東京フィルメックス 『砂利道』(イラン) パナー・パナヒ監督Q&A  (咲)

*コンペティション
『砂利道』 Hit the Road  ★長編監督デビュー作
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イラン / 2021 / 93分
監督:パナー・パナヒ( Panah PANAHI )

イランの巨匠ジャファル・パナヒの息子パナーの長編デビュー作。
カンヌ映画祭監督週間でワールドプレミア上映された。

*物語*
車で旅に出る4人家族と1匹の犬。後部座席で、おおはしゃぎする幼い弟。その隣で父親は足を怪我してギブスをして、渋い顔をしている。押し黙って車を運転する兄。助手席で母親は場を明るくしようと気を使っている。
ウルミエ湖が見えてくる。「昔は泳げたのに、今は砂遊びしかできない」と父。
携帯を持ってくるなと言い聞かせていたのに、弟が隠し持っていたのを母親が岩陰に隠す。
自転車レースの一団が来る。自転車選手に声をかけたら転んでしまって、車に乗せる。
どこか張り詰めたような車の中の雰囲気が少し和らぐ。
自転車選手を下ろし、いよいよ目的地に近づき、ひたすら砂利道を行く・・・
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「家も車もあの子を送り出すために失った」という言葉などから、両親が長男を密出国させようとしていることがわかります。約束の場所にいくと、羊の皮を選ぶように言われます。白は目立つからダメというので、それを被って山越えするのでしょう。羊の皮だけなのに、羊一頭分の値段というのが世知辛いです。ウルミエ湖のそばを通ったので、山越えしてイラクに行くのか、トルコに行くのか・・・
途中で乗せた自転車選手、複雑な話になった時に、「ペルシア語で説明するのは難しい。アゼリー(トルコ系のアゼルバイジャン語)じゃないと」と語っています。ウルミエ湖のあたりは、トルコ系や、クルドの人たちの多いところ。
葡萄が名産で、紀元前の昔からワインが作られていたところですが、イスラーム政権になってからワイン醸造は禁止されました。加えて、ダム開発などでウルミエ湖が干上がってきていて、農業にも支障をきたしています。

さて、両親は幼い弟に、兄がいなくなることをどう話すか案じていて、「花嫁と駆け落ちしたっていう」と話しています。
なぜ兄が密出国するのかの理由は、映画を観る私たちにも実は明かされていません。上映後にリモートで行われた監督とのQ&Aで、そのワケも明かされました。
父ジャファル・パナヒ監督の作品とは違うテイストの、緊迫感溢れる中にイラン人らしいユーモアを交えた作品でした。(咲)



◆Q&A (リモート) @有楽町朝日ホール
11月2日(火)18:30からの上映後
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パナー・パナヒ(監督)
神谷 直希(東京フィルメックス プログラム・ディレクター)
ショーレ・ゴルパリアン(通訳)

監督:ご挨拶を申し上げます。愛している日本で私の映画が上映されて光栄に思っています。日本の人たち、日本の文化、映画、アニメ、すべてを愛してます。この映画を楽しんでいただければ嬉しいです。
今回の上映を客席で皆さんと一緒に観ている私の大好きなパルヴィーズさんに捧げます。いつか日本にいって一緒に食事するのを楽しみにしています。
(ショーレさんより、いらっしゃったらお立ちになってくださいと声がかかり、なんと、立ったのは私の友人のパルヴィーズさんでした! 遠くに見つけて大きく手を振る監督。)

― サミラ・マフマルバフ監督やハナ・マフマルバフ監督たちと比較すると、37歳で長編デビュー作は決して若くないと思うのですが、どういう経緯でこの作品を作られたのでしょうか?

監督:ジャファル・パナヒの息子として、映画を作って一歩踏み出すのが難しかった。どうやって自分のアイデンティティを出せばいいかずっと考えていました。最初の一歩を踏み出す勇気がなかなかありませんでした。映画を愛してきた私が、踏み出すのは今だと思って作りました。写真を撮ったり、撮影助手をしたり、編集をしたり、映画の世界にずっといたのですが、フィーチャーフィルムを作る勇気がなかなかありませんでした。

― 撮影に際して、意識されたことは? 狭い社内と、広大な景色の対比が捉えられていました。

監督:狭いところと広いところのコントラストをテーマの中に入れようとしました。テーマは息子を国から出すという悲劇的な気持ちで動いているのですが、微笑んだりふざけたり冗談を言ったりして笑わそうとしています。国境が近くなって、いよいよ別れなければいけなくなったとき、家族からカメラも離しています。広いところで彼らを映すようにしています。車の中の撮影はとても大変でした。機材の中でもなるべく最小限のもので撮影しました。

