東京フィルメックス 『静かな雨』 監督、出演者、作曲家 舞台挨拶、監督 Q&A 報告

IMG_0362.JPG

11月24日(日)、コンペティション部門の『静かな雨』が有楽町朝日ホールにて上映され、上映前の舞台挨拶に、中川龍太郎監督、ダブル主演の仲野太賀さん、元乃木坂46の衛藤美彩さん、作曲家で本作の音楽を担当した高木正勝さんがが登壇した。

本作は、「羊と鋼の森」の作家・宮下奈都が執筆した第98回文學界新人賞佳作のデビュー作を映画化。短期間しか新しい記憶を留めておけない女性と、彼女と向き合う青年を描く。

IMG_0365.JPG

仲野さんは中川監督とは2度目のタッグ。「数少ない同世代 の仲間。前作より規模の大きい映画で、もう5年も経ってるんですよね。今回、よりいっそうお互いを高め合いたい監督」と信頼を寄せた。
役柄に関しては、「独自の世界観が構築された作品なので、観客の皆さんが共感して欲しい役」と語った。



IMG_0367.JPG
今年3月に乃木坂46を卒業した衛藤さん。本作はグループ在籍時に撮影し、映画初出演初主演だという。「撮影中は緊張しましたが、役作りは特にしませんでした。監督との仕事はリハーサルの時間を取ってくださり、“衛藤さんらしさが出てほしい”と何度も仰って頂いたので本当に助けられました。たい焼き屋で仕事しながらリハーサルしてましたね(笑)」と撮影秘話を語った。


IMG_0368.JPG

『おおかみこどもの雨と雪』『未来のミライ』など、細田守監督作品の音楽を担ってきた高木さん。「作曲家がこういう所に出るのは…」と照れながらも、「アニメ音楽と実写の違いはアニメは映像がないんです。今回もなかったけど(笑)、音楽はいらないんじゃないかと思いながら(笑)。即興に近い形で弾いたものが最後まで残ってました。主演の2人とのセッションのようでした」と興味深いコメントを残した。

IMG_0369.JPG

中川監督は「初の原作もの なんです。御伽のような原作の寓話感を活かしたかった。アイドルに参加して貰い、アニメの作曲家や大賀にも協力して貰って楽しく撮影できました。今日、これが日本で最初の上映になるんですよね」と観客席へ呼びかけ、大きな拍手に包まれた。

大学で生物考古学研究助手をしている行助(仲野太賀)は、こよみ(衛藤美彩)という女性が一人で経営するたいやき屋に通ううちに彼女と親しくなる。しかしある朝こよみは交通事故に遭い、意識不明になる。奇跡的に意識を取り戻すが、後遺症で事故以降の新しい記憶が1日経つと消えてしまう記憶障害を発症していた。


IMG_0366.JPG

上映後は中川監督がQ&Aのため再び登壇した。

Q:映画祭ディレクター市山尚三氏。「企画はどこから?」
A:2年ほど前に、『四月の永い夢』と『わたしは光をにぎっている』を共同で作ったWIT STUDIOの和田プロデューサーから、この原作を衛藤主演で映画化しないか、と持ち込まれました。直ぐに本を読んだら、美しい小説であり、非常に抽象的な世界観を描いている。映画でカタルシスを表現するのが難しいのではと感じましたが、悩んだ末、塩谷大樹さんがカメラ、高木さんの音楽、太賀が主演をやってくれるということで、映画化が可能なのではないかと思ったんですい、撮ることにしました。衛藤さんはプロデューサーの推薦で、最初は難しいかと思ったのですが、職業女優よりも抽象的存在だし、ポカンとした浮世離れ?(笑)。アイドルの起用は面白いですね。

続いて客席から
Q:画角をスタンダードサイズにした意図は?
A:足を引きずる行助(仲野太賀)を、希望を持ち辛い社会を生きる世代の象徴として描いたつもり。走るのも遠くに行くのも難しい。視野の狭さを表現するためスタンダードにしました。

Q:ラスト近くのドローン撮影は?
A:あそこで行助には、こよみさん(衛藤美彩)と2人だけではない大きな世界との繋がり、街が広がって、向こうには山がある。更に大気や月、宇宙がある…という別の時空間のズレ、外の世界あっての自分の世界に気づいてほしかった。

Q:2人の場面は素敵だが 、原作通りか?
A:原作にある”秋の夜のような瞳”は想起し辛いので”湖のような瞳”に変えた。大賀が台詞を自分のものにしました。ラストのシークエンスや元カレは原作にはありません。

