第31回 東京国際映画祭観て歩き(暁) 『輝ける日々に』『十年』『ソン・ランの響き』『カンボジアの失われたロックンロール』「ピート・テオ特集」『家族のレシピ』

9月のあいち国際女性映画祭に始まり、中国東京映画週間、東京国際映画祭、ベトナム映画祭、東京フィルメックスと続き、なかなか映画祭記事をまとめられないでいたら、フィルメックスが終わったとたん、疲れが出たのか右後頭部に帯状疱疹ができてしまい、3週間近く原稿どころではなくなってしまった。「やっと直ったので、これから秋の映画祭記事を書かせてもらいます」と書きましたが、12月26日~3月31日まで、子供の頃からの夢だった世界一周の旅にピースボートででかけています。12月に入ってからずっと、この旅行の準備もあり、なかなか記事も書けずで遅くなってしまいました。
というわけで、オープニングのレッドカーペット記事、クロージングの写真などはすぐに載せたものの、細かい記事についてはまた、と思っていたのになかなか取り掛かれずでした。

今年の東京国際映画祭はプレス試写で10本、一般上映で5本の作品を観ました。その中でも印象に残ったのは、ベトナム、カンボジア、インドなどの音楽に関する作品。また『サニー』(韓国)、」『十年』(香港)など、オリジナルの作品を自国の事情に合わせてリメイクした作品も興味深かったです。それらの作品について書こうと思います。

『輝ける日々に(『サニー』ベトナム版)』
2018 ベトナム 117分
監督:グエン・クアン・ズン 
出演:ホン・アイン ティン・ハン ミ・ウエン 
  トゥエン・マップ ミー・ズエン
 
韓国版『サニー・永遠の仲間たち』(2011年 カン・ヒョンチョル監督作)をリメイクして、この秋、公開された日本版『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(2018年大根仁監督)と、期せずして?同時期にリメイクされたベトナム版がこの映画祭で上映されたので、さっそく観にいった。
韓国版・日本版は、それぞれ製作された現代から、25年前の高校時代を振り返るかたちになっているが、ベトナム版は2000年を舞台に25年前の75年ごろの高校時代を振り返っている。1975年はベトナム戦争が終わり、南北統一された年で政治や社会が混乱していた時期。ボートピープルになり出国する人たちがいる一方で、街では反政府デモも行われ、そこで乱闘する「荒馬団」という少女たちも出現。実際モデルになった人たちがいたのだろうか。これはベトナムらしさなのだろうか。ベトナムの人たちのイメージは、我慢強く、芯が強いというのが私のイメージ。ベトナム戦争でアメリカに負けなかったというイメージからの印象だけど。
韓国版では「サニー」の仲間は7人だけど、日本版、ベトナム版では6人に。6人の特徴も、韓国版のメンバーのイメージと大体同じだけど、少しづつベトナムの国の特徴や事情に合わせて変えている。年代の違いもあるかもしれない。<おでぶ>のラン・チーが小さな質屋を経営していて、心臓病の娘の手術代工面に苦労しているという設定。かつての仲間探しでは、下町の人情なのか、ラン・チーの人徳なのか、隣人たちが総動員してあたる。ベトナムにも下町の人情的なところがあるのだと思った。
1975年のサイゴンが、戦後すぐにしてはきれい過ぎる気はするが、復興が早かったのかもしれない。あるいは映画だから少しきれいに描いているのか。いずれにせよ、ベトナム戦争の影響を監督は入れたかったのだろう。
亡くなる前にミ・ズンが、高校時代の仲間に残した遺言は、涙なしには見られない、仲間の未来を考えた遺言だった。
韓国版では元のタイトルにある「サニー」の名曲が流れていたけど、この時代のベトナムではこの曲は知られていなかったので、使わなかったと監督は語っていた。
しかし残念だったのは、ベトナムで75年頃にはやった歌を全然知らなかったこと。ベトナム戦争が終わって、ほっとしたベトナムの人たちの間ではどんな歌がはやったのだろう。
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左からグエン・クアン・ズン監督、ホン・アインさん


『サニー』(韓国)は、日本、ベトナムでリメイクされたけど、この各国競作は、『怪しい彼女』(韓国)が最初。『怪しい彼女』は、その後、日本、中国、ベトナム、インドネシアでリメイクされている。
そして、『十年』(香港)は、日本やタイでリメイク。日本作はこの秋公開されたが、この映画祭ではタイ版が上映された。

『十年』2018 タイ 93分
監督:アーティット・アッサラット ウィシット・サーサナティナン チュラヤーンノン・シリボン アビチャッッポン・ウィーラセタクン  

この『十年』は、オリジナルは香港製作。日本版はこの秋公開されたが、タイでも製作され、この映画祭での上映が行われた。世界的プロジェクト「十年」の1本だそう。タイ版は4人の監督によるオムニバス作品。「自由が抑圧された世界」を描いていることは香港版と共通しているが、香港映画と比べると、不思議世界がたくさん。
アビチャッポンはじめ、名だたる監督が参加しているようで、香港の『十年』とは違う方向で描きたい近未来の暗黒社会を描いたという感じがした。香港版から離れたいという意図はあったのだろうが、香港版『十年』は今とつながってすぐ傍にある未来の恐怖を描いているけど、タイ版はミステリー風味で描かれていたように感じた。

