SKIPシティ国際Dシネマ映画祭 『ザ・タワー』 ~パレスチナの難民キャンプを描いたアニメーション~ (咲)
『ザ・タワー』 原題:The Tower
監督・脚本:マッツ・グルードゥ
2018年/ノルウェー・フランス・スウェーデン/77分
*ストーリー*
ベイルート郊外のブルジュ・バラジネ難民キャンプで暮らすパレスチナ人の少女ワルディ。名前を付けてくれた曽祖父シディが大好きだ。1948年5月15日に故郷を追い出されたときのことを忘れてはいけないと、よく語って聞かせてくれる。そんなシディが、いつも首にぶらさげている故郷の家の鍵をワルディに渡す。いつか故郷に帰るという夢を捨ててしまったのかとワルディは不安になる・・・
現在はパペット(人形)で3D。1948年5月15日のナクバ(大災厄)から何年と、時々振り返る形で挿入される過去はフラットな2Dで描かれています。
写真や動画を参考にして描かれた難民キャンプの建物や雰囲気は、現地を知っている方から、ほんとにそっくりと伺いました。
家族が増えるたびに、上へ上へと部屋を積み上げていった結果、建物が塔のようになって林立していることを会話の中から知りました。イスラエル建国で追い出されてから、もう4世代目が生まれているのです。レバノンで生まれても、パスポートの国籍欄は「難民」。
パレスチナの人たちが平穏に暮らせる日の来ることを願わずにはいられない作品でした。
16年目となる本映画祭の国際コンペティション部門に出品された初めての長編アニメーション。
マッツ・グルードゥ監督は、ノルウェー出身。お母様がブルジュ・バラジネ難民キャンプで医療に携わっていたことから、子供の頃から夏休みには難民キャンプで母のもとで滞在。1990年代にはベイルート・アメリカン大学に通いながらブルジュ・バラジネ難民キャンプで英語とアニメを教えていた経験を元に本作を製作。
監督に代わり、プロデューサーのパトリス・ネザン氏が来日されました。
◆7月15日 上映後のQ&A
パトリス・ネザン氏挨拶:
現在、マッツ・グルードゥ監督は本作を持って中東の難民キャンプをツアー中ですので、代わりに私が日本に参りました。通常のアニメーションと違って、本作はほぼドキュメンタリーです。難民キャンプに暮らす人たちのインタビューから言葉を取り入れています。また、難民キャンプの様子も、写真やビデオをもとに忠実に描いています。
●会場とのQ&A
― 感動しました。実際の写真が途中で出てきましたが、モデルになった方たちでしょうか? ひとつの家族そのものがモデルになっているのでしょうか? それともいろいろな人物を組み合わせたのでしょうか?
ネザン:監督が子供時代から難民キャンプでお母様が医療に携わっていて、毎夏訪れていました。その経験をもとに短編をいくつか作っていました。長編を作るとき、自分の友人たちを描きたいと思ったそうです。写真は皆、友人たちから借りた実際のものです。ワルディの家族は監督が小さい時から親しくしていた家族がモデルになっています。私がプロデューサーになった時には、監督はすでに2年間にわたってインタビューをしていました。ライプチヒで開かれていた企画マーケットで監督に会いました。ドキュメンタリーにしたいと言っていたのですが、フィクションのアニメーションにした方が、より普遍的なものになるとアドバイスしました。
ワルディは様々な女の子をミックスしています。
フランスで公開した時に、監督が一つだけ後悔があると言っていました。すべての事件をダブルチェックしたのですが、家族が経験した囚人が戻された事件だけはきちんとチェックできなかったと。アニメだけどすべて事実に基づいて描きたいと思っていたので、その1点は気になると言っていました。
― 2Dと3Dは、どう使い分けたのですか?
ネザン:現在の場面は、パペットのアニメーションで3Dで描いています。過去のシーンは、人間の記憶はどこかブレがありますので、雑誌『ザ・ニューヨーカー』でも活躍するグラフィックノベリストの方に漫画とノベルが合体したようなフラットな絵を描いてもらいました。
― ワルディという少女の名前の意味は?
ネザン:薔薇の色と匂いをミックスした言葉です。フランスでも女の子に付けられることがあります。
― 言語が、英語や出資国のものでなく、パレスチナのアラビア語にしたのは?
また、声を担当したのは?
ネザン:もちろん難民キャンプでは英語をしゃべっていません。監督がリアリティにこだわり、実際の言語にしました。ただ、フランスで公開した時には、子供たちにも観てほしいので、フランス語の吹き替え版を作りました。子供たちは字幕を読めませんので。
声優はパレスチナの有名な実績のある人たちにお願いしました。パレスチナの方たちなので、繊細なニュアンスも出してくださいました。
― パペットのデザインの意図は?
ネザン:通常クリーンに作るのですが、この作品ではあえて綺麗ではなく汚したものにしています。顔や姿は、モデルになった人たちに似せて作っています。
― パレスチナの現実を知ることができてよかったです。お姉さんは好きな人がいるのに、外国に嫁いでいくのは?
ネザン:これも現実です。難民キャンプを出て、より良い生活を求めて外国の人と結婚する人たちがいます。でも、一度外国に出てしまうと、2度と戻れないので、家族と会えないことを決意して行くのです。世界中の難民キャンプの人たちも同様に困難な暮らしをしていることを示したかったのです。ヨーロッパでは、難民受け入れを閉ざそうとしていますので、それに反対する意味も込めています。
第二次世界大戦の時には、フランスやドイツの人たちがアメリカに受け入れてもらいました。人道主義の立場から難民を受け入れたのです。そのことを思い起こして、今、難民となっている人たちに手を差しのべてほしいと願っています。
監督は誰が悪人というのでなく、パレスチナの現状について考えてほしいという思いで本作を作っています。そして、パレスチナとイスラエルの人たちがお互いに敵視しないで、特に若い世代が対話を始めるきっかけにこの作品がなればと願っているのです。
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