Q:原作では行助の家族がいたが…?
A:主人公の育ちは佇まいから想像できるし、こよみは家族がいないと遊離してしまうので、僕にとっては怖い河瀬直美監督(笑)に演じて貰いました。

Q:音楽については?なくてもいいと思った?(笑)
A:高木さんと話し合い、葛藤がありました、音楽なくてもいいとか(笑)。寓話性、宇宙…色々な時間があっていいと。精霊の視点からの音楽イメージです。

Q:原作との違いを。
A:「雨が降っているのに月が出ている」という描写は、原作にはない。“僕らの空間では雨が降っているけど、少し離れたところではきれいな満月が見えているかもしれない”という空間のズレ、時間の違いをあらわすために、思いつきました。

尚、本作は東京フィルメックスで、観客賞を受賞した。受賞結果報告記事はこちら。
http://www.cinemajournal.net/special/2019/filmex/index.html

(文・写真:大瀧幸恵)

2019年製作/99分/G/日本
配給:キグー
(C) 2019「静かな雨」製作委員会/宮下奈都・文藝春秋
公式サイト:https://kiguu-shizukana-ame.com/
★2020年2月7日(金)より東京・シネマート新宿ほか、全国で順次公開

アジアフォーカス 『恋の街、テヘラン』

『恋の街、テヘラン』のアリ・ジャベルアンサリ監督Q&Aが、9月14日と18日の上映後にあるので、9月17日~19日の2泊3日で航空券とホテルのパッケージを予約したのですが、9月に入って、スケジュール表から、18日のQ&Aが消えました。監督が予定を変更されて17日に帰国されることになったとのこと。インタビューは叶いませんでしたが、映画の内容と、佐賀在住のペルシア語科卒業生のTさんからいただいたQ&A追加情報をお届けします。

『恋の街、テヘラン』
Tehran: City of Love
2019年/イラン・イギリス・オランダ/102分/DCP/1:2.39/ペルシア語
監督 : アリ・ジャベルアンサリ

アリ・ジャベルアンサリ
1981年イラン、テヘラン生まれ。10代にカナダに移住。テヘランに戻り、アッバス・キアロスタミの映画製作ワークショップで1年学んだ後、2008年にロンドン映画学校に入学。卒業制作『Aman』(2011年)はフランスおよびポルトガルの映画祭で賞に輝く。長編映画監督デビュー作『Falling Leaves』(2013年)は、米カリフォルニア州のティプロン国際映画祭で最優秀海外新人賞を受賞。現在ロンドン在住。

teheran kantoku.jpg
9月14日上映後のQ&A 公式レポート(写真:公式サイトより)

*物語*
大都会テヘランで、孤独を抱えた3人が、それぞれに愛を求める。
◆同性愛者の悲哀
ヘサム
は、ボディビルの元チャンピオン。伯父から選手権を目指すアルシアの面倒を見てやってほしいと頼まれる。一方、ルイ・ガレル主演のフランス映画のオーディションに受かり、承諾すればパリでの撮影もあり、アルシアの指導が出来なくなる。悩んだあげく、映画出演を断るが、アルシアから選手権は諦めたので指導は不要と言われてしまう。

◆SNSで美女になりすます女性
ミナ
は美容クリニックで受付をしている小太りの女性。アイスクリームが大好きで、ダイエットもなかなか効き目がない。容姿に自信がなく、美人の写真をSNSにアップしている。受付で知った、これはという男性に甘い声で電話し、会う約束を取り付けるが、いつも結局会わずに帰ってきてしまう。
ミナは人づき合いを改善するための教室に通い始める。そこで、理想の男性に出会い打ち解けるが、彼には妻がいることがわかる。
teheran.jpg
◆結婚式で歌う葬儀専門の根暗な歌手
ワヒドはモスクで葬儀の時に追悼の歌を歌っている。婚約者に振られてしまい、叔父から、陰気くさいから女性も逃げると、結婚式場で歌ってこいといわれる。歌える曲のリストを渡すと、結婚式場の担当者からは、結婚式でこんな歌を?と言われる。男ばかりの部屋で歌うワーヒド。結婚式場付のカメラマンの女性ニルファ―から、男女混合の非合法の披露宴で歌ってみない?と紹介される。彼なりに頑張って明るい歌を歌うが、やがて警察の手入れが入り、刑務所に入れられてしまう。有力者に口をきいてもらい、釈放されるが、淡い恋心を抱いたニルファーは、オーストラリアに移住してしまう。