『Sunset』 (アッサラット監督)
ある女性写真家の写真展に、突然警官や軍関係者?が来て、展示されている笑顔や、泣き顔などの写真を、「人々の心を惑わすもの」として検閲する。
映画は、公務中の運転手の青年警官が会場係の若い女性に心ひかれ、メール交換を申し込むという、いわば権力を傘にきた「押し付け」が描かれる。モノクロで、4本の中ではわりと地味な作品だけど、4本の中では最も香港版のテイストに近い作品だと思う。

『Catopia』 (サーサナティヤン監督)
猫が支配する世界に、2年間身分を隠してきた人間の若者が、親切心を出したことからばれてしまい、とうとう拘束されてしまう。そして殺されてしまったのかもしれないという、恐ろしい世界が描かれる。猫の被り物をかぶった人間たちの不思議世界が怖い。なんか不気味だった。

『Planetarium』 (シリポン家督)
ピンクの軍服に身を固めた女性の独裁者が支配する世界。彼女のスマホ操作で、市民の行動が支配制御され、反したものはピンクのタイをつけた少年兵たちが逮捕する。そして殺され?、衣類をはがされて宇宙に放逐される。こちらも、不思議な恐怖政治世界が描かれる。
しかし、独裁者の女性はじめ、支配者の側も決して自由ではない世界が描かれる。おとぎ話的に描かれるのだが、なんだかちゃっちいのだ。そこも狙っているのかもしれないが。しかし、女独裁者がピンクで身を固めているというのはこっけいさの象徴のよう。

『Song of the City』 (アピチャッポン監督)
これは今とほとんど変わらない未来風景なのか? 元大統領(?)の銅像が見下ろす公園。鼓笛隊のならす行進曲の音、工事で掘り返している現場、そしてその音、集っている人たちの会話など、混然とした世界。無農薬野菜を作っていると久しぶりに会った知人に宣伝する男とか、楽隊の宣伝をする男、怪しげな機器?を通りがかりの女性にセールスする男とかが淡々と描かれる。10年たっても変わらない?抑圧の世界?なのか。あまりよくわからない。なんとなくアピチャッポン的不思議な静的世界という感じはある。 

『ソン・ランの響き』ベトナム 2018年
監督:レオン・レ
出演:リェン・ビン・ファット、アイザック・スアン・ヒェップ

1980年代のサイゴン(1980年代でサイゴン?ホーチミンでは?)。借金の取立て屋をしているズンは、押しかけた家でカイルオン(南部の大衆歌舞劇)の押しかけた家で俳優のリン・フンと出会う。
実はズンの父は、大衆歌舞劇の演者だった。そしてズンは幼い頃からソン・ラン(ギターの原型のような楽器)の演奏を父から教わっていた(ソン・ランは『海角七号』の中に出てきたバンドメンバーの中でおじいさんが弾いていたような丸い形のギターのような楽器)。そして、ほんとはかなりうまく弾けるのだけど、父親と仲たがいしてから弾くことを封印してきた。そして、借金取りをしていたのだった。
ズンとリン、反目するふたりだったが、あることがきっかけでしだいに親しくなった。その日、酔っ払ったリンは家に帰れなくなり、ズンの家に泊まった。そこで、このカイルオンの有名な演目を歌うことになり、ズンはしまってあったソン・ランを出してきて、リンの歌に合わせて演奏をした。その演奏を聴いたリンは、彼の所属する劇団で演奏しないかと薦めた。何年もソン・ランを弾いていなかったズンは最初断ったが、借金取りでない人生を歩もうと、劇団のオーディションを受ける約束をした。しかし、事件が起きてしまった。
歌と踊りと男の友情とソン・ランが描かれた作品。
ズンを演じたリェン・ビン・ファットさんが新人賞である東京ジェムストーン賞を受賞した。
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リェン・ビン・ファットさん

