今年、東京国際映画祭に新設された「ウィメンズ・エンパワーメント部門」のシニア・プログラマーであるアンドリヤナ・ツヴェトコビッチさんに、この度、この部門が新設されたことへの思いや、作品選定の過程をお伺いする機会をいただきました。
景山咲子
「ウィメンズ・エンパワーメント部門」シニア・プログラマー
アンドリヤナ・ツヴェトコビッチ プロフィール
初代駐日マケドニア大使で、2022年にはWIN Inspiring Women Worldwide Awardを受賞。日本大学で映画研究の博士号を取得、欧州大学で名誉博士号を授与され、京都大学では客員教授を務めた。映画監督としては映文連アワードの部門優秀賞を受賞。その他、世界経済フォーラムや国連気候変動会議で講演を行う。東京国際映画祭では2023年に「SDGs in Motion トーク」のプログラム・キュレーター、2021年にはAmazon Prime Video テイクワン賞の審査委員を務めた。
(東京国際映画祭公式サイトより)
★注:2019年2月12日にギリシャとの合意により、国名が「北マケドニア共和国」に変更されています。 アンドリヤナ・ツヴェトコビッチさんの駐日大使時代は、マケドニア共和国。
★ラインナップ記者会見での発言は、こちらをご参照ください。
第37回東京国際映画祭 「ウィメンズ・エンパワーメント」部門新設!
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/505000752.html
●アンドリヤナ・ツヴェトコビッチさん インタビュー
◆女性映画人活躍の後押しになることを願う
― シネマジャーナルでは1987年に「第2回東京国際映画祭」の取材を開始し、その時から東京国際女性映画祭の前身である「カネボウ国際女性映画週間」も取材を始め、25回目の2012年にフィナーレを迎えるまで取材し本誌にレポートを掲載してきました。
東京国際女性映画祭の高野悦子さんは常々、「本当は女性映画祭が必要なくなるのが理想」とおっしゃっていました。志半ばで病に倒れ、残念ながら「東京国際女性映画祭」は終わってしまいましたが、それから10数年、少しづつ女性監督は増え、映画の現場にも女性は増えてきています。 しかし、女性監督が増えたと言っても、まだまだ商業映画などの分野で活躍している女性監督は少ないですし、後押しが必要かと思います。
今回、「ウィメンズ・エンパワーメント部門」が開設された意味は、そういう後押しという役目も担っていると考えていいのでしょうか?
「ウィメンズ・エンパワーメント部門」シニア・プログラマーを指名されたことへの思いも、あわせてお聞かせください。
アンドリヤナ: 今年、「ウィメンズ・エンパワーメント部門」が新設されたのは、東京国際映画祭にとって、とても大事な節目だと思います。 新設された経緯ですが、映画祭の皆さんと話し合う中で、日本の映画界の現状や、世界の映画のムーヴメントをみて、このような部門を設立する時が来たのではないかという結果になりました。東京都の協力も得ることができましたので、とても幸運だったと思います。
私がこの部門のシニア・プログラマーを務めるに至った経緯ですが、前々から東京国際映画祭とプログラミングについて関わりがありました。 元マケドニア大使を務めていたこともあって、人脈もあるので、 コロナ禍の間には日本映画のサポートをする意味もあって東京国際映画祭と話し合ってきました。
2021年の第34回東京国際映画祭では、「Amazon Prime Video テイクワン賞」の審査員を務めさせていただきました。Amazon のモットーとして、若い世代をサポートしていかないといけないという方針がありました。2023年には、「SDGs in Motion トーク」のプログラム・キュレーターを務めさせていただき、地球環境やSDGs、ジェンダー平等にフォーカスしました。トークセッションに日本とマケドニアの監督さんを呼んで企画させていただきました。
そんな関わりがあって、この夏、「ウィメンズ・エンパワーメント部門」のシニア・プログラマーを拝命しました。これは非常に良いスタートだと思います。なぜ女性たちの活躍を後押ししなくてはならないかを声高に訴えかける機会になればいいと思っております。監督だけでなく、脚本家や撮影なども含めて女性がどんどん活躍するべきだと思っております。
◆映画どうしが語り合うような7作品を選んだ
― ラインナップ記者会見で、作品を選ぶのにあたり、「物語としてのパワー」「視点の多様性」「監督の明確なヴィジョン」という3つの基準を定めたとおっしゃっていました。どのくらいの作品の中から7作品に絞ったのでしょうか。また、候補作は、アンドリヤナさん以外にも選定を担当された方がいたのでしょうか?