****

★同性愛者ヘサムの場面は、2分カットされた
冒頭、会話する男女の後姿が写しだされ、バスが来て、男性は前へ、女性は後ろへ。男女の席が分かれていることを象徴した幕開け。
入れ違いに降りてきた体格のいい男が、主人公の一人であるヘサム。
私は鈍くて気がつかなかったのですが、ボディビルダーのヘサムは同性愛者。家で過去の選手権のDVDを観ようとアルシアを自宅に招いた後に、アルシアから指導を断られてしまいます。その夜のことが原因だと推察する友人。
9月14日の上映後のQ&Aで、「ヘサムは同性愛者か?」との質問が出て、監督から「まさにそうです。イランでは、場所がインスピレーションを与えます。ジムの場面は、男だけのホモエロティックの部分を表しています。イランでも、撮影・上映OKでした。ただし、2分間ほどカットされました」という回答があったと、佐賀在住のTさんから教えてもらいました。(公式サイトのレポートには掲載されていません)

★非合法の結婚披露宴とは?

私が観る前に観た友人から、「合法的結婚と非合法の結婚はどう違うの?」と聞かれました。結婚自体は、契約書を交わして合法となるのですが、状況がわからなかったので答えられませんでした。映画を観て、披露宴が男女別なのが合法、男女混合なのが非合法という意味だとわかりました。
イスラーム革命後、ホテルやレストランでの披露宴は男女別が基本。(実際には、男女一緒のものにも遭遇したことがあります。)
「はい、今度は花嫁からキスを!」とワヒドが促して、男女一緒に踊っている雰囲気を感じさせてくれますが、客席は映しません。
この映画に出てきたような、塀に囲まれた大邸宅を利用したレストランは、今、流行っていて、あちこちにあるそうです。男性歌手のショー(女性の歌手はご法度)もよくやっているそうですが、立ち上がって踊ってはいけないそうで、皆、着席のまま身体を揺らして手拍子しているとのこと。踊りが大好きなイラン人には、かなりつらいのではと察します。
思えば、結婚披露宴は男女別室なのに、レストランでは普通に男女同席です。
(革命直後は、家族席がカーテンの向こうというレストランもありましたが)

★結婚式場のカメラマンのニルファーは『ある女優の不在』のベーナズ・ジャファリさん
ワヒドが結婚式場で知り合うカメラマンの女性ニルファーは、実は、美容クリニックで受付をするミナの友人。ミナと違って美人。オーストラリアへの移住を申請している積極的な女性。
レストランで、ニルファーがミナにビザがおりたと報告したとき、注文したデザートが届き、ミナのアイスクリームには付いている紙の傘が、ニルファーのフルーツサラダには付いてなくて、ボーイに「こっちにはないの?」と特別にお願いします。
ミニ傘を持って二人で写真を撮る場面がなかなか印象的だったのですが、このニルファーを演じたベーナズ・ジャファリさん、12月13日から公開されている『ある女優の不在』の主演を務めている女優さん。東京フィルメックスで特別招待作品として上映され、審査員として来日されました。
『ある女優の不在』を観た時には、『恋の街、テヘラン』のニルファーだと気がつかなかったのですが、本人にお会いして、まさにニルファーだとわかりました。「あのニルファーですね!」と言ったら、劇中でワヒドが歌った「ニルファー」の歌の出だしを歌ってくださいまいsた。

DSCF2553 behnaz.JPG
『ある女優の不在』で、ぜひニルファーに再会してみてください。
ベーナズ・ジャファリさん インタビュー

報告:景山咲子





アジアフォーカス『ナイト・ゴッド』 カザフスタン制作会社の若き女性に聞く 

アジアフォーカス・福岡国際映画祭2019で上映されたカザフスタン映画『ナイト・ゴッド』と、ゲストとして来日された制作会社のボータ・アブディラフマノワさんインタビューをお届けします。

『ナイト・ゴッド』 

原題:Nochnoi Bog 英題:Night God
監督: アディルハン・イェルジャノフ
2018年/カザフスタン/110分/DCP/1:1.85/カザフ語・ロシア語

night god 320.jpg
終末を迎え闇が世界を支配し、空に現われた神を見た者はすべて焼き尽くされるという。ネオンがわびしく光る中、男一人と女二人。大きなスーツケースが傍らにある。
どこに旅立とうとしているのか・・・

