東京フィルメックス 特集アミール・ナデリ監督 『期待』 Q&A (咲)

2000年12月に開催された第1回より、イラン映画を毎回のように取り上げてくれている東京フィルメックス。今年は、世界のどこにいてもフィルメックスに駆け付けるアミール・ナデリ監督の特集が組まれました。

11月18日(日) 14:30からの『期待』を観ようと、2時過ぎに朝日ホールに着くと、階段をあがったところにナデリ監督が。 来年2月9日に公開となる。『山<モンテ>』のチラシを自ら会場に来る人々に手渡していました。 いつもながら精力的です。

『期待』上映前に、アミール・ナデリ監督が登壇。
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「イランで作った映画なので、今日はペルシア語で」と、久しぶりに英語ではなくペルシア語で話し始めました。
「今回は、私の映画が5作も上映されるので嬉しい。古いプリントは、イランから出してもらうのは難しかったのですが、市山さんがねばってくださって、フィルムを送ってもらうことができました。ここで、素晴らしいプリントを作ってくださったイラン政府にもお礼を申し上げたいと思います。
『期待』と『ハーモニカ』は、自分の子ども時代に基づく自伝的な映画です。私自身、長い間観ていないので、フィルメックスで皆さんと一緒に観れるのは嬉しいことです。ごゆっくりご覧になってください。上映後には、また舞台にあがりますので、質問などしていただければと思います。 ヘイリー マムヌーナム(ペルシア語でありがとうございます)、サンキュー、グッバイ」


『期待』 原題:Entezar 英題: Waiting イラン / 1974年 / 43分
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海辺の土壁の美しい町。
ステンドグラスから差し込む光が、ガラスの器にあたる。
おばあさんから「氷を貰ってきて」と言われ、ガラスの器を持って、土壁の町を行く少年。
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立派な木のドア。左のノックを叩くと、ヘナで染めた美しい手が出てくる。
家の壁に黒い旗が見えて、アーシュラーの時期だ。
(★注:アーシュラー: イスラム暦61年(西暦680年)第1月のムハッラム月10日(アーシューラー)に、シーア派第3代イマームのフサインがイラクのカルバラーの地でウマイヤ朝の軍隊によって包囲され殉教を遂げたことを悼む行事

黒い服の男たちが、胸を叩きながら歩いていく。
脇で見ているチャードル姿の女性たちも、胸を手で小さく叩いている。

「氷を貰ってきてもいい?」と、ガラスの器を持って、走っていく少年。
家の中に入っていくと、若い女性が3人、長い髪の毛を振り乱しながら、一心不乱に祈っている。
夜、ろうそくを灯し、フサインの名を呼びながら、歩く人々。

真昼。馬が土壁の道を駆けていく。
ガラスの器を持って、いつもの木のドアの左手のノックを叩く少年。
出てきたのは、老女の手・・・

(以前に観た記憶では、最後に左の男性が叩くノックではなく、右の女性用のノックを叩いて、老女の姿が出てきたと思い込んでいました。そんなズルをしたのではなかったと判明。
アーシュラーの行事が出てきたことも、すっかり忘れてました。)


◆上映後のQ&A

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ナデリ:千年前に撮ったような気がします。ほんとに綺麗な映像で、フィルムを送ってくれたイラン政府にもう一度感謝を申し上げます。市山さんや担当者の方が、200通位、イランにメールを送ってくださったのではないかと思います。