アンドリヤナ:東京国際映画祭のセレクションチームが、あまたな候補作品の中から40本くらい選択してくれて、そこから絞り込みました。どれも素晴らしい作品で、どうやって7作品を選べばいいのか、とてもハードな仕事でした。 どれもクオリティが高く、芸術性もあって、しかもどれも面白いストーリーを語る映画でした。一つ意識したのは、単体としての作品ではなく、部門として提供するべき作品としてはまるかどうかということでした。7作品すべてを観られたときに、より豊かな気持ちになっていただけるものをと考えました。 女性のストーリーで、監督や脚本家が女性。世界の様々な女性の物語で、かつ、現代の世界を生きる女性の物語。
例えば『私の好きなケーキ』は、イランの中年女性が恋愛をするという物語。普段見ないような意外な側面がみられます。
香港の『母性のモンタージュ』は、ワーキングマザーの話。日々のオフの時間にみせる母親の姿。 私も母親で、息子が生まれたときのことをまざまざと思い出しました。男性監督が撮ったら、もう少し日常をはしょったかもしれません。女性監督ですから、日々の暮らしを詳細に描いています。
コスタリカの『灼熱の体の記憶』は、3世代の3人の女性が自分の身体やセクシャリティについて自由に語るという素晴らしい作品です。
日本映画『徒花-ADABANA-』は、主人公は男性ですが、女性キャラクターにすごい存在感があります。近未来の人間とはなんぞやという物語。
『イヴォ』には緩和ケアの看護師、『徒花-ADABANA-』には臨床心理士の女性という、似たような人物が出てきます。7つの映画が作品どうしで語り合っているように感じていただければと思います。
◆映画は知らない世界を覗ける窓
― 私は、イスラーム文化圏に特に興味を持っていますので、7作品の中にイランやトルコの映画が入っていて嬉しいのですが、アンドリヤナさんの故国・北マケドニアの作品が入っていません。ご遠慮されたのでしょうか?
アンドリヤナ:近隣地域の映画として、イラン映画2本、トルコ映画1本をセレクションさせていただいたのですが、これには、私の幼少期の経験が反映していると思います。マケドニアで育ったのですが、人口の20~30%は、ムスリムです。私たちとは別の世界に住んでいて、特にイスラームの女性たちが結婚してからどういう生活をしているかを知ることができませんでした。彼女たちの暮らしぶりを垣間見ることすらできない。私たちには特定の地域の人たちの姿が見えていないとつくづく感じています。もちろん、イランには素晴らしい監督がたくさんいて、キアロスタミ監督の作品にも女性を主人公に描いたものがありますが、女性監督が語る女性を観たいと思いました。
例えば、『マイデゴル』は、イランにいるアフガニスタンの10代の少女がタイボクシングに挑戦する物語。ちょうどこの夏のオリンピックで、アルジェリアのトランスジェンダーのボクシング選手がいました。まだまだわからない世界があると感じました。より多様性を受容するには、映画がいろいろな地域をみる入口になると思います。
実は、北マケドニアの映画は、1作品推薦されていて、素晴らしい監督の作品だったのですが、特に俳優が出ているものではありませんでした。今回はほかの作品との関連性が何かしらあるものにしたかったので、選出しませんでした。
◆北マケドニアでは女性映画人を政府が後押しする5か年計画も!
― 北マケドニアにおける女性映画人の活躍状況についてお聞かせください。
アンドリヤナ:東京国際映画祭についていえば、去年、SDGs部門で上映された『ハニーランド 永遠の谷』は、二人の監督の作品ですが、そのうちの一人は女性監督です。 2022年 コンペティション部門で上映された『カイマック』も推薦させていただいたのですが、監督は男性ですが女性たちの物語でした。
北マケドニア本国の話をしますと、私もいろいろ働きかけて、マケドニア国際映画祭などに女性監督の作品をもう少し増やせないかと進言しています。
2024年5月に就任したゴルダナ・シルヤノフスカ=ダフコバ大統領は、初の女性大統領で、彼女にも若い女性の映画人を育てるプログラムについて何かできないかとお話させていただきました。
マケドニアの映画界における女性の割合は、まだ少なくて15~20%位ですが、日本より多いと思います。女性監督を後押しするために、北マケドニアでは、政府の中で若い女性の映画人を育てる5か年計画があります。政府が絡んで、いろいろPRしていかないと、なかなか解決しません。
女性監督にとって必要なものは、資金と「私には映画監督として映画を作ることができる」という自信をつけることだと思っています。
― まだまだお伺いしたいことがあったのですが、時間がきてしまいました。今後も、女性が輝く映画をご紹介いただけることを期待しています。 本日はありがとうございました。
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東京国際映画祭「ウィメンズ・エンパワーメント部門」新設にあたり、シネマジャーナルのこれまでの取組み
http://cineja3filmfestival.seesaa.net/article/505332492.html
★こちらは、アンドリヤナさんにインタビューの事前に参考資料としてお届けした資料です。