『皮膚を売った男』 英題:The Man Who Sold His Skin 原題:L'Homme Qui Avait Vendu Sa Peau
監督:カウテール・ベン・ハニア
出演:モニカ・ベルッチ、ヤヒヤ・マへイニ、ディア・リアン
2020年/チュニジア・フランス・ベルギー・スウェーデン・ドイツ・カタール・サウジアラビア/104分/カラー/アラビア語・英語・フランス語
上映日:11月1日(日)13:00~ 11月7日(土)21:10~
https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3301TKP21
*物語*
2011年、シリア。電車の中でサムは恋人アビールに結婚したいと宣言。同乗していた皆に祝って貰うが、その時、「自由がほしい」と叫んだことでお咎めを受け逮捕される。軍の係官が遠縁らしく、彼を知っていて「国外に逃げろ」と解放してくれて、車でレバノンに逃れる。
1年後、ベイルートでサムは、恋人アビールが外交官の男と結婚しベルギーにいることを知る。食べ物を求めて潜り込んだベイルートの美術展の会場で、サムはベルギーの芸術家ジェフリー・ゴデフロイと出会い、「背中を売ってくれ」と提案される。背中にシェンゲンビザのタトゥーを入れられたサムは、巨額の報酬を手にし、アート作品として、まずベルギーの王立美術館に展示されることになる。難民を利用した搾取だとして抗議する団体が現れ、アラビア語通訳としてやってきたアビールとサムは再会を果たす・・・
チュニジア出身の女性監督による作品。
映画祭の後半、プレス登録している方たちと話した時に評判の高かった作品です。
コンペティションがあったなら、きっと何かの賞をもらったことと思います。公開されることを期待して、再会した二人のその後はここでは触れないでおきます。
サムが国外に逃れたあと、シリアの状況は悪化の一途をたどります。ベルギーにいるサムが、シリアにいる母親とスカイプで話す場面で、お母さんは「難民が海で死んでいる」と心配するのですが、そのお母さんの両足がないことに気づきます。爆発で壁の下敷きになって両足を失ったのですが、「大丈夫 明日はいい日になる」という言葉に胸が締め付けられる思いでした。
TIFFトークサロンで、カウテール・ベン・ハニア監督の本作への思いを伺うことができました。
TIFFトークサロン
2020年11月8日(日)18:15~
登壇者:カウテール・ベン・ハニア監督:
司会:矢田部さん
通訳:今井さん
アーカイブ動画:https://youtu.be/UzNIO4wTau0
矢田部:お会いできて光栄です。
監督:TIFFで上映していただきありがとうございます。日本の観客に見ていただけること、この上なく嬉しいです。
矢田部:今はパリですか? 朝の10時半くらい?
監督:はい、まさにそうです。
矢田部:抜群に面白い物語をありがとうございます。現代的に重要な主題を盛り込んだ素晴らしい映画をこの東京国際映画祭で紹介できるのがとても光栄で、改めてお礼申しあげます。
監督:こちらこそ光栄です。映画をご覧になった皆さんがSNSなどで発信されている感想をお読みして、日本の観客に受け入れられていることをとても驚き、嬉しく思っています。
矢田部:監督はチュニジアご出身。パリの有名な映画学校ラ・フェミスやソルボンヌ大学で学ばれています。これまでドキュメンタリーとフィクション、両方手掛けてきました。今後も両方作っていかれる思いでいらっしゃるのでしょうか?
監督:今後も両方作っていくつもりです。現在、ドキュメンタリーを手掛けています。ジャンルをまたいでやっていると相乗効果があります。それぞれの良さがあると思っています。フィクションの世界では頭の中で想像したものを具現化できる楽しみがありますし、ドキュメンタリー作家として映像を作っていくのは、調べた混沌とした世界が衝突する作業なのですが、そこから秩序立ててつくるという訓練がフィクション作品をより良いものにしてくれます。今は、手掛けているドキュメンタリーと、次に考えているフィクション作品の資金集めをしているところです。
矢田部:『皮膚を売った男』は、ドキュメンタリーに対する姿勢がフィクションにうまく反映されていると思いました。映画の成り立ちは? どこから着想を得られたのでしょうか? デルボアさんの『TIM』に影響を受けたそうですが、それはどのような作品でしょうか?
