東京国際映画祭『ジャスト 6.5』(イラン) 監督&俳優インタビュー

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コンペティション 最優秀監督賞 & 最優秀男優賞
『ジャスト 6.5』  
原題:metri shesh va nim  英題:Just 6.5  

★2021年1月16日(土)新宿 K's cinema ほか全国順次ロードショー
http://cinejour2019ikoufilm.seesaa.net/article/479344929.html

監督:サイード・ルスタイ
出演:ペイマン・モアディ、ナヴィド・モハマドザデー、ファルハド・アスラニ
2019年/イラン/ペルシア語/134分/カラー

イランで大ヒット。警察と麻薬組織の対決を描いたスピーディーな娯楽大作。
麻薬撲滅警察特別チームのサマド(ペイマン・モアディ)は、末端の売人たちを検挙する。多くはホームレスや貧しい者たちだ。やがて、元締めがナセル・ハクザド(ナヴィド・モハマドザデー)だと突き止める・・・
★物語の詳細を、この記事の末尾に掲載しています。

◎インタビュー

11月3日、サイード・ルスタイ監督と、ナヴィド・モハマドザデーさんにインタビューの機会をいただきました。
2日の記者会見と、Q&Aを踏まえて、お話を伺いました。

◆家族の絆が強いイラン社会
― 2か月ほど前にイランで大ヒットしていると聞いて、ぜひ観たかった映画でした。東京国際映画祭で日本語字幕で見られるとわかって嬉しかったです。

ナヴィド:映画、よかったですか?

― はい。とてもよかったです。スピーディで迫力のある映画で楽しみました。若い力だなと思いました。

監督:
メルスィー!

― イランが、家族の絆の強い社会であることを深く感じることのできる映画でした。

監督:まさにそうです。


◆自分の人生の物語という感想も多い

― 同時に、麻薬にかかわる人が、イランでものすごく増えている状況も知ることができました。イランで、実際に麻薬にかかわった人や、その家族からの感想をお聞きになったことはありますか?

監督:コメントは、たくさん貰っています。「自分の人生の物語だね」という人も多くいます。テヘラン以外のいろいろな町からもコメントが届いています。
興味深かったのは、麻薬とはまったく係わりのない人も、伝わってきたと言ってくれたことです。
イランの社会派映画の歴史の中で、ナンバーワンの興行成績です。

ナヴィド:僕のところにも、今もたくさんコメントが届いています。自分の家族にもいたという人も多くいます。


◆人生の最期に少年時代が頭をよぎる
― 処刑前の家族との面会の場面に涙が出ました。
少年が、バック転をして見せるところは、とても美しくて、詩の一篇を観ているようでした。あの場面をいれようと思ったのは?

ナヴィド:
映画でなく、自分のこととして考えても、人が死んでしまうとわかる時、子ども時代のことを思い出すと思います。あの場面は、自分の兄弟が死んでしまうという機におよんで、甥がバック転を見せることで、「もう最後だね」と。 

― 日本では、走馬灯のように思い出が頭の中を駆け巡るという表現をします。

監督:
あの家族との最後の面談シーンが感動的なのは、ナセルが完全な悪人でないことがわかるからだと思います。ヤクザの親分で怪我をしていたり、頭の中がキチガイのようで、麻薬取引に関わったのは間違いだったとしても、家族のためだったと感じることができるからだと思います。

◆絞首刑の撮影前に1週間悩み白髪に
― 何人もまとめて絞首刑にする場面には、涙がでました。朝の5時ですね。すごくショッキングで、麻薬撲滅の助けになる一番の場面だと思いました。

ナヴィド&監督:そうだね。麻薬中毒の人もやめようと思うよね。

― ナヴィドさんの演技が、ほんとに素晴らしくて、ほんとの涙のようでした。絞首刑の場面の時のお気持ちは?
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ナヴィド:とても難しい場面でした。1週間苦しみました。だから白髪も増えました。(先ほどのQ&Aで言っていたこと)
足元が突然消えるというのは、映画の撮影だとわかっていても、キャラクターが中に入ってしまっていて、ほんとに苦しかったです。

◆寝る時に靴を履いていると落ち着く
― 元婚約者のエルハムが、「ナヴィドは変な人で、寝るときに靴を履いてると落ち着くの」と言ってましたが、靴を履いていれば、警察が来ても、すぐに逃げられるからですよね。

監督:
まさにそのために入れた台詞です。あなたが初めてそのことを指摘くださいました。わかってくださって嬉しいです。日本人は細かく観てますね。

ナヴィド:ほんとに日本人はほかの国の人たちと違うね。

― アメリカ人やヨーロッパの人は家で靴を履いていることも多いですよね。イラン人も日本人も家の中では靴を脱いでいるので、文化が似ていると思います。

二人:まさにそうだね。
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◆警官も悪人も人間として描いた
― 警官の背負っている家族の問題や、麻薬捜査官という立場で、押収した麻薬を自分のものにしてお金にしているのではないかとか、賄賂を受け取っているのではないかという疑いをかけられる苦悩を、とてもうまく描いていました。

監督:麻薬中毒の人や悪人を描いているけれど、一人一人は人間。警官も制服を着ている時は警官だけど、彼にも人生があるし生活があるので、人間として扱った方がいいと思いました。
現実的に映画を描きたかったので、裏表の気持ちや、抱えている家族の問題なども描きました。一人一人に人生があります。人間としての警官に視点を置きました。

― 麻薬王と警官のそれぞれの人生の描き方がとてもバランスが取れていました。

監督:
この映画を観る時、警官の感情も見ることができるのは、警官も人間として扱って撮っているからです。人間として迷いもある。やっていることが正しいかどうかもわからない。両親のことや経済的にも問題を抱えていて悩んでいます。白か黒かでなく、グレーな感じで描いているので、彼のことにも感情移入できるのだと思います。
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◆底辺の人たちのリアルな姿
― ホームレスの人たちが、土管の中で暮らしている場面がありましたが、実在する場所で撮ったのでしょうか?

