東京フィルメックス イラン映画『牛』 アミール・ナデリ監督舞台挨拶 (咲) 

特別招待作品 フィルメックス・クラシック
『牛』
原題:Gaav  英題:The Cow
イラン / 1969年/ 105分
監督:ダーリユーシュ・メヘルジューイ(Dariush MEHRJUI)

イラン映画史の金字塔と言われるメヘルジューイの代表作。デジタル修復版が、2019年12月1日(日)11:10より、朝日ホールにて、特別招待作品 フィルメックス・クラシックとして上映されました。

『牛』は、同じ1969年に製作されたマスウード・キミヤイー監督の『ゲイサル』と共に、イラン映画ニューウェーブのきっかけとなったといわれている作品。
1971年、ヴェネチア映画祭の公式部門に選ばれ、イラン映画で初めて国際的に評価されました。
後にイラン映画界を代表する名優となるエザトラー・エンテザミが主役を熱演。
1979年のイスラーム革命後も検閲を免れて上映され続けてきました。
今回の上映は、2019年4月のファジル映画祭で披露された修復版。

DSCF3097 gav.JPG
上映前に、フィルメックスの時期には、東京に舞い戻ってくるアミール・ナデリ監督が登壇。一瞬、英語で話し始めましたが、すぐにペルシア語に切り替えました。

DSCF3098 gav.JPG

アミール・ナデリ監督:
おはようございます。フィルメックスに参加するのは10回目になります。今年のフィルメックスは、ほんとに素晴らしくて、私が参加した10回の中で最高だと思います。
心から市山さんやほかのスタッフの皆さんにお礼申し上げます。
これからご覧になる『牛』という映画は、日本の『羅生門』と比べられるくらいの価値があります。今のイランで比較的評判の高い若手の映画監督が育っているのは、この『牛』という映画があったからです。数少ないアート系の映画がこの映画の前に作られていましたが、映画のニューウェーブが出来たのは、この『牛』であるのは確実です。サーェディーという作家がいまして、日本のカズオ・イシグロ(石黒一雄)のような存在なのですが、彼の原作が舞台になっていたのですが、原作と舞台から初めて映画化したのはメヘルジューイ監督でした。出演されている俳優はすべて舞台の役者でした。
この映画の撮影をする前にすごく時間がかかっています。村のど真ん中に大きな池があるのですが、それはメヘルジューイ監督が作ったものです。村に行ってから3か月後位に撮影を始めました。白黒が素晴らしく、音楽は、メヘルジューイ監督自身がサントゥールを演奏しています。
当時、イラン映画は世界に知られてなかったのですが、アンジェイ・ワイダ監督が感動して、ベルリン映画祭に紹介して、イラン映画の評判を世界に広げてくれました。
我々イラン人一人一人が、市山さんのフィルメックスでこの映画が上映されることを誇りに思って、心からお礼を申し上げたいと思います。観に来てくださって、ほんとうにありがとうございます。
最後に付け加えますと、私が若かった時に、この映画の製作部で働いていました。私たちの誇りを感じさせていただければと思います。カット!

*物語*
マシューハサンは、唯一の財産である一頭の牛を、村一番だと自慢し可愛がっている。村では、時折、隣村のならず者たちに羊が盗まれていて、次は自分の牛が狙われるのではと怯えている。
彼が村を留守にした日、牛が口から血を出して死んでいるのを妻が見つける。どうやら、ならず者たちが盗むかわりに殺してしまったらしい。村人たちは牛を葬り、マシューハサンには、牛は逃げたと口裏を合わせることにする。
家に帰り牛がいなくなったと聞き、お土産に買ってきた牛の首にかける飾りを手に、座り込んでしまうマシューハサン。牛小屋で寝泊りするようになり、やがて干草を食み、自分を牛だと思い込むようになる。おまえは牛じゃないと言われても、牛のように走り回る。町の病院に連れていこうと、村人たちはマシューハサンを縄でしばり泥道を引っ張って行く。だが、気がふれてしまった彼は、縄を振りはらって崖から飛び降りてしまう・・・


gav.jpg


ネイやトンバク、サントゥールといった伝統楽器の音色が、効果的に響きます。ことにサントゥールはメヘルジューイー監督自身が奏でていると知って、感慨深いものがありました。
冒頭の方で隣村のならず者3人が丘の上に立つ姿は、西部劇のよう。これから起こるであろう悲劇を感じさせてくれます。
一方、走り回る子どもたち、黒いチャードル姿の老女たち、壁の穴からチャイを差し出す老人・・・、村人たちの日々の暮らしがそのまま映画の背景として溶け込んでいます。(実はそれも演出?)
カルバラーで殉死したホセインを悼むアーシュラーの行事も、さりげなく織り込み、最後には、若い娘の結婚式の準備を映し出し、映画の作られた時代の村の暮らしを映像に残しています。これも映画の大事な役割だと思います。
とはいえ、絵的に見せるため、村の真ん中に大きな池を作ってしまったというのも、やはり映画。この撮影現場にスタッフとして参加していたアミール・ナデリ監督。昨年、東京フィルメックスで拝見することのできた『タングスィール』を撮影した時に、古い時代の町に見せるため、アスファルトの道路に土砂を運び入れて敷いたと語っていたのを思い出しました。

