『第三次世界大戦』
原題:Jang-e Jahani Sevom 英題:World War III
監督:ホウマン・セイエディ
出演:モーセン・タナバンデ、マーサ・ヘジャーズィ、ネダ・ジェブレイリ
2022年/イラン/ペルシャ語/107分/カラー
映画の撮影現場で日雇いで働いていた男シャキーブは、エキストラから、さらにヒトラー役に抜擢される。地震で妻子を亡くしたシャキーブにとって、唯一の慰みだった聾唖の売春婦ラーダンを、撮影現場のヒトラー邸に匿うことになる・・・
(★物語の詳細は、インタビューの後に掲載しています)
◎主演女優マーサ・ヘジャーズィさんインタビュー
10月31日(月) 18時25分からのQ&A付上映の前にお時間をいただきました。
(Q&Aは、末尾に掲載しています)
通訳: ショーレ・ゴルパリアンさん
◆4か月かけて手話をマスター
― たまたま撮影現場で働いていたシャキーブが、いきなりエキストラとして強制収容所のユダヤ人になってガス室でシャワーを浴びせられ、さらにヒトラー役に抜擢されるという話に大笑いでした。 マーサさんは、どのようにしてラーダン役に選ばれたのでしょうか?
マーサ:オーディションがありました。私の年齢位のあまり顔を知られていない役者を探しているとのことでした。最初は演じてみるというテストはなくて、監督といろいろ話しただけでした。やってくれれば嬉しいといわれました。
― 手話がもともとできたことが決め手だったのでしょうか?
マーサ: 手話はまったくできませんでした。人生の中で苦労したことは? といった質問を監督から受けました。 どれくらい役に近づけるかを確かめたかったのではないかと思います。 トレイナーのもとで手話を習い始めて、時々、監督が覗きにきました。 撮影の1週間前まで、やってもらうかどうかわからないと言われていましたが、それでもいいと手話を習い続けました。
(注: 監督から最初に貰った台本は、自分のパートだけのもので、セリフは書いてあって、実は手話だとは思わなかったと、この後のQ&Aで明かしています。)
― 言葉を発することができない役のご苦労は?
マーサ: 台詞なしで表現するのは難しいです。オーバーアクトにならないようにしました。手話を使っている人に見えないといけないので、少しでも近づけるよう、映画を観たり、実際に手話を使っている方に会ってみたりしました。身体のどこかが不自由だと、どこか別の場所が強くなるものだとわかりました。部屋の中でピアノを弾くシーンで、シャキープが先に外からの光に気が付くと台本に書いてありましたが、耳の聴こえない役の私の方が視覚が鋭くて、先に気が付くのではないかと監督に言って、変更してもらいました。
― ラーダンが隠れていた撮影セットのヒトラーの家が燃やされて、ラーダンの生死がわかりません。焼け跡からは彼女の腕輪が出てきました。 脚本を読まれた時に、どのような結末を予想しましたか?
マーサ:最初にもらったシナリオは、自分の出るパートだけでしたので、どうなるのかわからなくて、ドキドキしました。映画を観る方たちと同じように、生きていてほしいと思いました。ラーダンは彼を騙そうとしたのではなく、誠実な彼に惚れたのだと思います。
◆イランの撮影現場が垣間見れる映画
― 映画の撮影現場を映し出した映画で、イランではこういう風に映画を作るのだと興味深かったです。
マーサ: 撮影現場そのものですね。
― スタッフやキャストが一緒に食事をしている場面は、実際のもの?
マーサ:まさにそうです! 実際に、この映画のスタッフとキャストが一緒に食事をしている場面そのものです。ただ、エキストラが地べたに座って食事していたのは、監督の演出で、ほんとはエキストラの人たちも一緒にテーブルを囲んで食べていました。
― ロケ地は、茶畑がみえましたが、ギーラーン州でしょうか?
マーサ: 撮影をしたのはギーラーン州のフーマンです。
― フーマンといえば、クルーチェ(胡桃の入った焼き菓子)ですね! 友達がいて行ったことがあります。懐かしいです。
マーサ:映画に出てきたホテルに皆泊まっていました。私も懐かしいです。
◆俳優でもあるセイエディ監督
― ヒトラーの話が終わったら、次は、サッダーム・フセインの話。世界には今も独裁者が次々に出ています。ホウマン・セイエディ監督は、ベネチアから帰ってきてパスポートを取り上げられたと聞いています。日本に来られなかった監督から、東京での上映にあたって、どんなメッセージを預かってきましたか?