終始暗闇の中の、まるで舞台のセットのような街角で会話が続き、カザフスタンの風景が見られなかったのが残念でした。
監督は、「不条理」を描いたそうですが、話が難解で、よく理解できませんでした。
監督が来日されなかったので、映画に込めた思いを直接伺うことはできませんでした。

制作会社のボータ・アブディラフマノワさんが来日。インタビューの時間をいただきました。
アディルハン・イェルジャノフ監督の作品を掲載したリーフレットをいただきました。どの作品も画像から受ける印象が暗かったのですが、ボータさんに「監督はどんな方ですか?」と伺ったら、「とても可愛い感じの方で、話しやすい方です」との答えが返ってきました。映画から受ける印象とは、まったく違う雰囲気の方のようです。

アディルハン・イェルジャノフ監督
1982年生まれ。2009年、映画監督の視覚を取りカザフスタン国立芸術アカデミーを卒業。
長編作『Owners』(2014年)カンヌ映画祭でワールドプレミア。
『The Plague at the Karatas Village』(2016年)ロッテルダム国際映画祭でワールドプレミア。NETPACアジア最優秀映画賞授賞。
『ナイト・ゴッド』は、モスクワ国際映画祭でワールドプレミアされている。

DSCF1138 night god.JPG
9月17日(火)14:05からの上映前の舞台挨拶
特に詳細な説明はありませんでした。
右:ボータ・アブディラフマノワさん  左は通訳のロシア女性

9月15日16:00からの上映後のQ&A 公式レポート 
(私は残念ながら参加していませんでした)

◎ボータ・アブディラフマノワさん インタビュー
2019年9月17日(火)
福岡「ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13」8階 ゲストルームにて

DSCF1146 nihgt god.JPG
笑顔が素敵な25歳。イスラーム教徒。母語はカザフ語だが、ロシア語も日常的に使用。通訳を目指して大学で英語を学ぶ。映画祭で英語通訳を務めるうちに映画に興味を持つ。夢は映画祭を主宰すること。

◆映画『ナイト・ゴッド』について

とても実験的な映画で、カザフスタンの映画の中では、珍しいタイプで主流の映画ではありません。撮影には残念ながら立ち会っていません。海外への販売に携わっています。
監督はとてもかわいい感じの方です。質問すれば、なんでも優しく答えてくれます。
結構きびしい内容の映画で、暗い映画ですが、最後には新しい命が生まれて、明るい未来を感じさせてくれると思います。

◆映画祭で英語通訳をするうちに映画に興味を持つ
大学では通訳になりたくて英語を専攻しました。通訳として映画祭に参加する機会があって、映画に興味を持つようになりました。これまであまり映画を観る機会がなかったのですが、外国の映画も観るようになりました。『ロード・オブ・リング』や『千と千尋の神隠し』のようなタイプの映画が好きです。
今は、カザフスタンの映画を海外に売ることにも携わっています。いろいろな映画がありますので、売り込む時には、それぞれに考えないといけないのですが、カザフスタン独特の文化を紹介できるものであれば、それをキーワードにします。

◆カザフスタンの映画事情
大きな町には、結構な数の映画館があります。皆、映画が好きで、映画館に足を運ぶ人も多いです。新しい映画が公開されると、映画館に行くのが楽しみです。
一方、今、ネットで観る人も増えています。『ナイト・ゴッド』に関していえば、全体的に画面が暗いこともあって、スクリーンの方が迫力あります。音も違いますし。
ソビエトの時代から、インド映画はよく上映されていました。
イラン映画は映画祭で上映される程度です。トルコのものは映画もテレビドラマも多いです。

*今、私が平日毎晩観ているトルコのドラマ「オスマン帝国外伝 〜愛と欲望のハレム〜」も、カザフスタンで人気だそうです。
カザフ語はトルコ語に近いので、聞けばかなりわかるそうですが、このドラマはトルコ語のオリジナルではなく、吹替えだそうです。カザフ語なのかロシア語なのか聞きそこねました。



◆夢は映画祭を開催すること

制作会社に所属していますが、プロデューサーになることよりも、私の夢は映画祭を開くことです。いろんな国の映画が観て、いろんな国の文化を知って、世界が広がることが素晴らしいと思います。
自分の国の文化や伝統を映画を通じて知ってもらうことも嬉しいです。
映画祭だけでなく国際交流によって、自分の国を守ることもできると思います。
ほかの国のことを知ることによって、お互いの理解が深まると思います。
自分自身で映画祭を開催できるまでには、まだまだあちこちの国にも行って、勉強しないといけないです、映画祭の名前はまだ考えていません。