『牛』を初めて観たのは、町田市立国際版画美術館での上映会でした。スクリーンも小さく、画像も荒れていたのですが、迫力に度肝を抜かれました。次に観たのは、イラン大使館主催のイラン映画祭。確か、国際交流基金のホールでした。この時も、画像の状態はよくありませんでした。今回、デジタル修復版を朝日ホールの大きな画面で観ることが出来たのは大きな幸せでした。

DSCF3099 gav.JPG

上映が終わり、ロビーでショーレ・ゴルパリアンさんにお会いしたら、出演者のほとんどが、もうあの世に旅立たれたとおっしゃっていました。
主演のエザトラー・エンテザミ氏は、2018年8月17日にご逝去。享年94歳。
メヘルジューイー監督は、82歳になられた今も映画を作り続けていて、東京フィルメックスの審査員として来日した女優のベーナズ・ジャファリさんが最新作に出演されています。日本で上映されることを期待したいです。

景山咲子



東京フィルメックス 『完全な候補者』 サウジアラビア社会の変貌しつつある今を描いた作品 (咲)

kanzennaru 320.jpg

特別招待作品
『完全な候補者』
The Perfect Candidate
サウジアラビア、ドイツ / 2019 年/ 101分
監督:ハイファ・アル=マンスール(Haifaa Al MANSOUR)

*物語*
サウジアラビアの小さな町の病院に勤める女医のマリアム。
病院前の泥道を救急搬送されてきた老人。女医は嫌だと拒否するが、病院には医者は彼女しかいない。
ドバイに行く為、空港に行くと父親の出国許可の期限が切れているので、新たに許可を貰って来いと言われる。
音楽家の父親は楽団のツアー中なので、親族ラシドの勤務先の選挙事務所を訪ねる。ラシドには選挙の立候補者じゃないと会えないといわれ、「じゃ、立候補する」と言って、ラシドに会う。マリアムの言葉をさまたげ、立候補の書類に記入しサインをしろと言われる。やっと、父がツアーに出ていて出国許可をもらえないから、代わりに許可してくれと頼むが、自分には許可できないと断られてしまう。
こうなったら選挙に当選して、病院前の道路を直す!と宣言。

kanzennaru_sub3 320.jpg

資金集めにチャリティーバザーやアバヤのファッションショーを開き、テレビでも「古い考え方を変えさせる為、男女問わず投票してほしい」とアピールする。

kanzennaru_sub1 320.jpg

病院では、老人の足の病状を男の看護士が見落としていて、一刻も早く手術をしないといけない状況。手術は成功し、感謝される。
いよいよ投票日。マリアムは当選するのか・・・


冒頭、ニカーブで顔を隠した女性が車を運転していて、爽快。サウジアラビアで女性の運転が認められたのは、2018年6月のこと。
成り行きでマリアムは選挙に立候補するのですが、サウジアラビアの自治評議会(地方議会に相当)選挙で、女性に初めて選挙権と被選挙権が認められたのは、2015年12月12日のこと。どちらも、やっと最近女性に認められた権利なのです。
出国に際し、父親もしくは親族の男性の許可が必要でしたが、こちらも最近不要になったそうです。

kanzennaru_sub4 320.jpg

女性だけでなく、マリアムの父親は音楽家ということで、肩身の狭い思いをしています。音楽を良しとしない人たちがいまだにいることを教えてくれます。
映画の中で、「サウジアラビア芸術センターが国立の楽団を作るらしい」という言葉が出て来て、やっと音楽も日の目をみる時代が来たことを感じさせてくれます。
イスラームの教えの解釈が何かと厳しいサウジアラビア。禁止だった映画館も解禁になり、コンサートホールやギャラリーも増えてきているそうです。
本作は、様々なことが変わりつつあるサウジアラビアで、女性が力を発揮できることを暗示しています。女性の意識改革がもちろん第一ですが、男性の理解なくしては、羽ばたけません。女性たちの力で、男性至上主義のサウジアラビア社会を根底から変えていってほしいものです。

ハイファ・アル=マンスール監督は、2012年に『少女は自転車にのって』(サウジアラビア・ドイツ)で、鮮烈な長編映画デビュー。当時は、女性が通勤用で自転車に乗ることを禁じられていました。屋外の撮影では、車の中から指示を出したそうです。
★シネマジャーナル89号に、ドイツでの松山文子さんによるハイファ・アル=マンスール監督インタビューを掲載しています。
作品紹介はこちら

長編2作目『メアリーの総て』 (2017年/イギリス・ルクセンブルク・アメリカ)は、エル・ファニングを主演にした、フランケンシュタインを生み出したメアリー・シェリーの人生。イギリスで女性が蔑まれていた時代に、不条理と闘う姿を描いていました。
作品紹介はこちら

3作目の『おとぎ話を忘れたくて』(2018年/米)は、Netflixで配信されたロマンチック・コメディ。未見ですが、広告会社の重役をしている女性が人生を見つめ直す内容のようです。
そして、4作目で再び故国サウジアラビアを舞台に女性の権利についての物語。
サウジアラビア社会の変化を追う作品を、今後も期待したい監督です。

景山咲子