コンペティション部門で審査員特別賞と最優秀女優賞をダブル受賞した『タタミ』。
クロージングセレモニーでの喜びのビデオメッセージと、10月29日(日)上映後のQ&Aの模様をお届けします。
『タタミ』 Tatami
監督:ザル・アミール、ガイ・ナッティヴ
出演:アリエンヌ・マンディ、ザル・アミール、ジェイミー・レイ・ニューマン
2023年/ジョージア・アメリカ/103分/モノクロ/英語・ペルシア語
https://2023.tiff-jp.net/ja/lineup/film/3601CMP14
©Juda Khatia Psuturi
*物語*
ジョージアの首都トビリシで開かれている女子柔道選手権に参加しているイラン代表選手イラ。このまま勝ち抜くとイスラエル代表選手と当たる可能性があるため、負傷を装って棄権しろ、との命令をイラン政府から受ける。テヘランにいる両親が政府に拘束されていることを知るが、レイラは出場を諦めない。コーチのマルヤムは命令に従うよう説得するが、レイラの決意は固い。やがて、マルヤムは、自身もかつてソウルで、負傷したと嘘をついて棄権せざるを得なかったことを明かす。レイラと共にスカーフを脱ぎ、自由のために闘う決意をする・・・
『聖地には蜘蛛が巣を張る』(22)でカンヌ映画祭女優賞を受賞したザル・アミール。本作で、コーチのマルヤム役としてキャスティングされた後、共同監督も務めることになった。
◆第 36 回東京国際映画祭 クロージングセレモニー
審査員特別賞
『タタミ』監督:ザル・アミール、ガイ・ナッティヴ(ジョージア/アメリカ)
講評と発表:國實瑞惠さん(プロデューサー)
スリリングなストーリーを、女性二人の迫真の演技に手に汗を握りしめて、最後まで見入ってしまいました。鮮烈なモノクロ映像で、より緊張感を高める作品『タタミ』に審査員特別賞をお贈りします。
ザル・アミール(共同監督/俳優) ビデオメッセージ
世界は燃えています。イランは燃えていて、そこに住む素晴らしい人々を殺害しています。パレスチナは燃えていて何千人もの市民の死を嘆いています。イスラエルは燃えていて、人々が殺されています。いたるところで無実の人々が不正により血を流し、私たちが生み出した混乱のなかで無力になっています。しかし、私たちは映画を作りました。この映画は憎しみ合うように育てられた人々の奇跡的な組み合わせにより生まれた物語です。イスラエルとイランの監督が一緒に仕事をするのはとても大変なことです。あらゆる困難を乗り越えて初めて団結し、歴史を作ることになるのです。しかし、映画が公開された時は歴史がこのように動くとは思っていませんでした。この映画にひとつの力があるとすれば、それは闇の時代に光と戯れることでしょう。日本で「柔道」という言葉は柔和な道を意味すると聞きました。それこそが私たちが進みたい道です。未来ある唯一の道です。この映画『タタミ』は日本の名前ですが、普遍的な問題を語っています。憎しみに向き合い敬意を示す勇気をどう持ちうるかです。
ガイ・ナッティヴ(共同監督)ビデオメッセージ
このすばらしい驚きをザル・アミールと共に感謝したいと思います。私たちはちょうど東京からの長いフライトを終えロスに降り立ったところです。皆さんの反応を肌で感じ、美しい東京で過ごしたすばらしい1週間でした。『タタミ』は日本の伝統へのオマージュであり相手を敬うことでもあります。そして、イスラエル人とイラン人の初の共同作業でもありました。私たちは政府が阻止しようとしていたことを実行したのです。兄弟姉妹になるために協力し合いました。そのことを認めてくださり映画を見てくれて、感謝しています。そして困難な状況の中で生きている私たち全員にとって、それがどれほど重要なことなのかを理解してくれたことに感謝します。この映画が暗いトンネルの中の小さな光明となることを願っています。