監督:実際、あのような場所で暮らしている貧しい人たちがいるのですが、あれはセットとして作りました。麻薬中毒の人たちは、意識が朦朧としていて穴を見つけたら入って寝るというようなところがあって、未使用の掘ってあるお墓に入って寝る人もいます。絵的に土管を重ねたものがいいなと、あの場面を作りました。

― 捕まった人たちが一斉に裸にされた場所で、脱げないという女の子たちがいましたね。
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© Iranian Independents

◆麻薬売人が増え続ける様をドローンで描いた
― 最後のドローンで撮った場面ですが、終わってから友人たちと話した中で、意味がわからなかったという人もいました。大勢の麻薬の売人が、大勢の警官に追いかけられていると私は思ったのですが・・・

監督:はい、その解釈の通りです。あの場面は、朝8時頃に撮影を開始しました。ハイウェーの遠くのところに、わざと車を止めて渋滞を作りました。
渋滞の中で役者さんたちに車の間を走ってもらいました。でも、一旦、渋滞してしまうとテヘランの高速道路はなかなか渋滞が解消しなくて、大変なことになって夜の12時頃まで続いていました。大勢の人に迷惑をかけてしまいました。


◆映画界の超一流の方たちが結集してくださった
― 音楽がペイマン・ヤズダニアンさんで素晴らしかったです。 

監督:神様に感謝しなくてはいけないのですが、運が良くて、 1作目から、イラン映画界のそれぞれの分野で超一流の才能のある有名な方たちが集まってくださいました。

― まだ駆け出しの若い監督さんなのに、素晴らしいですね。ほんとに皆さん、監督の力量を信じて集まったのですね。

― ナヴィドさん、三船敏郎さんを尊敬していると先程Q&Aでおっしゃっていましたが、三船敏郎さんへの思いをお聞かせください。

ナヴィド:
 すごくゴージャスで、勇気のある人。アジアの中で一番の役者さんだと思います。

― ナヴィドさんも、きっとそうなります!

― 次の作品は?

監督:来年には撮影に入ります。 
(ほかのインタビューでも聞かれたけれど、内容については一切明かしてないと、ショーレさん)

― どんな映画を作り出してくださるのか、楽しみにお待ちしています。
そして、きっとコンペティション部門で賞を取ると確信しています。

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*取材を終えて*
実は、コンペティション部門の作品をあまり観ていなかったのですが、この映画の持つ力をずっしり感じて、何か受賞すると確信していました。
みごと、最優秀監督賞と最優秀男優賞をダブル受賞!
どちらかしか受賞しなかったら、喧嘩になるところだったとコメントしていました。
二人は、ほんとに仲良し。インタビュー中も、すぐにじゃれ合っていました。
私の胸元のアッラーの名前の書かれたペンダントに気が付いた時にも、おぉ~っと一緒に指差す二人。
「ムスリマ ニィースタム(イスラム教徒じゃないです)」と私が言うと、私の後ろで待機していたイランの男性が「イラーニー ニィースタム(イラン人ではありません)」と呼応。二人が、「あいつはハーエン(裏切者)だよ」と大笑い。撮影現場も、きっとこんな感じだったのでしょう。
ほんとに、今後に期待です。

報告:景山咲子




『ジャスト 6.5』
*物語をもっと!
麻薬依存者であふれる町。
麻薬撲滅警察特別チームのサマド(ペイマン・モアディ)は、末端の売人たちを検挙する。多くはホームレスや貧しい者たちだ。やがて、元締めがナセル・ハクザド(ナヴィド・モハマドザデー)だと突き止める。彼が潜む贅を尽くしたホテルのペントハウスに検挙しに行くが、ナセルは自殺を図っていた・・・

冒頭、麻薬の売人を追いかける警察。売人が麻薬の入った袋を放り投げて逃げる・・・
迫力ある追跡シーン。下っ端の売人から、徐々に組織の上層部を暴いていく。そして、ついに姪がボスの婚約者だったという男から、ボスの居場所を突き止める。
家庭に問題を抱えた麻薬捜査官が、貧しい家から這い上がって麻薬王となった男を問い詰める。ついに絞首刑になる麻薬王。
息もつかせぬスピーディな転回。そんな中で、麻薬捜査官、麻薬王、そして末端の貧しい売人、それぞれの家族のことも丁寧に描いている。一つ一つのエピソードが面白い。

貧しい売人の家宅捜査の場面。
「父はバイクでナンを買いにいっている」という少年。
狭い家のどこにもヤクはない。苦情を申し入れると母親。
やがて父が帰ってくる。
犬にヤクを探させる。犬が吠えかかったのは母親だった・・・
警察で取り調べを受ける少年。
「ピザかキャバブ、どっちがいい?」と聞かれ、ピザと答える少年。
今どきの子ども!