マーサ:特にメッセージは託されませんでした。ただ、監督がパスポートを取り上げられたのは、ベネチアから戻ってきた時ではなくて、その後の抗議デモが始まってからのことです。 監督というのは独裁者になりがちですが、セイエディ監督は、穏やかな方です。
― ホウマン・セイエディ監督は、俳優としても活躍されています。マーサさんが出演された『The Pig』のマニ・ハギギ監督も俳優でもあります。マーサさんから見て、俳優経験のある監督の良い点は?
マーサ:演技経験のある監督の場合、ベテランの役者にとってはやりにくいこともあるのかもしれませんが、私は経験が浅いので、細かく演技指導してもらえてよかったです。
シャキープ役のタナバンデさんは、監督もしたことがあるので、セイエディ監督とどうだったのかわからないのですが、一緒のミーティングの時に、「この方がいいのでは?」と言った時に、受け入れられることもありました。
◆両親は医者になるのを期待していた
― マーサさんのインスタグラムにずっと女優になりたいと思っていたと書かれていました。いつごろから女優になりたいと思っていましたか?
マーサ:小さい時に女優になりたいと思ったけれど、実は勉強がすごくよく出来て、親は医者になってほしいと期待している雰囲気でした。高校を終える18歳頃まではすごく勉強しましたけれど、やっぱり女優になりたいと思って、演劇の塾に通い始めました。
― 憧れている女優さんは?
マーサ:メリル・ストリープです。
◆短編映画を製作中!
― 映画の中で、Neda Jebraeiliさんが演じていた助監督ザーレが、かっこよかったです。あのように、実際、女性も映画の現場で活躍している方が多いのでしょうか?
マーサ: はい、とてもたくさんいます。
― マーサさんも、いつか映画を作りたいと思っていますか?
マーサ:もちろんです! 実は脚本も書いたりしています。短編はいくつか具体的に準備しています。
― マーサさんの作った映画をいつか観られることを楽しみにしています。 今日はどうもありがとうございました。
取材:景山咲子
*物語* ロングバージョン
シャキーブは、地震で妻子を失い、知り合いの雑貨屋で寝泊まりして日雇いで暮らしている。時折、町外れの売春宿で聾唖のラーダンに相手をしてもらうのが、ささやかな楽しみだ。
ある日、日雇いの現場に行くと、泥まみれになりながら鉄条網を張ったり、小屋を作らされたりする。映画の撮影現場だった。電気もない小屋に泊まり込みで見張りをし、昼間は、雑用と厨房の手伝いをすることになる。
撮影現場で作業をしていると、いきなり囚人服を着ろと渡される。追い立てられて狭い部屋に入れられ、上からシャワーを浴びせられる。第二次世界大戦中の強制収容所のガス室だった!
ヒトラー役が発作を起こし病院に運ばれる。シャキーブは監督からヒトラー役に抜擢される。髪を切り、髭を整え、メイクをして、シャキーブはヒトラーに変身する。セリフはあとから被せるから、1,2,3と数えていればいいと言われる。夜も、電気のつくヒトラーの赤い屋根の邸宅に泊まることになる。
そんな折、ラーダンから、売春宿でドラッグを打たれたので逃げ出したいと連絡が来る。近くの茶畑に迎えに行き、赤い家に案内する。昼間の撮影中、ラーダンは床下に隠れることにする。
売春宿のファルシードが訪ねてきて、ラーダンを知らないかと聞かれる。
否定するが、結局、匿っているのを知られ、1億5千万トマーンを要求される。
ラーダンから、金の腕輪を売って足しにしてと言われるが、シャキーブは断り、母が緊急手術することになったと、プロデューサーから前借する。ファルシードに金を渡しに行って戻ってくると、撮影現場から火が出ている。赤い邸宅を爆破している!!!
ラーダンに電話するが出ない・・・
シャキーブは、母親が聾唖だった為、手話ができます。地震で妻子を亡くしますが、その時に不在だったために義兄はシャキーブが妻子を置いて逃げたと思っていて、墓参りもさせてもらえないでいます。その寂しさを埋めてくれていたのが、ラーダンでした。
雑貨屋の友人からは、「知らない女と寝るような危険なとこに行くな。ばれたらあそこは放火される」と注意されます。「相手にするのは一人だけ」と答えるシャキーブ。
ラーダンも、手話で話せるシャキーブには心を開いている様子。
匿ってもらっているうちに、一緒に暮らしたい、子どもも欲しいというくらい、打ち解けていきます。シャキーブも若いラーダンからそう言われて、心の隙間が埋まっていく思いなのです。
赤い家のセットを燃やすことは言われたはずなのに、シャキーブは心ここにあらずで、聞きそびれていたのでした。 火をつける前に、家にいる者は出るように伝えたと言われますが、ラーダンは聞こえないのです。
けれども、売春宿のファルシードからは、ラーダンは売春宿に戻っている、お前は騙されたと言われます。さて、ラーダンは無事生きているのでしょうか・・・
(日本で公開されるかもしれないので、話はここまでで!)