『カンボジアの失われたロックンロール』
2014年 アメリカ・カンボジア
監督:ジョン・ピロジー
出演:シン・シサモット、ロ・セレイソティア、バイヨンバンド

クメール・ルージュによって弾圧されるまでの1950年代~1970年代までの音楽を取材によって掘り起こした、カンボジアのポピュラー音楽史を描いたドキュメンタリー。生存者へのインタビューや、知られざるアーカイブ映像から失われた歴史が見える。
ロックンロールと書いてあるけど、日本人の感覚からすると、歌謡曲、大衆歌謡の歴史というようなイメージだった。エッ!これロック?という感じだったが、カンボジアの音楽が描かれている。こんな豊かな音楽環境があったんだとびっくりした。残った資料や生存者も少ない中、貴重なものをみつけてきて、それを元に構成している。
生存者へのインタビューや、アーカイブの映像を駆使して歴史を蘇えらせた。日本と同じような年代、ミッキー・カーチスや平尾昌晃たちが活躍していた年代に同じようにアメリカから入ってきた音楽があったし、ムード歌謡のようなものもあった。しかしロックのような音楽は出てこなかったので、なぜロックンロールというタイトルをつけたのかな?と思った。これを作ったのはカンボジアの人かと思ったら、カンボジア在住のアメリカ人だった。カンボジアの音楽の歴史に興味があったジョン・ピロジー監督と同じように長年カンボジアの音楽に興味がありカンボジアに10年以上住むリサーチャーのジェイソン・ジョーンズさんが加わって、貴重な音源や映像なども得ることができたらしい。
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左からジェイソン・ジョーンズさん、ジョン・ピロジー監督

「ピート・テオ特集」
今映画祭、アジア部門の審査員であるピート・テオ。
マレーシアのマルチクリエーターであるピート・テオは、ミュージシャンにして映画俳優、プロデューサー、監督もこなす活動歴から、ピートが関わった映像作品を紹介をする特集が組まれた。短編や、15人のクリエイターたちの作品を集めた『15Malaysia』など、多彩な作品でマレーシアの姿が映し出される。

『Vote!』 (原題:Undilah) 約4分/2011年
監督:ベンジー・リム
エグゼクティブ・プロデューサー:ピート・テオ
若い世代に向けて投票に行こうと呼びかける。ちょっと政府の選挙キャンペーンのような映像で、政府のまわしものみたいな感じだったけど、その後政権が変わったという。

『Malaysia Day: Slipstream』 (原題:Hari Malaysia)
作曲、プロデューサー、監督:ピート・テオ
約4分/2013年
1957年と63年の建国記念式典のニュース映像を加工。
マレーシアの歴史的な出来事を、この時代に蘇らせ、それを東京で観ることができたというのは貴重な体験だった。

『Here in My Home』  [Music video]
監督:ヤスミン・アフマド、ホー・ユーハン
プロジェクト・プロデューサー、作曲:ピート・テオ
約4分/2008年
人種差別反対を訴えてヤスミンさんやピートたちが歌い踊るシーンがあるミュージック・ビデオ。ヤスミンさんの姿を見て涙が出た。

『15Malaysia』
監督:ホー・ユーハン、ヤスミン・アフマド、アミール・ムハマド、ライナス・チャン、リュウ・センタック、デスモンド・ン 、カマル・サブラン、タン・チュイムイ、ウー・ミンジン、ジェームズ・リー、ベンジー&バヒール、ジョアン・ジョン、カイリル・バハール、ナム・ロン、スレイマン兄弟
プロデューサー:ピート・テオ
80分/2009
ピート・テオ企画によるマレーシアの監督15人によるオムニバス。マレーシア社会の多様性が15の作品で描かれる。ジェームス・リー、ホー・ユーハン、タン・チュイムイ、リュウ・センタックら、日本で作品が上映されたことがある「マレーシアニューウェイブ」の監督たちの作品もある。
そしてなんといっても注目は、ヤスミン・アフマドの遺作となった『Chocolate』。最後の『タレンタイム~優しい歌』(09)を仕上げ、祖母のルーツを日本で撮る「ワスレナグサ」の準備中に逝ってしまった彼女の最後の作品。ヤスミン亡き後の、マレーシアのクリエイターたちの総まとめ役がピート・テオということだろう。これからもマレーシアのクリエイターたちの兄貴分として、引っ張っていってほしいと思った作品だった。

『I Go』 [Music video]
監督:カマル・サブラン
プロデューサー、作曲、アーティスト:ピート・テオ
約4分/2008年
『タレンタイム~優しい歌』挿入歌のセルフ・カヴァー。
映画が終わってからのトークで、「今、思うとこれはヤスミンのために作ったかもしれない」と語っていた。当初、韓国でシングルリリースするために書いた曲だったそうだけど、ヤスミン監督が気に入り、『タレンタイム』で使いたいといって主題歌になったという。結局『タレンタイム~』の音楽の全体を担当したそう。マレーシアのライブで歌った時は、最後まで歌えなかったと語っていた。「アイゴー」は韓国では、悲しみを表すことばですという観客からの発言があり、その不思議な一致に、なんという偶然と思った私。
東京フィルメックスで上映されたイン・リャン監督の『自由行』にも出演していて、主人公の夫役を演じていた。変幻自在の大活躍。これからもマレーシアのインディーズを牽引していってほしい。
終わってからサイン会をしていたので、私も並び、順番が来たときに「シネマジャーナルのメンバーです。高田渡さんと同じアパートだったのは私です」といったら大喜び。他のメンバーがピートさんをインタビューした時「日本の歌い手で一番気になっている人は?」と訪ねたら、「高田渡」と答えて、その時「シネマジャーナルのスタッフで高田渡さんと同じアパートに住んでいる人がいる」といったら驚いて、大受けだったと言っていたので、覚えているかなと思って言ったのでした。覚えていた。
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ピート・テオさん

