東京国際映画祭 特集「イスラエル映画の現在 2018」を振り返る  (咲)

10月に開催された第31回東京国際映画祭。
中東の映画が少なくて寂しかった中、私にとって嬉しかったのは、「イスラエル映画の現在 2018」の特集が組まれたことでした。
すっかり遅くなってしまったのですが、特集の全容をまとめました。

「イスラエル映画の現在 2018」上映作品
コンペティション部門
『テルアビブ・オン・ファイア』

ワールド・フォーカス部門
『赤い子牛』
『彼が愛したケーキ職人』
『靴ひも』
『ワーキング・ウーマン』


上記5本が、「イスラエル映画の現在 2018」特集として上映されましたが、ワールド・フォーカス部門で上映された『サラとサリームに関する報告書』(パレスチナ他)も、イスラエルを舞台にした作品でした。併せて、ご報告します。(なんとか年内に駆け込み!)

今回の特集は、プログラミング・ディレクター 石坂健治氏が何本も観た中から厳選したもの。正統派ユダヤが登場するもの、まったく宗教とは無縁の世俗的な暮らしをしているユダヤ人の物語、ユダヤではタブーの同性愛、人生を考えさせられるもの、大笑いできるコメディーと、ほんとうにバラエティに富んでいました。パレスチナが絡むものも、絡まないものも! イスラエル映画の多様性を垣間見ることのできる特集でした。

◆『テルアビブ・オン・ファイア』
監督:サメフ・ゾアビ
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人気メロドラマの制作ADのパレスチナ青年が、毎日通るイスラエルの検問所主任から脚本家と勘違いされ、ドラマの筋書きに介入される物語。
イスラエル国籍のパレスチナ人のであるサメフ・ゾアビ監督が描いた、大笑いのブラックコメディー。

パレスチナ人とユダヤ人が、ドラマの筋書きを巡ってとはいえ、対等に向かい合って話し合う姿は、政治の世界にもあってほしい!

★映画の詳細および上映後のQ&Aは、こちらで!


◆『赤い子牛』
監督:ツィビア・バルカイ・ヤコブ   ★女性監督
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母を亡くし、ユダヤ教聖職者の厳格な父と暮らす少女。自分と正反対の明るい性格の少女と出会い、やがてそれは恋心に・・・

少女が自我に目覚める姿を描き、正統派ユダヤではタブーの同性愛にも挑戦。
ユダヤの祈りを捧げる窓の向こうにイスラームの岩のドームが見える象徴的な構図が素晴らしい。

★映画の詳細および上映後のQ&Aは、こちらで!


◆『彼が愛したケーキ職人』

監督:オフィル・ラウル・グレイツァ
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(C)All rights reserved to Laila Films Ltd. 2017
夫を亡くした妻を癒してくれたのは、夫が愛したベルリンのケーキ職人だった・・・
エルサレムを舞台に繰り広げられる愛の物語。


金曜日の夕方、安息日の始まりを告げるサイレンが鳴る。肉用と乳製品用が別になったユダヤ仕様の台所のアパートも出てきて、さすがユダヤ人のために作られた国!
ユダヤの食物規定(コシェル)にこだわる人、こだわらない人の双方が出てくるのもイスラエル社会の現実。オフィル・ラウル・グレイツァ監督自身、信心深い父と、宗教に無頓着な母に育てられたことが、この映画に反映されている。監督自身ゲイ。宗教に厳格な父親からどのように思われているか想像がつきます。

★2018年12月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開

★映画の詳細および上映後のQ&Aは、こちらで!


◆『靴ひも』
監督:ヤコブ・ゴールドワッサー
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母が急死し、発達障害のある35歳の息子ガディがあとに残される。別居していた父親ルーベンが息子を引き取り、一緒に暮らし始める。ガディの世話も大変だが、ルーベン自身、腎不全で人工透析を受ける身で、障害のある息子の行く末が心配だ・・・

障害のある子を遺して逝かなければならない親の気持ちに迫った作品。どこの国でもありえる話ですが、病院のシーツの模様がダビデの星で、さすがイスラエルと興味津々でした。

★映画の詳細および上映後のQ&Aは、こちらで!


