イスラーム映画祭6『汝は二十歳で死ぬ』 イスラーム聖者の言葉を信じたスーダンの母子 (咲)

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『汝は二十歳で死ぬ』 ★日本初公開
原題・英題:You Will Die at Twenty
2019年/スーダン=エジプト=フランス=ドイツ=ノルウェー=カタール/102分/アラビア語
監督:アムジャド・アブー・アラー Amjad Abu Alala

*物語*
ラクダの死骸にハゲタカ。
沙漠を人々が歩いていく。
太鼓の音。
サキーナは生まれたばかりの息子ムザンミルを連れて聖者廟に行く。
シャイフ(老師)に息子の運命を尋ねる。
ちょうどそばで、神の名を唱えながらぐるぐる回って無我の境地に至るズィクルをしている若者がいて、20回目で倒れる。
「息子は20歳で死ぬ。神の命令は絶対だ」とシャイフ。
家に帰り夫ヌールに伝えると、夫は怖気づいてアディスアベバに出稼ぎに行ってしまう。
サキーナは壁に月日を記録しながら、一人でムザンミルを過保護に育てる。
シャイフから20歳で死ぬとしても、クルアーンは学ぶべきと言われ、モスク付属の学校に通う。
人一倍クルアーンに精通するが、20歳で死ぬ奴と男の子たちからはいじめられる。
仲良くなった少女も、成人すると、早死するムザンミルは避けて、別の男に嫁いでしまう。

成長したムザンミルはある日、届け物をしに行って洋行帰りの男スライマーンと知り合う。
写真や映画を見せてもらい、外の世界を知る
スライマーンは、「20歳で死ぬと言われたら王様のように振る舞う」という。

ケニアやリビアで出稼ぎしていた父がようやく帰ってくる。
お葬式用にと白檀を用意する母。
墓地で両親、ムザンミルはお互い自分の父の隣に埋葬すると言い争う。
壁の月日の印をランプで照らす父。 
ついに20歳の日を迎える・・・


2019年まで30年間続いたイスラーム主義政権下で映画産業が衰退したスーダンで作られた史上7番目の長篇作品。
スーダンの映画事情については、2020年4月6日に公開されたドキュメンタリー映画『ようこそ、革命シネマ』で詳しく描かれていました。
1956年にスーダンが独立して間もない1960〜70 年代に海外で映画を学んだ4人が、1989年に映画製作集団「スーダン・フィルム・グループ」を設立。同じ年、クーデターでイスラーム急進派の独裁政権が誕生し、言論の自由は奪われ、映画も発禁処分に。2015年、長い時を経て再会した4人が、映画産業が崩壊し、映画館も皆無となったスーダンで、かつて映画文化があったことを記録に残し、スーダンの人たちに映画を見せたいと奔走します。4人が行うハルツーム郊外での上映会で、砂嵐でスクリーンが飛ばされそうになっても、画面に釘付けになっている人たちの姿に胸が熱くなりました。
そんなスーダンで作られた長編映画『汝は二十歳で死ぬ』は、スーフィズムの根付く村で、聖者の言葉を頑なに信じて生きる人々の姿を描いて、一神教のはずのイスラームの違った一面を見せてくれました。
そばでズィクルをしていた青年が20回で倒れたからと、20歳で死ぬと伝えたシャイフの言葉を信じてしまう母親を、そんな馬鹿な・・・と思ってしまいますが、それが信仰の力というものなのでしょう。


◆2月23日(火・祝)12:30からの上映後のトーク
《スーダンのイスラーム − スーフィズムと民衆》
ゲスト:丸山大介さん(防衛大学校准教授)


2008年から2011年、ハルツーム大学でスーダンのスーフィズムを研究。
本作は年代も場所も特定されていないが、おそらくハルツームから南200キロ位の青ナイルと白ナイルに挟まれた地方の村と思われる。
携帯電話も衛星のお皿も出てこないが、現代の話とも思える。
恐らくオマル・バシール政権(1989年~2019年)の時代で、軍事政権の上に、イスラームを強いていた。バシール大統領は、タリーカ(スーフィ教団)を利用して政治集会を行っていた。

スライマーンがムザンミルに見せた映画は、ユーセフ・ シャヒーン監督の『カイロ中央駅』(1958年)。(アラブ映画祭2007で拝見)

スーフィズム(イスラーム神秘主義)についての解説のあと、スーダンのいくつかのタリーカ(スーフィ教団)のズィクルなどの儀式の映像を見せていただき、とても興味深いトークでした。