参考資料
シネマジャーナル ピート・テオインタビュー 2007年

『家族のレシピ』
シンガポール・日本・フランス合作
2019年3月9日 シネマート新宿ほか全国ロードショー
監督:エリック・クー
出演:斉藤工、マ-ク・リー、ジャネット・アウ、伊原剛志、別所哲也、ピートリス・チャン、松田聖子

「世界中の家族にその家族の味がある。一口食べれば記憶が蘇り、家族や故郷につながることができる」という思いで、シンガポールのエリック・クー監督が日本とシンガポールを舞台に作品を作った。日本のラーメンとシンガポールのパクテーをモチーフにソウルフードが離れ離れになっていた家族を結びつけるドラマができた。
群馬県高崎市で行列ができるラーメン屋をやっている3人の男たち。店主の和男(井原剛志)と弟の明男(別所哲也)、和男の息子の真人(斉藤工)。黙々と働き、仕事が終われば和男は一人、酒を飲みに行く。真人は家に帰りレシピの研究。和男が突然死に、真人は父の遺品の中に、亡くなった母メイリアンの日記をみつけた。母はシンガポール人で、和男とシンガポールで出会い結婚した。
和男はシンガポールで店を持っていたけど、メイリアンが亡くなって日本に引き揚げたらしい。そしてこのラーメン屋を始めた。真人は10歳までシンガポールにすんでいた。母の日記の中にはレシピが書いてあり、メイリアンの弟からの手紙と写真が入っているのをみつけた真人はシンガポールへと旅立った。
母の弟がやっている店をみつけ、叔父と再会した真人は、なぜ祖母が自分と会ってくれないのかを知りたかった。
シンガポールは太平洋戦争中、日本が占領し、昭南島といっていた。祖母の父は日本軍に殺されていた。そのことがあって、真人の両親の結婚を受け入れられなかったのだ。真人はシンガポールと日本の間の歴史をネットで検索し、シンガポールの戦争博物館に行き、日本軍の蛮行を知る。
祖母との和解は難しく思われたけど、真人は祖母のために心を込めてラーメンを作り、そのラーメンを食べた祖母の心がほぐれていった。
シンガポールが太平洋戦争中、日本軍に占領されていたという歴史は知っていたけど、こんなにもシンガポールの人を傷つけていたとは思ってもみなかった。
実は今、ピースボートで世界一周の旅に出ている(12月26日~3月31日まで)。シンガポールも寄港地のひとつで、この作品に出てきた「戦争博物館」=「旧フォード工場」にも1月5日に行く予定。2017年、この博物館がリニューアルされた時、政府が「昭南ギャラリー」という名前に変えようといたそう。市民の反対の声があり、その名前になることはなくなったという。
このレポートはまたスタッフ日記に書く予定。


来年の東京国際映画祭は、どんな作品が上映されるのか、今から楽しみ。
期待しています。

東京国際映画祭 特集「イスラエル映画の現在 2018」を振り返る  (咲)

10月に開催された第31回東京国際映画祭。
中東の映画が少なくて寂しかった中、私にとって嬉しかったのは、「イスラエル映画の現在 2018」の特集が組まれたことでした。
すっかり遅くなってしまったのですが、特集の全容をまとめました。

「イスラエル映画の現在 2018」上映作品
コンペティション部門
『テルアビブ・オン・ファイア』

ワールド・フォーカス部門
『赤い子牛』
『彼が愛したケーキ職人』
『靴ひも』
『ワーキング・ウーマン』


上記5本が、「イスラエル映画の現在 2018」特集として上映されましたが、ワールド・フォーカス部門で上映された『サラとサリームに関する報告書』(パレスチナ他)も、イスラエルを舞台にした作品でした。併せて、ご報告します。(なんとか年内に駆け込み!)

今回の特集は、プログラミング・ディレクター 石坂健治氏が何本も観た中から厳選したもの。正統派ユダヤが登場するもの、まったく宗教とは無縁の世俗的な暮らしをしているユダヤ人の物語、ユダヤではタブーの同性愛、人生を考えさせられるもの、大笑いできるコメディーと、ほんとうにバラエティに富んでいました。パレスチナが絡むものも、絡まないものも! イスラエル映画の多様性を垣間見ることのできる特集でした。

◆『テルアビブ・オン・ファイア』
監督:サメフ・ゾアビ
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人気メロドラマの制作ADのパレスチナ青年が、毎日通るイスラエルの検問所主任から脚本家と勘違いされ、ドラマの筋書きに介入される物語。
イスラエル国籍のパレスチナ人のであるサメフ・ゾアビ監督が描いた、大笑いのブラックコメディー。

パレスチナ人とユダヤ人が、ドラマの筋書きを巡ってとはいえ、対等に向かい合って話し合う姿は、政治の世界にもあってほしい!