◆『ワーキング・ウーマン』
英題:Working Woman  原題:Isha Ovedet
監督:ミハル・アヴィアド   ★女性監督
2018年/イスラエル/ヘブライ語/カラー/94分
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夫と3人の子どもと暮らすオルナは、夫が始めたレストランの客入りが悪く、家計の助けにと不動産会社の面接を受ける。偶然、社長は、かつて軍で同じ部隊にいて、彼女の有能さを見込んで即採用が決まる。仕事はリゾートマンションの売り込み。社長と一緒にパリに出張し、余生をイスラエルで送りたいユダヤ人たち相手にプレゼンテーションを行うことになる。務め始めた頃に、社長からキスをされたことがあって、泊りがけの出張に戸惑いはあったが、案の定、パリのホテルで襲われてしまう・・・

夫のレストラン事業がうまくいってなくて、セクハラを受けても辞めるに辞められないオルナの思いが切々と伝わってきました。くやしくても、夫に打ち明けられない。しかも、そのことに気づいた夫からは、隙があったからと疑われてしまう。
生きていくために、パワハラやセクハラがあっても我慢するしかない、いずこの世界にもありえる物語。オルナは、表立って訴えることなく、また、社長の妻の前でもセクハラを知られることなく、再就職のための推薦状へのサインを、まんまと社長から取り付けます。実に小気味いい解決策でした。
イスラエルらしかったのは、パリのお金持ちユダヤ人たちへのプレゼンの場面。オルナは、子どもの頃、近くのシナゴーグで近隣の人たちと集まって過ごした思い出を語り、皆さんが一緒に購入してくださるなら、マンション内に皆で集まれるサロンを作ると約束し、「願わくば、来年の過ぎ越しの祭りは皆でイスラエルで過ごしましょう」と結びます。

「#MeToo」の年にタイムリーに完成した作品ですが、脚本を担当したシャロン・エヤールさんは、6年前にミハル・アヴィアド監督からセクシャルハラスメントの作品を撮りたいと依頼を受け、一緒に脚本を作り上げたと、上映後のQ&Aで明かしています。

★公式サイトのQ&Aは、こちらで!


★番外★
ワールド・フォーカス部門
◆『サラとサリームに関する報告書』
原題:The Reports on Sarah and Saleem
監督:ムアヤド・アラヤン
2018年/パレスチナ・オランダ・ドイツ・メキシコ/アラビア語・ヘブライ語・英語/カラー /132分
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西エルサレムでカフェを営むイスラエル人女性サラ。東エルサレムから毎日パンを届けに来るパレスチナ人男性サリームと、いつしか不倫の仲になる。今週は今日しか会えないという夜、サリームがベツレヘムに品物を届ける仕事を引き受けてしまい、サラは同行しチェックポイントを越える。ベツレヘムで入ったパブで、サリームが席を外した時にサラにパレスチナ人の男が言い寄ったことから、喧嘩になる。イスラエル女性を売春目的で連れまわしていると通報され、警察沙汰になる。仲介に入ってくれた知人が、仕事上でイスラエル女性をベツレヘムに同行したと証言して、その旨の調書を残す。ところが、その後、その調書を入手したイスラエル軍が、サリームにスパイ容疑をかけてくる・・・


ただの浮気が、イスラエルとパレスチナを背景にすると、こんな政治的大事件になってしまうという物語。しかも、書類を接収したのはサラの夫の所属する軍の掃討作戦の時という皮肉。サラの夫は、軍から妻に作戦を事前に明かしたのではとまで疑われます。
それにしても、サラの夫も素敵だし、サリームの妊娠中の奥さんもチャーミング。何も危険をおかしてまで、サラとサリームは密会を続けなくてもよかったのにと! でも、男女の仲は、理屈ではないですねぇ。

公式サイト



*なお、11月下旬に開催された東京フィルメックスでは、イスラエル映画として、アモス・ギタイ監督による下記2作品が上映されました。

『エルサレムの路面電車』

2018年/イスラエル・フランス/90分

『ガザの友人への手紙』

2018年/イスラエル/34分






東京国際映画祭 特集「イスラエル映画の現在 2018」『靴ひも』10/31 Q&A  (咲)

「イスラエル映画の現在 2018」 ワールド・フォーカス
『靴ひも』 英題:Laces
監督:ヤコブ・ゴールドワッサー
2018年/イスラエル/ヘブライ語/103分