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© Iranian Independents

警部:あの世でいい生活をしたきゃ、手先4人を助けろ。
ナセル:密告者は許さない。口座番号を教えろ。10年分の給料を振り込んでやる。
警部:一人につき、20億振り込んでくれれば助けてやる。
ナセル:プラス10億で。
警部:最終値? プラス10億で!
*麻薬王が捜査官に賄賂を持ちかけ、駆け引きする様が、やっぱりイラン人!

10人ほどが一斉に首を吊られる絞首刑の場面は、圧巻。
まだ陽の昇る前。午前5時。

死刑執行前には、家族と最後の面会。
兄が麻薬で稼いだお金で、留学したり、広い家に住んでいたりした家族。
これまで贅沢させてもらったと感謝する。
小学生の甥っ子が、バック転を披露する。
別れを告げ、人のすれ違うことの出来ない狭い路地を通って、古い家に帰る。
兄のあてがってくれた広い家ではなくて・・・

タイトルにある6.5は、麻薬捜査官が「僕が警察に入った頃は、100万人だった麻薬中毒者が、今や650万人で、6.5倍になった」と嘆く言葉に由来しています。イランの人口が、約8000万人ですから、1割弱。

11月2日から岩波ホールで公開されているイランのドキュメンタリー映画『少女は夜明けに夢をみる』でも、更生施設に収容されている少女の多くが、親や本人が麻薬に関わっています。
仕事がなく、貧困層は手っ取り早い麻薬で稼ぐしかない状況が浮かび上がってきます。
アメリカによる経済制裁の影響も多々あると思います。
麻薬に頼らずに、健全で豊かな暮らしの出来る社会になることを願ってやみません。

東京国際映画祭『ジャスト 6.5』(イラン)11/2 記者会見 及び Q&A

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コンペティション 最優秀監督賞 & 最優秀男優賞
『ジャスト 6.5』  
原題:metri shesh va nim  英題:Just 6.5  

監督:サイード・ルスタイ
出演:ペイマン・モアディ、ナヴィド・モハマドザデー、ファルハド・アスラニ
2019年/イラン/ペルシア語/134分/カラー

*物語*
麻薬依存者であふれる町。
麻薬撲滅警察特別チームのサマド(ペイマン・モアディ)は、末端の売人たちを検挙する。多くはホームレスや貧しい者たちだ。やがて、元締めがナセル・ハクザド(ナヴィド・モハマドザデー)だと突き止める。彼が潜む贅を尽くしたホテルのペントハウスに検挙しに行くが、ナセルは自殺を図っていた・・・
https://2019.tiff-jp.net/ja/lineup/film/32CMP07

11/02(土)14:00~、11/04(月)16:20~、11/05(火)14:20~の3回上映されました。
11月2日に行われた記者会見と、上映後のQ&Aを取材しました。
また、3日には、サイード・ルスタイ監督とナヴィド・モハマドザデーさんにインタビューの時間もいただきました。
インタビューはこちらで!
なお、物語の詳細を、インタビューの末尾に掲載しています。

◆11月2日(土)記者会見
15:14-15:44 
登壇:サイード・ルスタイ(監督/脚本)、ナヴィド・モハマドザデー(俳優)
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司会:ナヴィドさん、役と違って、ずいぶん優しい顔をしていらっしゃいますね。
まずは監督から一言お願いします。

監督:映画をご覧いただきましてありがとうございます。美しい日本に来られて嬉しいです。

ナヴィド:美しい町に来れて、優しい皆さんの前で上映できて嬉しいです。

― 最後のシーンで、ハイウェーをドローンで撮ったショットは、あの車と人の量。どのように撮影したのでしょう?

監督:
とても大変でした。普通のハイウェーで車を置いてわざと渋滞を起こしました。ラジオで「今日はどうして渋滞が?」とまで言われました。どうしても、その日のうちに撮らなければなりませんでした。
携帯で写メを撮ってSNSで流した人たちがいて、「イランでは、大変なデモが行われています。それはアメリカの制裁があるからです」と海外のマスメディアが流しました。

司会:罰せられたりはしなかったのでしょうか?

監督:
警察には、あと5分、あと5分と言い続けて、結局1日ずっと警察をだましてしまいました。
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― 取引の相手が日本だったり、レザー・ジャポニーと呼ばれている人物が出てきたりしました。なぜ日本を選んだのですか?

監督:
一番最初に脚本を書いていた時に選んだ役者が日本人っぽい顔だったので、レザー・ジャポニーの愛称にしました。その役者は結局出演しませんでしたが。レザー・ジャポニーは発音が優しくて、言いやすいということもあります。

ナヴィド:レザー・タイランドやレザー・サウディアラビアじゃ、ちょっと言いにくいでしょ。それにレザー・ジャポニーは綺麗。

― まだ震えが止まりません。貧困と麻薬という大きな二つの問題を描いていて、教育が大事だとも思いました。処刑前の面会の時に、少年が側転して見せるところや、家族が家に帰るとき、狭い路地で誰ともすれ違わずにたどり着いて、ラッキーだったことが何かを象徴しているように感じました。
貧困と麻薬の問題を解決するにはどうしたらいいと思いますか?

