を作っている最中にネットで知った出来事ですが、地方での「詩を詠む夕べ」に有名な詩人にもかかわらず、観客が少なかったということがありました。主催した女性が涙ながらに、このような大ベテランの詩人の朗読会でさえ、観客が来てくれないと語っていました。

市山:映画という芸術が、もし衰退するとしたら、何が原因だと思いますか?

監督:世界中で衰退の一途を辿っています。人々が映画芸術を理解しない。優れた作品の上映に観客が来ないことに驚くばかりです。問題を緩和することはできると思います。子どもたちに優れた作品を見せて、良い映画とは何なのかのイメージを植え付けることで修正できると思います。小津、アントニオーニ、タルコフスキーなどの映画を子どもたちに見せるといいです。

市山:映画祭を運営する私たちにとって、考えさせられる問題です。
ところで、現在のカザフスタンで表現や言論の自由はどうなっていますか?


監督:検閲はありません。その点では問題ないのですが、本物の芸術がごく少数の人にしか受け入れられていません。今の社会では、あまりにも多くのことが量的なことで判断されています。映画に関していえば、優れた作品は動員数で決まるものではありません。文化と芸術は時として対立する場合もあります。芸術は時を経て評価されるものもあります。

市山:バスターミナルで母親を見送ったあと、手の平を口にもっていく仕草に意味はあるのでしょうか?

監督:(笑)母の手のぬくもりというものですね。トルストイの「アンナ・カレーニナ」に似たシーンがあります。アンナを愛した男性が馬車に乗せる手助けをしたあと、アンナのぬくもりを感じるために手にキスした場面があります。
日本人はあまり肌を触れ合わせることをしないのを日本で感じましたので、日本の方からこういう質問が出るのはわかるような気がします。私たちカザフスタンの人は、握手したり抱き合ったりするのは日常茶飯事です。地理的な違いがあって、文化の違いが生じたのかもしれません。

市山:最後に日本の観客に一言お願いします。

監督:今回の作品、観客皆さん全員の方にわかっていただくのは難しいかもしれません。せめて一部の人に気に入っていただければと思います。少なくとも私自身は、この作品を誠意を込めて製作しました。一部の方の心の琴線に触れることがあれば嬉しいです。

まとめ:景山咲子



最優秀監督賞 ダルジャン・オミルバエフ監督『ある詩人』
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受賞の喜びの言葉
2021年11月8日(月)クロージングセレモニー
芸術作品の最終的な評価とは時を経て得られるものだが、私たちは映画を作りこのような場で発表していかなければならない。今回の受賞は素晴らしいことであり私個人のみならず撮影チームやカザフフィルム・スタジオにとっての栄誉でもある。今後の私たちの仕事にも力を与えてくれる。どうもありがとうございました。
(受賞者の声:SIMONE K 写真撮影:宮崎暁美)


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東京国際映画祭 『ある詩人』 ダルジャン・オミルバエフ監督インタビューは、こちらで! 



<第34回東京国際映画祭>
■開催期間:2021年10月30日(土)~11月8日(月)
■会場:日比谷・有楽町・銀座地区 ■公式サイト:http://www.tiff-jp.net



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