◆映画業界で活躍する女性も増えている

映画業界の中で、今までは女性が参加するのはなかなか難しかったのですが、今は、若い世代を中心に女性も活躍できるようになりました。大学や専門学校で映画関係の学科がいろいろあります。女性も多く学んでいます。映画監督として映画(短編・長編)を製作している女性も増えています。私自身、仕事の上で女性だからというハンディは感じたことはありません。

******

DSCF1142.JPG
ボータさんとお話して、とても伸びやかに仕事を楽しんでいるのを感じました。
この日の通訳の方はロシアの女性でした。思えば、英語で直接お話したほうがよかったかも。ムスリマ(イスラーム教との女性)とわかって、「アッサラームアライクム」と挨拶したら、「ワレイコムアッサラーム!」と応じてくれました。
カザフ語とロシア語が普通に共存するカザフスタンを感じたひと時でした。

取材:景山咲子





東京フィルメックス 『ある女優の不在』 主演女優ベーナズ・ジャファリさんQ&A(11/24)

映画製作を禁止されているパナヒ監督からの依頼に東京に行くことを条件に即決
DSCF2609behnz 320.JPG

特別招待作品
『ある女優の不在』  原題:Se rokh 英題3 faces
監督:ジャファル・パナヒ
出演:ベーナズ・ジャファリ、ジャファル・パナヒ、マルズィエ・レザイ

*物語*

人気女優ベーナズ・ジャファリのもとに、見知らぬ少女から悲痛な動画メッセージがパナヒ監督経由で届く。女優を志して芸術大学に合格したのに家族に反対され自殺を図るというのだ。ベーナズはパナヒ監督の運転する車で、少女マルズィエの住む北西部アゼルバイジャン州のサラン村を目指す。山間のじぐざぐ道で結婚式に出会い、誰かが自殺した気配はない。マルズィエの家を探しあてるが、3日前から家に戻らないと母親が困り果てていた。芸人に対する偏見が根強い村で、弟も姉が女優になることに猛反対で荒れ狂っている。
やがて、マルズィエが町外れで暮らす革命前に活躍した女優シャールザードのところに身を寄せているのを知る・・・

◎Q&A 
11月24日(土) 21:15からの上映後
TOHOシネマズ日比谷スクリーン12にて

ゲスト:ベーナズ・ジャファリさん
司会:市山尚三東京フィルメックス・ディレクター
通訳:ショーレ・ゴルパリアンさん

市山:今回はベーナズさんに来ていただいて、ほんとに嬉しく思います。その理由はなぜかというと、第1回東京フィルメックスのオープニング作品に上映されたサミラ・マフマルバフ監督の『ブラックボード 背負う人』は、ベーナズさんが主演だったのです。その時はサミラしか呼んでなくて、申し訳なかったのですが、20年後に20回目の記念の会にベーナズさんを日本にお呼びすることができて、ほんとに嬉しく思っております。

ベーナズ:ご挨拶申しあげます。実は日本に来ることは昔からの夢で、今回夢が叶って、日本にいることをとても嬉しく思っております。日本は私にとって太陽の国です。神様がくれた機会に感謝しています。

*客席とのQ&A
― ジャファル・パナヒ監督の映画を観ていると、どこまでが作りもので、どこまでがドキュメンタリーなのか、いつもわからなくて不思議な思いで観ています。今回の映画の中で、山間の道でのクラクションのくだりであるとか、墓の穴を掘って、自分の終の棲家だといって寝ているおばあさんだとか、どこまでが作りものなのでしょうか?

ベーナズ:この映画の場合、すべての内容が脚本に書かれていました。完璧な脚本を持って撮影場所に行きました。アゼルバイジャン州の小さな村で、村それぞれに特別なやり方や伝統があって、それにあわせて多少変えることもありましたが、基本は脚本に書かれた通りに撮りました。例えば、村の中で目の見えないお爺さんに会うと、それにあわせて少し変えたりしていました。
夜、私が歩いていて、お爺さんと中庭で話す場面があるのですが、そのお爺さんは村の小さな舞台で宗教的な劇をしている人でした。パナヒ監督は彼らと話して、うまく入れ込みながら撮影を進めていました。

― 割礼の儀式で、割礼した皮をどこに埋めるかでその男の子の運命が決まるというのは、どこでもある話なのか、その村の話なのか、それとも監督が作ってしまった話なのでしょうか?

