東京国際映画祭『世界、北半球』(イラン)  ★アジアの未来部門作品賞

★アジアの未来部門作品賞
『世界、北半球』
原題:JAHAN, NIMKOREH-E SHOMALI
英題:WORLD, NORTHERN HEMISPHERE
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監督・プロデューサー・脚本:ホセイン・テヘラニ
出演:
アフマド役 レザ・ショハニ
ネマト役 メヘラン・アタシュザイ
母:サイデー・アルバジ
妹:ハトゥーン・アルバジ
姉:ザフラ・バジ
https://2021.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3402ASF10


*物語*
イラク国境に近いイラン南西部シューシュの町。戦争の爪痕に翻弄される一家の物語。

父を亡くした少年アフマドは一家を支えている。母が土地を借りて農地にするという。整地するのに2か月はかかりそうな荒地だが、母は二日でやれるという。「学校がある」とアフマドはいうが、「鳩と遊んでいるだけでしょ」と母。トラクターで整地していると、人骨が出てくる。「イラン人のじゃない」と、母は骨を外に放り投げる。
「友達のアリは、戦争で亡くなったお父さんの骨が見つからなくて、いつも木の下で石を父と思って泣いている」とアフマド。思い立って、母をバイクの後ろに乗せて父の墓参りにいく。

従兄のネマトが、14歳の姉ハディージャの部屋の外にアクセサリーをぶら下げていく。姉は声をかけられても出てこない。
ハディージャに思いを寄せるネマトは、土地から戦争絡みのものが出てきたらチェックして閉鎖するのが仕事だ。人骨が出てきたのをネマトに知られては困るアフマドの母。
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ハディージャに結婚を申し込むため、一族の長老たちがやってくる。母は、アフマドに「あなたが家長」と言い含めて同席させる。母はハディージャがまだ14歳で、結婚させるには幼いと反対する。「無理矢理結婚させるの? 2~3年待って」というが、ネマトの母は、「息子と結婚すれば安定する」と説得する。「ハディージャは、まだ14歳。30男と結婚させたくない」と母は頑なに断る。数日後、ネマトがやってきて、人骨が見つかったから畑を閉鎖するという。求婚を断った腹いせなのか・・・

「なぜ骨を捨てた?」と問い詰めるアフマドに、「イラン人のじゃない」と答える母。「でも人間。アリはお父さんの骨が見つからなくて泣いている」と言い捨てて去ったアフマドが地雷を踏んでしまいます。
ドキッとしますが、実は母親がみた夢でした。お母さんにとって、あんなことを言ってしまったのが、ずっと心の傷になっていたのでしょう。
映画の最後のほうで、骨を持って町に出かけたアフマドが、「誰の骨かわかった!」と笑顔で戻ってきます。(誰のものか、私たちには明かされません)
一方、ハディージャはネマトからもらった数々のアクセサリーを身に着けて、家の外に出てきます。どうやらネマトの求婚を受け入れる決心をしたようでした。

♪ 人の肌の色の違いは関係ない
民族の違いだけでいつまで戦う?
大きな違いはないのに♪
という歌の歌詞が、心に響きました。

ところで、この映画の舞台になっているフーゼスターン州のシューシュの町に1泊したことがあります。シューシュ(スーサ)は、紀元前5,000年にさかのぼる歴史を持ち、エラム王国やアケメネス朝ペルシアの首都だったところ。私にとっては、古代遺跡よりも、旧約聖書に登場する預言者ダニエルの廟がお目当てでした。
市場では、ペルシア語よりも、アラビア語が飛び交っていました。泊まったホテルで働いている男の子たちも作業しながらアラビア語で話していて、私がペルシア語で話しかけるとペルシア語で答えてくれました。
ハディージャの求婚に来た一族の中に、クーフィーヤ(アラブの男性の被り物)姿の男性も二人いました。かつてシリアかヨルダンで購入した中東の地図に、イラン南西部のこの地域は「アラベスタン」と表記されていました。戦争したお隣りイラクの人たちと同じ言葉をしゃべっている人たちなのです。肌の色もアーリア系のペルシア人に比べると、浅黒い感じです。民族的にはアラブでも、「イラン人」という意識を持つ人たちです。
求婚に来た一族の男性たちは、「女子は9歳、男子は12歳から結婚できる」と言っていますが、イラン全般を見れば、10代で結婚するのは、ごく一部の保守的な伝統を持つ部族に限られます。監督もトークの中でそのように答えています。(下記にトークの模様を掲載しています。)
ハディージャが心を決めて装飾品を身に着けてネマトの乗った車を見送る姿は、はかなげな美しさでした。(咲)




TIFFトークサロン
アジアの未来 共催:国際交流基金アジアセンター
『世界、北半球』

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登壇者:ホセイン・テヘラニ(監督/プロデューサー/脚本)

