東京国際映画祭 イラン映画『蝶の命は一日限り』モハッマドレザ・ワタンデュースト監督 Q&A報告(咲)

アジアの未来部門 作品賞受賞
『蝶の命は一日限り』
Butterflies Live Only One Day
[Parvaneha Faqat Yek Rouz Zendegi Mikonand]

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監督:モハッマドレザ・ワタンデュースト
出演:マンザル・ラシュガリ、マルヤム・ロスタミ、ネダ・ハビビ
(注:カタカナ表記は映画祭サイトに掲載のものです。
 ワタンデュースト監督は、ワタンドゥーストと表記した方が発音に近いと思います。)
78分カラーペルシャ語、マーザンダラーン語2022年イラン
作品公式サイト:http://vatandoust.art/

戦争の傷跡、老女の執念
イラン北部のダムに沈んだ村の近くで独り暮らす老女。イラン・イラク戦争で死んだ息子の墓はダム湖に浮かぶ小島にあるが、入島は禁じられている。意を決して彼女はある行動に出る。静かな長回しが印象的。(公式サイトより)

*物語*
湖。鳥の声。
「生きる場所は、すべて湖の底に沈んだ。でも、私はここに残った。あの子も寂しくない」と語る老いた女性。

視力検査をするおばあさん。視力が落ちている。
女医さんがこけて、視力検査の道具が散らばる。
1本の義足が投げ出される。戦争の置き土産。

殉教者の写真が並ぶ廊下。役所らしい。
おばあさんの陳情は今となっては無理と言われ、知事室への紹介状を渡される。

林の中の岩場を降り、ゴミ捨て場で鏡のかけらを拾ってくる。
壁に鏡を貼り、湖がいくつも鏡に映る。
「これで、あの子をいつでも見れる」とつぶやくおばあさん。

役所の階段をあがって途中で倒れる。
「なぜ上がってきたの? 受付に紹介状を見せればよかったのに」と言われる。
「あなたの件は、すでに国に報告している。上司も協力すると言ってる」

大きなダム。
ボートで島に渡りたいというが、「管理者として許可できない」と言われる。

元の村の隣人が訪ねてくる。
「あなたは村の誇り。13年も一人で立ち退きを拒んで、ここにいる。一人にしておけない。
皆、村を出たくなかったけど、移住した。あなたの家も建てた。春になったら、また戻ればいい。近くにいてくれれば、皆、安心する」

おばあさんが湖に入ろうとするところが鏡に映る

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こたつの上に食べ物や果物が並んでいる。
ダフにあわせて、手を叩きながら踊る。

ペットボトルで筏を作って湖に出るが溺れそうになる・・・
倒れたおばあさんに差し伸べる手

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島にある祠。
棺に寄り添うおばあさん
息子の墓。
湖ができることを政府から言われ許さなかった。
丘の上に埋葬することは、息子の遺言だったから。
1996年、ダムができることになり、ラフラク村は湖に沈む。
丘は島となって見えているが、島に入る許可は出ない・・・

20万人がイラン・イラク戦争で殉教。

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映画を観終わって、ロビーにショーレ・ゴルパリアンさん! そして、モハッマドレザ・ワタンデュースト監督もいらして、お話することができました。
緑の多い小高い山の雰囲気から、「マーザンダラーン州ですか?」とお聞きしたら、大当たり。監督の故郷の町サーリーの近くだそうです。サーリーには、20数年前に行ったことがあるとお伝えしたら、監督、嬉しそうになさっていました。

映画の最後に「亡き兄アリレザ(2021年没)に」とあったので、お伺いしたところ、去年、コロナで亡くなられたとのこと。この映画にも手助けしてくださっていたそうです。


◆1回目のQ&A
10月26日(水)21:10からのTOHOシネマズ シャンテ1での上映後
(YouTubeより抜粋)

監督:いつかインデペンデントな東京国際映画祭に来たいと思っていた夢が叶いました

石坂:実話からできた映画とのこと。100%実話なのか、映画的に場所など創作した部分もあるのでしょうか?

