『悪は存在せず』英題:There Is No Evil 原題:Sheytan vojud nadarad
監督:モハマッド・ラスロフ
2020年/ドイツ・チェコ・イラン/152分/カラー/ペルシャ語
上映:11月2日(月)19:45~ 11月4日(水)13:30~
◆ワールド・フォーカス国際交流基金アジアセンター共催上映
https://2020.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3304WFC12
*物語*
イランの死刑制度にまつわる4つのエピソード。
エピソード① 仕事帰りに高校生の娘を迎えにいき、家では妻の髪を染めてあげる夫。ごく普通の日常だが、刑務所に勤める彼は死刑執行人だった・・・
エピソード② 兵役で任地の刑務所で死刑執行を命じられるが、耐え切れずに脱走する若い兵士。
エピソード③ 恋人の誕生日に指輪を持って列車に乗り、山奥の故郷を目指す兵士。実は、彼は脱走してきたのだった・・・
エピソード④ 留学先からイランに帰ってきた医学を学ぶ女性。辺鄙な山奥に、父の親友の男性を訪ねていく。彼は死刑執行を拒んだために、娘を親友に託し身を潜めたのだった・・・
★2020年・第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で最高賞の金熊賞受賞。
イラン政府より出国を禁止されている監督に代わり、娘で映画にも出演しているバーラン・ラスロフが授賞式に出席しました。
TIFFトークサロン
11月9日 21:45~
登壇者:モハマッド・ラスロフ(監督/脚本/プロデューサー)
司会:矢田部さん
ペルシア語通訳:ショーレ・ゴルパリアンさん、
英語通訳:王みどりさん
アーカイブ動画:https://youtu.be/V0IRSKsUL4Y
監督:サラーム!
矢田部:初めまして。ベルリンで拝見して、素晴らしい作品でした。ベルリンでご挨拶できなくて残念でした。こうしてオンラインで繋がって、お会いできて光栄です。
ラスロフ監督は、イラン、シーラーズ生まれ。カンヌ映画祭など数々の映画賞を受賞されています。『悪は存在せず』は2020年のベルリン金熊賞に輝いています。ベルリンで観て、これこそグランプリにふさわしい作品と観た直後に思いました。
まず、死刑制度という世界でも問題になっているヘビーな主題で撮ろうと思われたきっかけをお聞かせください。
監督:まずは、コロナの中で、皆さんとお話しできる機会を作ってくださってありがとうございます。メインテーマは市民一人ひとりの責任についてです。強制的に政府からさせられることに対して、どう対応するかです。
矢田部:どのエピソードも面白い。全体の構成が素晴らしくて感動します。前半は戦慄するのですが、後半は人の命の重みに厳粛な気持ちになっていきました。執筆には苦労されましたか? それとも次々と浮かんできたのでしょうか?
監督:私には制限があるので、一つのフィーチャーフィルムを作るのは体制的に許されないかなと思いました。そこで、4つのショートフィルムを作ろうと思ました。どのテーマにしようか考えて、一つのサブジェクトをいろんな角度から見て書こうと思いました。2年位かけて、4つの短編を考え、一つの長編としてどう繋いでいくかをまとめたところで撮影に入りました。
矢田部:Q「エピソードごとに処刑の現場からどんどん離れていきます。反面、処刑にかかわった経験が人生にどんどん重くかかわっていく構成が素晴らしかった。それぞれのエピソードとエピソードの関係には気を使われたのでしょうか?