★映画の詳細および上映後のQ&Aは、こちらで!


◆『赤い子牛』
監督:ツィビア・バルカイ・ヤコブ   ★女性監督
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母を亡くし、ユダヤ教聖職者の厳格な父と暮らす少女。自分と正反対の明るい性格の少女と出会い、やがてそれは恋心に・・・

少女が自我に目覚める姿を描き、正統派ユダヤではタブーの同性愛にも挑戦。
ユダヤの祈りを捧げる窓の向こうにイスラームの岩のドームが見える象徴的な構図が素晴らしい。

★映画の詳細および上映後のQ&Aは、こちらで!


◆『彼が愛したケーキ職人』

監督:オフィル・ラウル・グレイツァ
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(C)All rights reserved to Laila Films Ltd. 2017
夫を亡くした妻を癒してくれたのは、夫が愛したベルリンのケーキ職人だった・・・
エルサレムを舞台に繰り広げられる愛の物語。


金曜日の夕方、安息日の始まりを告げるサイレンが鳴る。肉用と乳製品用が別になったユダヤ仕様の台所のアパートも出てきて、さすがユダヤ人のために作られた国!
ユダヤの食物規定(コシェル)にこだわる人、こだわらない人の双方が出てくるのもイスラエル社会の現実。オフィル・ラウル・グレイツァ監督自身、信心深い父と、宗教に無頓着な母に育てられたことが、この映画に反映されている。監督自身ゲイ。宗教に厳格な父親からどのように思われているか想像がつきます。

★2018年12月1日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開

★映画の詳細および上映後のQ&Aは、こちらで!


◆『靴ひも』
監督:ヤコブ・ゴールドワッサー
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母が急死し、発達障害のある35歳の息子ガディがあとに残される。別居していた父親ルーベンが息子を引き取り、一緒に暮らし始める。ガディの世話も大変だが、ルーベン自身、腎不全で人工透析を受ける身で、障害のある息子の行く末が心配だ・・・

障害のある子を遺して逝かなければならない親の気持ちに迫った作品。どこの国でもありえる話ですが、病院のシーツの模様がダビデの星で、さすがイスラエルと興味津々でした。

★映画の詳細および上映後のQ&Aは、こちらで!


◆『ワーキング・ウーマン』
英題:Working Woman  原題:Isha Ovedet
監督:ミハル・アヴィアド   ★女性監督
2018年/イスラエル/ヘブライ語/カラー/94分
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夫と3人の子どもと暮らすオルナは、夫が始めたレストランの客入りが悪く、家計の助けにと不動産会社の面接を受ける。偶然、社長は、かつて軍で同じ部隊にいて、彼女の有能さを見込んで即採用が決まる。仕事はリゾートマンションの売り込み。社長と一緒にパリに出張し、余生をイスラエルで送りたいユダヤ人たち相手にプレゼンテーションを行うことになる。務め始めた頃に、社長からキスをされたことがあって、泊りがけの出張に戸惑いはあったが、案の定、パリのホテルで襲われてしまう・・・

夫のレストラン事業がうまくいってなくて、セクハラを受けても辞めるに辞められないオルナの思いが切々と伝わってきました。くやしくても、夫に打ち明けられない。しかも、そのことに気づいた夫からは、隙があったからと疑われてしまう。
生きていくために、パワハラやセクハラがあっても我慢するしかない、いずこの世界にもありえる物語。オルナは、表立って訴えることなく、また、社長の妻の前でもセクハラを知られることなく、再就職のための推薦状へのサインを、まんまと社長から取り付けます。実に小気味いい解決策でした。
イスラエルらしかったのは、パリのお金持ちユダヤ人たちへのプレゼンの場面。オルナは、子どもの頃、近くのシナゴーグで近隣の人たちと集まって過ごした思い出を語り、皆さんが一緒に購入してくださるなら、マンション内に皆で集まれるサロンを作ると約束し、「願わくば、来年の過ぎ越しの祭りは皆でイスラエルで過ごしましょう」と結びます。

「#MeToo」の年にタイムリーに完成した作品ですが、脚本を担当したシャロン・エヤールさんは、6年前にミハル・アヴィアド監督からセクシャルハラスメントの作品を撮りたいと依頼を受け、一緒に脚本を作り上げたと、上映後のQ&Aで明かしています。

★公式サイトのQ&Aは、こちらで!