*物語*
母が急死し、発達障害のある35歳の息子ガディがあとに残される。別居していた父親ルーベンが息子を引き取り、一緒に暮らし始める。ガディの世話も大変だが、ルーベン自身、腎不全で人工透析を受ける身で、障害のある息子の行く末が心配だ・・・

障害者手当てを決めるための審査で、靴ひもを結べるかどうかの場面があって、息子はほんとうは結べるのに、父のために手当てを貰おうと結べないフリをします。父の思い、息子の思い、それぞれがとても丁寧に描かれた作品。
障害のある子を遺して逝かなければならない親の気持ちに迫った作品。どこの国でもありえる話ですが、病院のシーツの模様がダビデの星で、さすがイスラエルと興味津々でした。

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時間的にQ&Aの取材が出来なかったのですが、ロビーで観客の皆さんからサインを求められていた監督と、少しだけ立ち話することができました。とても温和な方でした。

●10月31日(水)上映後のQ&A
友人の毛利奈知子さんからレポートをいただきました。

Q&A登壇ゲスト:ヤコブ・ゴールドワッサー監督
司会:「アジアの未来」プログラミング・ディレクター 石坂健治氏

司会:はるばるお越しいただきありがとうございます。一言まずご挨拶いただけますでしょうか?


監督: 私はプロデューサーにこの映画は劇場に入る前にティッシュを手渡すというのがいい思うと言ったのですが、そんな皆さんに配布するような予算はないと言われました。ご入用な方は東京国際映画祭のスタッフにお声掛けください。

司会:特にこの息子さん役の俳優はあまりにも自然でびっくりしましたが、どういう役者さんか教えていただけますか?

監督: 息子役の)Nevoのことは15年間知っている俳優さんです。テレビのシリーズで演出する機会があり、3シーズン彼と一緒に仕事をしました。キャストの一人ではあったが、人間として心の大きな人であり、とても知的で好きな人物でした。彼なくしてこの映画を撮ることは出来ませんでした。私の長男が特別なケアを必要とする立場にあります。ですから、自分を守るために、防衛本能的にレンガの壁と自分で呼んでいる、心の壁を作っていました。つまりは自分の心と現実の間に、その心の壁なくしては辛い痛みに直面することがあるので、そういう特別なケアを必要とする息子を持つ立場としてそうしたものを心に持ってきました。

実は現実の話で、父親が腎臓を必要としており、発達障害を持つお子さんの腎臓が必要になって息子さんがドナーになろうとしたという話がありました。しかしながら、プロセスを経る中で結果的には却下されてしまいました。その話は2002年ごろの話でしたが、私自身当時それについてそれほどリサーチしていませんでした。私の友人がこの件を本にしていて君の映画の題材にいいのではないかと示唆してくれました。しかし、私としては自分の痛みに向き合うよりは、他の人の課題を扱った方が自分には都合がいいので、あまりに身近過ぎて自分の映画の題材にする気持ちはないと自分で思ってきました。
 私はそれから10年間この題材の映画を作ることから逃げてきました。ただずっと気になっていました。そんな中、テレビのシリーズの小さい役でNevoが発達の遅れのある役柄を演じました。道行く人がNevoを見つけると声を掛けたり、Facebookのこの役柄のページに1万人のいいね!が付いたりといったことがありました。私は実際にインターネットでNevoの演技したパートを観てみました。とてもすばらしい出来でした。そしてとてもしっかりした意見を持った役柄でした。ユーモアもあってとても人間的に演じていました。とても感銘を受けてNevoにメールをしました。「とっても良い演技でした。こんな(上述のような発達障害を持つ息子と父の)企画があり、あたためているんだけれど」軽く書きました。
するとNevoが「とても良いストーリーですね。ぜひやりましょう!」といってくれました。しかし私は「精神的、心理的にこの映画を作る気力が無い」と言ったところ、Nevoが「力になるよ。後押しするよ」と言ってくれたのです。Nevoが賛同してくれたので、これだったら中より上くらいの良い映画が作れるんではないかと思いました。私の作り手としての目標は自分にとって最高の出来の映画を作ると言うことです。この映画によって人々の意識を変える何らかの手立てになるんではないかと思いました。

公式サイト 10月31日Q&Aレポート