監督:貧困と麻薬の問題には経済的な影響も大きいです。隣りの国アフガニスタンでは、麻薬をたくさん作っていて、この20年で100倍以上になりました。イランに麻薬がたくさん流れてきて、安くなって皆が簡単に手にすることができるようになりました。政府が頑張っても、なかなかコントロールできません。

司会:
ナヴィドさんが演じたのは独特の悪役。モデルがいたのでしょうか?
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ナヴィド:監督と組むのは2度目。撮影に入る前に、1~2年、監督とキャラクターについて話しました。二人の協力によって、この人物像はできあがりました。私は12人兄弟の一番下。年長の兄が、父親のような気持ちで兄弟皆の面倒をみるのは、よく理解できます。このキャラクターの気持ちをよく理解していました。もちろん私は麻薬の売人ではないし、成功もしていませんが。
尊敬している三船敏郎は、自分の役を自分で判断されます。それを見習いました。

― (ペルシア語で質問。NHKペルシア語放送の男性)イラン人を代表して伺います。これまでにない、とても新しい雰囲気の映画で素晴らしかったです。どれ位がフィクションで、どれくらいのリアリティを追求されたのでしょうか?

監督:26歳の時、初めて映画を作り、今、30歳です。これまでも現実に近づいた映画を作ろうとしてきました。社会の一部に目線を置いて撮ろうと思いました。現実からは離れていません。離婚問題を描いたら、すべてのイラン人が離婚するわけじゃない。お父さんに子どもが怒られるシーンがあっても、皆がそうじゃない。この映画に対して、イランの中でも批判がありました。社会の一部をできるだけ現実に近づけて描きました。違うと批判する人は、そういう部分に目が行ってないだけなのだと思います。低予算の映画では、現実と違うといわれても、ほかの部分を撮れなかっただけのことです。現実の一部を描いているので、悪い部分だけを見せているという批判を受けることはあっても、自分の国は大好きです。

司会:最後にひと言お願いします。

監督:短い時間でいろいろ話が出来ませんでした。これからQ&Aもありますので、ぜひいらしてください。

ナヴィド:ひと言だけ。黒澤明監督愛してます。三船敏郎、愛してます。

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★EXシアターでも、少しずらした時間に上映されていて、上映後のQ&Aに走りました。

◆11月2日(土)Q&A
14:00からのEXシアターでの上映後 
登壇:サイード・ルスタイ(監督/脚本)、ナヴィド・モハマドザデー(俳優)
司会:矢田部吉彦さん
通訳:ショーレ・ゴルパリアンさん

来日できなかった警官役のペイマン・モアディのビデオ・メッセージが、まず流されました。
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イランからペイマン・モアディさん
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素晴らしい東京の皆さんと、東京国際映画祭の関係者の皆さんにご挨拶申し上げます。
映画祭に参加することを楽しみにしていましたが、残念ながら映画の撮影のスケジュールが変わり、伺えなくなりました。私の気持ちは皆さんと一緒にいます。次の東京国際映画祭で新作でお目にかかれればと思います。映画祭に参加している監督と役者の皆さんには成功を、また観客の皆さんにも素晴らしい作品を観て映画祭を楽しんでいただけますよう、心からお祈りしています。


矢田部さんが監督とナヴィドさんを呼び込みます。
(拍手がなかなかなりやみません)

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司会:とても興奮しております。ド迫力の作品をイランから持ってきていただき、観たことのないような作品を日本で上映してくださってありがとうございます。
一言ずつご挨拶をお願いします。

監督:ご覧いただき、ありがとうございます。矢田部さんから優しい言葉をいただき、ありがとうございます。最後まで観ていただいて感謝しています。

ナヴィド:大勢の皆さんの顔を見て、時差ぼけも飛んでしまいました。遠いところから日本に来て、こんなに多くの方がご覧いただいたことを知って、ほんとに嬉しいです。

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*会場よりQ&A*
― 興奮しています。海外の映画を観ると、その国の社会問題がわかります。この映画で描かれた麻薬のことは実際にイランで起こっていることでしょうか?

監督:麻薬の問題はどこの国でも存在していることだと思います。社会を破壊してしまうことがもっとも問題だと思います。
イランの隣のアフガニスタンでは。この20年で麻薬の生産が1000倍に増えて、イランに流れてきていて大きな問題になっています。

― 上質なノワール映画を見ているようで、迫力がありました。最初の家宅捜査のシーンで奥さんの身体検査をした女性たちがいましたが、警察の人でしょうか? 女性警官はイランにどれ位いるのでしょうか?

監督:もちろん身体検査をしたのは女性警官です。質問にびっくりしました。イランでは車を運転する女性も大勢いますし、女性警官もいます。
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司会:どれ位真実で、どれ位フィクションなのかに皆さん興味を持たれているようです。ジャンキーたちのたまり場ですとか、収容された時に裸になって身体検査されるところとか、刑務所の状況とか、どれくらい真実なのでしょうか?