最優秀女優賞受賞
『タタミ』ザル・アミール(監督/俳優)
講評と発表:審査委員長 ヴィム・ヴェンダース
この女優さんは、共同監督も務めた方です。『タタミ』のザル・アミールさんです。
ザル・アミール (ビデオメッセージ)
大きな驚きとともに受賞を光栄に思います。日本で皆さんと一緒にお祝いしたかったです。現在深夜2時です。撮影から帰宅して受賞の知らせを聞きました。これは私にとって特別で大きな意味をもつ受賞です。俳優という職業はアスリートに似ていると思いました。両者とも人前でチャンスやタイミングをつかむ必要があり、身体的にも精神的にも重圧がかかります。イラン人アスリートは常にスポーツと国の狭間に置かれ恐怖を乗り越え、尊厳を失わないようにしています。その立場は私も共感できることばかりでした。この作品に登場するマリアムもそうした一人です。彼女は自由を得ながらも大きな代償を払うことになります。最高のパートナーであるアリエンヌ・マンディがいなければこのような作品にはならなかったでしょう。彼女の献身的な仕事に対する私の感謝の気持ちは計り知れません。改めて最優秀女優賞を受賞できたことを光栄に思います。この賞はイランの女性たちに捧げたいと思います。畳の上、路上、そして家庭の中でひっそりと虐げられている彼女たちへ。本当にありがとうございました。
ヴィム・ヴェンダース コメント:ザル・アミールさんが柔道のコーチとして政府の決断と自由の意志との間で葛藤する姿を演じて、大変信ぴょう性がありました。
◎10月29日 13:20からの上映後 Q&A @丸の内TOEI
ゲスト: ジェイミー・レイ・ニューマン(プロデューサー/俳優)
予定していたガイ・ナッティヴ監督の参加はキャンセルとなりました。
司会:安田祐子
英語通訳 富田香里さん
ジェイミー:夫で共同監督であるガイ・ナッティヴは、今、アメリカに向かっています。中東で起こっている大きな出来事に関わっています。今日は私一人です。ごめんなさい。
司会:ガイ・ナッティヴ監督は、アメリカに住むイスラエル人です。フランスに住んでいるイラン人であるザル・アミールさんと二人で一緒に映画を作ったのが奇跡的で素晴らしいことです。
ジェイミー:映画の歴史の中で、イランとイスラエルが共同制作したのは、初めてだと思います。それ自体が奇跡的なプロジェクトだったと思います。ジョージアのトビリシの町で秘密裏に作りました。アメリカ大使館とイスラエル大使館が非常に協力してくれました。私たちは二人の子供を連れてトビリシに行きました。すべての俳優の名前は暗号化しました。特に、共同監督で女優でもあるザーラさんは危ないとのことで、トップシークレットで行いました。
会場より
― (女性)モノクロで撮られた意図は?
ジェイミー:カラーバージョンはなくて、最初から二人の監督がモノクロで撮ると決めました。彼らの人生に色がないからです。いつも白か黒しかないのです。ヘジャーブを着けるか着けないか、運転していい、いけない。その間がないのです。アスペクト比がタイトなのですが、最後の方で難民チームの代表として登場するところで広くなります。
時代を感じさせないものにしたかったのです。50年代に撮られたのかもしれない、80年代に撮られたのかもしれない、今、撮ったのかもしれないという風に。ある意味、時代劇のようにも観てほしかった。自由になったときに振り返って、そういうことがあったのだと雰囲気が欲しかったのです。
司会:何も情報がないまま観ると昔の話なのかなと思うと、スマートフォンでビデオ通話している場面が出てきて、今の話なのだと衝撃でした。今のイランのアスリートたちが直面している現実に胸が痛くなりました。これはいろいろな実話を組み合わせたものなのでしょうか?