★番外★
ワールド・フォーカス部門
◆『サラとサリームに関する報告書』
原題:The Reports on Sarah and Saleem
監督:ムアヤド・アラヤン
2018年/パレスチナ・オランダ・ドイツ・メキシコ/アラビア語・ヘブライ語・英語/カラー /132分
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西エルサレムでカフェを営むイスラエル人女性サラ。東エルサレムから毎日パンを届けに来るパレスチナ人男性サリームと、いつしか不倫の仲になる。今週は今日しか会えないという夜、サリームがベツレヘムに品物を届ける仕事を引き受けてしまい、サラは同行しチェックポイントを越える。ベツレヘムで入ったパブで、サリームが席を外した時にサラにパレスチナ人の男が言い寄ったことから、喧嘩になる。イスラエル女性を売春目的で連れまわしていると通報され、警察沙汰になる。仲介に入ってくれた知人が、仕事上でイスラエル女性をベツレヘムに同行したと証言して、その旨の調書を残す。ところが、その後、その調書を入手したイスラエル軍が、サリームにスパイ容疑をかけてくる・・・


ただの浮気が、イスラエルとパレスチナを背景にすると、こんな政治的大事件になってしまうという物語。しかも、書類を接収したのはサラの夫の所属する軍の掃討作戦の時という皮肉。サラの夫は、軍から妻に作戦を事前に明かしたのではとまで疑われます。
それにしても、サラの夫も素敵だし、サリームの妊娠中の奥さんもチャーミング。何も危険をおかしてまで、サラとサリームは密会を続けなくてもよかったのにと! でも、男女の仲は、理屈ではないですねぇ。

公式サイト



*なお、11月下旬に開催された東京フィルメックスでは、イスラエル映画として、アモス・ギタイ監督による下記2作品が上映されました。

『エルサレムの路面電車』

2018年/イスラエル・フランス/90分

『ガザの友人への手紙』

2018年/イスラエル/34分






東京国際映画祭 特集「イスラエル映画の現在 2018」『靴ひも』10/31 Q&A  (咲)

「イスラエル映画の現在 2018」 ワールド・フォーカス
『靴ひも』 英題:Laces
監督:ヤコブ・ゴールドワッサー
2018年/イスラエル/ヘブライ語/103分

*物語*
母が急死し、発達障害のある35歳の息子ガディがあとに残される。別居していた父親ルーベンが息子を引き取り、一緒に暮らし始める。ガディの世話も大変だが、ルーベン自身、腎不全で人工透析を受ける身で、障害のある息子の行く末が心配だ・・・

障害者手当てを決めるための審査で、靴ひもを結べるかどうかの場面があって、息子はほんとうは結べるのに、父のために手当てを貰おうと結べないフリをします。父の思い、息子の思い、それぞれがとても丁寧に描かれた作品。
障害のある子を遺して逝かなければならない親の気持ちに迫った作品。どこの国でもありえる話ですが、病院のシーツの模様がダビデの星で、さすがイスラエルと興味津々でした。

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時間的にQ&Aの取材が出来なかったのですが、ロビーで観客の皆さんからサインを求められていた監督と、少しだけ立ち話することができました。とても温和な方でした。

●10月31日(水)上映後のQ&A
友人の毛利奈知子さんからレポートをいただきました。

Q&A登壇ゲスト:ヤコブ・ゴールドワッサー監督
司会:「アジアの未来」プログラミング・ディレクター 石坂健治氏

司会:はるばるお越しいただきありがとうございます。一言まずご挨拶いただけますでしょうか?


監督: 私はプロデューサーにこの映画は劇場に入る前にティッシュを手渡すというのがいい思うと言ったのですが、そんな皆さんに配布するような予算はないと言われました。ご入用な方は東京国際映画祭のスタッフにお声掛けください。

司会:特にこの息子さん役の俳優はあまりにも自然でびっくりしましたが、どういう役者さんか教えていただけますか?

監督: 息子役の)Nevoのことは15年間知っている俳優さんです。テレビのシリーズで演出する機会があり、3シーズン彼と一緒に仕事をしました。キャストの一人ではあったが、人間として心の大きな人であり、とても知的で好きな人物でした。彼なくしてこの映画を撮ることは出来ませんでした。私の長男が特別なケアを必要とする立場にあります。ですから、自分を守るために、防衛本能的にレンガの壁と自分で呼んでいる、心の壁を作っていました。つまりは自分の心と現実の間に、その心の壁なくしては辛い痛みに直面することがあるので、そういう特別なケアを必要とする息子を持つ立場としてそうしたものを心に持ってきました。