監督:コンテンポラリーアーティストのヴィム・デルボアの「TIM」から着想を得ました。豚に入れ墨をした作品です。それが人間にも入れ墨を入れて美術品にしていくというものです。豚の頃から是非についていろんな議論がありましたが、それを人間にもということで議論がさらに膨らみました。アートという市場で、現代美術がどこまで限界ぎりぎりに挑戦していくかに興味を持ちました。また、背中にタトゥーを美術品として入れた男は何者なのか、どういう思いでタトゥーを入れたのかという疑問が沸き上がりました。彼の背景とラブストーリーを描くことで、彼に人間性を与えたつもりです。シリア難民が主人公になっていますが、今、難民が語られる時、数字や統計として顔のない存在になっているのでストーリーを描くことで存在感を与えました。
矢田部:Q「デルボアさんが保険販売員として出演されています。なぜ彼に保険屋を演じさせたのでしょうか?」
監督:彼にぜひ出演してほしいと思いました。どの役をと、すべての役を考えて、保険屋にしました。現代アーティストが四角四面に作品をみていくのが皮肉で面白いと思いました。美術作品が爆発の中で死んだらおじゃん。保険会社としては大災難。もし癌で亡くなれば、背中の皮を剥いで美術品として使えるという発想が面白いと思いました。デルボアさんも乗り気で、人を挑発するのが好きなので、喜んでやってくれました。
矢田部:Q「自分が作品になるのが難民として生きる決断だったというのが痛いほど伝わってきました。それが美術品として購入されることに衝撃を受けました。実際に、人がアートとして売買されるケースはないと思っていいのでしょうか?」
監督:いろんな人の人生を見て、特に難民の方たちはなんとかして生き延びなければいけない。選択肢のないメタファーとして自ら美術品になることを描きました。そのことにより自らの尊厳を失うのも難民の現実。国境を越えるのも、渡航文書を入手するのも苦い選択を迫られます。その比喩として描きました。
矢田部:Q「難民のサバイブの話でありながら、行動の動機が恋人に会いたいという愛の物語であることに魅せられました。」
監督:意図的に描きました。難民は、なんとか生き延びないといけない状況にあります。孤独で脆弱な立場に置かれています。家族や誰かへの愛が支えで力の源泉になります。難民の方たちを見ていると、ずっとスマホを握りしめています。家族や親せきと話したいという思いだと思います。私自身ラブストーリーが大好きなので、映画で語りたいと思いました。主人公には一途に愛する人がいてほしいという思いがありました。もう一つ意識して語りたかったのが、二つの世界のコントラスト。冷たく希望に満ちた現代アートの世界と、女性を愛する男という熱情の世界を対比させたいと思いました。
矢田部:監督は現代アートの価値や表現の自由について、もともと懐疑的だったのでしょうか? それとも、この映画のために、あえてそのような視点を取り入れたのでしょうか?