司会の市山尚三さんが、「それでは、時間も限られていますので、さっそく会場から質問を」と切り出したのを、ナデリ監督がさえぎって、「その前に私から・・・」と、英語で話し始めたのですが、すぐにペルシア語に切り替えました。
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ナデリ:イラン・イラク戦争の時に、一度、この生まれ育った町アバダンに戻って映画を作ろうと思って、戦争の中、行ってみました。アバダンは石油の産地で、子ども時代の思い出は石油の匂いです。砂漠や海の水はあるけれど、緑は絶対ない場所です。氷や水は人間にとって大切なものです。  小さい時、喉が渇くと水が欲しかった。成長して、15歳くらいになると、違うものが欲しくなりました。初めて女性に興味を持つようになった頃の話です。
映画のように、おばあさんと住んでいて、いつ、おばあさんから「氷を貰ってきてくれる?」と言われるかと待っていました。映画のようにガラスの器を持って氷を貰いに行って、綺麗なヘナに染めた手が出てくるのが楽しみでした。戦争前の子ども時代の話です。
1979年、戦争がアバダンから始まって、炎があがって町が壊されてしまいました。氷を貰っていた家を絶対もう一度見たいと思って、炎の中を走って、あの家にたどり着きました。壁は壊れていて、ドアは開けっぱなしで、中も結構壊れていました。長い廊下を走って中に入ってみましたが、人もいないし、鳩もいませんでした。でも、一つの部屋の壁に写真が一枚貼ってあって、高校生の女の子が3人写っていました。手を見て恋をしたのは、この中のどの子かなと思いました。
映画を作るとき、夢の中の世界を映像にしなくてはいけませんでした。夢の中なら、台詞はない映画だなと。頭の中にあったものを映画にしました。すべて、太陽の明かりを待って撮ろうと思っていました。
アーシュラーの祭(カルバラーでフサインが殉教したのを悼む祭)のテーマは、喉の渇き(ペルシア語でテシュネギー)です。映画を作って、1回だけ観て、ずっと観てなくて、今日皆さんと一緒に観ることができて、フィルメックスに感謝です。
先ほど観ながら考えたのですが、今、リメイクしたとしても、そのまま全く同じものを作ったと思います。当時、カンヌ映画祭で上映されて、審査員特別賞を貰いました。
ここで、会場にいる 磯見さんを紹介します。「『CUT!』で美術監督としてお世話になりました。彼がいなければ『CUT!』は出来ませんでした。この映画(『期待』)を磯見さんに捧げたいと思います。拍手を!

★会場とのQ&A
― 先月、ナデリ監督のマスタークラスを受けさせていただき、「渇望」が演じる上で大切だと学びました。この映画を観て、あらためてナデリ監督にとって、「渇望」「渇き」が大事なテーマだと思いました。映画の最後の方で、屋敷の中で女性の方たちが行っていた儀式は、実際にイランで行われているものなのでしょうか?
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ナデリ:アーシュラーの儀式は、男は外で行うけど、女性は家の中でやります。実際、小さい時に見たことがあります。イメージが子どもの時から頭の中にあったので、映画で作り出すのは大変でした。ヘナで染めている手の女の子3人、全く同じような背格好で髪の毛の長い子を探すのに苦労しました。
「渇き」ですが、今の自分は、水ではなく、「映画を作りたい」と欲しています。

― 詩的な映像をありがとうございました。外国人の私から観るとファンタジックなものに見えました。町に人がいない、馬が走ってくるなど、現地の方が見たら、リアルなものなのでしょうか? それとも、ファンタジックなものに見えるのでしょうか?

ナデリ:小さな町で、若い人がいなくて年寄りが多くて、残っているのは歴史だけ。ほんとに人が外を歩いていません。この映画は、溝口健二監督に憧れて作りました。溝口監督の映画では、よくゴーストのような感じで、町の中を人が歩いていません。夢の中のようです。
『期待』は、すべてリアルですが、映像にしてみると、ゴーストのようになりました。いくつも映画を作りましたが、この映画は、自分の希望や愛を映画にしたものです。その後の作品は、どうやって生き延びるかというテーマが多い。2年前にフィルメックスで上映した。『山<モンテ>』を作ってから、この『期待』に戻りたいと思いました。 ロサンゼルスで作った新作『マジック・ランタン』は、『期待』の続きかなと思います。20日に上映されますので、ぜひ観てください。
今回、市山さんからサプライズで、1973年に作った『タングスィール』も上映いただくことになりました。作った私自身、一度も観ていない映画なので楽しみです。
『ハーモニカ』も、『期待』と同様、自伝的映画です。子どもの頃、太っていたのですが、その姿が見れます。『駆ける少年』のような映画です。

市山:明日は5時半から、入江悠監督とのスペシャル対談トークショーが開かれます。ぜひ参加ください。

ナデリ:私は前世が日本人だと思うくらい、日本が好きです。フィルメックスも大好きで、いつも後ろに座っていますから、声をかけてください。

 (報告:景山咲子)




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