宮崎 暁美
今回、全日行きたいと10月10日から山形に入り、40年ぶりくらいに快晴の蔵王のお釜にも行って、オープニングから参加しました。地元の人も驚くくらいの快晴だったのですが、それは天気が変わる変わり目でもありました。それは今思うと台風が来る前触れだったのですが、関東地方に大きな被害を与えた台風19号でした。台風19号が関東地方に上陸した12日は、映画が終わってから東京から来た友人たちとご飯を食べにいき、帰りはずぶ濡れで宿に戻りましたが、その時はそんなすごい台風だとは知らずでした。12日は新幹線が止まってしまい、東京から来る予定だった(咲)さんは来ることができなかったくらいでした。私は結局最後の日までいました。その中からお勧めの何本かを紹介します。
『潮の狭間に』 監督:フォックス雅彦
日本、アメリカ/2018
小笠原諸島に最初に入植したのは1830年父島に入植した英・米・ポルトガル系の人たちと言われ、日本は1876年に領有宣言した。
太平洋戦争後は、1968年の本土復帰まで23年米国統治領だった。欧米系島民だけが帰島を許されたが、子どもたちはアメリカ式に英語で教育を受け、学校で日本語を学ぶ機会はなかった。アメリカ海軍の統治下で育った「ネイビー(米国海軍)世代」の男女5人のインタビューを中心にした小笠原の欧米系島民の物語。
戦時中は敵国人として扱われ、名前も日本名に強制的に改名させられ、英語を話すことも禁止された。ネイビー世代にとって返還後の選択肢はあまりなく、本土復帰という歴史に翻弄された。ほとんどはアメリカへ渡り、島に留まることを余儀なくされた人の中には日本語を勉強し、東京都の公務員になり定年になるまで働いた人もいる。欧米系コミュニティはバラバラになり、島に残っていたアメリカの影もなくなりつつある。それでも集まって昔のようにバーベキューをする光景が見られることもあった。『潮の狭間に』は、そんな彼らの姿をみつめた作品である。
『セノーテ』 監督:小田香
日本、メキコ/2019
公開予定 2020年9月19日(土)〜 新宿K’s cinema
メキシコ、ユカタン半島北部に点在するセノーテと呼ばれる洞窟内の泉。そこはかつてマヤ文明の時代の唯一の水源であり、雨乞いの儀式のために生け贄が捧げられた場所だった。古代マヤで、現世と黄泉の世界を結ぶと信じられていたセノーテをめぐって交錯する、人々の過去と現在の記憶。カメラは水中と地上を浮遊し、光と闇の魅惑の映像に遠い記憶がこだまする。
現地に住む人々に取材し、現地の人たちの語る「精霊の声」、「マヤ演劇」のセリフなど、マヤの人たちにより伝えられてきた言葉の数々。集団的記憶、原風景を映像に取り入れている。
セノーテの水中撮影のため、自らダイビングのライセンスを取り、iPhoneや8ミリフィルムカメラを駆使し、誰も見たことがない不思議な世界を表現した。
今も泉の底に残る骸骨や遺品の数々。泉の中から真上を見上げた光景などが印象に残る。こんな映像を自ら撮った女性がいるというのを心強く思った。今年、第1回大島渚賞を受賞した。
『ミッドナイト・トラベラー』
監督:ハサン・ファジリ
2019 アメリカ、カタール、カナダ、イギリス
「優秀賞」
アフガニスタンの映画作家夫婦がタリバン指導者についての映像作品を作ったことで死刑宣告を受け、子どもとともに欧州へ逃れるまでの3年間の旅の記録。スマートフォンを駆使して撮影した旅の姿は、逃避行の不安と家族の親密さをリアルに描き出し、ヒヤヒヤハラハラしながらも、きっとうまくいくと思って観ることができた。戦争の影響が残る不安定な社会から逃れた家族が、安全な場所にたどり着いた時にはほっとした。
『あの店長』
タイ/2014
監督:ナワポン・タムロンラタナリット
1990年代から2008年まで、タイで違法海賊版のDVD屋をしていた「あの店長」についての思い出や、世話になったこと、映画界への影響など、タイ映画界を牽引していると思われる10人余りの人々が語っている。謎の人物っぽい店長の人柄や、タイのアート映画史上で、彼が果たした役割などを語る。当然、本人は出てこない。なにしろ違法である。当時のタイでは、アート映画はそこで観るしかなかったと語る映画愛好家たち(映画ファン、現役の監督、映画評論家、大学教授など)の話が興味深く、面白かった。日本でも、そういう店はあったけれども、中国や香港の海賊版を置いている店だった。
『これは君の闘争だ』
監督:エリザ・カパイ
ブラジル/2019 「優秀賞」
ブラジルの学生たちが繰り広げる、公共交通機関の値上げ反対デモや、公立高校再編案に反対する学校占拠など、活発な政治運動。その記録映像に、当事者である若者たちがナレーションをつけ語る。若者たちは、学校を、そして街頭を次々と占拠し、自らの主張を政治家たちに認めせていくが、しだいに警察は暴力的なものになり、ブラジルは極右政権の誕生へと向かってしまった。
『死霊魂』
監督:王兵(ワン・ビン)
フランス スイス/2018 495分(8時間15分!)
公開予定 2020年6月27日
1950年代後半に起きた中国共産党の反右派闘争で粛清され、ゴビ砂漠夾辺溝にある再教育収容所へ送られた人々。ぎりぎりの食料しか与えられずに過酷な労働を強いられた劣悪な環境で多くの人が餓死した。生き抜いた人々が語る壮絶な体験と、収容所時代の墓地跡に散乱する人骨から、置き去られた死者たちの魂の叫び声が聞こえてくるような気がする。
「百家争鳴」キャンペーンを信じ、自由に発言したら「右派」と呼ばれ、55万人もの人が収容所に送られたと言われているが、王兵監督は『鳳鳴フォンミン― 中国の記憶』、『無言歌』でも反右派闘争を追い続け、いまだに明らかにされていない中国史の闇を追求している。
大飢饉が重なり収容所は地獄になった。生還率10%ともいわれた収容所を生き延びた人たち。その後、開拓地として頒けられたその地で暮らす農民たち、収容所の係員だった人の証言も含め、2005年から2017年までに撮影された120人の証言、600時間に及ぶ映像から本作はまとめられたという。
すごく厳しい体験をした人たちの言葉は、ずしりと重く苦しい。多くの亡くなった人たちのこととか、棺桶がなくなった後は布団に丸めて遺体を放置した話などは涙が出た。1日の配給量とか、炊事係をして助かった話なども出てきて、いろいろな人たちの体験の話にひきつけられた。ただ、あまりにもたくさんの人の話が出てきて、人と人のつながりに話が広がっていくのにはついていけず、誰と誰が繋がっていたとか、誰が誰の妻だとか、誰が再婚したとか、人間関係がどうだとか、そこはもう途中でわけわからなくなってしまって、途中で考えるのをあきらめた(笑)。それにしてもこんな長い映画を作り続ける監督の執念はすごい。でも、もう一度観るのはつらいかも。
8時間を越える作品で、これを全部観ると、他の作品を観ることはできないなと思いつつ、それ以上に体が持つかどうかと思いながら会場に行ったけど、最後まで観ることができた。
2020年5月発行、本誌103号掲載レポートより情報や写真を追加して転載しました。