東京フィルメックス 『クリティカル・ゾーン』 テヘランの夜をナビに導かれる売人の車 (咲)
コンペティション ★審査員特別賞受賞★
『クリティカル・ゾーン』 原題:Mantagheye bohrani 英題:Critical Zone
監督:アリ・アフマザデ ( Ali AHMADZADEH )
2023 /イラン・ドイツ / 99 分
小型のAmbulance(救急車)がトンネルの中の道を行く。(トレイラーは、この冒頭の場面https://youtu.be/V-ZkPDLQfiM) 無機質な音が時折鳴る。
男たちが十数人待ち構えたところで車は止まり、後ろのドアが上げられ、男二人が袋をどんどん降ろしていく。どうやらヤクらしい。
荷を受け取った男の一人、アミールを犬のMr.フレッドが迎える。大きな鞄から、いろいろな種類のヤクを取り出すアミール。草を小袋に入れたり、紙で何かを巻いたり、さらには焼き菓子を作る。
焼き菓子を大きな箱に詰めたのを二箱持って、車で出かける。 (お菓子を長方形の大きな箱に入れるのは、イランの定番)
ナビの女性の声に従って運転するアミール。お菓子を届けた先は、老人施設。看護師と一緒に、老人たちに焼き菓子を食べさせる。テレビには外国のドラマなのか、髪の毛を出した女性が映っている。一方で、女性詩人フォルーグの詩を吟じる者も。
看護師とテヘランの夜景を眺めるアミール。 看護師が詩を吟じる。
また、車を走らせる。バス停で待っていた女性を乗せる。「ハシシ(大麻)より草が好き」という女性。「ハシシは糞でふかしてるから嫌」という彼女に「日本では糞でエネルギーを作ってる」とアミール。女性は、トルコでビザを取ってアメリカに行きたいという。
「外国に出たことない」というアミールに、「脳みそがおかしくならない?」と彼女。
「もう慣れた」とアミール。
彼女を降ろし、車を走らせる。
ラジオから女性の声で詩が流れている。響きは美しいが、険しい内容。
空港に着く。
別れを惜しむ人たちが大勢。
アミールは女性を出迎える。キャビンアテンダントらしい。
「ガス欠なのに、どこの空港も受け入れてくれなくて、やっとロシアが受け入れてくれた。二度と来るなと言われた」
車に乗り、帽子を脱ぐCA。町はずれに行く。
ケルマーン産の阿片を渡すアミール。彼女からは、アムステルダムの種がお土産。
受け取った札束をかぞえるアミール。
ホメイニー廟のそばを通って、北上し、高速道路の下で待ち受けていた人たち(LGBTの人たちか?)に何か(ドラッグ?)を配る。どうやら施しらしくお礼を言われている。
また、別の女性を車に乗せる。20歳の息子のことで相談を受ける。廃人のようになったのは「安物の麻薬を売りつけられたからよ」という。
車を駐車場に止め、部屋にあがる。本棚には専門書が並ぶ。
そこを後にし、また女性の声のナビに従い車を走らせる。
「目的地に着きました」
冒頭の救急車がトンネルの中を行く場面で、車酔いになったような気分に。この映画、どこに行くのか・・・と思ったところで、主役アミールを犬のMr.フレッドが迎えて、ほっとすると共に、あ~犬!と。かつて、某大統領が出した飼い犬禁止法案は可決されなかったものの、犬はイスラーム政権にとって望ましくないペット。それでも、今、イランでは飼い犬ブームだとか。そんなところでも、国民はささやかな抵抗をしていると感じているので、おそらく監督の愛犬を出演させたのも、大いに意味があると思う次第。
イスラームのシーア派の分派イスマーイール派が、大麻(ハシシ)を吸わせて暗殺させたという逸話から、暗殺教団 (Hassasin)が、英語やフランス語の「暗殺者」(assassin)の語源となったという説があって、イランでは陰で麻薬を常用していた歴史があります。
今は、うっぷん晴らしに使われているということでしょうか。
車に乗ってくる女性たちは、スカーフを脱ぎ捨てますが、車の中=家の中という考え方もあるらしいです。今、テヘランの北の方(山の手に当たる)では、女性たちがスカーフを被らないで歩いている率が高いとか。昨年の事件後に頻発した抗議デモも、今は行わない代わりに、ヘジャーブについて注意させないという暗黙の了解のような空気もあるそうです。
それでも、この映画に出演した女性たちは、今はイランにいないのではと推察します。
本作は、イラン当局によって監督の海外への渡航が禁止される中、ロカルノ映画祭で金豹賞(最高賞)を受賞。ヨーロッパの映画祭が得てして「政治的」配慮をすることを感じます。
さて、この映画、好きかどうかと聞かれると、「う~ん・・・」としか言いようがないです。
ナビの女性の声が、妙に印象に残った映画でした。
淡々と、前方を左へ、右へという中で、「前方に危険」「数百メートル先に警察」という声。そんなナビがあれば嬉しい人も多いのでは?(咲)