ドイツ映画祭 HORIZONTE 2021 『マリアム エヴィーン刑務所に生まれて』監督Q&A (咲)

『マリアム エヴィーン刑務所に生まれて』 
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監督:マリアム・ザレー
2019年、95分、ドイツ語、ペルシア語、フランス語、英語/英語・日本語字幕付

本作の監督であるマリアム・ザレーは、ドイツで女優、そして作家として活躍している。政治犯が収容されるイランのエヴィーン刑務所で生を受けたザレーは、監督としてのデビュー作で、自身の誕生にまつわる状況を明るみに出す。1979年のイラン革命により王政を打倒すると、最高指導者ホメイニーを頂点とするイスラーム体制となる。政治的に対抗する数万人の人々を逮捕、殺害させた。逮捕された囚人の中には監督の両親も含まれていた。この迫害と刑務所での体験は、家族の間でも語られることはなかった。ザレーは、長年の沈黙の壁を破り、カメラを通じて自身の誕生の場所とその状況に切迫する。

1991年、ドイツ、フランクフルト。マリアムが小学校2年生の時の映像。
母ナルゲス、25歳。大学院で心理学を学びながら働いている。
事情があって一緒に暮らせないイランにいる父に送ったビデオメッセージ。
当時、父35歳。

映画の役で、黒づくめのヘジャーブ姿のマリアム。
「こんな姿で逃れてくる難民はいないと監督に反論したのに、親がイラン人というだけで、こんな格好にさせられる」と笑うマリアム。

刑務所で生まれたことは、母が公に語ったことしか知らない。

市長選への出馬をフランクフルト中央駅で宣言する母。
「1985年、クリスマスイブに、2歳の娘を抱いて、ここフランクフルト中央駅にたどり着きました。クリスマスで店が閉まっていたけど、町の人がやさしく迎えてくれました。ドイツ政府は政治亡命を普通に受け入れてくれました」

逮捕された時、妊娠していた母、刑務所で、メス犬、売春婦などと言われた。
刑務所で一緒だった母の親友マリアム。今はパリでセラピストをしている彼女に話を聞きにいく。
「雑居房に、40~60人いた」
「生まれたときには、皆があなたを歓迎した」
「話さないのは、あなたを思うから。いい思い出だけを残したいのよ」

政治犯の遺児には、ほとんど取材を断られた。唯一、電話で話した女性も、「やっぱり無理。暗くなる」と、結局断られた。

政治犯の為の会議がハノーヴァーで開催され、参加するが警戒された。
イラン政府が全世界に諜報員を送っているから。

母と昔話ができない。この映画を作ることを話したら、感動してくれたけれど、なかなか話そうとしない。
王政打倒で闘った母。革命運動の中で父と知り合う。
でも、皆が望んだ自由な社会にならなかった。イスラーム政権となり、1983年、反体制派として母も父も逮捕される。死刑囚だった父は、7年の刑期で釈放された。
マリアムだけ1歳の頃、先に釈放されて、祖父母と暮らしていた。

父の姉がパリにいて、夏はいつも一緒に過ごした。
うっかり口をすべらせた伯母から自分が刑務所で生まれたことを知った。
親の世代の思いを知りたい。
第二世代の子どもたちが知らない事実が多い・・・



イランで革命が起こる直前の1978年5月に初めてイランを旅しました。旅人には反体制派の動きはわからず、平穏なイランでした。その後、あれよあれよという間に、革命のうねりが大きくなって、1979年2月に王様が追い出され、革命成就。王政打倒で様々な考えの人が闘っていたのですが、気がついたらイスラーム体制になっていたという次第。
1989年に11年ぶりに訪れたイランは、王政の頃と180度変わった社会になっていました。
王政の頃にも、秘密警察がいて、多くの反体制派の人たちが政治犯として捕まり処刑されていたので、そういう面は変わってないのが皮肉です。
革命後、アルメニアやアッシリアのキリスト教徒の人たち、ユダヤ教徒の人たちなどムスリムでない人たちをはじめ、イスラーム体制に息苦しさを感じる人たちが数多くイランを離れ、その数、800万人とも言われています。イランの人口の1割です。

映画の最後、母ナルゲスが15歳の時に父から譲られた蔵書をマリアムに見せます。大切なことが書いてあると。ページを開いて占いをしたので、ハーフェズ詩集だと思います。 イランを離れても、イラン人の心を忘れずに生きていることを感じさせてくれました。(咲)


◆マリアム・ザレー監督Q&A
11月20日(土)18:00からの上映後、リモートで開催されました。
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MC:マリアムさんは、俳優としてこれまで数々の作品に出ていらっしゃいまして、今回のドイツ映画祭でも、『未来は私たちのもの』『システム・クラッシャー 家に帰りたい』にも出演されています。また、これまでに日本でも公開された『水を抱く女』などに出演されています。現在のドイツ映画界で活躍されている女優でもあります。

*観客からの質問*
― 映画が公開後に、さらにお母様と話をされましたか?

監督:母は制作プロセスに当初から深く関わってくれました。制作する意味や、テーマの持つ重要性や意義についてなど、いろいろな話を母としながら出来上がった映画です。
2019年、ベルリン映画祭でのプレミア上映の時もその場にいました。その後、各地の映画祭で上映される時にも、ついてきてくれました。どこまで自伝的部分について、母とどこまで深く話したかは私の心の内にとどめておきます。映画という媒体を使って語ることと、自分だけの領域を区別したいと考えています。いろいろなコミュニケーションの形があって、言葉を介したこともあれば、感情のレベルなどいろいろな交流がありました。そのプロセスをどう扱うかが、映画人としての私の姿勢です。

― 多くの人に取材する中で、一番印象に残った人は?

