山形国際ドキュメンタリー映画祭2021 インターナショナル・コンペティション作品(4)

【YIDFF 2021 インターナショナル・コンペティション選出作品】

① 光の消える前に Before the Dying of the Light
監督:アリ・エッサフィ Ali Essafi
モロッコ/2020/70分
1970年代のモロッコでは、労働者や学生による自由主義運動の高まりに呼応するように、芸術家たちによる前衛的な表現活動がさまざまな領域で展開した。しかしこれらの運動は強権的な当局によって弾圧され、人びとの記憶から消されてしまうこととなる。本作は、近年スペインでフィルムが発見されたモスタファ・デルカウイ『いくつかの無意味な出来事について』(1974)のフッテージを中心に、当時の写真やポスター、雑誌、音楽を自在につなぎ合わせたコラージュとして提示し、沈黙を強いられ、存在すら消された芸術家たちへ熱いオマージュを捧げる。

② カマグロガ Camagroga
監督:アルフォンソ・アマドル Alfonso Amador
スペイン/2020/111分
スペイン、灌漑農業の盛んなバレンシア地方の都市近郊で、古代エジプト時代から食用にされてきたタイガーナッツを代々生産してきた農家。深いしわが刻まれた顔と分厚い手が目を引くアントニオと寡黙な娘のインマが、営々と農作業を続ける姿を1年間丁寧に追った記録。周辺には開発の波が押し寄せ後継者も減っているが、ビデオカメラで家業を撮影し小学校で発表するマルクと、その隣で農家の幸福感を語るインマの顔は、仕事への誇りに満ちている。時代の流れに抗いながら土を耕し続ける農家としての矜恃が、この土地の歴史とともに伝わってくる。

③ シティ・ホール(原題) City Hall
監督:フレデリック・ワイズマン Frederick Wiseman
アメリカ/2020/275分
2018年秋より2019年冬にかけて、フレデリック・ワイズマンはマサチューセッツ州ボストン市庁にカメラを向けた。描かれるのは役所に関連する多様な活動。同性婚の承認、退役軍人とのミーティング、感謝祭の運営から小作農の立ち退き防止まで、多民族社会に焦点を当てた経済開発などが細やかに綴られる。本作監督はボストン行政の活動に在るべき民主主義の模範を見ているようだ。市長マーティ・ウォルシュの雄弁な演説を含め、そこでの政治は分断化されたアメリカに対するアンチテーゼに映る。

④ 最初の54年間‒‒軍事占領の簡易マニュアル
The First 54 Years- An Abbreviated Manual for Military Occupation
監督:アヴィ・モグラビ Avi Mograbi
フランス、フィンランド、イスラエル、ドイツ/2021/108分
1967年にイスラエルがパレスティナのガザとヨルダン川西岸を軍事占領してから54年。本作は、監督が理事を務めるNGO「Breaking the Silence」が元イスラエル兵の証言を集めそれらを元に構成した、占領戦略マニュアルである。徴兵制をとるイスラエルでは、ユダヤ系国民の多くが占領行為に直接的または間接的に関わっている。安全保障の名の下に、いかに戦略的に個人が暴力に加担させられるのか、そのからくりを明らかにし、軍事的論理が蔓延る日常に警鐘を鳴らす。

⑤ 彼女の名前はエウローペーだった Her Name Was Europa
監督:アニア・ドルニーデン、フアン・ダビド・ゴンサレス・モンロイ 
   Anja Dornieden, Juan David González Monroy
ドイツ/2020/76分
家畜化された現在の牛の先祖に当たり、17世紀に絶滅した野生種オーロックス。力強さ、素早さ、勇猛さの象徴としてのこの種を交配によって復活させようする試みが20世紀以降に行われてきた。1920年代のドイツで復元の研究を行った動物学者ルッツ・ヘックの著作をたどりながら、現代における新たな交配の試みや、遺伝子研究の様子を追う。絵画や模型によって失われた種のイメージを膨らませた監督たちは、白い牡牛に化けたゼウスが誘惑したエウローペーの神話を物語ろうとするのだが……。

