イスラーム映画祭3『アブ、アダムの息子』 一生に一度のマッカ(メッカ)巡礼を願う実直な男の物語 (咲)

『アブ、アダムの息子』 ★日本初公開
2011年/インド/101分
監督・脚本:サリーム・アフマド

*ストーリー*
インド南東部ケーララ州。マタヌールという小さな村で慎ましく暮らすアブとアイシュンマの老夫婦。アブは父アダムを5年前に亡くし、息子は中東に豊かな暮らしを求めて行ったまま戻らない。
アブは死ぬまでに一度、夫婦でマッカ巡礼に行くのが夢だ。今年こそとパスポートも取得、町の旅行会社で注射や荷物の説明を受ける。あとは残金を支払うだけだ。ところが、ハッジ費用捻出の為に売った庭の木が、切ってみたら中が空洞だったと聞かされる。資金を援助すると申し出る者もいるが、「ハッジの援助は肉親からしか受け取れない」とアブは頑なに拒む。妻が中東に行ったまま帰ってこない息子に頼んでみましょうと言うが、「息子の稼いだ金はどんな金かわからない」とアブは息子はアテにしたくない。
はたして、二人は巡礼にいけるのか・・・


《サリーム・アフマド監督を迎えて》
2018年3月18日(日) 13時からの『アブ、アダムの息子』上映後、初来日された監督をお迎えしてQ&Aが行われました。司会は、イスラーム映画祭主宰の藤本高之さん。通訳は松下由美さん。
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会場の熱気に、「こんなに離れたところに来たのに、近いところにいるよう」と第一声。

藤本:デビュー作ですが、宗教が出てくると対立を描くことが多いけれど、融和を描いています。個人の信仰の内面を描いていて素晴らしい。音楽も素晴らしい。ぜひスクリーンにかけたいと思いました。監督が信仰をテーマにしたいと思ったのは?
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監督:ケーララ州ではムスリム、ヒンドゥー、キリスト教徒がお互いに敬い合いながら住んでいます。監督になる前、旅行会社に勤めていて、ハッジのパッケージを扱っていて、この映画のアブのような人と多く会いました。映画を撮るなら、ぜひそういう人を主人公にしたいと思いました。私の映画は非常に低予算で撮られました。600万ルピー以内です。
ちなみに、ケーララ州では、映画が年間150~170本位作られています。ゴーヴィンダン・アラヴィンダン、アドール・ゴーパラクリシュナンなどの名匠がいます。ケーララ州は共産党が初めて州政権を取ったことでも有名で、映画製作に支援もしてくれます。

◆会場より
― 先日、バングラデシュ映画『テレビジョン』を観たのですが、バングラデシュではインドの映画が上映できないと聞きました。パキスタン映画も上映できないと。インドでは、バングラデシュやパキスタンの映画は観ることができますか?
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監督:私の映画はパキスタンのカラチやバングラデシュのダッカの映画祭で上映されました。バングラデシュやパキスタンの作品をインドで見る機会があるのはゴア映画祭など、映画祭においてです。因みにこの作品は115か国の国際映画祭で上映されていますが、どこでも大変いい反応をいただいております。

― 言葉は? アラビア語は単語で入っているのでしょうか?

監督:映画で使われているのは、ケーララ州の公用語マラーヤラム語ですが、ムスリムはアラビア語の単語も使っています。イエメンからやって来た人たちもいるので、アラビア語には馴染みがあります。

藤本:タイトルロールにアラビア語が出てくるのも新鮮だなと思って上映したいと思いました。

― キャスティングは? 現地の人も多いのでしょうか?

監督:主人公を演じたサリーム・クマールは、撮影当時42歳で、元々コメディアンです。妻役のザリーナ・ワハーブは、ボリウッド映画でも活躍している女優で、『マイ・ネーム・イズ・ハーン』でシャー・ルク・カーンの母親役を演じてます。

― 私は日本人のムスリムで、映画を作っています。ムスリム以外の人からの感想は? スタッフがほとんどassosiateなのは?

監督:ナショナル・フィルム・アワードを受けた初のデジタル作品です。3年前に『スラム・ドッグ・ミリオネア』でサウンドデザインでアカデミー賞を受賞した人がサウンドを担当しています。115箇所の映画祭で上映されて、いい反応を貰っています。言葉を越えて心を揺さぶる映画だと。

藤本:ロシアのタタールスターンのカザン映画祭で高い評価を受けてますね。あまり政治的でない映画を描いたことも評価されています。

― 老夫婦のたたずまい、まわりの善意の人たちが、小津の映画のようでした。監督は日本映画から影響を受けていますか?

監督:ケーララ州では日本のアクション映画は、よく観られています。私自身は、イラン映画の影響を受けている面はあります。具体的にあげれば、アスガル・ファルハディ監督の『別離』などです。

― ケーララ州は共産党が政治を取ったことがありますが、今は?

監督:今も州の長は共産党です。映画にも好意的です。

藤本:1957年に普通選挙で共産党が政権を取りました。

― 善意の人たちの中で警官が賄賂を受け取ってましたね。

監督:まさに日常起きていることです。

―(インド男性)息子のことは話には出てきますが、画面には登場しませんでしたね。
経済的に恵まれてない家でしたが、州の教育はどのように?

監督:教育的には恵まれた州です。中東に出稼ぎに行っている人も多いです。

― ウスタードという人物は預言者と言われていましたが、実在するのですか? 登場させた意図は? (ウスタード:師、師匠の意)

監督:聖人として崇められている人は存在します。子どものころ、実際そういう方がいました。

― 音楽は?

監督:サロードなどアラブ系の楽器をつかうようにしました。

― インド映画がノーカットで上映されないことが多いので、ぜひノーカットで上映することを願っています。

監督:この作品はノーカットで上映されました。

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この後、ロビーで監督にサインを求める長い列ができました。
監督が観客へのサインに応じている間、プロデューサーの方と立ち話しました。監督は本作の主人公と同じくムスリムですが、プロデューサーの方はヒンドゥー。映画の製作チームには、様々な宗教の人がいて、特に互いの宗教を気にすることなく協力しあっているのは、ケーララ州の普通の姿だとおっしゃっていました。

写真:毛利奈知子さん撮影