コンペティション部門
『四つの壁』 The Four Walls *ワールドプレミア
監督/プロデューサー/脚本/音楽:バフマン・ゴバディBahman Ghobadi
出演:アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、フンダ・エルイイト
2021年/トルコ/トルコ語、クルド語/114分/カラー
★最優秀男優賞受賞:アミル・アガエイ、ファティヒ・アル、バルシュ・ユルドゥズ、オヌル・ブルドゥ
*物語*
家族と離れイスタンブルで暮らすクルド人の音楽家ボラン。海を見たことのない妻のために海の見えるアパートの部屋を購入し、妻子を呼び寄せる日を楽しみにしながら部屋のローンを返済するために働いている。
いよいよ東部の町マルディンに妻と息子を迎えにいく。車に荷物を積んで、妻カニに自分の新しい曲を聴かせながらイスタンブルに向かう。窓の外に海が広がる景色をみせようと、カニにしばらく目を瞑ってと手でふさいだ時、悲劇が起こる。無謀な運転をしていた車がぶつかり、妻子は即死。ボランが目覚めたのは5か月後だった。アパートに帰ると、目の前に建物ができて海が見えなくなっていた。
警察に盗難届を出すと、警官がエレベーターのない上の階・・・とぼやきながら上がってきて、靴にカバーをして部屋に入ってくる。
警官「盗難届が出ているが、何を盗まれた?」
ボラン「盗まれたのは、海の眺め」
警官「建てる前に文句を言えばよかったのに」
ボラン「5か月意識不明の間に建った」
5人の署名を集めれば考えてくれるといわれたが、隣人たちは海が見えなくなったことを気にも留めていない。
中年の女性が親戚を訪ねてきたといって居座っている。実は、事故を起こした車を運転していた青年の母親。息子を釈放させるためにサインをしてくれと懇願される・・・
◎バフマン・ゴバディ監督インタビュー
11月2日(火)17:30~
来日の叶わなかった監督と、リモートでインタビューの時間をいただきました。
通訳はショーレ・ゴルパリアンさん。
◆イランを追われ13年。母との間に大きな壁
― 前回、『サイの季節』で来日されたときにお会いしたのが、2015年6月。10年ぶりの来日でした。2009年、『ペルシャ猫を誰も知らない』を政府の許可なく撮影したとして、イランを追い出されましたが、もう10年以上、イランに帰れないでいるのでしょうか? ボランが12年家族と離れているのが、監督がイランを離れている年数に重なりました。
ゴバディ:13年前、テヘランから海外に出ました。ボランはクルド人で家族と離れてイスタンブルで仕事をしていますが、時々会いに帰っていますから、ずっと離れているわけではありません。でも、僕自身とどこかで気持ちが重なっているかもしれません。
― ボランは海の見える部屋にこだわっていますが、監督ご自身が2か月イスタンブルを離れている間に、部屋から海が見えなくなったということから、この映画を発想されたとのこと。どのような思いで作られたのか、もう少し詳しくお聞かせください。
ゴバディ:生まれてから、いつも壁を見てきました。イランのクルドとイラクのクルド等々。今は母に会えないという壁があります。4年前に母はパスポートを取られて国から出られないので、会えないでいます。心の中に壁があることが頭にあって、この企画をたてました。
◆四つの壁は、どこに?
― 『サイの季節』でお会いした時に、自分の子どもである映画には印象的な題を付けるとおっしゃっていました。これまで、馬、亀、猫、サイと動物の名前が付けられてきましたが、今回の「四つの壁」というタイトル、何を暗示しているのだろうと考えさせられました。
ゴバディ:題名をみて、壁はどこにあるかなと観客は考えると思います。モスクのムアッジン(お祈りの時間を知らせるアザーンを詠唱する人)と、警官と、ボランと、事故を起こした青年の母親の4人、それぞれに壁があることを語っています。
― ムアッジンや、禁煙していてタバコを人からもらう警官が、ユーモアもあって和ませてくれましたが、彼らも心に壁を抱えているわけですね。
(注:ボランは、「妻が片頭痛で、モスクから聞こえてくるアザーンがうるさいから、音を抑えるとか、携帯で告知するとか、なんとかしてもらえないか」とムアッジンにお願いしにいきます。その後、ムアッジンに会ったら、オンラインにしたらクビになって仕事を探しているというので、ボランたちの音楽グループで歌ってみないか?と誘います。 警官は、自分がやりたいこともあったのに、父親の希望で仕方なく警官になったという不満を抱えています。ボランに誘われて、楽しそうに打楽器を叩いています。)
ゴバディ:人生は暗いばかりでなく、食べているものにうま味があるように、人生にも甘い部分があります。観客を暗い中に座らせて、自分の痛みばかり見せても申し訳ないので、ところどころ明るくなる場面も入れようと思っています。映画を作るときには、バランスをとらないといけません。コロナがこんなにはびこるとわかっていたら、もっとユーモアのある場面を入れたのですが。今、コロナのため世界中で2年近く、皆、苦しんでいます。次に作る映画は、悲劇を撮るつもりだったけれど、喜劇の部分を多くしたほうがいいと考えています。
◆いつ後ろから襲われるかという恐怖
― 最初のほうで映し出されるイスタンブルの街の全景が、暗雲が立ち込めたものでボランの運命を暗示しているようでした。私自身イスタンブルは大好きな町で、もっと明るいイメージなのですが。
ゴバディ:イスタンブルの全景が暗かったのは、ボランの気持ちより、私自身の気持ちが反映していると思います。雪は好きですし、寒い場所も好きで、イスタンブルも素敵な町だと思うのですが、歩いていると、いつも誰かに襲われるのではないかという恐怖があります。後ろを振り返りながら歩いています。それはイラクのクルディスタンの人かもしれないし、イランの人かもしれない。そういう暮らしをイスタンブルで送っていましたから暗いイメージなのです。今度はノルウェーかアメリカに拠点を置いて仕事をしようと考えています。トルコには戻らないつもりでいます。
― 今日はどこにいらっしゃるのですか?
