山田洋次&グー・シャオガン(黒澤明賞受賞)対談

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山田洋次監督と顧暁剛(グー・シャオガン)監督

第36回東京国際映画祭開催中の10月30日、「交流ラウンジ」で国際交流基金と東京国際映画祭の共催による山田洋次監督と黒澤明賞を受賞し、最新作『西湖畔に生きる』(原題:草木人間)がコンペティション部門に出品された中国の顧暁剛(グー・シャオガン)監督の対談が実現した。グー・シャオガン監督は大先輩との対談にかなり緊張して登場。二人は今年(2023)6月の上海映画祭で短い会話をしたらしい(あるいは対談?)。途中で終わってしまったので、その続きということでもあるらしい。
グー・シャオガン監督の長編初監督作『春江水暖~しゅんこうすいだん』は、2019年カンヌ国際映画祭批評家週間のクロージング作品に選ばれ、第20回東京フィルメックス(2019)では審査員特別賞を受賞(その時の最優秀作品賞はペマツェテン監督の『気球』)。山田監督が選考委員を務める今年の第36回東京国際映画祭では黒澤明賞を受賞。黒澤明賞授与の理由として『春江水暖』は、「ヒューマニズムあふれる人間観察と流麗なカメラワークによって一つの大家族の姿を描き、中国映画界から新しい世代の監督たちが登場しつつあることを世界に知らしめた」と評された。この対談は山田監督が『春江水暖』を観て感動したことから実現。

山田洋次監督&顧暁剛(グー・シャオガン)監督対談

★映画スタイル

山田監督:開口一番、『春江水暖』を観て、「こんな素晴らしい映画があるのかとびっくりしました。軽やかで温かくて気持ちが良い。褒めすぎかもしれませんが、モーツァルトの音楽を聴いているかのよう。どんな監督がどのようなプロセスで作ったのか気になりましたが、こんなに若いさわやかな青年だったのでびっくりしました」と大絶賛。
そして「どのようにこれらのカットを撮ったのか不思議だったのですが、是枝(裕和監督)君がグー・シャオガン監督にお会いするというので、彼を通して、どのように撮ったか聞きました。そして、監督に会いたいと思っていたら、上海国際映画祭でお会いできた。そして、またお会いできてよかった」と再会を喜んだ。

顧暁剛(グー・シャオガン)監督:新作『西湖畔に生きる』を第36回東京国際映画祭のコンペティション部門に出品しています。このような機会をいただき、東京国際映画祭、山田監督に感謝しています。今回、新作のワールドプレミアをすることと山田監督にお会いすることに大変緊張しています。2作目は1作目と全く違うタイプの作品なので評価が気になり、客席にいらした山田監督のことを見ていました。上映後のQ&Aの途中で席を離れられたので、怒ってしまったのかなとヒヤヒヤしました。

山田監督:『西湖畔に生きる』のQ&Aで席を立ったのは予定があったからです。上海国際映画祭で会話をした時、『春江水暖』の続編を作りなさいと話していたら時間が来てしまったので、今日話さなくてはと思っていました。新作は全然違ったのでびっくりしました。

顧監督:2作品の創作の動機はまったく違います。前作は映画がどういうものか自分でわかっていなくて、観客のことを考えずに撮っていました。

山田監督:それはどう受け取られるか考えないでいたということですね。

顧監督:そうです。でも今回の作品では観客に向き合うことを心掛け、詐欺をテーマに、お客さんも楽しめるような映画にしました。
山田監督は上海での『こんにちは、母さん』の質疑応答の際に「コメディを撮るのは難しい」とお話しされてましたが、だんだん理解できるようになりました。山田監督は何十年も観客のために映画を作り続けてきて、その芸術性でアート映画も作れるのに、ずっと観客向けの映画を作ってきました。社会の現実と向き合っても、軽やかで暖かな作品を作られていることに感動します。今回、私も観客に向き合い、自分の家族が観てもわかるような作品を作り、芸術性の高い『春江水暖』とは異なる大衆向けのテーマに挑戦しました。

山田監督:コメディは難しいというけど、コメディか悲劇かを決めるるものではありません。まずは人間を描くことが大事です。作り手が「ここが面白いだろう」と思って演出しても観客はそう思わず、思わぬところで笑います。面白いと思うところは観客が決めるのです。

★1作目と2作目の違い

山田監督:皆さん『春江水暖』を観ているのかわかりませんが、とにかく彼の処女作は、プロの俳優が一人しか出ていない。ほかの出演者は市民、彼の家族や親戚だということ。これはとても驚くべきことで、その人たちが皆ごく自然に自分たちの毎日の生活を表現し、それがきちんとドラマになっている実に不思議な映画でしたが、今度の映画は大スターや2枚目も出ていて、普通の映画の作り方に近くなりましたね。
それに『春江水暖』にクローズアップはなかったですよね。引いたショットや長回しで。日本でいえば溝口健二。ヨーロッパだとテオ・アンゲロプロスかな。僕は黒澤明さんと仲が良かったんだけど、彼はアンゲロプロスが好きだった。黒澤さんの映画とは全く違うけど、彼がアンゲロプロスが好きなのが面白かった。
『春江水暖』の中で、恋人のために男性が川に飛び込み泳ぐシーンがありましたが、あの長回しシーンは何分ぐらいありましたか。

顧監督:13分ぐらいだったと思います。

山田監督:フィルムだったら13分はできないですよね。せいぜい9分くらいで終わってしまうから。あのショットはすごかった。

顧監督:あの長回しは17、8回撮りました。

山田監督:ということは、彼は17回か18回も泳いだということ?