ベーナズ:割礼の皮を大事な場所に埋めるという話は、その村の人たちが信じてやっていることなのですが、村だけでなく、ほかでもやっていると聞いたことがあります。親は子どもの幸せを願っているので、そのための儀式の一つです。どこでも、親は子どもの幸せを願って、何かやりたいと思うものだと思います。

― 電話を村の下にかけに行くという女優さんを、パナヒ監督は僕は眠いからといって一人で行かせます。イランに行ったことがあるので、夜、女性が一人で歩いても安全だということは知っているのですが・・・

ベーナズ:その村は、パナヒ監督が小さい時に育った村なので、あちこちに親戚がいて、最初に村に入った時も皆さんに歓迎されました。夜遅く一人で歩いても安心さがありました。映像から村人の優しさが伝わってきたと思います。パナヒ監督も安心して撮影に臨むことができたと思います。

― 女の子を家に送り届ける時に、こういうことは女性の方が得意だから僕は車で待っているという場面がありました。イランではそれが普通なのでしょうか?

ベーナズ:私は監督じゃないのでわからないのですが、弟が出て来て、窓ガラスを割ったりするのは映画として必要だったから入れたのだと思います。
今度、監督に聞いてみようと思います。

DSCF2617 behnaz.JPG

― 3代の女性の物語で、革命前に活躍していた女優さん、現在活躍している女優さん、そしてこれから女優になろうとする少女が出てきます。田舎なので、様々な偏見もあると思うのですが、時代の違いで、イランの社会が見る目が違うということはあるのでしょうか?

ベーナズ:3世代の女優を描いていますが、いろいろな時代の伝統や社会の決まりを説明するためだと思います。

― 演じることは、とてもパーソナルな感情に基づくことだと思います。ある少女を助けなければいけないという、女優が持つ公的な立場も描いていました。感情についての表現でパナヒ監督といろいろとやりとりがあったと思います。ご自身の意見を通されたようなことがあれば教えてください。

ベーナズ:実際、1回もめたことがありました。彼女が自殺してないとわかって、殴るシーンがあるのですが、パナヒ監督からはほどほどにしてくださいと言われてました。手加減して殴ったのですが、撮影が終わって帰る時に、どうも納得がいかないと監督に言いました。わざわざ撮影を抜けてまで心配して村にやって来たのに嘘だとわかれば、私だったら、彼女を殺すか、もっときつく殴ると言いました。監督は、わかったので、明日撮り直すけど、彼女には伝えません、好きにやってくださいと言われました。翌日4時までしか撮影できなかったのですが、私がすごく怒って殴ったら、彼女は事前に聞いてなかったから、すごくびっくりして逆切れして、暴言を吐いて攻撃してきたので、これはとても使えないと監督はカットを出しました。彼女はもうテヘランに戻ると暴れ出していて、これは映画のためだったよと話して、私も映画のために騙されたことがあると彼女に話して、3回目を撮りました。

市山:最後のひとことをお願いします。

ベーナズ:
パナヒ監督から出演依頼を貰った時に、私を必ず東京に行かせてくださいと言って承諾しました。カンヌに出品される時に、電話があってカンヌに行ってと言われ、カンヌはどうでもいいから東京に行かせてくださいと言ったら、監督から、カンヌだよ、アホかと言われました。ほんとに東京に行きたかったので、こうして東京に来られたのが嬉しくて、ギフトを貰ったような気持ちです。

市山: 『ある女優の不在』は12月13日(金)からヒューマントラストシネマ渋谷他で公開されます。皆さん、どうぞ皆さんよろしくお願いします。
本日はありがとうございました。


★このQ&Aの前に、ベーナズ・ジャファリさんにインタビューの時間をいただきました。
DSCF2553 behnaz.JPG

報告:景山咲子





東京フィルメックス 『戦場の讃歌』(イスラエル) で、VRを初体験

東京フィルメックスのメイン会場である朝日ホールが入っている有楽町マリオンビル9階に、「コニカミノルタプラネタリアTOKYO」がオープンし、VR作品の上映が可能になったことより、VRプログラム上映が企画されました。
初めてのVRプログラムとして上映されたのは、ヴェネチア国際映画祭VR部門コンペティション出品作品である『戦場の讃歌』。
フィルメックスの会期中、1日3回上映され、11月30日には、イスラエルより監督を招いてのトークイベントも開催されました。
イスラエルの作品なので、これは観なくてはと、時間を捻出しました。