実は現実の話で、父親が腎臓を必要としており、発達障害を持つお子さんの腎臓が必要になって息子さんがドナーになろうとしたという話がありました。しかしながら、プロセスを経る中で結果的には却下されてしまいました。その話は2002年ごろの話でしたが、私自身当時それについてそれほどリサーチしていませんでした。私の友人がこの件を本にしていて君の映画の題材にいいのではないかと示唆してくれました。しかし、私としては自分の痛みに向き合うよりは、他の人の課題を扱った方が自分には都合がいいので、あまりに身近過ぎて自分の映画の題材にする気持ちはないと自分で思ってきました。
 私はそれから10年間この題材の映画を作ることから逃げてきました。ただずっと気になっていました。そんな中、テレビのシリーズの小さい役でNevoが発達の遅れのある役柄を演じました。道行く人がNevoを見つけると声を掛けたり、Facebookのこの役柄のページに1万人のいいね!が付いたりといったことがありました。私は実際にインターネットでNevoの演技したパートを観てみました。とてもすばらしい出来でした。そしてとてもしっかりした意見を持った役柄でした。ユーモアもあってとても人間的に演じていました。とても感銘を受けてNevoにメールをしました。「とっても良い演技でした。こんな(上述のような発達障害を持つ息子と父の)企画があり、あたためているんだけれど」軽く書きました。
するとNevoが「とても良いストーリーですね。ぜひやりましょう!」といってくれました。しかし私は「精神的、心理的にこの映画を作る気力が無い」と言ったところ、Nevoが「力になるよ。後押しするよ」と言ってくれたのです。Nevoが賛同してくれたので、これだったら中より上くらいの良い映画が作れるんではないかと思いました。私の作り手としての目標は自分にとって最高の出来の映画を作ると言うことです。この映画によって人々の意識を変える何らかの手立てになるんではないかと思いました。

公式サイト 10月31日Q&Aレポート




東京国際映画祭 特集「イスラエル映画の現在 2018」『赤い子牛』10/27 Q&A (咲)

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「イスラエル映画の現在 2018」 ワールド・フォーカス
『赤い子牛』 英題:Red Cow 原題:Para Aduma
監督:ツィビア・バルカイ・ヤコブ
出演:アビガイル・コバーリ、ガル・トレン、モラン・ローゼンブラット
2018年/イスラエル/ ヘブライ語/92分

*物語*
自分を産んだ時に母が亡くなり、ユダヤ教聖職者の厳格な父とふたりで暮らしてきた赤毛の少女ベニー。自分の誕生と同時に生まれた赤い子牛の世話をしている。明るく行動的な少女ヤエルと親しくなり、父親から宗教的な暮らしや牛の世話を強制されていると指摘される。ベニーとヤエルはお互い恋心に近い感情を持ち始める。やがて父がそのことを知る・・・


イスラームの「岩のドーム」が見晴らせる家で、正統派ユダヤの父と暮らすベニー。毎日、父と共に祈る。土曜日には、安息日の服に着替えなさいと父から注意される。煙草を吸っていると、司祭の娘が安息日に許される行為なのかと陰で言われる。ヤエルと知り合う前は、それが当たり前だと思っていた正統派としての暮らし。だんだん自我に目覚めていく少女の姿がまぶしい。

◆10月27日 上映後のQ&A
登壇者:ツィビア・バルカイ・ヤコブ(脚本/監督)、ボアズ・ヨナタン・ヤコブ(撮影監督)、イタイ・タミール(プロデューサー)
司会:松下由美さん

司会:スペシャルゲストがもう一人、ヨセフちゃんがいらっしゃいますね。この映画からもう一つ生まれた素敵なものがあるとは!

監督:ツィビアと申します。脚本と監督を担当しました。私の個人的な体験から生まれた物語です。宗教的な家庭に生まれ育って、入植地で暮らしていました。

撮影監督:撮影の責任者です。映画が終わると共にツィビアと結婚して、このヨセフが生まれました。
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プロデューサー:お招きいただき光栄です。楽しんでくださったことと願っています。

司会:まず、場所の設定と背景をご説明お願いします。

監督:舞台は東エルサレムで、基本的にアラブ人の住む地域なのですが、一部、ユダヤ人が土地を買って住んでいます。「赤い牝牛」が生まれることによって神殿が再建されると信じられています。神殿は、今、岩のドーム(イスラームの第三の聖地)の建つ丘の上にもともとあったもので、第三神殿として再建されるべきものと考えられています。
父ヨシュアが信じているのは、神殿が丘に建てられ、ユダヤ人だけを守る国家でなく、神殿が必要をとする人たちの国ができることです。
「赤い牝牛」がキーワードになっていて、良い兆候として存在しています。聖なる存在で、主人公のベニーと重なっています。
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*会場とのQ&A
― 牛を囲いから出そうとするのに、出ていかないのは何を象徴しているのですか?

監督: 「選択の自由」が映画の一つのテーマです。ベニーは牛を無理矢理出そうとせず、牛に任せています。門が開かれてるのに、牛は出て行かない。一方、ベニーは、自分で選択して出て行きます。

― イスラエルでのLGBTに対する状況は?


監督:テルアビブでは、非常にオープンです。その他の地域は、まだまだ古い習慣が根強く残っていて、宗教家の影響も強く、タブーがあります。宗教的なコミュニティの中でも、同性愛者の方たちが認めてもらおうと活動を始めているケースもあります。まだまだ始まったばかりです。

― 現在のイスラエル社会を考える意味でも良い作品でした。ヨシュアが所属する正統派の人たちはどのようなスタンスの人たちですか?