監督:麻薬が大きな社会問題になっているのは間違いありません。私たちは一つの社会のある暗い部分に視点を置いて描いています。麻薬が隣の国アフガニスタンから流れてくるのを、政府は防ごうとしているけれど、警官が殺されてしまう場合もあります。どんどん入ってくるので値段が安くなって、入手しやすくなっています。
一つの視点で捉えて、多少映画的にしているけれど、それほど手を加えていません。麻薬中毒の人たちは本物です。ロケーションはセットを作って麻薬中毒者の人たちに協力してもらいましたが、警察からは、これほどじゃないと言われました。

―(イランの女性。ペルシア語で質問)ナヴィドさんの演技がとても上手でした。自分の中にどれくらいキャラクターが入り込みましたか?
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ナヴィド:私はドラッグディーラーではありません。今セットして見えないかもしれませんが、白髪が増えたのは、この映画のせいです。自分の中に、人物を入れ込んで、さらに足して演じていると思います。
子どもの時から、こういうタイプの映画を観ると警官より麻薬の売人の方に入れ込みました。次の作品で警官役だとしたら、実際は売人で警官の制服を着ているという役かもしれません。

― 迫力があって、心理劇がすごかった。人間の欲を求めているうちに欲に溺れてしまう。麻薬のラボの場面では、どんな風に演技指導をしたのでしょうか?
役者の方には、どういう意識を持って演じたのかお聞きしたいです。
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監督:ナヴィドとは、10年来の親友。映画で組むのは2度目です。彼のパーソナリティはよく知っています。演技力があるのも知ってます。ちょっと気が狂った人なので、それに合わせて脚本を書きました。
役者の顔や表情、どうしゃべるかは、本人からあまり離れたものは作れません。限りなく彼に近づけて書いたけど、彼が自分から離れてどんどん役に入っていって、精神的に苦労したと思います。キャラクターを家まで持って帰るような状況になってしまって、白髪になってしまったのだと思います。いつも魂を入れた人物を演じてくれるのを知っています。そういうタイプの役者です。

ナヴィド:たくさん褒めてくれたね。
ペイマン・モアディとは2度共演したのですが、力のある人で、彼からずいぶん学びました。今回一緒に来られなくて残念です。

司会:日本がちょこちょこ出てくるのは、監督の好みですか? イランで日本は麻薬のいい客先なのでしょうか?

監督:この世の中、日本のことが嫌いな人はいないでしょう。私も日本は大好きですし、日本映画も大好きです。特に、黒澤監督や小津監督が大好きです。

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★EXシアターでの上映を観ていたイラン好きの友人たちと合流。皆、興奮ぎみ。
2階で行われたサイン会に参加した友人たちを待ちながら、しばし立ち話。この映画、絶対日本で公開してほしいというのが一致した意見。
サインを貰った友人、一人一人丁寧に応対してくれたとのこと。監督たちも、日本の観客といい時間を過ごしたようです。

報告:景山咲子





東京国際映画祭 『50人の宣誓』(イラン)11/4 Q&A

★アジアの未来部門
『50人の宣誓』  
原題:Ghasam  英題:The Oath
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監督:モーセン・タナバンデ
出演:マーナズ・アフシャル、サイド・アガカニ、ハサン・プールシラズィ
2019年/イラン/ペルシャ語/85分/カラー

*物語*

妹を殺された主婦ラズィエ。妹を殺した妹の夫を死刑にするには、親族の男性50人の証人が必要だ。一族を乗せたバスは、裁判所のあるマシュハドの町を目指す・・・。
イラン特有の法制度を背景にしたドラマ。
https://2019.tiff-jp.net/ja/lineup/film/32ASF04

11/02(土) 18:10~ 11/04(月) 11:05~の2回上映されました。

◎11月4日(月)15:20からの上映後Q&A
登壇者:モーセン・タナバンデ監督
司会:石坂健治さん   
通訳:ショーレ・ゴルパリアンさん
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司会:2回目の上映になりますが、あらためて挨拶をお願いします。

監督:東京国際映画祭で上映されて嬉しく思っています。

司会:
1回目の上映後のQ&Aセッションでは、法律についての質問が出て、説明してくださいました。今日は映画について伺いたいと思います。あれだけの出演人数を狭いバスの中で撮影するのは大変だったと思います。どのように撮影されたのでしょう?

監督:狭い中での撮影は難しいので、考えて2台のバスを使いました。1台は運転手を映すため、普通に動かしました。客席の人たちは、タイヤをはずしたバスをトレーラーの上に載せて撮りました。バスの通路と天井にレールを敷いて、カメラを動かすことをカメラマンが考えてくれました。
窓の外から撮影する時には、トレーラーの上のバスの脇にバスケットをつけて、そこにカメラマンが乗って、中を撮りました。

― バスについて伺います。レトロな感じのバスはどのように選んだのでしょうか?

監督:バスに乗る人たちが、どういう人かを考えて、その地域の人がどのようなバスに乗っているかを考えました。バスのモデルよりも、どういう道を通るか背景の景色も考えて、バスの色も含めて決めました。
(注:物語は、カスピ海西側のゴルガーンの町から、アフガニスタンの国境に近いマシュハドを目指すのですが、後で監督に伺ったら、実際にそのルートを使って撮影したとのことでした)

司会:最後にバスは水に入ってしまいますが、あれでバスはお陀仏でしょうか?

監督:その通りです。

― 脚本はどれ位作りこんだのですか? 完全にリハーサルをしたのでしょうか? それともある程度アドリブも入ったのでしょうか?

監督:主役の女性と、運転手の二人は有名な俳優。他の人たちは、小さな町の舞台俳優からオーディションで選びました。映画は初めての方たちでした。座る位置も完全に考えて、台詞もすべて考えました。主役の彼女の台詞のどれ位あとに話すかも完全に決めていました。映画の役者を使わなかったのは、現実に近づいたナチュラルなものにしたかったからです。主役の彼女が、位置をかなり変えるのも、台詞を言わせたい人のそばに行かせたいので、私から指示しました。

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©Persia Film Distribution


石坂:アジアの未来のもう1本のイラン映画『死神の来ない村』も、ほとんどが素人なのに芸達者でびっくりしました。

監督:一番難しいのは、素人とプロの役者のバランスを取ることです。プロに押さえた演技をして、素人に近づけてもらうのが一番大変でした。

― 文化的なことや宗教的なことも描かれていたのですが、人間ドラマとして家族間の考えの違いもありました。監督としては、どういうことを意識して作られたのでしょうか?