ジェイミー:最初のきっかけは、2018年~19年あたりに柔道大会に出ていたイランの男性が、イスラエルと対戦しないよう棄権しろと言われて、大会中に亡命したという事件でした。ガイが脚本を書いているうちに、2022年、マフサ・アミニさんがスカーフの被り方が悪いと注意され、亡くなった事件があり、違う方向に転換していきました。いろいろなスポーツでアスリートが亡命するという事件もありました。政府が強制して、棄権させていることもわかりました。ザル・アミールさんが制作に参加して、女性の権利の話も加わっていきました。
―(女性) 大きなテーマの映画で、日本人にとっても考えさせられるものでした。パリの場面で、子供はいましたが、お父さんの姿が見えませんでした。たどり着けなかったのでしょうか?
ジェイミー:夫も無事たどり着いたので、子供も一緒にたどり着いたのです。 イランに残してきた家族がどうなったのかはわかりませんが。 この映画に出ているイラン人は、皆、亡命していて、イランに戻れません。
―(男性)柔道のシーンも、裏で起きているシーンも緊張しました。試合前に和楽器(和太鼓)が緊張感を高め効果的に使われていましたが、誰のアイディアでしょうか?
ジェイミー:撮影現場はスタジアムで、廊下で監督がモニターで観ていました。撮影監督が柔道のシ-ンを撮影しているときに、監督は日本で戦争の時に使われた太鼓をずっと叩いていました。和太鼓を使うのは最初から考えていました。柔道発祥の地である日本へのオマージュがたくさん入れ込んであります。
レスリングでもボクシングでもよかったのですが、監督にとって、柔道はお互いを尊敬していて、美しい。スポーツマンシップがあって、血が一滴でも出てきたら、試合を中断しています。
―(男性)権力や古い風習に抑圧されている人間がどう立ち向かうのかは日本人にも他人事でない内容だと思いました。 ザル・アミールさんは、当事者だと思うのですが、どのような意見を?
秘密裏に作られた映画とのことですが、上映にあたって何か圧力はありませんでしたか?
ジェイミー:もともと脚本は、ガイ・ナッティヴが書きました。ザル・アミールさんは、最初、女優としてキャスティングしました。『聖地には蜘蛛が巣を張る』を観て、コーチ役をしてほしいと思ったのです。パリで彼女がキャスティングディレクターをしているとわかって、パリでイラン人俳優をキャスティングしてもらいました。その後、ガイ・ナッティヴが一人では監督できない、イラン人女性の声が必要だと、共同監督を依頼しました。コスチュームも含めて、彼女の経験がこの映画に不可欠でした。
上映への圧力ですが、 ベネチアでは上映できました。来年公開するのですが、イランではもちろん上映できません。今、中東で起こっていることがあって、世界は刻々と変わっています。この映画がどうなっていくのかわかりません。とりあえず完成したことが嬉しいです。
司会:イランの人たちに観てもらえないのが残念ですね。世界中で公開が決まっていますが、日本での公開はどうなのでしょう。
ジェイミー:残念ながら日本の配給はまだ決まっていないのですが、公開できれば嬉しいです。個人的な物語でありながら、普遍的で世界に通じる話だと思います。
司会:皆さま、口コミで応援どうぞよろしくお願いします。
★10月25日(水)13:05からの上映後のQ&Aレポート(TIFF公式サイト)
https://2023.tiff-jp.net/news/ja/?p=63144
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圧力のある中で、自由と権利を求める物語。確かに力強く、メッセージも明確なのですが、政治的見地から賞をおくった感が否めません。
レイラが夫とのベッドの中での会話を回想したり、試合前に体重を測る場面で服を脱いで肌を見せたりの場面は、イランではもちろんご法度。こういう表現をしなくてもいい場面なのに、それを敢えて入れたような気がします。両親が人質として拘束されるということも実際あるのかもしれません。政府批判があからさまなのが気になりました。本作の関係者が逮捕されたりしませんように・・・
報告:景山咲子