監督:
正統派の中でも階層がいろいろ分かれています。ヨシュアはシオニズム宗教家の一人で、入植地に住んでいて、ヨシュアは中でも極端な立場をとっています。

― 父親が正統派ユダヤの祈りを捧げている窓の向こうに岩のドームが見えるという、素晴らしい構図でした。イスラームの祈りを呼びかけるアザーンが聴こえていて、ヨシュアのユダヤの祈りと重なっているのが、とても象徴的でした。

監督:エルサレムは3つの宗教の聖地で、緊張感が漂っていますが、あのようにアザーンの声が流れてくるのは、日常の一部です。それぞれの宗教の祈り方をしているのですが、同じ神様を祈っているはずのに、対立が生じているという皮肉な状況になっています。

― 描き足りなかったことが多々あると思います。


監督:
まさに、そういう場面がたくさんあります。かなり早いペースで撮影したのですが、ストーリー性をはっきりするために割愛した場面もたくさんあります。

― エンディングは、試行錯誤したのでしょうか?

撮影監督:
映画の最後は、彼女はよくわからないというところで終わっています。生まれたばかりの人間という状況です。1時間半という限られた時間で、最後はわからないという終わり方で、まだまだ物語に余地が残っています。
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★10月29日の上映後のQ&Aは、公式サイトをご覧ください。







東京国際映画祭 イスラエル映画の現在2018『テルアビブ・オン・ファイア』 (咲)

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イスラエル映画の現在2018 コンペティション部門
『テルアビブ・オン・ファイア』  
英題:Tel Aviv on Fire

監督:サメフ・ゾアビ
出演:カイス・ナーシェフ、ルブナ・アザバル、ヤニブ・ビトン
2018年/ルクセンブルク・フランス・イスラエル・ベルギー/97分/カラー/アラビア語、ヘブライ語

*物語*
パレスチナ人の青年サラムは、人気メロドラマの制作インターン。ヘブライ語のチェック係だ。撮影所に通うのに毎日イスラエルの検問所を通らなければならない。ある日、変な質問をしたことから車から降ろされる。ドラマの脚本を持っていたことから、検問所の主任アッシは、サラムを脚本家と勘違い。アッシの妻が大好きなメロドラマだと知って、筋書きに介入したがり、毎日のようにサラムを検問所に招きいれる・・・
  

イスラエル国籍のパレスチナ人であるサメフ・ゾアビ監督が描いた、大笑いのブラックコメディー。映画内のメロドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」は、1967年の第三次中東戦争前夜を舞台にしたパレスチナ女性とイスラエル将校の恋物語。恋の行方について、主任アッシはあれこれアイディアを出してくるが、政治的背景も絡んでくるのでインターンのサラムも本気で別案を出す。ユダヤ人とパレスチナ人が互角に意見を交わすということは、現実では残念ながらありえない。こうあってほしいという監督の思いも感じた。

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10月26日の上映後、イスラエルの検問所の主任アッシを演じたヤニブ・ビトンさんが客席から登壇。「監督は、完成した映画をなかなか見せてくれなくて、今回は、ベネチア映画祭に次いで2回目。日本のお客様がパレスチナとイスラエルの葛藤をどれだけ理解してくれるかなと心配していたのですが、客席で一緒に観ていて、くすくす笑ってくださったので、理解していただけたと嬉しかった」と挨拶。監督から脚本をもらった時には、コメディだったので驚いたとも語った。

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アッシがパレスチナの郷土料理フムス(豆のペースト)の美味しい店があるといって、サラムを連れていく場面がある。 10月26日の上映後のQ&Aの折に、その場面について質問され、サメフ・ゾアビ監督は「フムスは家庭料理で、パレスチナ人にとってはレストランで食べるものじゃない。しかも、アッシが連れていった店のは缶詰のホムス。それには、戦争中、1週間に2時間しか開かない店で買った缶詰のフムスを食べさせられた経験が背景にあります」と答えていたのが可笑しかった。
実は、1991年にイスラエルを訪れた折、料理がアラブ料理と酷似したものが多くあって、そのことをユダヤ贔屓の日本人ガイドに伝えたら、「いや、全然違いますよ」と否定されたのを思い出した。東欧などから移住してきたユダヤ人たちの料理などもあるだろうけど、アラブ料理に影響を受けたものも数多くあって、それをユダヤ人が好きだというのも自然なことだと思う。

あの頃は、和平が近づいたかに思えた時期。分離壁も検問所もなかった。
本作では、今のイスラエルでパレスチナ人が生きることの大変さを見せながら、対話こそ和平への道であることを示唆しているようだ。(咲)

公式サイト 10月26日上映後のQ&A 

公式サイト 記者会見