監督:
イスラームで神様に誓うことは、もっとも重いことです。簡単に誓うと言いたくないのです。バスの中の人たちは、これまで簡単に神様に宣誓してきた人たちです。娘の恋人を許せないので嘘をついて刑務所に入れたりした人たちが、今回は死刑になるかどうかの宣誓をするのですから。自分に責任を持たないで宣誓する人が多いことに疑問を持っていたので、この脚本を書きました。イスラームの中で、ガッサーメという宣誓の儀式は、裁判官が簡単に判決をくだせない時に、50人に宣誓をしてもらいます。裁判所にきた証人を裁判官が受け入れなかった時にも、そのような方法を撮ります。証人は男性なら一人、女性なら二人必要です。子どもは証人になれません。例えば、私がショーレ(通訳の方)を殺してしまったとします。女性二人が目撃していたとしても、裁判官はその女性二人の証言だけでは受け入れられません。50人の宣誓の場合も、女性は受け入れられません。

― 被害者の家族が宣誓して無実の人が冤罪になることが問題になることもあるのではないでしょうか?

監督:
もちろん、あります。殺された人の家族が、お金で証人を買って宣誓させて、無実の人が死刑になることもあります。嘘をついて証人した人たちは、法律違反なので、わかると捕まります。

― 近年のイラン映画は、部屋の中やバスの中のような密室で展開する映画が多いような気がします。

監督:是枝監督の『万引き家族』も家の中で話が展開します。ストーリーがあってのことだと思います。イラン映画の最近のブームというわけではないと思います。私の映画について言えば、語りたいものがこの形でないと作れなかったということです。

石坂:補足しますが、アジアの未来部門に、イランからは、応募が10倍位あって、色々なタイプのものがありました。最終的に選んだのが群集劇でした。
タナハンデさんはテレビドラマに役者としてよく出ていて、イランでは知らない人はいないという方です。今回映画をお撮りになったので、ショーレさんいわく、イランの北野武。演じていて、やはり映画を作りたくなったのでしょうか?

監督:役者をこのまま続けたいのですが、あるストーリーに出会った時に、私ならもっとうまく語れるのではと思い、自分で演出して作りたくなったのです。皆が観ているような有名なテレビドラマも自分で演出して出演もしています。

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(イラン人の友人から、コメディードラマの役者として、とても有名な方と聞きました。真面目な面持ちから、コメディーを演じる方とは想像できませんでした。)

TOHOシネマズ六本木の入口前のテラスで、モーセン・タナバンデ監督のサイン会。
イラン大使館イラン文化センター長も家族で観にいらしてました。
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少し前に終わった『湖上のリンゴ』のレイス・チェリッキ監督のサイン会も行われていました。
トルコ語通訳の野中さんが、時間が重なってなければ『50人の宣誓』を観たかったと残念がってました。それは恐らく、イランとトルコ両方が好きな人にとって、同じ悩み。
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モーセン・タナバンデ監督とレイス・チェリッキ監督の嬉しいツーショット


報告:景山咲子


東京国際映画祭『死神の来ない村』(イラン) 11/2 Q&A 

★アジアの未来部門 国際交流基金アジアセンター特別賞
『死神の来ない村』

原題:piremard'ha nemimirand(老人たちは死なない) 英題:Old Men Never Die

監督:レザ・ジャマリ
出演:ナデル・マーディル、ハムドッラ・サルミ、サルマン・アッバシ
2019年/イラン/ペルシャ語、トルコ語/87分/カラー

*物語*
山深い風光明媚な温泉のある村。年老いた独身の男たちが村はずれで寄り添うように暮らしていている。死刑執行人をしていたアスランが、45年前にこの村に来て以来、ここでは誰一人として死んでいない。長寿の村と聞いて、病気がちの父親を連れて移住してきた女性の営むチャイハネに集うのが楽しみだ。皆、これまで愛を知らずに過ごしてきたことを悔いていて、ついに、一人がチャイハネの彼女に求婚する。が、察知した父親が他の若い男との結婚を決めてしまう。もう夢も希望もないと自殺を図る者も。駐屯する警察官たちは、老人たちが自殺しないよう見守る日々だ・・・
https://2019.tiff-jp.net/ja/lineup/film/32ASF05

11/02(土) 18:10~ と 11/04(月) 11:05~の2回上映されました。

◎11月2日(土)18:10からの上映後 Q&A

登壇者:レザ・ジャマリ監督
司会:石坂健治さん   
通訳:ショーレ・ゴルパリアンさん
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司会:ようこそお越しくださいました。

監督:長編デビュー作を一緒に東京で観るのを楽しみにしていました。ワールドプレミアで日本で上映いただき光栄に思っています。最後まで観ていただきましてありがとうございます。

司会:ロケ地について教えてください。

監督:
トルコに近いアゼルバイジャン州のアルデビールの町のまわりに美しい村がたくさんあります。険しい道を越えていく美しい場所にあります。映画のすべてはアルデビールの近くで撮りました。

司会:温泉がたくさんあるところなのですね。

監督:サーレインという有名な温泉地の近くに死火山があって、まわりには古い温泉地がいくつかあるのですが、その中から選びました。村人たちがいつも使っている温泉です。

司会:
女湯もあるのですか?