監督:現代アートの世界をどう思うかはひと言では片づけられません。とても複雑で豊かな世界です。この映画の中ではストーリーを語るツールとして入れた視点と思ってください。私が語りたかったのは、自由とは?ということ。難民の置かれている苦境、一方で、現代アートの世界での表現の自由、人を挑発する自由、売り買いする自由。難民には基本的な自由もありません。難民の世界と、現代アートの世界からやってきた二人が出会うのですが、お互い自由だと思っているけれど、どこの国のパスポートを持っているのか、どういう社会背景があるのか、どういった階級に属しているのかで自由の度合いが違います。様々なトピックを描いて皆さんに考えてもらいたいと思いました。
矢田部:感想をいただいています。「見終わった直後は、芸術と資本主義の関係をめぐる痛烈なアイロニーに感じました。時間が経つにつれ、社会の中で一人の人間の自由意志がどこまで可能かを、様々な視点で考えることのできる作品でした」もう一つ、質問をいただいてます。「入れ墨を入れるアーティストのジェフリーは人間性を失った人間とも思える場面がありました。彼のキャラクターにどのようにアプローチをしたのか知りたいです。」
監督:そういうことを考えながらキャラクターを想像しました。ジェフリーは、芸術家であり、皆より高みに立っている天才作家として描きました。西洋美術史をみると、かつては教会、今は資本主義に支えられています。芸術家たちはお金になるのであれば挑発もOKという世界に生きています。権力を持っていて、インテリだけどどこか冷酷なところがあて感情から離れている。一方で深く思考できる矛盾に満ちたキャラクターで、書いていて楽しかったです。
矢田部:Q「主演の方は映画初出演。どのように見つけたのでしょうか? 背中のオーディションも当然されたのでしょうか?」
監督:短編の経験はある人です。オーディションには時間をかけました。シリア人で才能溢れた人を探しました。ヤヒヤさんの映像を見て、才能に魅せられました。皆に背中は見せてとお願いしました。重要な要素ですが、演技力がなにより重要です。ベネチアでも主演賞を受賞。素晴らしい才能です。
矢田部:背中にメークを施すのにどれくらい時間がかかりましたか?
監督:最初は3時間。毎日撮影が終わると消します。入れ墨の美術の方も慣れてきて2時間くらいになり、最終日には1時間で描きあげていました。
矢田部:Q「モニカ・ベルッチさんを起用した経緯は?」
監督:彼女が演じた女性は地中海地域から来た設定。熾烈な現代アートの世界でやっていくために素性を隠して、ブロンドにして、冷徹な雰囲気にしているというキャラクターです。ほんとのモニカ・ベルッチさんは逆の方。面白いコラボレーションになりました。
矢田部:Q「シリアで危険な状況の中で、主人公が拘束されたときに、担当の兵士が従兄弟だと言って逃がします。自分の立場も危うくなると思うのですが、現実にあり得ることでしょうか?」
監督:このシーンを書いた時、2011年を想定しました。いろんな思想がシリアにあった時点。革命の発端になった時期です。あの兵士はサムがあそこにいては将来がないと咄嗟に判断したのです。あえて上に従わない行動をした兵士もいたことを描きました。
矢田部:Q:「シリア、レバノン、ベルギー、美術館と様々な場所で撮られていますが、どこでの撮影が大変でしたか? どこのシーンが一番気に入ってますか?」
監督:すべてが大変でした。中でも、美術館での撮影は難しかったです。ロイヤルベルギーファインミュージアムでは、物を触ったり、動かしたりできませんでした。お気に入りのシーンは一つには絞れません。家を建てるようなもの。どのシーンにも機能があって大事。それを集めて一つの映画にしていますので。
矢田部:Q「音楽がよかった。映画のために作ったものですか?」
監督:映画のために、とても才能のあるアミン・ブハファに作ってもらいました。近日中にサントラが発売されます。
矢田部:監督にサプライズです。(漫画で描いた映画のシーン)
監督:インスタグラムで見て、とても嬉しかったです。幼少の頃はアラビア語に訳された日本の漫画を見てました。ほんとうに感動しました。
矢田部:葉書サイズのもので、映画を一回見ただけで描いてくださいました。監督にお届けします。それではスクリーンショットタイムです。

手を振る監督
矢田部:最後にひと言お願いします。
監督:日本で劇場公開にこぎつけることが出来たら嬉しいです。コロナ禍で劇場の運営も不安定だと思いますが。なにより地球の反対側にいる日本の皆さんに受け入れていただけたことを嬉しく思っています。
矢田部:直接お会いできる日が来ることを楽しみにしています。今日はありがとうございました。
景山咲子
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