⑥ 理大囲城 Inside the Red Brick Wall
監督:香港ドキュメンタリー映画工作者 Hong Kong Documentary Filmmakers
香港/2020/88分
逃亡犯条例改正反対運動と香港当局との衝突が激化を極めた2019年11月。重装備の警察に包囲されたデモ隊は、理工大学キャンパス内で11日間に及ぶ籠城を余儀なくされた。安全上身元を明かすことのできない匿名の監督たちがその内部から撮影、編集した本作は、自発的な市民運動が粗暴で狡猾な権力機構によってねじ伏せられ、退路を絶たれた学生たちが日を追うごとに憔悴してゆく姿を克明に捉えている。防護マスクやモザイク処理によって顔の隠された若者たちの不安や恐怖がまざまざと映し出される。

⑦ ミゲルの戦争 Miguel's War
監督:エリアーン・ラヘブ Eliane Raheb
レバノン、スペイン、ドイツ/2021/128分
ミゲルと名乗るレバノン出身のゲイの男。家庭にまつわる幼少期の暗い記憶と、レバノン内戦に参加し被った精神の苦痛はいまだ癒やされることがない。正面からの対話を試みる監督に対し、ミゲルは常に人を食ったような態度ではぐらかす。嘘、ジョーク、沈黙、そして強烈な哄笑の奥には、言葉にならない深い傷、語られることを拒否する戦争の影がある。精緻なアニメーション、演劇的手法なども多用し、複雑な脳内が幾重にも表現される。『そこにとどまる人々』(2016、YIDFF 2017)のエリアーン・ラヘブの新境地。

⑧ ナイト・ショット Night Shot
監督:カロリーナ・モスコソ・ブリセーニョ Carolina Moscoso Briceño
チリ/2019/80分
8年前に、自身が被ったレイプ事件は加害者の容疑否認のまま不起訴となり、被害者の心身をさらに傷つけるような警察や医療機関に対する不信感だけが残された。映画学校の学生だった監督は、事件後も日記のようにカメラを廻す。家族や友人たちとの交流、ヒーリングへの参加など、癒えぬ傷を抱えた日々を露光オーバーやナイト・モード機能で撮影し、精巧な音響設計を重ね、言葉にならない感情をエッセイ映画として露わにする。性暴力を受けた心身をどう生きるのか、出口の見えない旅を始めた監督の到着地に見る者もともに立ち会う。

⑨ ノットゥルノ(原題) Notturno
監督:ジャンフランコ・ロージ Gianfranco Rosi
イタリア、ドイツ、フランス/2020/100分
ISISに実行支配された地域を含む、イラク、シリア、レバノン、クルディスタンの国境付近で、監督が3年間をかけて取材・撮影した映像詩的ドキュメンタリー。そのカメラは、息子を監獄で失った母たちの姿、精神病棟で練習が続けられる舞台劇、ISISの残虐行為でトラウマを植え付けられた子どもたちの絵などを、断片的に捉えていく。映画の示す静謐な光景を観る者は、画面の外に広がっている記憶の闇に引き寄せられながら、やがて訪れる夜明けの兆しを探してしまう。

⑩ 核家族 Nuclear Family
監督:エリン・ウィルカーソン、トラヴィス・ウィルカーソン
Erin Wilkerson, Travis Wilkerson
アメリカ、シンガポール/2021/93分
幼少期から核戦争のイメージにさいなまれてきた映画監督が、幼い子どもを連れ、アメリカで核実験が行われた土地や軍事施設を家族でめぐる。旅で訪れる土地には、かつてのネイティヴ・アメリカンの虐殺の記憶も宿されていた。作り手たちの想像力は、やがて長崎への原爆投下や福島の原発事故にも及ぶ。核実験のアーカイヴ映像とサン・ラ・アーケストラの奏でる「ニュークリア・ウォー」が繰り返し挿入され、人類と核の歴史、反復される暴力が問い直される。