顧監督:1回でそれだけ泳いだのではなく、『春江水暖』は2年かかって作ったのでできたと思います。

山田監督:虎さんだったら、2年で5本くらい作ってる(笑)。

顧監督:もう泳がなくていいと言ったら、クランクアップだと思ったようです(笑)。彼は学生時代、水泳選手でした。そして実際に彼はヒロインの恋人だったんです。

★これからどんな作品を作っていく?

顧監督:映画ファンにはそれぞれの「キネマの神様」が存在しますが、僕にとっては山田監督がそれに近い存在です。山田監督はもう90作も撮っています。僕は『西湖畔に生きる』が2作目、まだまだ色々な可能性があると思うので努力していきたいと山田監督を見て思います。

山田監督:そんな、とんでもないことです。
『春江水暖』チームが素敵だったので、続編がいくらでもできるのでは? そんな話を上海でしました。「甥っ子が北京電影学院で勉強していて、その子が映画を作ったと大騒ぎになる。だけど甥っ子は大失敗するの。彼は傷ついて故郷に帰って来るけど、家族たちはそ知らぬふりをしなければならない」そういう話を僕なら考えちゃう(笑)。と、山田監督が考えた『春江水暖』続編案を語る。

顧監督:山田監督の『春江水暖』続編のアイデアを聞いたとき、映画の見方や考え方、ストーリー作りなど、まるでカンフーの達人から拳法を学んでいるように思え、勉強になりました。

山田監督:黒澤さんも夢中になるとそういう話をしていて、僕もいつもそういうような気持ちで彼の話を聞いていました。
映画が完成し映画館で観ると、自分が予想していなかった匂いのようなものがスクリーンから流れてくると黒澤さんは言っていた。つまり監督の人柄が出ちゃう、あるいは出るような映画でなきゃいけないということを語っていたのだと思う。

★黒澤監督はスピルバーグの作品より、君の『春江水暖』の方が好きだと思うよ

顧監督:「黒澤明賞授賞」というメールをいただいた時、「これはどういう意味だろう?」と、1ヶ月くらい考えてしまいました(笑)。東京に来て、映画祭ディレクターの市山尚三さんに直接対面で確認してようやく実感しました。このように脚光を浴びることになり、とても励みになりますし、これからの創作の力になります。本当にありがとうございました。

山田監督:君は、実際に東京に来て確認するまで、黒澤明賞受賞ということに半信半疑だったそうだが、この賞は、若い人にこそ賞を与えたかった。黒澤さんは『春江水暖』が好きだと思う。感激したと思うよ。黒澤さんはそういう人。黒澤さんはルーカスやスピルバーグに尊敬されているけれど、彼らの作品よりあなたの映画が好きだと思うよ。

山田監督の激励の言葉を聞き、顧監督は少し涙目になりながら感無量の面持ちで、山田監督に「ありがとうございます」と日本語で何度も感謝を伝えた。山田監督は顧監督の人柄と『春江水暖』をいたく気に入り、「彼が僕のスタッフだったらいいね。クリエイターとして頼りがいがある。あの名作と寅さんを一緒にできないけど、僕のほうが大分お粗末と語り、顧監督は恐縮していた。

山田監督の今後の活動を尋ねた中国メディアに「僕自身は国際的なスケールの仕事を考えてはいませんが、中国の人にも喜んでもらえる映画が作れればいいなと常々考えています。みんなが一生懸命働く中、仕事はできないけど面白いことを言って人を元気づける人、一休みの際にいい歌を歌ったりして、勇気づける虎さんのような人がいる。僕たちが映画を作るのはその延長線上にある。だから寅さんのような主人公が中国で活躍できないだろうかとよく思います。
中国には魯迅の阿Q正伝のような大先輩がいるから、中国の人も寅さんのような人を愛さないはずがない。顧監督にもそういう映画を作ってもらいたいと思っています」と語った。

顧監督は「山田監督が『春江水暖』続編の話をしたとき、寅さんの物語もこう考えたのかな、というような包容と愛を感じました。甥っ子役は私ですね。学校にいるときは宿題が嫌でしたが、こうやって皆さんの前でお話ししましたし、この宿題は完成させたいです。山田監督の新作も見たいです」と答えた。

まとめ&写真 宮崎暁美