司会:石坂健治 さん

監督:日本の皆さん、こんにちは~
豊かな映画歴を持つ偉大な国、日本にご挨拶申し上げたいと思います。アラン・レネ監督の『ヒロシマ・モナムール』(1959)で日本の痛みを知り、黒澤明監督の『姿三四郎』には懐かしさを感じました。小林正樹監督の『切腹』に侍の偉大さを覚え、溝口健二の描いた古い日本『雨月物語』、近代を描いた小津安二郎監督作品、大島渚の『絞死刑』、北野武監督の『BROTHER』・・・、すべての作品に感動しました。私が尊敬してやまない日本の映画界と日本の皆様に敬意を申し上げたいと思います。

― 初めての長編劇映画で、日本でワールドプレミア上映、おめでとうございます。

監督:私の初めての長編映画が東京国際映画祭で上映されること、とても光栄に思います。

ー 今、そちらは何時ですか?

監督:午後3時55分です。テヘランです。

― ご自宅ですか?

監督:自分の事務所にいます。

― 皆さんからのご質問を中心に進めていきます。私もお聞きしたかったのですが、『世界、北半球』というタイトル、シンプルですが、どうしてそのタイトルに?

監督:北半球は、イランの住所です。地球の北半球にあって、アジアの中にあるイラン。映画のテーマはグローバルなので、グローバル的なタイトルにしました。

― 戦争の傷跡が出てきますが、舞台になっている場所や、歴史的背景を教えてください。

監督:この地域は、イラン南西部にあるフーゼスターン州で、イラン・イラク戦争が始まった場所です。州のすべてが戦場になりました。この地域でイラクと戦っていました。西側にも戦場はありましたが。
現実に基づいて映画を作ろうとしていますので、ほかの場所でプロの役者を使って撮るのは間違いじゃないかと思いました。実際の場所にいって、そこに住む人たちに出ていただいて撮るべきだと信じていました。まだ地雷原があって、いつ誰かが地雷を踏むかもしれないという危険もありましたし、この地域はイラクに取られたこともありましたので、イラクの塹壕も結構残っていましたし、イラクの戦車や兵器の残骸もありました。シューシュの町がメインの撮影場所でした。すべてリアルに戦場の傷跡があったところで撮影を行いました。

― 畑などから戦争関係のものが出てくると土地を封鎖する場面が出てきますが、人骨、爆弾、地雷はわかりますが、金属片が出てきても閉鎖されるのでしょうか?

監督:映画の中でも少し説明していますが、戦争に関わるものがもし土地の中で見つかったら閉鎖されてしまいます。農業をしている人たちにとって大きな痛手です。土地をレンタルして農業をしているのですが、毎日のように担当者が来て、書類に問題がないとサインさせられます。何か見つかったら閉鎖されるので、隠す人が出てくるのも仕方のないことなのです。

― アフマド少年の目力が強くて驚きました。彼やほかの出演者の方たちはどのように探したのでしょうか?
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監督:ほとんどすべての出演者は素人です。現地で見つけました。母親も娘もおじいさんも。アフマドは、2000人の中からしぼって選んだのですが、目力が強かったのが決め手の一つでした。すべての出演者はカメラを見たこともありませんでした。ただ一人、ネマト役はテヘランから連れていったのですが、舞台の役者でカメラの前に立ったことはありませんでした。撮影の面白さですが、カメラの後ろにいたスタッフも、カメラの前にいた出演者も、初めて映画の製作に携わりました。結果、東京国際映画祭で上映されることは、私だけでなく、関わったすべての人が喜んでいると思います。

― 低年齢の結婚について伺います。イランでは女子は9歳、男子は12歳から結婚できると映画の中に出てきました。今でもそうなのでしょうか?

監督:映画の中の少女は14歳で、おじいさんたちの集まりの中で、女子は9歳、男子は12歳から結婚できるから、もう結婚させないといけないと話しています。けれども、母親は近代的な考えになってきていて、まだ14歳だから早すぎると断ります。従兄のネマトは、それで復讐します。未成年の結婚は、イランの国境に近い部族の人たちの間では伝統的に行われているようですが、イラン全土でそうだとはいえないと思います。