監督:午前中は女性用で、午後から男性用になります。おじいさんがメインの話なので午後の撮影が多かったのですが、一日貸切にしたことも数日ありました。

*会場よりQ&A
― 面白い映画でした。年老いた独身の男たちのコミュニティーが出てきましたが、実際似たようなコミュニティーがあるのですか? ないとしたら、なぜ思いついたのでしょうか? 話はもちろんフィクションだと思いますが。

監督:すべて私が想像したものです。結婚したことがなくて愛や恋の経験のない男たちが一緒に暮らしているのですが、恋もしてないことを後悔して、こんな人生はつまらないから自殺してしまおうと思っているさまを想像して描きました。

― 俳優のおじいさんたちの年齢は? ベテランの人たちですか? それとも素人でしょうか?

監督:70代以上の素人の人たちです。あの村の人もいましたが、オーディションで選んで別の村から連れてきた人もいます。素人なので、台詞を覚えるのは無理なので、前もって話をしておいて、細かいことはその場で指示しました。ジャバールという面白いおじいさんに、こういう風にと台詞をお願いして、先導してやってもらいました。
メインのアスランを演じた人だけは、舞台役者です。カメラの前で演じるのは初めてでした。他のおじいさんたちは、これまで刺激がなかったので、撮影現場をとても楽しんでくれました。

― (女性がペルシア語で) ユニークなアイディアはどこから浮かんだのですか?

監督:10年前に同じテーマで短編を作り、イランの映画祭で多くの賞を貰いました。批評家の方からぜひ長編をと言われました。いろいろ大変な中で準備したのですが、おじいさんたちを選ぶのが特に大変でした。

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― 言語について伺います。トルコ語とペルシア語が入り混じっている状況を選んだのはなぜですか?

監督:あの村ではトルコ語(アゼリー)で話しているのですが、45年間誰も死んでいないという話を聞いて、母親を亡くした娘が病気がちの父親を連れてきます。 よそから来た彼女たちはペルシア語を話しているという設定です。
(注:トルコ語といっても、トルコ共和国の国語であるトルコ語とは違って、「アゼリー」と呼ばれるアゼルバイジャン地方で使われているトルコ系の言葉。ペルシア語が母語のイラン人には解さない人が多いのですが、親のどちらかがアゼリーが母語だったり、まわりに話す人がいたりすると、聞いてわかるという人もいます。)

― 彼らはムスリムでしょうか? だとしたら、自殺は原罪にあたると思いますが、どういう状況で自殺しようとしたのでしょうか?

監督:
もちろんイスラームでは自殺はハラーム(禁忌)ですが、彼らは村はずれに住まいを作っていて、普通の村人よりも偏見を持っています。アスランも自殺は大罪だと知っているけれど、死なない状況の中で自殺を考え始めます。皆、自殺は罪だとわかっていても、もうこんな人生は嫌だと思っているのです。

― アスランさんの声がよく通るので、舞台俳優だとわかって納得しました。
アスランが温泉で自殺をはかるけど助かったあと、そばで歌を歌っていたおじいさんがいましたが、そのような役割をする人がいるのでしょうか? また、歌詞の内容は?

監督:アスランは舞台俳優で声が通るのですが、ほかの人たちが素人なので、声のトーンを抑えてもらいました。それでも、やっぱり声が通ります。
歌詞は、死なないで、人生には美しいものがたくさんあるのだからという内容です。

― 寓話的なオフビートのブラックコメディーでした。どいう映画作家に影響を受けてきましたか?

監督:
特に影響を受けた作家はいません。これまでに17本の短編を作ってきました。私が描くのは暗いテーマが多いので、明るい台詞や場面を入れるようにしています。これまでの作品もブラックコメディーのようなものが多いと思います。

司会:最後のひとことを!

監督:
サンキュー!
(短いひとことでした!)

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とても真面目な感じのレザ・ジャマリ監督でした。
故郷アルデビールの風光明媚な場所をたっぷりと見せてくださいました。
温泉で有名なサーレインの町は訪れたことがありますが、まさに温泉街で、熱海か草津のようでした!
このあたりは蜂蜜も有名なところで、温泉街には蜂蜜を売るお店が並んでいました。
映画に出てきた温泉は、ひっそりと味わい深いものでした。
岩と岩を結ぶつり橋も出てきました。いつか訪れてみたいと思いました。

取材:景山咲子




東京国際映画祭『湖上のリンゴ』(トルコ) 記者会見(11/1)

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東京国際映画祭 コンペティション部門
『湖上のリンゴ』
原題:Aşık  英題:Food for a Funeral  
監督:レイス・チェリッキ
出演:タクハン・オマロフ、ズィエティン・アリエフ、マリアム・ブトゥリシュヴィリ(『とうもろこしの島』)
2019年/トルコ/トルコ語/カラー/103分