監督:すべてのストーリーが出来上がった時、4つ目のエピソードで観る側にわかりやすくするために説明がいると思いました。イランでは徴兵を終わらせないと、自動車免許も取れないし、社会の中でいろいろなことができません。2番目のエピソードでこの情報を入れるといいなと思いました。それぞれのキャラクターは違うけど、何かコネクションを作るのがいいと思い、3のキャラクターを2で説明しています。
エピソード1は、全然違う話。主人公は決して悪い人ではないけれど、システムの中に身を任せている人物。何が良くて、何が悪いか決められない設定です。
矢田部:1が強いインパクトありました。仕事として、マシーンに徹しようとするけれど、睡眠薬がないと眠れないし、青信号でぼ~っとしてしまいます。マシーンに徹しきれなくて歪が出てしまう。どういうところで無理が来るかと相当悩まれてキャラクターを書かれたと思います。
監督:1話目のキャラクターで、一つ大事なのは、彼はモンスターでも機械でもないことです。猫が駐車場で捕まった時には、解放してあげています。人間的なところが残っています。アイシュマンはユダヤ人が目の前で殺された時、一度泣いたことがあると書いています。私たちにどれくらい責任があるか?が大切だと思います。強制されたとき、人間としてモラルをなくすことをしてはいけない。どうやって責任を果たしながら、モラルを保てるのかを考えたいと思いました。
矢田部:アイシュマンはホロコーストの執行者の一人ですね。Q「4つ目のエピソードのタイトルにもなっている「マラーベブース」(私にキスを)の歌は、1950年代に政治犯として死刑になる前に、娘への遺言として作られた詩とされていますが、革命前の1970年代にイランに駐在していた日本人の間でも有名な曲です。今のイランの若い人たちにもよく知られているのでしょうか? 監督にとって、この歌にどんな思いがありますか?」(景山の質問)
監督:この歌の誕生秘話について、1950年代のは作り話ともいわれています。今でも私たちにはノスタルジーのある曲なので、エピソード4にふさわしい曲だと思って入れました。
矢田部:Q「すべてのエピソードに、顔を思いきり洗う場面がありましたが、どんなことを意図したのでしょうか?」
監督:面白い質問! 私は精神科に行ったほうがいいかな(笑いながら)
矢田部:Q「後半のロケ地はキアロスタミ監督の映画を彷彿させられました。キアロスタミ監督へのオマージュを込められたのでしょうか?」
監督:イラン人で映画人ですから、もちろんキアロスタミ監督の映画には興味があって、すべて観ています。ご覧になったのは、イランの風景です。3と4に景色を選んだのは、最初の1と2はクローズされたシーン。圧迫感を感じさせると思います。2は、兵士がノーと言って出ていって、町からどんどん離れます。町のど真ん中に居られない。遠くに行かないと生きていけない。1と2は暗い環境で撮られているけど、3と4では、問題は問題だけど、ロケ地は自由さを感じさせてくれる中で撮っています。
矢田部:Q「死刑制度について、執行人として徴兵された若い兵士にやらせることが多いのでしょうか? 兵士たちへの心のケアはあるのでしょうか?」
監督:普通の兵士でも、小さな刑務所などで担当させられることがあります。リサーチしてわかったのですが、徴兵中に死刑執行をやった人に聞いたら、長年精神的に落ち着かなかったけれどケアはされていないそうです。強制的にやらされるので、逃げ道がありません。
矢田部:Q「役者について伺います。ヘビーな内容なので、出演交渉して断れたこともありますか? 受けてくれた俳優さんたちと、映画についてどのような話をしましたか?
イランにはユニークな演出をする監督が多いですが、監督は細かく指示するのか、自由に役者に任せるのか、どちらのタイプでしょうか?」
監督:映画は自分一人ではなくチームで撮りますので、皆、心を込めて一緒に撮ってくれました。私はラッキーなので、後ろに座っていることができました。カメラの前もカメラの後ろも一人一人が協力的だったので映画が完成しました。人間的に大切なプロジェクトであることを理解してくれました。一番最初に、どうやって役者が自分のやる役を信じてくれるかが大事。役者さんを選ぶ時、役に合っていると信じてお願いします。テストしながら、役に近づけていきます。現場で、よく話しもします。俳優から提案があって、面白いものであれば採用します。役者と監督がお互いに理解すれば、うまくいくと思います。
エピソード4の奥さん役は、ちゃんと書かれてなかったですが、優しくて独立しているキャラクターです。ディテールを書いていませんでした。女優さんが現場で足して演じてくれて、いい感じになりました。
エピソード1はディテールは書いていたのですが、夫婦と子供がほんとの家族を味わうために、買い物に行ったり食事に行ったりしていました。執行人として、クーポンをもらったりしているのも入れてみました。
エピソード2は、兵士たちが会話している場面は計算して書き込んでました。何度も何度も練習したのですが、その時の彼らの言葉から脚本を書き換えたりもしました。兵士たちは、こういう会話をするだろうなと思い描きました。
矢田部:最後の質問です。Q「20代のなおさんから。これから映画製作を目指すのですが、若い人に勇気を与えてくれる言葉をぜひ!」
監督:決まったことはないのですが、今までのメソッドを繰り返さないで、新しいメソッドを怖がらないで使ってみることを自分に言い聞かせています。
矢田部:新しい試みを恐れるなというのは、若い人だけでなく全員に対するメッセージだと思います。
今年の東京国際映画祭を締めるのに、これほどふさわしい言葉はないのではないかと思います。
最後にスクリーンショットを撮りたいので、5秒位、笑顔で手を振っていただければと思います。そういうキャラでないのはわかっているのですが。
思いきりの笑顔で手を振る監督。
矢田部:貴重なショットだと思います!
監督:こちらこそ、嬉しかったです。素晴らしい質問をありがとうございました。今後、新しい作品を持って、ぜひ日本に伺いたいと思います。
矢田部:ほんとうにありがとうございました。またお会いしましょう! さようなら。
監督と直接お話できるのは、ほんとうに貴重なことです。
視聴者の皆様もありがとうございました。
景山咲子
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