― 監督の後ろにあるポスターに、「Which race is superior?」(どの民族が優れているの?)とあります。この映画は人種差別も一つのテーマなのでしょうか?
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監督:自分の疑問をキャッチフレーズにしたのですが、私自身の世界では、民族や宗教など誰がいいという区別はなく、皆が平等であるべきだと思っています。
ポスターに使っているグラフィティクな写真は、人の顔と骸骨が背中合わせになっています。映画では、母親が夢の中で、自分の土地で見つかった人骨を隠そうとします。息子が、自分の友達がお父さんの遺骨が見つからなくて、石を代わりにして泣いていると話して、息子は人骨が誰のものか確認しにいこうとして、地雷を踏んでしまいます。お母さんは目が覚めたとき、もしかして息子がほんとに地雷を踏んだら、自分は息子の骨を探しに行くと思うのです。ポスターの顔と骸骨の上にある木の袂には、遺骨の見つからないお父さんを思って泣いている友達の姿を描いています。このお母さんの話をすると、いつも泣きそうになってしまいます。(と、何度も目をぬぐう監督)

― 主人公の少年がバイクに乗っていて事故にあったという話が出てきますが、事故の場面が出てこなかったのは?

監督:とても簡単な理由です。予算的に無理でした。

― 少年の学校は男子だけでしたが、女子は女子だけの学校で学ぶのでしょうか?

監督:映画をご覧になってわからなかったでしょうか。イランでは、男子校と女子校に分かれています。

― イラン・イラク戦争を扱った映画はこれまでにも紹介されてきましたが、いまだに戻ってこない遺骨がテーマとして出てくるものはあまりなかったと思います。こういう切り口にした理由を教えてください。

監督:戦争はある時始まり、いつか終わるのですが、大事なのは戦争が終わってから残る影響です。戦争そのものよりも人間の心に残る傷を描いたらどうかなと思いました。イラン・イラク戦争は7~8年で終わりましたが、戦争を味わった人たちがどういう気持ちでいるかがとても大事です。今回、撮影に参加した若い人たちは誰も実際の戦争を知らなくて、聞いた話でしか知りませんでした。いろいろな人と話すと、だいぶん前に戦争は終わっているのに、なぜいまだに行方不明の人の遺骨を探す家族がいるのかと。ヨーロッパで第二次世界大戦ではいろんな人が参加していたから、骨が見つかってもどこの人なのかと。イラン・イラク戦争でも、見つかった骨がイラン人にしろイラク人にしろ、それは皆、人間なのです。人間の痛みは同じだと言いたかったのです。

― 鳩は市場でペットとして買うのでしょうか? それとも食用? 大島渚のデビュー作『愛と希望の街』(1959年)で鳩が出てくるのはご存じでしょうか?

監督:もちろん大島渚の映画は観たことがあります。鳩はペットにすることもありますし、鳶や鷲などの餌として売られているものもあります。自分で飼っている鳩は大好きで売りません。映画の中で使っていた鳩たちはどこか病気を持っていたものなので、鷲などの餌にするものです。

― ラストシーンですが、お姉さんは求婚を受け入れたのでしょうか? アフマドは車に乗ってどこに行ったのでしょうか?

監督:(ちょっと考え込む監督。そしてお茶を何度か飲んで、やっと答えました。)残念ながらアフマドがどこに行ったのか知りません。お姉さんは結婚しなければいけないのではないかと思っています。

― 観客の皆さんがそれぞれ考えてくださいということですね。
アフマド役の少年はじめ、村の人たちとはその後も関係は続いているのでしょうか?


監督:もちろん、連絡を取っています。20年前にフーゼスターン州に行ってから、ずっとここで映画を撮りたいと思っていましたので、20年間ここの人たちのことを考えてきました。終わってからも関係を切ることはありません。ただ、アフマドだけは、役者になりたいと言い出したら、家族に反対されて、勉強してエンジニアになれと言われているので、私から連絡すると監督のせいで映画の世界に入ったと家族に言われそうなので、連絡を控えています。

― この映画はできたばかりですが、村の人たちにはまだ見せてないのですか?

監督:完成したばかりで東京国際映画祭が初上映でしたから、日本の観客の皆さんが初めて観ました。その前に初めてご覧になったのは石坂さんだと思います。(笑) イランでも私のスタッフも完成版をスクリーンで観ていませんし、もちろん村の人たちも観ていません。大きなスクリーンで上映して皆に観てもらいたいと思っています。

― 皆さん楽しみにしているのではないでしょうか?

監督:そうだと思います。

ここでスクリーンショットタイム。
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監督:手も振りますが、石坂さんのようにハンサムじゃないことをお詫びしておきます。

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にこやかに手を振り、投げキスをして、胸元で両手でハートを作る監督。

― 最後に一言!

監督:若手の初めて大変な仕事に参加してくださった方たちやフーゼスターン州の人たちに心からお礼申し上げます。皆が平和で平等に暮らせますことを心から願っています。そして、黒澤監督の国で私の映画が上映されたことをとても光栄に思っております。

― 次は実際にお目にかかりたいと思います。

監督:イランか東京でお会いしましょう。ありがとうございました。

まとめ:景山咲子





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