*物語*
凍った湖上にかじりかけのリンゴを見つけたサズ(伝統楽器)を抱えた老人。連れの老人が、「かじったのは美しい娘?毒リンゴ?」と声をかける。寓話的な幕開け。
日照りの続く辺境の地。伝統楽器の演奏家アシーク(吟遊詩人)をめざす少年ムスタファ。老師の教えは厳しい。父を亡くしたムスタファは一家の大黒柱。なんとか独り立ちしたい。
村はずれの山の上にお墓がある。ムスタファが友人たちと墓におしっこをひっかけた為に、雨が降らないと村人たちにうらまれる。
ムスタファは老師に連れられ、国境を越えジョージアに赴く。アシークの集い。男女年齢も様々なアシークがそれぞれの声を披露する。ムスタファは、ジョージアの名産のりんごを恋心をいだく年上の村娘へのお土産に持ち帰るが、なかなか渡せない。やがて、彼女は嫁ぐことになり、結婚式の日を迎えてしまう・・・

◎記者会見

11月1日(金)12:53~ 

登壇:レイス・チェリッキ(監督/脚本/編集)、ディレキ・アイドゥン(プロデューサー)

監督:人々が忘れかけていたような、心に染みる言葉を綴りました。

アイドゥン:楽しんでいただけましたでしょうか? 皆さんのご意見をお待ちしています。

*会場とのQ&A*
― (トルコの方)多くのトルコ映画が海外で上映されていますが、イスタンブル出身の監督が田舎で撮ったものは、地元の人たちに全然違うよと言われることが多い中、本作は監督が出身地に戻られて作っていらっしゃいます。

監督:生きとし生きるものがあります。そして大地があります。生きた大地に勝さるものはありません。文化もそう。人間の心の中にあるいろいろなものを持ちづ付けて大地に戻ります。
映画を作る時に、映画監督でなく、私はただただ語り部。そのように生きていかねばと。
自分の生まれ育った大地に帰っていくこと。文化に対しても親身な感情をもってないといけないと思います。

― 圧倒されました。場所がトルコからジョージアへと移りますが、境界線が見えません。あえてそのように描いたのでしょうか? 場所が移ると、言葉もジョージア語になっているのでしょうか? トルコの人たちは解することができるのでしょうか?

監督:人々が生きている中で、ボーダーが今はあって問題を起こす人々がいます。私はボーダーは好きではありません。ジョージアとトルコは行き来できて、トルコ人もジョージアにいるし、逆もあります。言葉もそれぞれで共有しあえます。
ジョージア語で話していても、トルコ語の話者も理解できます。
人間を人間にするのは話すこと。だから話さないといけません。
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司会:トルコの方もジョージア語がわかるのですか?

監督:国境地域の人たちはそうです。私の生まれ育ったところの人は、ジョージアの言葉を理解できます。ジョージア側にも、トルコ人のムスリムも住んでいて、行き来があります。

司会:アシークという名人は、トルコにもジョージアにもいるのですね?

監督:はい、両方にたくさんいます。

司会:歌手の女の人はジョージアの人ですか?  

監督:ナルギル・ハーノムたちは、ジョージアで暮らすトルコ人のアシークです。お母さん役はトルコのクルド人です。私自身の背景も、トルコ、クルド、ジョージアが混じっています。

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©Kaz Film
― 英語タイトルは、『Food for a Funeral』です。赤いリンゴがただ望みを叶えるのでなく、生死にかかわる気がしました。

監督:
リンゴは、メタファーとして人間が創生されたときのアダムとイブの話に使われます。 原罪、生きるものの象徴として使われます。
映画のもともとのタイトルは、私の村で子どものころの教師で、後に偉大な作家になったドルスン・アクチャイ先生の描いた本のタイトルです。インスピレーションをいただいて、いつか映画にすると約束していました。それが実現しました。着想を得て、物語にしました。

司会:アイドゥンさんに伺います。この映画をプロデュースしようと思った一番のモチベーションは?
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アイドゥン:若い世代のプロデューサーの一人なのですが、できるだけモダンな都市の映画を作っています。多くの田舎を舞台にしたものがすでに作られていますので。でも、今回の脚本を読みましたら、これまでのものと全く違いました。、詩的な要素の多いものでした。失われつつある文化で、こういう芸術を私自身知らなかったので、ぜひ人々に伝えたいと思いました。


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出演者の名前をみて、タクハン・オマロフ、ズィエティン・アリエフの二人は、トルコ風の名前にロシア風の末尾、マリアム・ブトゥリシュヴィリの末尾のヴィリは、ジョージアの苗字に多いので、どこの方が演じているのか気になっていました。
公式インタビューに、アシークの老師と少年役は、監督がドキュメンタリーの撮影でジョージアのトルコ系やアゼルバイジャン系の人々がともに住む土地に行き、出会ったアシークとのこと。また、村娘役はジョージアのギオルギ・オヴァシヴィリ監督の『とうもろこしの島』(TIFF2014上映)に子役で出演していたのを観て、印象に残っていて起用したとのことです。女性に発言権のない、閉塞的な社会。旧弊な社会で望まない結婚を強いられ、自分の理想とか意思を実現できないという女性であるため、言葉を発しない役にすることができ、言葉の壁を乗り越えたとのことです。
また、村はずれのお墓に少年たちがおしっこをひっかけて叱られますが、アルメニア人がお金を埋めてお墓に見せかけているだけだと反発します。この地にいたアルメニアの人々が追い出されたことにも思い至りました。(咲)

なお、レイス・チェリッキ監督には、これまでに2度インタビューしています。
アジアフォーカス・福岡国際映画祭2009年『難民キャンプ』 シネマジャーナル77号に掲載
東京国際映画祭2012年『沈黙の夜』(最優秀アジア映画賞) シネマジャーナル86号に掲載

報告:景山咲子