監督:ストーリーは現実に基づいていますが、夢の中で出てくる場面は創作です。
島は現実にあるものです。ただし、洞窟のようなところを歩く場面は映画のために創作したものです。
最初、新聞で読んだニュースは、「おばあさんが小さな船を作って息子に会いにいきます」という見出しでした。とても興味を持って、調べました。もともとドキュメンタリー映画の監督ですので。この話を映画にした方がいいと思いました。

*会場からの質問*
― (男性)撮影の手法が面白かったです。横にカメラがパンすると人がフレイムアウトして、次の人が入ってくる。

監督:クラシックな撮り方を望んでなくて、この映画も立ち位置を考えました。特別なフォームがストーリーに合わないといけないので、考えて実現させました。時間と一緒に流れていって、夢の中からリアリティに近づくようにしたかったのです。時間がカットなしで変わっていくように工夫しました。
二つ目に考えたのは、主役のおばあさん以外は顔を見せていません。主役だけが大事で、ほかの人は表情を見せなくてもいいと考えました。

― (女性)美しくて、悲しくて、エンディングでは涙が止まりませんでした。圧倒されました。タイトルの意味合いについて教えてください。

監督:脚本を書いていて、最後のシーンでお墓でたくさんの蝶々を飛ばそうと、実際にその場面を撮りました。あとから考えたら、この場面はいらないと決めました。脚本を書く時に調べたら、ある種の蝶々は一日しか生きてない。私たちも蝶々じゃないかと。生まれて飛んで飛んで人生が終わってしまう。まるで、一瞬、一日のよう。蝶々の場面はなくしましたが、タイトルに残して、私たちの人生も一日のように短いということを表しました。

― (男性)美しい映画で感動しました。ラストで長回ししていて、女優さんはかなりタフな方だと思いました。ほかの方は顔は出ないのですが、手だけで演技している方は役者さんでしょうか?
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監督:主役は、最初、有名な女優のゴラーブアディネさんにオファーしたのですが、コロナ禍で、ご自身の舞台と重なって無理だと言われました。撮影監督から、CMに出ている女優さんに会ってみませんかと言われ、会ってみたら、声や歩き方がイメージしていた通りだったので、その場でオファーしました。彼女は舞台役者でフランスのソルボンヌ大学を卒業しています。ロケ地のドキュメンタリー映像や、実際のおばあさんの映像を見せて、彼女に演じてもらいました。
書いた時には手は絶対自分でやると言っていたのですが、実際、監督しながら演技するのは不可能で、アートデザイナーが私がやってもいいですかというので、やらせてみたら、私の柔らかい手より、彼の手は百姓のようで、ぴったりで、彼のために書いた脚本のように思いました。


◆2回目のQ&A
10月28日(金)11:30からの丸の内TOEI Screen1での上映後
(景山咲子取材)

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石坂:監督、客席で一緒にご覧になっていました。

監督:2回、会場で一緒に観ることができました。

石坂:一回目のQ&Aの内容をお伝えしておきます。こだわりが二つあって、一つは長回し。現実と夢をスムーズに移行させています。母親以外は、手だけを映すことにより、母親を強調させています。タイトルですが蝶々は一日で死ぬ、人間の命もはかないことを表しています。最後に蝶々を飛ばす場面を撮ったのですがやめたとのことです。タイトルだけ充分に思いが伝わると。

会場より
― (男性)ユニークで、映像も凄い。場所が独特でしたが、場所ありきで脚本を書いたのでしょうか? シンメトリー的な表現も面白かった。

監督:長回しを使ったのは、一つのシーンで場所と時を移動させ、現実から夢に旅する感じで使いました。ロケ地は現実に基づいていて、実際に島のあるところで撮りました。写真家としてもいろいろな国で撮ってきましたので、ストーリーに合わせて使いました。お墓は実際、ダムを造る時に、住民の許可を得て場所を変えたのですが、遺言で丘の上にと言われていたので、おばあさんは移すことを許可しませんでした。ほかの方のお墓は移されています。

― 鏡が多用されています。
階段の上からとか、手と手が触れ合うなどユニークな撮り方でした。


監督:私のアイディアは、おばあさんも含め、一つのゴールに向けて闘っていくけれど、いろいろな障害にぶつかります。現実に手に入らないと、夢の中で目的にたどり着きます。蝋燭をもってお祈りすることで願いに近づきます。川にペットボトルが流れてきて、これでなんとか船を造って島に渡ろうとするけれど、溺れそうになります。
今まで、たくさん撮ってきましたが、ロングショットはロケーションと人の関係を表せます。キャラクターの詳細を見せたいときには、クローズアップを使います。ミディアムショットは中途半端なので使いません。

― 主役の女性が素晴らしかった。どのようにして見つけたのでしょう?
それまでの人生を表したような顔の表情が素晴らしかったです。台詞は、ほとんどありませんが、感情を感じました。