監督:映画を作るのに6年かけました。120時間の素材から97分に出来上がったので、サイドストーリーがたくさんあります。6年間、多種多様な経験をしました。たくさんの方との出会いがありました。政治的に活動している人、人道的に重要な人、感情面でもいろいろな出会いがあって、心から感謝しています。40か国で上映して、観客の方とも交流しました。一人を選ぶことはできません。一人一人がパズルのピースのようになっていて大事です。
上映後のトークで自分と重ね合わせて話してくださる方もいました。親が刑務所にいたという方も。それを聞くたびに心を打たれました。ボスニア、トルコ、ポルトガル・・・どこにいっても、共通点や個人的な体験を語ってくださる方がいました。イランという私の特定の国における経験に共鳴して語ってくださったことに感動を覚えています。

― 監督作品を通して得られた経験は、私生活や表現者としてのあなたにどんな影響を与えてくれましたか?

監督:映画を制作したことは、私のこれまでの人生において最も意義のあることでした。これだけの長い時間をかけて集中して、自分の経歴に向かい合ったことはありませんでした。人道にかかわる犯罪を直視したことは私の人生に大きく影響しました。
出演していたシャーラさんも言ってましたが、扉を勇気をもって開けることに意義がありました。その向こうにあるものが何であるかがわかって不安がなくなりました。
俳優としての私は別の営みですが、監督したことによって、演技に対する心構えが少し軽くなった気がします。

― 最初とラストに監督がパラシュートを持つ場面があります。どんな意味がありますか?

監督:語りのレベルとして、連想を持てる余白を入れています。パラシュート、水の中の場面、森や家の中の場面など。一方で、ドキュメンタリーとして事実を語っていくのですが、映画という媒体だからこそ加えてできることがあると思いました。それは、皆さんに連想していただけるような手法。詩的なもの、メタファーとしてお見せするレベルのもの。象徴として皆さんに届くにではないかと思いました。とりわけ、トラウマや世代間の葛藤を描く場合、全部を狭い領域でなく、映画というビジュアルにおいて別の語りのレベルを入れ込むことが大事だと思っています。パラシュートの場面もそうです。これでほんとに命が助かるの?と、ユーモアも交えて描きました。一人一人何かを感じ取っていただければと思います。

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(C)Tondowski Films


― 偶然のような必然の出会いでストーリーが進んでいきますが、見えない糸に導かれたと感じた瞬間はありますか?

監督:運命的なものは確かに何かしらあって、謎めいたものです。いろいろなことが絡まりあっていくのは知識として説明できないことだと感じています。あえて理解しないようにするところに、より深いものが得られると思います。

― 監督が読んだ本で影響されたものは? また私たちに薦めたい本は?

監督:今、本棚の前に座っていますが、ちょっと考えてみます。
12世紀のペルシアの詩人ルーミーの作品はお薦めです。(日本語訳がありますと会場から)
映画のリサーチの一環で大事だった本は、ジョセフ・キャンベルの「千の顔を持つ英雄」です。人間が何千年も前から語り継いできた神話が、構造的にどう語られて続けてきたかを解き明かした本です。

― 6年間取材してきた中で、これで映画ができる!と思った発言や出会いは?

監督:映画は資金繰りができないと完成しませんので、最初に助成金が出るとわかったときには、実質的に映画ができると思いました。気持ち的に、かなり最初の方で、私はこの映画を作らないといけないと思った瞬間はありました。どういう風に作り上げるかは考えていない段階で、確かな気持ちを持ちました。

― マリアムさんと同じような状況にある子どもたちにメッセージをお願いします。

監督:(しばらく考えて)人生は時にはとても困難なこともありますが、素敵なこともたくさんあるし、贈り物を得られる時もあります。決して人生を怖がらないでほしいです。必ず、贈り物が得られると信じています。愛は必ず勝利します。

― 今後も監督作を作っていくご予定はあるのでしょうか?

監督:次回作を準備中で、脚本を書いているところです。今度は12~13歳の子どもが主人公のフィクションです。

*マリアムさんの監督次回作、そして出演次回作を楽しみにしたいと思います。


マリアム・ザレー

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1983年テヘラン生まれ。フランクフルト・アム・マインで育ち,バーベルスベルク映画大学で演劇を学ぶ。最近では,ドラマシリーズ『4 Blocks』(Marvin Kren監督,2017),映画『未来を乗り換えた男』(Transit, クリスティアン・ペッツォルト監督,2018)および多数の劇場で俳優として活躍している。また,俳優業の傍ら,作家および監督としても活動している。2017年には,劇作『Kluge Gefühle』により,ハイデルベルク演劇祭シュトゥッケマルクトで作家賞を受賞し,2018年には『4 Blocks』での演技により,グリメ賞を受賞。初監督作品である『マリアム エヴィーン刑務所に生まれて』は,2019年のベルリン国際映画祭でプレミア上映され,パースペクティヴ・ドイツ映画部門Compass-Perspektive賞を受賞した。また2020年のドイツ映画賞でドキュメンタリー部門受賞作品。



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