ゴバディ:ロンドンにいます。
― トルコは出られたのですね?
ゴバディ:もし母が国を出て来られるとなったら、トルコに会いに行くと思います。
母はアルツハイマーになっていて、電話したときに、「夕べ早く帰ったね」と言われたことがあって、4年も会ってないのに母の頭の中ではそうでもなくて、それはかえってよかったかもしれないと感じています。トルコに行けば友達に会うことも可能だけれど、いつも誰かに襲われたらという恐怖がつきまといます。
― お母さまに早く会えるといいですね。
ゴバディ:子どものとき、毎日、母から日記を書きなさいと言われていたのに、怠け者でまったく書きませんでした。今は、エグザイルとしてイラクやトルコやドイツやイギリスなどいろいろなところに行っているので、携帯の中に一日5分くらい日記のように声で残しています。いつかセルフドキュメンタリーが作れるのではないかと思っています。
― それも楽しみですが、故郷に帰れないつらさを今日はすごく感じました。
◆土地勘のない外国で良い映画を作れると証明したい
ゴバディ:一人でいて、本や詩や絵や音楽は作れるけれど、映画は一人では作れません。映画を作るときには言語が大事ですし、ロケーションも大事。トルコ語は20位の単語しか知りません。ロケーションも深いところを知らないとほんとに良い映画は作れません。スタッフとのいい関係も作らないといけません。大変なのです。『四つの壁』は、イランからスタッフをできるだけ呼んで作りました。皆とたくさん会話もして、安心して作ることができました。27日間で作ったのですが、目が見えないのを手を引いてもらってロケ地に連れていってもらった感じでした。海外で映画を作る監督は、なかなか良い映画が作れないと言われるけれど、ちゃんと良い映画ができると証明したいのです。『四つの壁』は『サイの季節』よりはよかったと思うのですが、ロケーションもよく知らなくて言語もできないところで映画を作るのは、ある意味、拷問だなと思いました。
― トルコ語がかなりできるようになったのかと思ってました。
ゴバディ:もちろん、前よりはわかるようになりました。「壁」ですが、私と隣の人だけでなく、私とイランという国、イラク、ドイツ・・・色々な壁があります。言語や宗教がいろいろな壁を作ってしまいます。人類は、一つの言語で一つの宗教で愛を求めて生きていくべきだと思います。
今はアジアから遠くにいるのですが、日本、中国、韓国などの悪いニュースを聞くと、大丈夫かなと心配になります。日本の方も中東の悪いニュースを聞くと心を痛めると思います。人間は皆、同じだと思います。人間として、恥を知るべきだと思っています。教育や地球を助けるためにお金を使わずに、武器や軍隊を強くすることに力を入れているのは恥だと思うのです。地球を悪くしているからコロナに襲われたりしているのではないかと思います。
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2015年に『サイの季節』公開の折に来日された時には、「国は追い出されたけれど、お母さんには会えるから大丈夫」と語っていたゴバディ監督。今回のインタビューでは、お母さまに会えないつらさを、ずっしりと感じさせられました。
『サイの季節』バフマン・ゴバディ監督来日レポート
演じた俳優さんたちのこと、特に主演のアミル・アガエイさんがイランの俳優なので、起用した経緯など色々お伺いしたかったのですが、時間切れで諦めました。
30分時間をいただいていたのですが、通訳のショーレ・ゴルパリアンさんの音声が時々聞こえなくなるというトラブルもあった次第です。
また、今回のインタビューは、TIFFトークサロンを聴く前に行ったため、かなりの部分が重なってしまいました。聴いてからインタビューができたなら、違う質問ができたのにと残念です。
取材: 景山咲子
バフマン・ゴバディ監督TIFFトークサロンは、こちら!
東京国際映画祭 アジア交流ラウンジ バフマン・ゴバディ×橋本 愛 (咲)
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/484801759.html
<第34回東京国際映画祭>
■開催期間:2021年10月30日(土)~11月8日(月)
■会場:日比谷・有楽町・銀座地区 ■公式サイト:http://www.tiff-jp.net
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