◎Q&A
10月31日18時25分からの上映後
登壇ゲスト:マーサ・ヘジャーズィ(俳優)
司会:石坂健治(東京国際映画祭「アジアの風」部門ディレクター/日本映画大学教授).
通訳: ショーレ・ゴルパリアンさん
石坂:2回目のQ&Aです。
マーサ:コンバンハ。 サラーム! ここにいられることがとても嬉しいです。1回目は、観客の皆さんと一緒に映画を観れて嬉しかったです。今日は一緒にみられませんでしたが、今こうして一緒にいるのが嬉しいです。
監督から先ほどメッセージをいただきました。「東京国際映画祭に行って、皆さんと一緒に映画を観たかったのですが、自分の選んだ道ではなく、イランから出ることができなかったのです」
石坂:臨場感のある作品でした。手話の役作りはどのようにされましたか? また、台本はどのように渡されたのでしょうか?
マーサ:監督から自分のパートの台本しか最初は貰っていませんでした。セリフは書いてあって、手話とは思いませんでした。本読みも何度か監督とやりました。途中から監督が少しずつ役について説明してくれて、手話だとわかりました。撮影前に4カ月、トレーナーについて手話を学びました。やっとすべてのセリフを手話でできるようになりました。
石坂:全体像は、最初はわからなくて、だんだんわかって理解するという、監督の演出方法だったのですね。
マーサ:まさにそうです。自分とシャキープのやりとりの部分しか貰ってなくて、外の世界がどうなっているか全く知りませんでした。最後の方になって脚本をもらって全体がわかりました。
◆会場より
―(男性)素晴らしい映画をありがとうございます。男ならではの質問ですが、髭を生やしているシャキープと、髭のないシャキープ、どちらが好きですか? 私にとって髭を剃るのはとても大変なのです。
マーサ:(笑う)シャキープにとっては髭を剃るのが大変だっただけじゃなくて、髭を剃ってしまい、ヒトラーのような古いスタイルの髭を付けなくてはいけないので、大変な役でした。
―(男性)この映画は非道徳的なテーマを取り扱っていると思うのですが、演技をするに当たって気をつけたことや、監督と話し合って、こういう方向性にしたいと考えたことはありましたか?
マーサ:撮影に入る前に監督とたくさん話しました。アンネ・フランクというユダヤ人をイメージしてくださいと言われました。ラーダンがどういう背景や考えをもっているのか? なぜ今の自分の生活から逃げたいのかを話してくれました。役柄を理解した上で、撮影が始まりました。もう一つ、セットがすべて出来て、撮影を始める前に、監督は「5分下さい」と言って、もう一度、私のキャラクターの深いところを話してくれて、お陰で心構えができました。
―(男性) ポスターは映画の印象を裏切るもので、もだえ苦しむ感じしか受けません。そういう映画ではないので、日本で公開するなら、イメージが悪いので変えた方がいいと監督に伝えてください。
主人公は、女性の金のブレスレットを見て、錯乱状態で最後の行動に出るに至ったのでしょうか?
大きな疑問が残るのは、綺麗な聾唖の若い女性が、3人でも4人でも子供を産んでもいいと言ってましたが、あのような中年の男性と合わないです。監督はどういう意図で二人を組み合わせたのでしょうか?
マーサ:(また笑う) ポスターのことは必ず監督に伝えます。
シャキープは家が燃えているのを見て、彼女があそこで死んでいると信じていたのですが、ブレスレットが最後の留めになりました。それで、行動に出たのです。
シャキープとラーダンが似合うかどうかですが、彼女は今の泥沼から出たいと、最初はシャキープを頼ろうとしただけだったのですが、だんだん、彼の優しさに惚れました。顔や姿は関係ないのです。
石坂:時間が来てしまいました。最後に一言お願いします。
マーサ: 皆さんともっと話したかったのに、時間が来てしまい残念です。映画について、もっとお話ししたかったのですが、ご質問やコメントは興味深いものでした。日本で公開できましたら、またその時に私だけでなく、ほかのキャストも来てお話しできれば嬉しいです。
★会場の男性たちからの質問は、マーサさんも苦笑するしかないものでしたが、マーサさん、上手に交わして答えていました。
1回目のQ&Aの時にも、「イランの人たちは、ヒトラーを知っていますか?という質問が出て呆れたのよ」と、ショーレさんより聞かされていたのでした。 もっと撮影現場のことなどを話したいとおっしゃっていたのでした。
報告:景山咲子
公式インタビュー
イランの風刺劇『第三次世界大戦』、ろうあ役のヒロインは4カ月かけ手話習得
https://2022.tiff-jp.net/news/ja/?p=60491