⑪ ヌード・アット・ハート Nude at Heart
監督:奥谷洋一郎 Okutani Yoichiro
日本、フランス、アメリカ/2021/110分
「踊り子」と呼ばれるストリップ劇場のダンサーは衣装ケースを持って日本各地を巡り、楽屋で寝泊まりしながら演目を披露し、10日ごとに次の土地へと移動する。昭和の懐かしい空気に満ちたストリップの世界にかつての勢いはなく、劇場の数は減り続けるが、彼女たちが日夜研鑽を積みながら創るステージには、ひとときの華やかさが舞い戻る。踊り子たちが舞台の袖で見せる素顔、楽屋での日常、ストリップに託す思い、家族への愛情、すべてが一期一会の風景の一部としてここに記録される。『Odoriko』(2020)の国際版。

⑫ 自画像:47KMのおとぎ話
Self-Portrait: Fairy Tale in 47KM
監督:章梦奇(ジャン・モンチー) Zhang Mengqi
中国/2021/109分
「47KM」と呼ばれる中国山間部の小さな村を舞台とした連作の最新作。
監督が撮影を開始してから10年目を迎えるこの冬、村には新しい建物がつくられようとしていた。子どもたちはその「青い家」がどんなふうになったらいいかを想像し、絵に描く。これまで被写体であったはずの少女たちはカメラを回し、自分たちの村の姿を記録し始める。それにつれて、これまでは撮影者だったはずの監督と、彼女が建てる新しい家もまた、村の風景の一部になっていく。

⑬ スープとイデオロギー Soup and Ideology
監督:ヤン ヨンヒ Yang Yonghi
日本、韓国/2021/118分
家族を被写体にした作品群の続編ともいえる、母を主役にした私的映画。監督は、済州島の4・3事件を生き抜いた母の半生に向き合い、失われつつある記憶を掬い取ろうと試みる。母は、新しく家族になった娘の夫のために特製スープを作るが、おそらくそれを最も食べさせたいのは、会うことのできない北朝鮮にいる息子たちだろう。本作は、ホームムービーの体裁で軽やかにどこの家庭にもありそうな不協和音を描きつつ、底流にある歴史の残酷さを抉り出す。それは同時に「国家」という不確かな存在について問いを投げかけているようでもある。

⑭ 私を見守って Watch Over Me
監督:ファリーダ・パチャ Farida Pacha
スイス、ドイツ、インド/2020/92分
インドではまだ広く認知されていない在宅での緩和ケアに勤しむ医師、看護師、カウンセラーの女性3人組。病院機構から独立し、助けを求める電話に応じてニューデリー中を駆けめぐる。言葉や仕草で苦痛を訴える患者の声に耳を傾け、大切な存在が目の前で日々衰弱してゆく現実を心穏やかに受け止められるよう家族と粘り強く対話を重ねる彼女たちの真摯な眼差しを、カメラは至近距離から捉える。やがて訪れる喪失を前に家族で過ごすかけがえのない時間を描いたこの映画は、モノクロームのやわらかな光に包まれている。

⑮ 発見の年 The Year of the Discovery
監督:ルイス・ロペス・カラスコ Luis López Carrasco 
スペイン/2020/200分
コロンブスのアメリカ大陸到達から500年を記念し、バルセロナ・オリンピック、セビリア万博が開催された1992年のスペイン。国を揚げた祭典の裏で、社会はグローバル化の波を受け経済危機に陥っていた。カルタヘナでは住民による抗議活動が暴徒化し、州議会場が燃やされる事態となる。本作は、当時デモに参加した労働者たちの語りと、生活に喘ぐ現代の若者たちの会話とが交錯する煙たいバルを全編Hi-8ビデオカメラで撮影。緻密に構成された2分割画面に争議の生々しいアーカイヴ映像が挿入され、時を行き交いながら国家の成功神話に抗う。
※タイトルはすべて仮題です。
作成 宮崎暁美

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