初めて体験したVR作品と、トークの模様をお届けします。

◆『戦場の讃歌』 原題: Battle Hymn
イスラエル / 2019 / 11分. ※日本語字幕ナシ、英語字幕付き
監督:ヤイール・アグモン(Yair AGMON)

Director:ヤイール・アグモン(Yair AGMON)
毎晩多くのイスラエル国防軍(IDF)の兵士たちがヨルダン川西岸地区のパレスチナの村でたくさんの拘束任務を行っている。イスラエル国防軍の根本的なルーティーンが一時的なピークに達するのを、映画「Battle Hymn(讃歌)」は観客にみせる。そこには男らしさと恥、強さと弱さ、卑しさと権力が混在する。こうしてこの映画は、現実と非現実、そして私が家と呼ぶこの狂った悲しいシュールな場所について物語るのだ。2019年ヴェネチア国際映画祭にて上映。(公式サイトより)
VR_Battle-Hymn.jpg
© 2019 Yalla films – Tal Bacher &Yair Agmon, All Rights Reserved


「コニカミノルタプラネタリアTOKYO」は、広々としたロビーの両脇に、上映や展示、グッズや飲食物の販売コーナーがあって、ちょっと近未来的な空間。
上映コーナーには、大きなカプセル型のソファが向かい合わせに並んでいて、え? スクリーンはどこに? とVRが何かを知らなかった私!
そも、たった11分の作品なのに、千円? という思いも。
(すみません・・・ プレス枠で拝見したので、私は払ってないのですが)

開始時間になり、指定席に案内され、VRを観るための器具を頭に装着。結構重たくて、うっとうしいです。画面は双眼鏡のように覗き、音はヘッドフォンから聴こえてきます。

銃を手入れしながら、きわどい雑談をする兵士たち。
上下左右に画面が広がり、うつむくと、まるで私の手のように、私の位置にいる兵士の手が見えます。
夜になり、点呼が行われ、7人の兵士は車に乗ってパレスチナ人の家へ。
アラビア語で「全員出て来い!」と叫び、母親と子どもたち、そして父親が出てきます。
「息子のファディはどこにいる?」
「友達の家」
犬が吠える。
ヤツは中に違いないと、2階にあがっていく兵士たち。
ファディを捕まえ、手を縛り、目隠しして、車で連れていく。
基地に戻り、ファディを見張る兵士たち。
ファディが目隠しされたまま歌いだす。
アラビア語だが、イスラエルの守護神を称える歌。
いつしか、イスラエル兵たちも口ずさみ、楽器を持っている者は伴奏する・・・

****
日常茶飯事で行われているイスラエル兵によるパレスチナ人の掃討作戦。
夜中に押しかけ、無理矢理連行することに慣れっこになっている兵士たち。
一方、夜も落ち着いて眠れないパレスチナの人たち・・・
なんとも、理不尽。
捉えられたパレスチナの青年が歌うのが、アラビア語とはいえ、イスラエル賛歌というのが、ちょっと解せない気もしましたが、皆で一緒に歌う姿は、監督なりの和平への願いと感じました。


監督の思いが聞きたくて、トークイベントに参加しました。
(イラン大使館での講演会を中座してまで!)

◆VRプログラム「戦場の讃歌」について監督に聞く。

2019年11月30日(土)4時~5時
有楽町朝日スクエア
登壇者:
ヤイール・アグモン(監督)
タル・バッファ(プロデューサー)

司会:市山 尚三(東京フィルメックス ディレクター)
通訳:松下由美



★トークイベント

DSCF2819.jpg
市山:VRをフィルメックスで上映するのは初めてなのですが、今回1本だけ上映できることになりました。

監督:2回目の日本です。私たちはVRの可能性を強く信じています。

タール:
今回は機会をいただきありがとうございます。
私たちは一緒に兵役についたことがあって、ある程度経験に基づいて描きました。

市山:ヤイールさんはこれまでVR作品の経験は?

監督:
VRは初作品。これまでドキュメンタリーを撮っていました。イスラエルのファンドを使ってVRで撮れるのでやってみようとタールさんから言われました。

市山:劇映画は?

監督:長編はないです。短編ではフィクションも撮っています。

司会:
VRのファンドについて、タールさん、教えてください。

タール:イスラエルでファンドというと、ほぼ公的なもの。今回のファンドは、新しいメディアのもので、短編かつドキュメンタリーという枠組みでした。金額は、わずかなものでした。

司会:どれくらい?

タール:すべてこのファンドで作りました。

監督:200万円弱です。
DSCF2823 israel.JPG
市山:年間に何本もVRは作られているのでしょうか?