監督:今のイラン映画では、台詞の多いものが流行っているのですが、沈黙を大事にしたいと思っています。
主役の方は舞台の役者で、映画にはあまり出ていません。舞台の演出もされています。撮影した地域の出身なので、あの地域の服を着て、役に入り込んでくれました。あの地域の女性の気持ちを伝えてくれました。

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クロージングセレモニー

*アジアの未来部門 作品賞受賞を受けて
コンバンハ。アリガトウゴザイマス。
映画祭、審査員の方々に心からお礼を申し上げます。一緒に映画を作った皆さんにもお礼を申し上げます。
東京国際映画祭の方々に特にお礼を申し上げたい理由があります。
賞をいただくととてもインスパイアされるのですが、今は芸術性の高い映画は、ほかの映画祭になかなか招聘されません。東京国際映画祭がアート系の映画を大事にしてくれることは、とても私たちにとって心強いことです。
私たちは監督として一つの社会問題を映画という言語で表現することはとても重要だと思っています。この場を借りて、この賞をイランの強くて素晴らしい女性たちに捧げたいと思います。世界の平和、戦争のない社会を願って、私の言葉を終わります。

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左:アジアの未来 審査委員 ソーロス・スクム氏(タイ、プロデューサー) 右:モハッマドレザ・ワタンデュースト監督
撮影:宮崎暁美


*受賞者記者会見
― 見ていくごとにおばあさんの目的がわかっていく、そして美しい景色と愛に満ちた作品でした。最初から、このような構成にしようと思ったのでしょうか?

監督:その通りです。ワンラインで説明すると、シネマティックな魅力がなくなるので、少しずつサスペンスを入れて、島には何があるのかを徐々に描いていきました。サスペンスを入れなければ、ワンシーンで終わってしまう物語です。

― アジアの未来部門作品賞受賞、あらためて落ち着いてみて、どんなお気持ちでしょうか?

監督:二つ、説明しておきたいと思います。
私は9歳から舞台や映画でたくさんの賞を受賞してきました。作った作品で82回も受賞していますので、映画学校で教えているのですが、学生には賞をもらったらギフトだと思ってください。ギフトをもらったら自分の作った作品は正しかったと。お正月のお年玉のように、翌日に起きた時には、嬉しさが残るだけで、また日常に戻ります。もう一つ、日本の映画祭で賞をもらったことにはとても大きな意味があります。日本は、私たちから見ると、ファンタジアの国。憧れがあります。我々の文化はとても似ています。芸術、文学や詩、絵など、日本人と我々は奥深くでつながっていると思います。日本からいただいたことは意味があります。友達は私にもう少し商業的な映画を作った方がいいのではというのですが、私は自分の心から出てくるものを作りたい。賞をいただいて、自分の道は正しかったと思いました。

― サラーム。シャブベヘイル(こんばんは)。共同通信の加藤さん(ここからは日本語でと)
授賞式に登壇されたときに「強くて素晴らしいイランの女性たちに捧げたい」とおっしゃっていました。今、イランは大変なのかなと想像しているのですが、いろいろ工夫されたり、何か規制があるから芸術性が高くなるのかなと思っているのですが・・・


監督:とても鋭いご質問ありがとうございます。
イランの歴史をさかのぼってみると、文明的に優れた国で、女性の立場はとても大切でした。力をもっていて、決め事は女性がして、聖なる母に特別な場所を与えていました。歴史として心の中に今も持っているのですが、近代、まるで女性にカバーをかぶせたようになっています。けれども、イランの男性は、すべての力は、母や妻、女性たちからもらっていると思っています。女性の立場を理解しています。体制の都合で、家の中にいたりしますが。
もう一つ、検閲があったりすると、もっとクリエイティブになるかというご質問だと解釈しました。女性を自由に描けないときがあるのですが、表現の仕方を変えれば、私たちが考えている女性を描けると思います。検閲はいいことではないのですが、あると、表現の仕方を変えて確かにクリエイティブになると思います。クリエイティブな人は検閲は嫌いで、言われると反発します。


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モハッマドレザ・ワタンデュースト監督には、私にとっての東京国際映画祭初日の10月25日、一番最初に観た『蝶の命は一日限り』のP&I上映の後にお会いして以来、いくつかの映画の上映後にお会いしました。その度に、「今の映画どう思った?」と聞かれ、「よかったけど、もちろん、あなたの映画が一番!」と言い続けていたのでした。(お世辞じゃなく、本心です♪)
作品賞受賞、ほんとうにおめでとうございます!



報告:景山咲子