― 車の中の撮影はキアロスタミ監督のことを思い出します。

監督:車の使い方ですが、イランでは色々規制があるので他の国とちょっと違います。車の中では好きな音楽を大きな音で出して聴けます。ルールがあって外では聴けない音楽もあります。女性は車の中ではスカーフをはずせます。私たちにとって車はただの車じゃなくて二つ目の家といえます。大都会から逃げて車で自然の中に行くときには自由にいろいろなことができます。車を使うと、余計なロケーションはいりません。
現実的に撮ろうとしても、家の中でも女性がスカーフをはずせません。検閲に引っかかりますので。家の中では撮りたくありません。一人でいるときにスカーフを被っているのはおかしいです。町の中の撮影はストレスが多いので好きじゃないです。静かな中でと思うと、車の中や自然の中で撮ることになります。

― 子役について多くの質問がきています。キャスティングのプロセスとどういう演出をされたのか教えてください。

監督:いろんな人に、こういうキャラクターの子を探してると言ったら、皆からテレビドラマに出ているあの子がいいと教えてくれました。私はそのドラマを見てなかったのですが、会ってみたら、すごいエネルギーを持っていました。6歳半なのに、すごく理解してくれて、すぐに友達になりました。まだ現場で本読みはできないので、母親がセリフを読んで、それを全部覚えて現場に来てくれました。彼と同じ年くらいの気持ちになって遊んで、エネルギーがあがってくると撮影に入りました。とても頭がいいからセリフはちゃんと言ってくれたのですが、いらない動きもしていたので、これはこうした方がいいというと、すぐにやってくれるので、演技力に毎日びっくりしていました。

― 歌が劇中でいくつか出てきましたが、有名な曲でしょうか?

監督:別れる時には、ノスタルジーを感じる曲を聴きたくなると思います。子供時代にドライブに行ったときに社内で聴いていた思い出のある方も多いと思います。使った歌は、革命前の歌だけど、家族で旅する時に車の中でよく聴きます。今作られている歌よりも昔の曲の方が詩もしっかり作られています。イラン人ならよくわかるのですが、ハッピーなメロディーでも、詩は悲しい。一つの歌の中でもパラドックスがありますので、そのような曲を選びました。

― 長男が出国しようとする理由は?

監督:イランの人たちは理由がわかっているので、誰も尋ねません。理由は大切じゃなくて、自分のアイデンティティを探すために外国に出るのです。

― ロードムービーに現代のイラン社会の持つ問題がうまく落とし込まれていました。

監督:どういうジャンルになるか考えずに書いていました。イランの若者は行き止まりに立ってしまった気持ちになっています。闇でイランから出国した友達もみてきました。

―最後に一言お願いします。

監督:神谷さんも会場の皆さんも、遅くまで私の話を聴いていただいて、心からお礼を申し上げます。これからもよい時間を過ごしますように。ありがとうございました。


★映画が終わってから、Q&Aの時に監督から名前の出たイラン人のパルヴィーズさんと、その友人アリさんと3人で焼き鳥屋さんへ。緊急事態宣言が解けて、日比谷界隈の居酒屋はどこも大賑わい。皆でコロナもやっと収まってきたのを実感! でも予断を許さないですね。
二人は20年以上前の東京国際映画祭のイラン映画上映の時に知り合った方たち。パルヴィーズさんは、3年前にイランに帰国した折にパナー・パナヒ監督と知り合ったとのこと。リモートQ&Aで監督から名前が出て驚いていました。37歳という革命前を知らない監督が、王制時代の流行歌を使っていることにも驚いていました。
上映後のQ&Aで、「両親はなぜ長男を出国させようとしているのか?」という質問が出て、「イラン人からは出ない質問」と監督が答えていましたが、二人に「兵役から逃れたいから?」と尋ねたところ、そういうケースもあるけど、それだけじゃないと。
アリさんの隣の家も、家を売って長男を外国に行かせたそうです。アリさんたちは、イラン・イラク戦争に徴兵されて行ったあと、パスポートが貰えて、当時、ビザなしで入国することの出来た日本に来て、その後、それぞれ在留資格を得て日本で暮らしています。
イランに帰れば、広々とした家があるのに・・・


まとめ:景山咲子





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