監督:
昨年は、6つのプログラムがVRで作られました。
今年は4つのプログラム。カナダのファンドも入っています。

市山:日本ではVR作品は、どちらかというとゲームの為に作られています。
このようなアーティスティックなVRはあまり観たことがなかったので、どういう仕組みで作られたのか気になっています。

監督:イスラエルでは、ゲームの為には限られています。一方、VRは映画業界からは全く無視されているので、手掛けながら学んでいきました。作る上でテーマに制限はないのですが、環境、エネルギーなどがいいのかなと思いました。会話のある劇が好まれることを学びつつ、ほとんどワンショットでシチュエーションを決めて撮るのが適していると学びました。

市山:本来、VRで描くのなら、攻撃されたり、銃撃戦が起こったり、すごいことが起こるのではないかと思ったのですが、淡々と進んでいって、逆にある種の恐怖感が伝わってきて感動しました。このような作り方は意識的にされたのでしょうか?

監督:
シンプルにストーリーを伝えることに注力しました。私も兵士だった時、指揮官として夜、逮捕する仕事をして大変だったのですが、恋人や家族にそのつらさを伝えるのは難しいものでした。戦争があって、兵士が国を守っているという状況があるわけです。目標として、自分の母にわかってもらえるようなものをリアルに作ろうと二人で話し合いました。俳優が出演していますが、彼らも従軍していますので、充分知った上で演じています。唯一、リアルでないのは最後のシーンです。

市山:11分という時間で、すぐに終わるなと思っていたら、実際観終わってみたら、結構ヘビーで、これぐらいが充分だと思いました。長さはどのように決めたのですか?

監督:ストーリーがよければ、長くてもいけるのではないかと思っています。

*会場よりQ&A*
― カメラの位置は? あたかも自分が登場人物のようでした。

監督:
まさに、観ている人の視点で映画が展開します。タールさんの弟さんにヘルメットをかぶって貰って、その上にマネキンのようなものにカメラを持たせて撮りました。

― 何がVRに適しているのでしょうか?

監督:
まさに今問われるべきことだと思います。答えを持ち合わせていませんが、軍隊の状況を伝えるとか、複数の人が一緒に行動すること、たばこを吸っておしゃべりするような、二人以上の状況を作って伝えるのが適しているのではないかと思います。
カメラをどこに置くのかが重要。部屋のどこかに置いたのでは、面白くありません。
人の上に置けば、人の視線になります。
車にカメラを設置して、渋滞の中で人がいらいらする姿を見せることも考えています。

― VRの使い方が発展している中で、よりゲーム的なものを考えていますか?

監督:
この映画の設定は、ゲームとして機能するのではとタールは言っていますが、私自身はゲームは好きじゃありません。ヴェネチア国際映画祭に参加したのですが、インストラクテォイブなものが多かったです。

タール:
すでにあるものをVRで伝えるということも出来ると思います。

市山:
私もこの作品をヴェネチアのVR部門で観たのですが、台湾の『ニーナ・ウー』のメイキングがあって、そちらとどちらにしようかと最後まで迷ってました。

監督:そっちの方が出来がいいから、そちらを呼ぶべきでしたね。(笑)

― リアルで下を観ると手許が見えて不思議な感覚でした。アラブの人の逮捕シーンもリアルなのに、最後がファンタジー。イスラエルの兵士を経験したり、アラブの逮捕された経験者の方の感想を聞かれたことはありますか?

監督:あまり上映の機会がなくて、今、ハイファの映画祭で上映されています。とてもリアルだという反応
エンディングは、イスラエルの人にとって、とてもパワフル。捕まったパレスチナの彼が歌うのは、とても有名なもので、歌というより通常はシナゴーグで唱えられるもの。それをアラビア語で歌っていて、兵士たちが彼のバンドになるというもので、とても人々に響くものがあって話題になっています。

監督:イスラエル国籍のパレスチナ人の友達がいるのですが、兵士の経験はとてもつらいものだったと打ち明けてくれました。

注:『テルアビブ・オン・ファイア』サメフ・ゾアビ監督(イスラエル国籍のパレスチナ人)にインタビューした折に、「イスラエル国籍のパレスチナ人には兵役は義務ではありません。志願はできますが、99%は、兵役につきません」と伺いました。ヤイール監督のご友人は、奇特な1%のパレスチナ人ということになります。

市山:残念ながら、時間になりました。本日はありがとうございました。

DSCF2835 israel.JPG